表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/12

プロローグ

藤倉律男フジクラリツオの記憶−


「今から眠くなりまーす 十から数えてくださいね」


看護師の声に促され、自ら望んで受ける手術が今始まる。


全身麻酔で意識の落ちる瞬間には少し興味があり、

自分の状態を確かめながらカウントダウンをしていく。


(十、九、八、七……)


麻酔の吸入が始まるが変化は感じられない。


効きにくい体質の人もいるのかな?と思いながら

六まで数えて意識が沈み始めたのを感じる。


手術室の音や看護師の声はまるで水の底で聞くかのようだ。

視界も暗転し、物理的にそばにいるのに遠い。

自分だけ世界から一人切り離されたような心細さを感じながら落ちていく。


六の次はえーと…

ベッドの上で精一杯、喉を小さく震わせて……GOと鳴らした瞬間!

そのシーンはぶった斬られ、次の漫画のコマに移ったかのように

私は光り輝く室内でイスの上に腰掛けていた。


一瞬で夢の世界へ行けるとは、さすがは噂の全身麻酔だと感心していると

頭の中に声が響いてくる。


「「「お主は手術中に心臓が止まってしまったんじゃ」」」


声だけの人にいきなり言われても、信憑性も現実味もあったものではないが、

なぜかその重厚な声は、私の胸を突き破って痛恨の感情を刺激し

私、藤倉律男はその内容を直感的に受け入れる。


「つまり、ここは夢ではなく臨死体験ということですか?」


「「「臨死ではなくお主は完全に死んでおる! 気分はどうじゃ?」」」


この声には有無を言わせぬ説得力が有る。


尋ねられているので少し考えた後に口を開く。

(……悔しいと思ったが、既に死んでしまったものはしょうがない)


「まぁこれも運命ですかね、これからどうなるのか分からないので

まだなんとも言えませんが、たぶんこれでよかったと思います」


「「「お主は運命ではなく不幸な事故で死んだのじゃ 本当によかったか?」」」


「まぁ、そうですね」

これまでの半生を総括していく。

仮に性転換手術に成功しても先行きは明るくない。


(しんみりさせて悪いけど、これから明るく前を向いていくから許して欲しい)


可憐で誰からも可愛がられた私の10代。

男性としての成長に心が耐えられなかった辛い20代。

先立って去勢手術を受けたがこの代償が想像以上に大きかった。


男の大きな内臓と骨格に女の筋肉という体は、

トラックの車体に軽自動車のエンジンを積んでいるようなものだ。


社会生活を営めるだけのパワーに欠けて仕事がきつすぎる。

若者なのに70歳ぐらいの体力しかないのを想像してほしい。

見た目も70歳なら周りに配慮してもらえるのだろうが……


これは私の持論だが、

何でもかんでも骨格や内臓が大きいほうが生物的に有利だとしたら

基本形である女性もそういう体になっていたはずだ。


性転換を成功させるには小さな内臓と重くない骨格をもつ個性の人か、

もしくは成長前にやらなければいけない。


などと、藤倉律男は反省点を述べた。


「「「それでも今回は不幸な事故、お主は特典を持って異世界転生をするのじゃ」」」


「それは強制ですか?魂だけでもうちょっとふわふわ空中を漂っていたり

溶けて地面に吸い込まれて消えたり、海の底でのんびり過ごしたりするのはアリですか?」


質問したらそれはナシだと怒られた。

自ら愛を捨てた自業自得の罪があるので、強制での転生になるそうだ。

十年ぐらい一人で休もうと思っていたが許されなかった。


「「「ここにもう一人来たとき、転生が始まるからしっかりの!」」」


「えーと、もう一人来るんですか?」


「「「それはもう、ものすごいのが来るそうじゃ 楽しみしておくように!」」」


ということはまた暗い話になるかもしれない。

しかし最底辺で膿を全部出しきり、明るい未来を招くためには仕方ないのだ。


天野莉菜アマノリナの記憶-


わたしは、計画通り悲願を達成して一息つく。


全身を弛緩させ、もうわたしのことを拒絶せずに受け入れてくれる彼。


顔を撫でてあげると、まぶたや眼球、顔の筋肉が毛布のようにふわふわ柔らかい。

触られても筋肉が反射しないから抵抗がないんだね。


この光景を何も知らない外野の人が見たらどう思うのかしら?


凶悪犯罪現場、惨劇、地獄絵図、などと勘違いをするかもしれない。


彼の心臓を一突きにしたからそう誤解されても仕方ないのかな。


でもね?世間の人は怖いとか地獄とか勝手に決めつけるかもしれないけど

本当は温かくて優しい二人の時間が流れているんだよ。


ほら、現実に今、二人は安心してリラックスもしてるでしょ?

怖がっている人なんてこの場に誰もいない。


だから初めてこの部屋に入った人がいたら腰を抜かさないでね?


