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希望薬の夢幻姉  作者: 鷹鷲 烏 
1/4

神漏岐十一の転移

それは平成が終を告げた最初の真っ暗な新月の時のこと。

街灯の照らす長い帰り道の途中、青年は揚げたてのコロッケを片手に夜道をブラブラと歩いていた。片耳から流れ出るのは、甘い女性の声。

(あぁ、俺にも優しくて頼りがいのある、耳かき上手の姉さんがいればなぁ)

青年は、姉ボイス音声なるものに聞き惚れながら夜道をのんびり歩き続けていた。そんな時だった。

街灯に照らされた横断歩道の真ん中で、お婆さん倒れているのを青年は見つけた。丁度目的の取り立てに向かっていた相手のお婆さんだった。

「大丈夫ですか」

「・・・・・」

返事がない、もうすぐ屍になりそうだ。

(おいおい、彼女は保険金対象外だろう・・・勘弁してくれよ)

焦る気持ちを抑え、青年は肩掛けカバンを信号機に立てかけ、横断歩道が青になってから飛び出した。幸い車は走っておらず、お婆さんの心臓も微かに動いていた。

(良かった・・・まだ間に合う。何が何でもお金は返して貰いますから)

青年はポケットから、姉ボイスを聞いていた携帯を取り出し、百十九番に電話をした。迅速な判断に迅速な対応が出来た青年は、間一髪のところでお婆さんの命を救うことに成功した。

だが・・・青年が数日後にお見舞いに行った日には、もうお婆さんの姿はなかった。お婆さんは急病で他界したとの事だった。

(日本の果てまで追いかけるとは言ったが・・・上手く逃げ切られてしまったかぁ・・・)

しかし、青年は病院側からのそういった言葉に別段驚くようなことはなかった。何となく予感はしていたのだ。青年は人の死期がわかった。

青年は幼い頃より取り立ての現場を見て育ち、臭いや行動から何となく人の死に際を察知できるようになっていた。彼が今も取り立てのアルバイトをしている事が、その察知する能力を更に過敏な物にしていることを彼もまた、理解していた。

そして、自分の死までのタイムリミットが近づいている事も彼は察していたのだった。

「徳は積めるだけ積んどくに限るよな・・・」

病院を出る際に、青年はぽつりとつぶやいた。限りなく無気力に、気怠さのような物さえ感じられる様子で。今回、死ぬとわかってお婆さんを助けたのもそのためだった。

碌でもない義父に拾われ、最後に聞いた彼らしからぬ言葉は、

「人を助けるのに何かを求めんなよ・・・そりゃあ、善意じゃねえ」だった。

バカ真面目に人生を歩み続けて十九年、残りの人生を知ってから毎日を限りなくフリーダムに、善意と利潤の区別をしながら生きて来た。悪いことも良いこともしてきた、そしてどちらかといえば、良いことを沢山してきた。そんな人生を青年は歩んだ。

(極楽浄土があるならば、きっとそこは南国風の常夏リゾートで、年中気温が30度を下回らないビーチで、歳の離れたお姉さんが水着姿で耳かきをしながら、団扇で適度に体を涼ませてくれる。そんな素晴らしい場所なのだろう・・・楽しみだ)

青年の妄想は日を追うごとに、死に近づくにつれて膨らんでいった。

そして数日後、青年は車の突進や隕石の飛来、解き放たれた虎から、何とか逃げ果せ、最後の贅沢にと、十三万円の最高級ヘッドフォンを耳にかけ、サラッと誤って流れ出た大音量の姉ボイスで心臓が活動を放棄し、その生涯はひっそりと幕を閉じたのだった。

余りにもナンセンスなオチで終わる人生だと、青年は少し思った。しかしそれ以上に、極楽浄土のお姉さんへの期待が大きく膨らんでいたのはいうまでもない―――。

(死神か、世界の理か。どちらにせよ俺は疲れました。早く優姉、ギャル姉のいる常夏ビーチに連れて行ってはくれませんか・・・)

青年の体からフワッと魂は抜け出るとそのまま上へと昇って逝き、神様のいる所にまでやって来ていた。

「ここが・・・天国?」

冷たい黒い椅子に、生ぬるい液体の中のような空間。青年は死ぬ前に、色々と事前に調べ、地獄には落ちないように創意工夫をしていた。しかしコレは地獄に落ちてしまったのだと、落胆した。

(チャカのパーツを小分けにして遠回しに売ったのが仏に知れたのか?それとも、密入国者の乗った船を漁船で突っ込んで沈めたのが原因か?でもあれは事故の判決だよな・・・)

《おはようございます》

「あ、おはようございます」

どこからか声が聞こえた。男の声ではない、むしろ柔らかく透き通った女性の声だった。

神漏岐(かむろぎ)十一(といち)さん、ですね?》

「はい、神漏岐(かむろぎ)です。いい声ですね」

《・・・何を言っているのですか?》

柔らかく透き通った声の持ち主は困ったように聞き返す。

「申し訳ないです。どうも色々と頭がモヤモヤしていて、判断が追いついていないようです」

《そうでしょう。多くの者はそうですから。神漏岐十一さんは、少し大人しいぐらいだ。最近の日本人はそういうモノなのでしょうか?》

「誰かは存じあげませんが、全員が全員、俺ほどやさぐれてはいないと思います。安心してください、仏様?」

《私は一応貴方達の言う神様のような位置づけで、ちゃんとした名前もありますから、神様、と呼んで下さい》

神漏岐は神様を別に深く信仰するような人間ではなかった。どちらかというと、ソレを利用して悪くない収入を得たいと考えるような青年だった。彼の家柄が彼にそうするよう敷いて来たのだ。彼はもとより、そういう風に生かされ、そしてそのまま死んでしまった。

