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リナの初陣、初ダンジョンその2~天野莉菜の人格が蘇る~

 ――ダンジョン突入から二時間後、

『十六鏡回廊』の謎は人海戦術で暴かれて足止めの要素はなくなり

大名行列のようなアンデット討伐隊が進み始める。


 ごわごわした青紫色の一本道をさらに進むと霧がかった回廊が見えてきた。

湧ききったモンスターと罠の処理は終わっているのでさくさく進む。


 ちなみにリナの背中側はクラリス聖歌隊が守っているので、

行列の最後尾で散発的にアンデッドが湧いて襲ってきても大丈夫なのだ。

全体が5両列車なら4両目に相当するリナの位置が一番安全で

モンスターが寄ってこれないので傷ついた味方の回復以外に仕事がない。


 リナ(=リッツォー)は思う。

『大船に乗ったつもりでいろ』とか言うけれどそれが今の状態なのかもね。

タイタニックや戦艦大和に乗っていた人たちの安心感はこういう感じだと思う。

鉄壁の守りで全てが他人事に感じる。でも初ダンジョンぐらいは大船でもいいか。


 あ、タイタニックや戦艦大和は縁起が悪いかな。でもちょうど良い船の名前が

思い浮かばない。プリンスオブウェールズあたりかな? 名前かっこいいし。

……。


 迷宮の鏡で何度か転移を繰り返すと、ゴースト系の回廊に入ったようで

レッサーゴーストという無力なお化けがいくつも浮いているが

行列はそれを無視して進んでいく。人に危害を加えないので無視するらしい。


 リナ的には、幽霊がそこら中に浮かんでるのにこの世界の人たちが平気な顔で

歩いていくのが信じられない。せっかくのピクニックに肝試しのイベントまで

加わった美味しい場面のはずだが皆がレッサーゴーストを無視するので

リナとしても怖がりようがなくてつまらない。一人で来れば怖かったと思う。


 ――遊び心が大切なのに。

そうだ! そういえば一人だけお化けを怖がってくれそうな人がいた。

リナの体には、『藤倉律男』と『天野莉菜』の二つの魂があるのだが

今まで主導権は前者のほうにあり、後者は裏でずっと眠っていたのだ。


 自分の中にいる『天野莉菜』を叩き起こしてお化けを見せたら

ここの世界の住人ではなく日本人なのできっと驚いてくれるに違いない。


 これまで戦闘もなく安全すぎたので、正直あくびがでてしまうぐらいなのだが

安全すぎて逆に危ないということもある。何事もほどよい緊張感が必要だ。

油断してうっかり迷宮で足を滑らせて転び、頭を打って死ぬかもしれない。


 初戦闘もできず、安全なところで勝手に自爆して終わったら目も当てられない。

とにかく転生してから十日ほど今まで苦労してきたんだから

軽くバトンタッチをするにはいい頃合いだろう。


 レッサーゴーストがふらふらとこちらに近づいてきたタイミングを見計らって

リナの体、本来の持ち主であった『天野莉菜』に意識を切り替えて委ねる。


 彼女は元日本人としてどういう反応を示してくれるのか? 

裏で観察しよう。意外と平気で怖がらなかったらつまらないな。


お化けがリナの顔の前1メートルぐらまで来たとき、

『天野莉菜』になったリナが閉じていた目を開くとその反応は……。


 ――白色お化けのズームインで視界を埋められてしまったリナが

ビクンと波打つように体をよじらせて叫び声を上げる。


 「キャー!」


 次に、思わず後ずさって片足が一歩流れた姿勢のまま硬直してしまったため

大きく体のバランスを崩してしまった。そのまま盛大にすっ転ぶか?

