リライザ・アマリリス、ライブフォースは3355
「スコッティの冒険者ギルドってのはここで合ってんのかー?」
「ちゃちい看板だな、だいぶ街もギルドもしけてんなぁ」
「おい! 職員いないのか、わざわざ王都から来てやったんだぞ」
無遠慮に入ってきて壁をどんどん叩く三人の男たち。
しかし、今は昼下がりで多くの職員は食事休憩で外しており
このリライザ・アマリリスが受付の仕事を引き継いでいた。
「受付ならこちらでしますので来てください」
「はぁ? おい、お前新人さんか? お嬢ちゃん、わかってねーな。
C級冒険者のザマフ・ドライモン様たちが遠くから来てやったんだぞ」
「そうだ! 受付から出てきて俺たちを歓迎するのが仕事ってもんだろーがよ」
仕事を複数抱え忙しい私にこちらへ来い等と言い出す困った人たち。
へー、たかがC級ごときのゴミのような雑魚冒険者どもが
疾風の異名を持つ元A級冒険者にしてサブギルドマスターを務める
このリライザ・アマリリスにずいぶん舐めた口を聞いてくれるじゃないか。
おかしくって笑えてくるね。
いや、一瞬だけおかしかったがよく考えるとやっぱり許せん。
人間、実力がないのならせめて礼儀ぐらいはきちんとしてて欲しいものだし
井の中の蛙を恥じることなく威張る、そんな存在迷惑だ。
しかし今の私は、こういう連中であっても無碍にはできない立場、
特別な事情で王都や他の街から冒険者を呼び寄せているのだから
ザマフ・ドライモンとかいう変な名前の奴らも上手く使っていく必要がある。
これでも貴重な戦力なのだから……。
なるといいけど。
「ザマフさんはC級とのことですが、他の方で新規登録の方はいませんね?」
「おうよ。全員C級冒険者様だ。こんな寂れた田舎には珍しいだろう!」
……。スコッティは田舎ではなく中堅の地方都市なんだけど。
「では三名様とも冒険者カードをこちらに出してください。
それから最新のライブフォースなどを測りますので鑑定台の方に手を」
別の書類に目を通しながら三人の男たちの受付を済まそうとすると
それに従わずにザマフが顔を歪めて文句を言い出した。
「おいおい嬢ちゃん! いくらなんでもそれはないだろう。
書類読みながら冒険者様に命令か?お互いの立場わかってんのかい?」
「はい。それは分かっているとは思いますが。」
「嬢ちゃんは安全な場所で仕事してお給料もらえていいだろうけどな?
それで実際に危険を犯して依頼をこなすのは一体誰なんだい?」
「そうだ! 冒険者様が仕事して利益を出すから職員が暮らせるんだろうが!」
(うるさい! 片付けるべき書類が全く頭に入ってこない!)
この男たちは、さっきから私を若い新人受付嬢だと勘違いしている。
見た目は20代前半に見えるはずだから
そういう新人がいたとしてもおかしくはないが
最近の王都の冒険者ギルドの職員はシニアばかりなのか?
お嬢ちゃん呼ばわりをあえて訂正するまいと思っていたものの埒が明かない。
リライザは鑑定石を持ち席を立つ。
「やっとわかったか。よし嬢ちゃんそのままこっちに来い」
「どうせ暇だろう? 仕事終わったらそのまま俺たちと遊ぼうぜ」
Lv:14 ザマフ・ドライモン 年齢/種族/性別 : 35/人族/男
LF(ライブフォース量):422(身体 320/スキル100/魔法2)
HP:259/259
MP:61/61
STR:186
INT:12
AGI:62
DEX:60
スキル(LFの内訳)
豪腕(100)
魔法(LFの内訳)
水Lv0 (1)
火Lv0 (1)
称号:C級冒険者 問題児
リーダーらしきザマフのライブフォース量は422で、
これでも一般人から見たら超人的な強さだ。
例えば学校でクラスメート全員が一度に襲いかかってきても
ザマフはたった一人で真っ向から戦えるぐらいの強さがある。
「なるほど、一応C級相当のライブフォースはあるのね」
でも内訳はなんか微妙?
アンバランスな構成で良さが活かしきれてない。
「せっかく豪腕スキルがあるのにINT12ってのがもったいないわね」
「なっ、勝手に俺を『鑑定』しただと! お前頭おかしいのか!」
「は? ザマフさんに対していきなり何してやがる? 小娘!
