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砂上の老若  作者: クーズー
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転職と新たな出会い

仕事が忙しくなり、お金が無いこともあって鷹はパチンコ屋通いを自粛していた。

静岡に来て半年が経った頃に店長としての辞令を受け、県内の別店舗へ異動となった。近くには山しかなく、さらに人通りが少ない店舗だ。

このお店は幸いなことにアルバイトの人数は揃っていたので夜勤には入らずとも店を回すことはできた。

自分の時間が少し取れるようになったのもつかの間、

ある日シフトを組んでいると上司から電話がかかってきた。近所のオーナーのお店の応援に急遽行ってほしい、という内容だった。

なぜ自分の店を運営する店長が他の店に応援に行くのか鷹にはわからなかった。


応援に向かった店舗は鷹の店から車で30分程の距離にある。

鷹が駆けつけるとオーナーが一人でレジに立ち、列が出来ていた。

「お待ちのお客様、こちらへどうぞ。」

咄嗟に着替えた鷹はすぐにレジの応援に入った。

一旦客足が落ち着いたところでオーナーに挨拶をした。オーナーの顔色は良くなかった。聞けばその日入る予定だった主婦と高校生が揃って休んでしまったという。

自分の店のこともあるので夕方ピークの時間を終えると鷹はバックヤードで着替えて戻ることにした。

中に入ると4〜5歳くらいの男の子がバックヤードにいた。オーナーの息子さんだろうか。

「お父さんのお手伝いに来たの?」

鷹が聞くと男の子は首を振る。何だか寂しそうに見えた。

「お母さんは?」

下を向きながら男の子は小さい声で

「家で寝てる。お父さんが夜お仕事の時はお母さんが家にいる。2人ともいない時はここに来てる。」

鷹は少し心配になった。

「じゃあご飯はどうしてるの?」

と聞くと男の子の顔は泣きそうな顔になっていた。

「家にある。ラップかかってるからレンジでチンして食べてって。」

鷹には何も言えなかった。オーナーと本部とのフランチャイズ契約は10〜20年くらいあったはずだ。それまでこの暮らしを続けられるのだろうか。


店に戻ると上司がバックヤードで食事をしていた。

「お疲れ様。助かったよ。」上司は機械的に話すのが特徴だ。

この男は毎日何をしてるのだろうか。鷹には上司が車で移動して時間を潰しているようにしか見えなかった。鷹の残業時間は毎月100時間を越えていたがこの男はむしろ月の労働時間に足りないくらいで、今日応援に入った店のオーナーからもあまり店に来ないと聞いていた。自分の頑張りがこの男の評価になるほど馬鹿らしいことはない。

「僕、辞めます。」

上司の顔色が変わった。

「え!?」

初めて人間らしい顔をしたな、と鷹は思った。

「家庭の事情で、辞めます。」

自分の為に綺麗な言葉を沢山並べて引き止めるのはどこの会社も上司の常套手段だ。

だがどれだけ引き止められても鷹の決心は変わらなかった。

この仕事の先にある未来の自分をイメージしても何も思い浮かばない。

それが鷹の本音であった。


地元へ戻った鷹は母親の勧めでまずハローワークへ行き、失業保険の手続きを行った。残業時間が毎月100時間超えだったことを話すと、翌週に3ヶ月間は前職月給の6〜7割程が支給されると告げられた。

ギャンブルで浪費してしまったこともあり、アルバイトで繋がなければと考えていた矢先だったので、鷹は少しホッとした気持ちになった。

ある日大学時代からの友人であるタケシに連絡し、久しぶりに飲みに行くことにした。

タケシは鷹が会社を辞めたことを告げても別段驚きはなかった。

「次、何するの?」

タケシは法曹界を目指す為に単位を残して卒業せず、留年の状況で勉強を続けている。

「まだ考えてない。ちょっと休憩。」

タケシはにやにやしながら

「まぁオレなんてほとんど休憩してるようなもんだけどな。毎日大学の図書館に行って勉強してるけど周りは皆就職してしまってつまんないよ。むしろ久しぶりに知ってる奴に会えてよかったわ。」

