王都到着から初陣へ
リッツォーは馬車の中で世界地図を見ている。
――『神性陰陽調整』で引っ張り出したリナの姿のままで。
移動先の王都があるクラリス王国は最も歴史のある大国なのだが
世界を揺るがした過去の出来事で領土を半減させたことがある。
200年前、当時の地図上で『破壊魔ルフィス』という暴風雨が吹き荒れて
隆盛を誇った多くの国が吹き飛ばされ、洗い流され消えていったのだ。
その嵐が過ぎ去ると次の時代はまるで雨後の筍という言葉のように
新しい国がポコポコ乱立してその色で地図はカラフル状態になったそうだ。
やがて200年の間に立ち行かなくなった小国の多くが大国に吸収されて
最新の地図は幾つかの大国とそれ以外の小国とで色分けされている。
歴史上、大国が力を持ち世界を治める秩序立った時代は長続きせず
『魔王』や『竜王』、前回の『破壊魔ルフィス』などによって破壊され
混沌の時代に逆戻りするという繰り返しの周期があるように思える。
それを学習している王国では自らの脅威となる次代の危機に備えており
聖魔法の優秀な使い手を囲い育てている。そんな中突然現れたのが
より上位の神魔法を使えるリナ(=リッツォー)だった。
そんなリナの服装はリライザのお下がりだ。清潔でとても着心地がよく
リライザの元々の匂いか柔軟剤か分からないが、いい香りに包まれている。
スラム街からもってきたあの粗末なローブ姿は王都で過ごすには不向きで
あのとき汚さなかったとしても着替えの必要があったようだ。
馬車の中にはもう一人シークエンスというリナの目付役が乗っている。
彼は前世でいう若手サラリーマンのような感じでワイルドさはなく
スタイリッシュで知的な感じの男性でこの人には安心感があるのだが
リナは彼との会話よりも、今後のごまかし方を思案していた。
(……とりあえず問題点を整理したい)
隠したい情報は『転生者』と『神性陰陽調整』の二点。
これは冒険者ギルドの鑑定で表示不可になっていたらしい。
王都送りの原因は神魔法Lv1『ホーリネス』だったと彼に聞かされたので
まだバレてないものは隠し通したい。
リライザには中性体を見せてしまったが、最初は変装していたことにする。
スラム街を歩くのが怖かったので胸と女であることを隠していたことにしよう。
特典スキルで身体を交換したことは内緒で、特技の早着替えだったで押し通す。
『鑑定』の名前でリッツォーからリナに変わってしまったことの説明は
つっこまれたら適当にごまかすかシラを切ればいい。
今までいいところがなく散々な転生生活だったけど
この苦境を切り抜けて一発逆転の幸せ無双生活を目指していきたい。
シークエンスから聞かされた神聖魔法の話を復習すると
私の『ホーリネス』は聖魔法の根源となる『聖』そのものを飛ばす万能魔法で
全ての聖魔法を兼ねる上位魔法なのだそうだ。
傷ついた仲間に使えば癒やしや状態回復ができるしモンスターにはダメージ、
アンデッドには特効で、装備品に飛ばせば聖属性のエンチャントができる。
……。
リナがいろいろ思案していると目的地に到着したようだ。
「ローザ様、シークエンスただいま帰還いたしました。
こちらの子が例の魔法の使い手になります」
今のリナはふんわりしたロングの金髪に落ち着いたシックな服装だ。
――着ているのは、本来鮮やかな色を好むリライザからのお下がりなのだが
リナの金髪には明るい色より黒い色の方が映えるのでこちらにしてもらったのだ。
タイトな上半身との対比で黒スカートには小さなフリルがついていて
女の子らしい上品な可愛らしさを演出している。
シークエンスがリナに声をかける。
「リナさん、こちらの方がローザ・スカーレット様です。
将軍にして侯爵様でもあらせられます。あなたも僕と同じく今後は
ローザ様の元で働くことになりますのでご挨拶を」
(……リナの身体で来たから、リッツォーの方は名乗ったらいけないんだよね)
「ローザ様にお会いできて光栄です。リナ・セレストと申します。
私のようにスラム街に住んでいた身分の者が貴方様にお目通りするのは
大丈夫なのでしょうか? このまま帰っても大丈夫なんですけどって、ええと、
そうじゃなくて、とにかく作法がなってなくてすみません。」
無理やり連れてこられた事への皮肉を交えようと画策したのだが
途中で心が折れてヘタレてしまった。
最底辺から最底辺に転生した私にそんな度胸があるはずもなかった。
というか、ローザ・スカーレットの神々しい見た目にやられてしまったのだ。
色白の肌にウェーブのかかったプラチナブロンドを靡かせており、
緋色のドレスという高貴なお姿には、まさにお姫様の気品が漂っている。
――プラチナブロンドは透明感ある白っぽい金髪のことで
リナの黄色い金髪とはまた異なる。もし日本人が染めてもこの気品は出まい。
とりあえず、リナは黒の服装で連れてこられてよかったと安心する。
初見でリライザ好みの派手な服を着てローザ様より目立ったら気まずいだろう。
まぁ目立とうとしても無理かな? ローザ様は素材が違いすぎるもの。
ローザ様は近づいてきて、リナのスカートの裾をムズっと握ってきた。
「スラム街……そうですか。それでも服の素材はバリスクが使われていますね。
魔布もそこまで広まったということですか。とても喜ばしいことです。」
ローザ様! 女性同士とはいえいきなり距離が近いです!