許可なく『鑑定』なんてやったら殺されても文句いえないんだぞ!」
そう。『簡易鑑定』の方なら許されるが一声かけるのが礼儀であり
『鑑定』に至っては、同意なく行うと冒険者同士では戦闘行為にあたる。
二つのスキルの違いはステータス構成が表示されるかどうかで
例えば『簡易鑑定』をザマフにした場合は次のような表示となる。
Lv:14 ザマフ・ドライモン 年齢/種族/性別 : 35/人族/男
LF(ライブフォース量):422(身体 320/スキル100/魔法2)
HP:259/259
MP:61/61
称号:C級冒険者 問題児
『鑑定』は殺し合いを前提として相手の対策をするためのスキルなので
黙って勝手に使われるのは確かにこいつらの言うように穏やかではない。
もっとも、パーティメンバーに見せたり冒険者ギルドでの正式な手続きなど
必要性や相手の同意があれば戦闘時以外にも使われているし
今回のケースなら冒険者ギルドに来た時点で『鑑定』の同意があるとみなす。
駄々をこねて手続きを拒むほうが営業妨害だから問題はない。
ちなみに先ほど『ザマフのINT12がもったいない』という話が出てきたが
INTパラメーターは一度に消費できるMPの最大量で
MPを水に例えるならINTは蛇口の大きさだと考えればいい。
『豪腕』はライブフォース100で取得できるスキルで
全力で発動した場合のMP消費量は取得時と同じ100となるのだが
INTが12だと、一度にMP12までしか消費できないので
ずいぶん可愛いらしい威力の『豪腕』となってしまう。
それだったらスキルなど覚えずに身体のほうにポイントを振っておけばいい。
無礼な冒険者たちに私は口を開く。
「へー? 誰が小娘だって? それよりお前たちは一体ここへ何しに来たんだい?
ギルドの受付に来たのなら『鑑定』は必要だろう」
「なんだと小娘! お前が新人だからザマフさんが手心加えて下手に出ていたのに
その口の聞き方はなんだ!この馬鹿女には教育が必要だな!」
「ほう、教育ねぇ」
ザマフ・ドライモンと取り巻き連中相手にサブギルドマスターとして
どう落とし前をつけるべきなのか半笑いで思案していると
ザマフの右側で一番静かだった男がびっくりした顔で固まる。
「ヒッ! 3355!」
なるほど。この男の名前はオズマ。こちらの『鑑定』に腹を立てて
オズマは『簡易鑑定』の方で私にやり返してきたのか。
ザマフ以上の雑魚なのでこいつのステータスは省略しておき
私のステータスを紹介しよう。
Lv:37 リライザ・アマリリス 年齢/種族/性別 : 32/人族/女
LF(ライブフォース量):3355(身体 1745/スキル300/魔法1310)
HP:635/635
MP:1110/1110
STR:445
INT:280
AGI:711
DEX:309
スキル(LFの内訳)
鑑定(100) 剣技(100)探知(100)
魔法(LFの内訳)
地Lv1 (10)
水Lv2 (100)
火Lv2 (100)
風Lv3 (1000)
空Lv2 (100)
称号:疾風 サブギルドマスター 復讐心の鬼 若作り アンデッドキラー
オズマは『簡易鑑定』しか所持してないから最初の二行と称号に加え、
HPMPまでしか見られないはずだ。私のライブフォース量を見て驚いたのだろう。
「確かに出来の悪い嬢ちゃんに教育が必要だな。
職員のレベルが低いのは冒険者の士気にも関わる重要な問題だ。」
「お、おいザマフさん!」
「ん? なんだオズマ、長旅で疲れたか? 顔色悪いぞ。」
せっかくだからオズマが種明かしする前にザマフの驚く顔を見ておこう。
「……そうかいそうかい。勝手にステータスを見て悪かったね。
じゃあお詫びに私のも見るかい? この鑑定石を使えば私を鑑定できるよ」
「嬢ちゃんのステータスなど興味はないがいいだろう、年齢を見てやる。
23歳ぐらいだと思うが微妙に老けてそうな気もする。意外と行ってたりしてな」
おっと? さらに地雷を踏んだなザマフとやら。
……。
「あっ!!」
あっと驚くとはこういうことだろう。その見本のような反応を示して
私のステータスを見たザマフが蒼白な顔でガタガタと震え始めた。
「それで、このリライザ・アマリリス様を『教育』するんだってねぇ?
怖い怖い。それで私に一体どんな教育を施してくれるつもりだったのかな?」
「申し訳ない! 舐めた口きいてすみませんでした姐さん!