なんだ、一人きりで頑張ってるのは自分だけじゃなかったんだな。鷹には周りから〝ダメなやつ〟のレッテルが貼られるのではないかという一抹の不安はあったもののタケシと話して心が軽くなった気がした。


その翌日から鷹は就職活動を始めた。

前職が小売業であった為か、全くの畑違いへの転職はハードルが高かった。石の上に3年も座れない奴には厳しいのだろうか。応募しても落選が続いていた。

面接を終えて帰る途中に鷹はふらりとパチンコ屋に入った。静岡で遊んだスロット台を探したがその店にはなかったので人が沢山座っている牙狼という名のパチンコ台に座った。

聞いたことがない特撮ヒーローの名前だったが鷹は引き込まれた。主人公の俳優の名前もヒロインの女優の名前も知らないが敵役の京本政樹だけ時代劇で見て知っていた。

大きな画面でのリーチアクションにも驚いたが、何より大当りが連続で何回も発生したことが衝撃で、鷹の席の後ろは出玉でケースが積み上がった。大当たりが20回を越えるところで店員が話しかけに来た。

「あちらに別で積んでもよろしいですか?」

鷹はよくわからないが邪魔になるのだろうと思い

「いいですよ。」

と言って打ち続けた。連続大当たりは40回を超え、店の入口には鷹の出玉が何段にも積み重ねられていた。この山を換金すると20数万円となった。

思わぬ臨時収入に気を良くした鷹は帰り際にTSUTAYAで牙狼のDVDを借りて見ることにした。

その後にもアニメの台ではエウレカセブン、映画の台だとJAWSやジュラシックパークなど、パチンコをきっかけにそのアニメや映画に興味をもつようになる。

だが程々にして自制しなければお金はあっという間に無くなっていった。

少しのストレス発散のために行ったつもりが余計にストレスを貯める結果になっている。鷹はまたしばらく行くことを抑えて就職活動に専念した。


前職を退職して4ヶ月後に次の就職先が決まった。小さな食品メーカーであった。

新入社員と同じタイミングで第二新卒としての入社となる。歳が1〜2歳違うと浮いてしまわないかな、と考えていたが鷹より2歳上の同期入社がいた。

彼は大西と言った。大西は元々別の食品メーカーで働いていたが前職がかなりのブラック企業だったようで、物を投げつけられたりサービス残業を強制されていたという。

「研修ばかりでつまらんな、皆で飲みに行こうや。」大西は何でも企画するのが好きだ。その割には酒があまり飲めないという、″雰囲気が好き〟なタイプだ。

同期で盛り上がり解散したのだが大西がふと

「綾野は麻雀できるんか?」

と切り出した。

「学生時代にやってたよ。ただ符計算とかはできないな。」

鷹は高校、大学と遊びで麻雀をやったことはあった。祖父にも教えてもらい、役やルールについては一通り理解していた。ただ点数の計算方法には自信がなく、役とドラを合わせて4〜5個あると満貫、6〜7個で跳満、8〜10個で倍満、11〜12個で三倍満、13個で役満というざっくりした点数計算しか出来なかった。満貫未満の飜数と符計算はよくわからないが誰か他のメンバーが計算してくれるので何となく成立していた感じだ。

大西はニコニコしながら

「よし、じゃああと2人呼ぶからやろうや!」

時間は夜9時、今からやって電車のある時間に帰れるのだろうか。

大西は誰かに電話していた。

20分後に2人が雀荘に入ってきた。聞けば大西の学生時代の先輩後輩だそうだ。

「よろしくお願いします。綾野です。」

スーツ姿の綾野と大西に対してやって来た2人はスウェットやジャージ姿でいかにも家からすぐ飛び出してきたのか、坊主頭でいかつい感じだった。

「僕は山崎です。こいつは尾池。下手くそですけどよろしくお願いします。」

見た目とは裏腹に2人ともいい人そうだ。

ルールは持ち点2万の半荘で赤牌入、焼き鳥、サシウマ、チップは役満祝儀・裏ドラ・赤牌・一発、レートは点ピン。


この麻雀での出会いが鷹の今後に影響を与えることに本人はまだ気づいていない。


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