リナの初陣、初ダンジョンその3~勇者一行とボス部屋へ~
最後の転移鏡の前で、一同のいわゆる『大名行列』は丸まって崩れ
真ん中の勇者一行が最前列まで歩いてくる。
四人組のうち先頭を歩くのが額に紋章をつけた勇者風の青年で
背の小さな女の子が一回伸びをしてぴょんぴょん跳ねながらついてくる。
残り二人の男は傭兵なのか勇者とは一定の距離を置いているようだ。
「わーい! やっとユージ様が兄様の仇討ちできる時間だねっ」
「そうだな。ユウヤ兄さんが失敗したことで俺様に脚光があたったわけだ。
運命の巡りあわせには感謝をしながらここのボス君には
サクッと死んでもらって俺の経験値とゴールドになってもらおう」
「まだ次の勇者が出てないといいよね!
そしたらユウヤ様の仇を討ってユージ様が正式な勇者になれるもん。
あれから三年経ってるから……。うーん少し微妙なとこだけど」
「違うぞフレア。そうなら新しい奴を探しぶっ倒して勇者の称号を頂くだけだ。
どう転んでも東方のユージ・タナカ様が真の勇者になる定めなのだよ」
「うんうん。とりあえずこの先のボスを倒してからだよね」
「おう。ユウヤ兄さんはマグレと不運でここのボスに負けたのだったな。
とりあえず『サモンゲート』さえ使わせなければしょせん格下の相手なのだ」
「この前のパワーコングの方がやばかったよね?
今回はライブフォースがあのときの半分ぐらいなんだっけ?
フレアね、賢者としてあのチート魔法だけは絶対阻止するからね」
「おう。頼むぞフレア」
この四人は勇者候補のユージ・タナカと賢者のフレアが中心となり
両脇に屈強な戦士二人という火力のありそうなパーティで
彼らの後ろではローザ・スカーレットが装備の確認をしている。
リナの隣にいたシークエンスは改まった口調で彼女に確認をした。
「ローザ様、ボス部屋への突入ですが予定通り全員で行いますか?
戦闘力が低い者たちもいるようですが……」
「この状況で中途半端に置いていくほうがかえって危ないでしょう。
転移後はこちらの様子を見れませんから戦力の分断はできません。」
「承知いたしました。先ほどの点呼で108名全員揃っていたようです。
ローザ様におかれましては突入の指示を出される前に
リナの魔法によるエンチャントを受けておいたほうがよいかと思われます」
「そうですね。ではそれぞれ補助魔法をかけあった後に突入します。
まず私と勇者一行が入り、次にシークたちの補助部隊、クラリス聖歌隊、
最後に冒険者パーティや兵士たちの順番となることでしょうか」
このようにローザ様やシークさんは指揮の確認や
戦闘前の準備などをいろいろしていたのだが……。
「今日はユージ様の勇者記念日になるんだよね!
フレアね、わくわくしてきちゃった。そろそろ行きましょ! ユージ様」
「おう、こういうのは早いほうがいいからな。
王国の奴らが来る前に全部片づけてあいつらを驚かせてやるのだ」
なんとユージ・タナカとフレアが勝手に転移して飛び込んでしまった。
両脇にいた二名の戦士たちも後に続いてボス部屋に行ってしまう。
「あ、ローザ様! 勇者たちがっ……」
「なんということでしょう。このような油断とずさんな戦い方で
前回の勇者は倒されてしまったと私は聞いているのですが」
「リナ、MPはまだあるよね? 急ぎでローザ様の武器にエンチャントを」
慌ててシークさんが指示を出してきたので
リナ(=リッツォー)はローザ様の派手な装飾の剣にホーリネスを使う。
この魔法は剣に飛ばせば神聖属性付与と攻撃力アップの効果があり
怪我人に使えばリジェネの回復、魔物に使えばスリップダメージ、
アンデットにはクリティカルダメージを与える効果がある。
これは神魔法Lv1として聖魔法の上位版で全部入りの効果があるのだが
Lv1なおかげで消費MPが控えめで打ち放題という大変使い勝手のよい魔法だ。
リナの放ったシュワシュワした光がローザ様の剣に吸い込まれていく。
「私の聖剣クルアーンがさらに光輝いて見えますね。これは良さそうです。
この剣でローザ・スカーレットが哀れな死霊の王を救って差し上げましょう」
うなずいて自分の剣の様子を確認しているローザ様にシークさんが声をかける。
「ローザ様、急がないと勇者たちが危険かもしれません。」
「そうですね。仕方がありません。ここは私たちとクラリス聖歌隊だけで
ボス部屋にまず向かいましょう。残りは各自の判断でついてくるでしょう」
「ちょっ、ちょっと待ってシークさん!」
リナ(=リッツォー)は思わず不安に思って声を上げた。
ピクニック気分でついてきたので、今の話の展開に不穏なものを感じたのだ。
というかやばい雰囲気しか感じない。
「もしかして、ここのボスって勇者がやられちゃうぐらいヤバイんですか?