先ほどの無礼、何でもしますから許してください!」
「誰が姐さんだ。これからはサブギルドマスターと呼べ」
ビシっと三人でしっかりと頭を下げるザマフ一行たちだったが
こう素直に謝られるとやっぱり悪い気はしないものだ。
「その汚い手で散々うちの壁を叩いてくれたから、そうだね。
お前たち三人にはこのフロアの掃除でもしてもらおうか。
依頼の件と宿の方はこちらで手配しておくからしっかり働きな!」
人手不足のギルドだったが、臨時の清掃職員を確保できたので良しとしよう。
ところが、やがて職員の昼食休憩が終わり私も一息入れようとしたとき
さらに大きな事件が発生したのだった。
……。
本来の受付嬢が困った顔で私を呼んだので付いていってみると
受付に立っている粗末な格好の人物の数値がおかしかったのだ。
(なんだこいつのステータスは? それに神魔法Lv1『ホーリネス』だと?)
Lv:1 リッツォー・セレスト 年齢/種族/性別 : 20/人族/?
LF(ライブフォース量):300(身体 100/スキル200/魔法0)
HP:79/79
MP:21/21
STR:25
INT:30
AGI:26
DEX:19
スキル(LFの内訳)
表示不可(200)
魔法(LFの内訳)
特殊魔法:神魔法Lv1『ホーリネス』
称号:表示不可、完全半陰陽
まず性別が『?』になっているし、Lv1なのにライブフォースが300もある。
表示不可のスキルと称号も謎だが通常魔法が使えないのに特殊魔法があり
完全半陰陽というのも初めて見る。いろいろよくわからない所だらけだが
神魔法とは神聖魔法の一種で、聖魔法の上位にある魔法だという知識はある。
それも本で読んだことがある程度で実際に見るのは初めてだ。
聖魔法は、基本の地水火風空の五属性とは別系統の魔法で
一部の特殊な人間にしか覚えることが出来ない魔法だ。
聖魔法の使い手は貴重なため、一定以上の使い手は王国に管理されている。
聖魔法の上位の神魔法については非常に稀で、この魔法が活躍したのは200年前、
破壊魔ルフィスという恐ろしい化物が現れ世界人口の30%が失われたときだった。
とにかくこの人物の扱いについては私の一存では決められず
クラリス王国の方に判断を仰ぐ必要があり、別室で待機してもらうことにした。
身形では性別がわからなかったが、リッツォーという男性名だったので
この人物を男性と判断して対応する。
そしてザマフ騒動のときには高くにあった太陽が沈む頃、
リッツォーは散々騒いだ後にトイレに行くと言い出したので部屋から出した。
この後リッツォーはどうやったのかは知らないが変身して名前まで変えて
ここから逃げだそうとしたのだが、あいにく私には『探知』と『鑑定』があり
女性名に変わった『リナ』とやらをギルドの出口で捕まえることができた。
そこまではよかったのだが、
なんとこの『リナ』は、またしても予想外の行動をしてくれた。
ジョー……という音とともにいきなりオモラシをしてしまったのだ。
周りには冒険者も多い時間帯で、ザマフたちもいた。
彼女? を捕まえて耳元で名前を囁いたときの出来事だったから絵面的に
私が彼女を怖がらせて虐めたのかと勘違いされたようで、周囲の視線が痛い。
昼間のこともあったのでドン引きしているザマフたちに命令し、
リナの粗相の後始末をフロア内でさせて、下半身を汚したリナは私が連れて行く。
リナは心が折れたのか終始うつむいたまま私の言うことを聞いてくれるように
なったので、まぁ結果的にはよかったのかもしれない。
やがて王都から馬車が来てリナ(リッツォー)を連れて行き
いろいろあったが私の今日の仕事が無事に終わったのだった。
私の冒険者生命を絶ったアークリッチ討伐にザマフたちは使えるのだろうか?
ヤツは神聖魔法を弱点にしているのでむしろリナのほうが欲しいぐらいだ。
ザマフのようにたった400そこらのライブフォース量では
27000の数値を持つヤツの目の前に立った瞬間に消し飛んでしまうだろう。
塵も積もれば山となるというが限度がある。数で攻めるにしても
ヤツと戦うには私のように3000程度のライブフォースは欲しいところだ。
私は若くしてA級冒険者に上りつめたが三年前ヤツにパーティを
全滅させられてから一線を退きギルドの職員として生きている。
仲間を全滅させた冒険者の現実は厳しい。
目に見えるペナルティはないのだが精神的な傷を抱えた状態で
心ない噂話に晒された私を迎え入れてくれるパーティなどなかったのだ。
普通のパーティには入れてもらえなくてもバツイチ同士、
パーティメンバーの見殺し経験者同士で組むという選択肢はあったのだが
リライザは一人、ギルドの職員になる方を選んだのだ。
――やがて来る復讐のために。