赤で装飾された綺麗な室内で、くつろぐわたしは美しい楽園の乙女。

わたしを受け入れてくれた、静かな彼との幸せな時間。


さて、彼の話をしましょう。


もともと彼は、配信サイトで生放送をしていたんだけど

硬派な人で、リスナーサービスは一切しなくて

対戦ゲームをひたすら突き詰めていく人だったんだ。


わたしは感情をすぐ表現したり、チャラチャラした男は苦手で

やっぱり男の人には少し謎な部分が欲しいと思う。


感情表現を控える人の方がどんな人だろうと想像の余地があるし、

彼のために何をしたら好感持ってくれるのか

いろいろ考えて駆け引きを楽しんだりできるから好き。


余談だけど、わたしがSNSで苦手な男の人の行動は

焼きそば食べましたーみたいに写真を載せたり

プロフィール画像を変なアニメ女の絵にしたりすることかな。


万が一、好きな人がそういうことをしたら

お願いです!つらいのでやめてください!って頼んでしまう。


そもそも、そういう男は最初から好きになることはないので

実際にクレームをつけた経験はないけどね。


それで、今横たわっている彼だけど

自信もってほしかったり、元気づけたくていろいろ褒めていたところ……。


毎回スルーされて反応が返ってこない。

大会などで実際に会いに行って話しかけると普通の対応はしてくれるんだけど

家に帰るとフォローもリプも一切帰ってこない。


拒絶されてるのか、恥ずかしがり屋さんなのか、ゲーム以外興味がないのか

もともとSNS苦手なのか、一切わからないんだけど、そこがたまらない。


やがて好きが昂じた結果、上記の謎を解くために彼の部屋に侵入し

わたしへの気持ちは拒絶だったのでとりあえず心臓を一突き。


こうして幸せを満喫したあと、邪魔者が現れないうちに

わたしは手首を切って彼の赤と自分の赤を混ぜ合う。


赤く染まった彼だけど、寝顔は相変わらずお美しい。


抱き合ったまま、わたしは目を閉じて二人で永久の眠りにつく。

このままドロドロに溶け合うまで愛し合いましょう。


わたしたち、これだけ綺麗な二人なのだから

いつかここを発見した人には祝福をしてほしい。

「地獄だ地獄!」などと叫ぶみたいに、決して失礼なことはしないでね?


やがて気がつくと、『天野莉菜』は白い部屋でイスに腰掛けていた。


幸せの余韻に浸っていたので目の前の光景や

頭に響いてくる声に全く興味がわかない。

いいからわたしを放っておいて欲しい。


天の声を聞いていると

わたしの魂は廃棄も検討されたが、『藤倉律男』との融合が決まったらしく

融合後の主導権はそちらにあるそうだ。


廃棄を免れたけど、何もせずゆっくりしたかったから

わたしは裏でしばらく眠らせてもらうね。

何か興味を惹く面白いことがあったときに起きればいいし。

……。


融合が終わって、主導権のある『藤倉律男』が口を開く。


「私には特典があるそうですが、どんなものでしょうか?」


厳かな天の声の説明を聞く。


向こうでは『ライブフォース』という生命エネルギー数値の概念があり

普通は初期値100と決まっているが、二人分の私には200あるらしい。


日本で通用しなかったポンコツ二人を合わせての200だから

基準値100の一般人より劣りそうに思えるが

そんなことはなかった。


『ライブフォース』を利用して人の身体が構成され

余った分で魔法やスキルを習得できる。


一人の身体を作るには100の『ライブフォース』が必要なので

レベル1の人間は余りが0、魔法やスキルが使えない。


レベル上昇により、転生後の世界で万単位の数値の者もいるが

1000程度あれば指揮官クラスに相当するのだそうだ。


「ということは私は200あるうち100で身体を作れば」

残りの100を使って……。


「「「左様 『本来なら』、魔法かスキルを習得できるのじゃ!」」」


天の声から『本来なら』という注釈がついた。


性転換を望み死んだ私には、身体分以外に残る『ライブフォース』

100と引き換えに『神性陰陽調整Lv1』という特典が与えられ余りが0。


それを使えば天野莉菜の身体とチェンジできるそうだ。

身体を生命エネルギーの状態に変換し

陰陽パラメータを調整してから再構成するスキルだった。


この特殊スキルのレベルを上げることで

性別のグラデーションを変えて

無数のちょっと違った自分を作れると教わった。


うーん、このスキルどうなんだろう?


違った自分になれるのなら別人のふりをしたり

軽犯罪をし放題とかはできるかもしれないけど。


白い部屋の出口に転生用の門がある。


『神性陰陽調整』か、その裏技的な使い方は向こうで考えよう。

まぁ普通に暮らせるならそれでもいいけど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