と思われたのだが、シークの腕にしがみつくことに成功したのでそれは免れた。


 というかリナが頭を打って死んだら裏にいる自分も道連れになるところだった。

油断は良くないが遊びが過ぎるのも考えものだったかもしれない。


 「お化け! シーク様、怖い!」


 「おっと、大丈夫かい? リナはゴースト系の魔物が苦手なのかな?」


 おや? 『天野莉菜』は裏に控えて寝ていたはずだったのに

シークさんの名を知っていた。外の状況をある程度は把握していたのだろうか。

もうお化けは通り過ぎたが、シークさんの腕にギュっとしがみついて離れない。


 「あっ、シーク様! わたしとしたことが申し訳ありません」


 「あははっ、リナにはそんな可愛い一面があったんだね」


 「ごめんなさい。とても怖いのでもう少しこのままでもいいですか?」


 涙目になったリナは上目遣いでシナを作って『お願い』をしながら

いつの間にか腕だけでなくスカートから出る左足をシークさんに絡ませている。

『天野莉菜』は悪ノリして完全に遊んでいるようだ。


 「構わないよ。人に危害を加えないモンスターだから本当は大丈夫だけどね」


 「どうかその剣と立派なお体で守ってください。わたしの騎士ナイト様」


 お化けイベントを有効活用してシークさんを誘惑して遊ぶ『天野莉菜』。

本気でシークさんを好きというよりは、反応を見て楽しんでいるところがある。

シークさんは、普段は砕けた感じで優しいけど締めるところは締めるタイプで

切り替えが上手いいわゆる『できる男』な感じがあるのでどうなるか。


 「僕は魔法剣士なんだけど、それじゃあ今はリナの騎士になろうかな。

このダンジョンから出るまでは体を張って守るから心配しないでね」


 普段どおりの調子を崩さずにシークはそう言った。

若い女にここまで誘惑されれば、並の男なら何か反応があってもよさそうだが

表面上は全く変化が見られない。いつものシークさんといった感じだ。

声が上ずるとか、視線がぶれるとか、顔を赤くするなどの様子はまったくない。


 誘惑であることに気がついていないのか。リナに興味が無いのか、

どんなときでもこんな調子の人なのか、効いているがやせ我慢しているのか。

それともこういうアプローチを嫌う男なのか。謎が多い。

これは『天野莉菜』が喜ぶパターンだ。


 彼女はすぐ感情を表に出してしまうような男には興味がなく

逆にどんな人なのかいろいろと想像の余地があるタイプが好きらしい。


 この顛末を裏で観察してる自分から見てもシークさんは一筋縄では行かない人に

思える。将軍のローザ様の直接の部下らしいから並大抵の男ではないのだろう。


 「ちなみに、ここのお化けは倒す必要ないからリナは

今後に備えて浄化の魔法ホーリネスは使わずにMPを温存しておけばいいよ」


 シークさんがMP無駄遣いをさせないために指示を出す。

『天野莉菜』は目が据わった状態でシークさんの様子を細かく観察しているが

誘惑の効果が実際どうだったのか、その謎解きには苦戦している。


 次の一手で、横顔をシークさんの胸に押し当て強引に心臓の鼓動音を聞き取り

平常心の度合いを測る作戦に出たようだが、それも失敗してしまった。

シークさんの着衣はバリスクという魔布で出陣中は魔障結界が張られているので

そういう振動や物理衝撃などは吸収されるようになっている。

分厚い鉄の鎧に耳を押し当てているようなものだ。


 チッと軽く舌打ちをしてリナの横顔がシークさんから離れる。

ここであっさり答えが出ていれば一段落といったところだったのだが

これで完全にシークさんは『天野莉菜』にロックオンされてしまった様子だ。


 さて。シークさんが内心困っている可能性もあるし、

行列からはぐれてもいけないのでそろそろ先に進みたい。

今日はこれぐらいで『天野莉菜』を引っ込めて冒険の再開をしよう。

……。


 再びリナの体を自分リッツォーが主導権を握れるようにして歩き始める。

ゴーストのフロアを抜けて、無限回廊風のダンジョンをさらに進んでいき、

十数回の転移を経てようやく一同、ボス部屋に繋がる鏡へたどり着いた。

ここからは主力であるローザ様たちの出番でリナは彼女らを援護する仕事がある。


 ピクニック気分や肝試し遊びはもうここまでだとリナは気合を入れた。

もっとも主力以外も含めれば100人以上いる大部隊なので

ボスすらあっさり倒してしまう可能性もあるけどそれならそれでいい。

いや、ダメか。MP温存でレッサーゴーストを倒さないように言われたので

まだ一匹も敵を倒していないんだし。


 とにかく今度こそ初戦闘をするんだ! 

せっかく剣と魔法の世界に来たのに大勢に囲まれてシークさんにも守られて

ピクニックだの遊びだのやってても仕方がない。

ボスがちょっとは歯ごたえがあって持ちこたえてくれたら嬉しい。

そう思うリナ(=リッツォー)なのであった。


 その願いは叶うのだろうか。

何の苦労もなくみんなに守られてピクニック気分でここまで来ましたが

次はボス部屋です

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