さっき彼女に皮肉をぶつけようとしたことへの意趣返しかと思われるが
完璧な容姿に加えて少しお茶目なところがあるのかもしれない。
「あら、私としたことがいけませんね。挨拶の途中だったのを忘れていました。
先ほどシークエンスから紹介がありましたが私がローザ・スカーレットです。
王都まで遠かったでしょう。ここの生活に慣れるまでゆっくり休んでくださいね」
「ローザ様、恐れながら申し上げます。予定では出陣が明日と聞いております。
リナは帯同させるので休ませる時間はないはず、と思われるのですが」
「そうでしたわね。とにかくシークエンスの言うことをよく聞いていれば
何も心配することはないですから王都での生活楽しんでくださいね。リナさん」
「はい。ええと出陣というのは私も一緒に行く感じなのでしょうか?」
「そうなりますわね。リナさんは貴重な神魔法の使い手ですから
『破壊魔ルフィス』などが復活しても平気なよう経験を積まなくてはなりません」
……勘弁してください。さっきの皮肉をまだ根に持ってるんですか?
ローザ様はこの後、打ち合わせがあるそうでこのまま王城の方へ、
リナたちは明日に備えてローザ様の屋敷の敷地内にある兵舎に向かった。
「シークエンスさん 明日のことなんですけど……」
「シークでいいよ 明日はダンジョンに潜るんだよ。リナの初陣だね」
偉い人が去って二人きりになると、シークエンスは急に砕けた口調になった。
「ちょっとまってください! まだ魔物どころか普通の動物すら
一匹も殺したことがないんですけど! 冒険者登録もできなかったし
何すればいいかも分からないし私なんか足手まといでいないほうがマシなんじゃ」
シークは笑顔で優しく語りかけてくる。
「何も心配しなくていいからね。リナは歩いてついてくるだけでいいんだよ。
歩くだけは退屈かな? じゃあときどき僕が指差すからそこに魔法を撃つだけ。
簡単でしょ? もし敵が近づいても僕が絶対リナを守ってあげるから平気さ」
「だけど装備とかって持ってないしどうしよう?」
「その服はローザ様も指摘したようにバリスクという魔布でできているからね。
そのままでどんな金属製の鎧よりも強力な防具になるんだよ」
「これがですか?そんなに防御できそうな気がしないんですけど」
「あはは、それはそうだね! 出陣の前に専用の魔法陣に入るんだけどそこで
バリスクに魔法障壁を付加しないと普段は丈夫なだけのただの服だよ」
「じゃあ街の兵士で金属製の鎧を見なかったのは」
「うん。金属製の全身を覆う鎧は機動性や視界が損なわれるからね。
魔布が作られるようになってから王都では見なくなったと思うよ。
もしかしたら辺境の方にいけばそういう装備の冒険者とか見かけるかもね」
よかった、シークさんは話せる人だ!
とりあえずこの人についていこうとリナは思った。
「とにかく明日は普通の冒険者たちも来るし人数が多くて賑やかになると思うよ。
ダンジョン内でアンデッド退治になるけど前衛の人が全部倒してくれるから
リナはピクニックだと思って気軽にいけばいいからね」
リナ(=リッツォーの)初陣はこうして始まるのだが、
ピクニック気分を真に受けて果たして大丈夫なのだろうか。
とにかく剣と魔法の異世界転生をしたのなら初戦闘をしないと始まらない。
最初に出会うモンスターは何なのか、ワクワクしながら寝るリナであった。