魔王とかそれぐらいのめちゃくちゃ強いボスだったりします?」
勇者や将軍に聖歌隊までつく大名行列のような大多数に守られて
ここまではタイタニックで大船に乗ったつもりで来たリナだったのだが
そもそも必要な戦力だから勇者を含む大部隊だったのではないのか。
それを戦力過剰で楽勝のピクニックだと一人で勘違いしていただけで
実はこの初陣がラストダンジョンだったみたいなパターンを考えてしまって
リナの足は自然とすくんでしまう。
まるで死刑執行を告げられた朝、処刑場へ向かう囚人のような気分に落ちる。
今のリナの人格は『藤倉律男』であって『天野莉菜』ではないのだが
シークさんに抱きついてしまわないとガクガク震えて歩けないぐらいになっていて
確かにこういうときはシークさんに足を絡めたくもなる。
「あははっ、リナは何も考えなくて大丈夫だからね! ただ僕の指示通りに
魔法を打つだけの仕事だよ。いざとなればダンジョンから逃げればいいし」
詳しく教えてくれないシークさんだったがローザ様が軽く説明をする。
「ここのボスであるアークリッチはライブフォースでは脅威度Sより劣りますが
『サモンゲート』という異常な魔法を使うので強さが関係ない部分がありますね。
ランダムな場所に門を開いて異次元に葬り去るという魔法を使ってくるので
当たれば勇者でも即死することがあります」
ここでシークさんがさらに説明を加えつつボス部屋への移動を促す。
「本来はボス自身にも当たって即死する可能性がある博打魔法のはずなのに
奴自身はミスト化できるので無効という相性がかみ合った厄介さがあるとか。
それを防ぐのが我々の役目です。さてローザ様、そろそろ我々も行くべきかと」
いつまでも怯えてみっともない姿を晒すわけにはいかない。
シークさんに全部判断はお任せしてホーリネス砲台になろうとリナは決心する。
いざとなれば逃げればいいと言ってもらえたので少しは気が楽になった。
ローザ様、シークさんに続いてリナも最後の鏡で転移をする。
このダンジョンで転移をすると体がビュンとどこかに引きこまれる感覚があって
転生特典スキルの『神性陰陽調整』で体を入れ替えるときに似た爽快感がある。
ボス部屋に転移。
さっそく目を開けてボスの姿とやらを拝もうとした刹那、
――ものすごい勢いで何かが飛んで迫ってくる!
何かの攻撃かと思いリナは反射的に身をよじろうとしたのだが
50メートルぐらい向こうから飛ばされてきた物体が激しい粉塵を巻き上げて
リナの右側にあったダンジョン内の岩に突き刺さった。
ズドドドドーーン!
結局リナの反応速度は足りず体が動き出す前にもう岩に突き刺さっていたので
もし飛んできた場所が5メートルぐらいずれていたらどうなっていたことか。
身を挺してシークさんが守ってくれたかな?
ローザ様とシークさんはちょうど私の左前5メートルぐらいの場所にいて
少し離れていたので、もしかしたら大丈夫じゃなかったかもしれない。
一体何の攻撃だったのか?
大砲の攻撃だったのか、それとも土属性の魔法で隕石でも飛んできたのかと思って
岩に深々と突き刺さったものを確認すると、
――それはユージ・タナカの体だった。
ようやく本格的な舞台が整いました。