「お名前を聞いても宜しいですか?」

名前を聞いたら絶対に忘れないのは、神漏岐の些細な取り柄だった。彼女がきっと極楽浄土に連れて行ってくれる方なのだと思い、その感謝から彼女の名前を魂に刻もうと思ったからだ。

《・・・どちらのでしょうか?》

神漏岐はソレを聞いて、神様と自称する方々は二人いるのだと知った。とりあえず、まずは好みの透き通った声の彼女の名前を知りたいと思った。それに話している相手よりも先に、別のなにかの名前を唐突に聞きたがることは普通ないだろうと思い、そこから総合的に彼女は天然なのではないか、という神を前にして失礼なことを考えていた。

「今話している貴女のお名前を先に聞かせて下さいますか。それともう一人いらっしゃるなら、その方の名前も」

《わかりました。私は彼方が今から転生する世界、[アトレア]で女神をやっています、サマエルです。そして、彼方の後ろにいらっしゃるのが、東照大権現様です》

≪よろしく≫

死を司るとされる天使、魔王とも語られることもあるサマエル様に、有名な徳川家康公だと、神漏岐は思った。死ぬ以前に神漏岐は、どの神様に面接を受けようとも、適切な対応が出来るように名前や趣味嗜好などはおさらいしていたのだ。

徳川家康公が出て来たのは、栃木にも静岡にも京都にもある神社に行ったからだろうと神漏岐は納得していたが、サマエル様というのは全くこれっぽっちも接点がなかった。

そしてその彼女から出た不安を煽る二文字の言葉についても聞かざるを得なかった。

「あの・・・俺は、極楽浄土ではなく・・・転生・・・?させられるのですか?」

《そうだ―――ですね。転生だね。何か不安ですか?》

(いえ、だったら色々自分の中での計画に誤算が生まれてしまうモノで・・・)

とは言えなかった。

《彼方の中でどのような算段があったのかは存じあげませんが、私達もそれなりの優遇をしてあげたいと思っています》

「口に出ていましたか!?」

とんでもない失礼だったと、神漏岐は失敗したかと冷や汗が出せたら出していた。実際には魂だけの存在の神漏岐には汗腺は愚か、口もついていないのだが。

《魂に出ていたよ――ふふふっ》

優しく透き通った声を依然として発する女神サマエルは、少しの間邪悪な声で笑い、そしてまた先ほどの調子で話始めた。

《あなたは今となっては前世ですが、色々と不幸な目にあい続けて来ましたね。生まれつき国から保証される最低限度の文化的生活に身を置き、親もいなければ、愛を知ることもない、寂しい人生を送って来たように見えます》

「いえ神様、俺には全世界からアップロードされた姉ボイスがありました。色々大変でしたが、良い仲間も数は少なかったですが恵まれました。だから俺は幸せだったし、寂しいなんてことはありませんでしたよ」

極楽浄土にあげて貰いたい神漏岐は未練などないのだと、必死の抵抗をした。実際に微塵も後悔がなかったのは確かだったからだ。しかし、もう一体の神、東照大権現こと徳川家康公も神漏岐を説得に掛かった。

≪だが、お前はパトカーをタクシーか何かと勘違いしてか、遠出をしては刑務所の中を行ったり来たりしていたではないか。それは寂しいなんてものではないぞ?≫

「あれは三人乗りのタクシーです」

≪上に赤いランプを付けたタクシーなんぞ見たことないわ!≫

「いや、けっこうあれって点滅とかするんですよ」

≪それはSOS信号だ。それに君の乗っていたのは白黒だろう≫

徳川家康は現在にも精通していた。

「ぐぬぬ・・・」

神漏岐は焦っていた。このままでは輪廻転生の環に戻されてしまう、しかも別の世界に。と・・・そこまで考えた瞬間、神漏岐に電光が走る。

「優遇された形で、つまり、自分にある程度裁量を与えて貰えるというようにとってしまって構いませんか?サマエル様、例えば姉ばかりの世界とかは無理なのでしょうか?」

《姉ばかりの世界、というのは無理です。色々と問題があります》

「ソレが無理なら、せめて努力を対価に最高の姉が欲しいです」

《さ・・・最高の姉?》

≪サマエルさん、この青年はどこか魂がおかしいぞ。こんな奴が本当に適合したのか≫

《ええ・・・その筈、おかしいな・・・》

「ソレが無理なら極楽浄土に連れて行って下さい。そこで、お姉さんに優しくして貰いますので」

≪世界が生んだ一種の狂気だな・・・≫

《で、ですが一応彼には使命があります。人格はともあれ、転生して貰わなければなりません》

女神サマエルの言葉を聞き、神漏岐は極楽浄土に行くという望みを絶たなくてはならないのだと感じてしまった。そして、姉ばかりでない世界に転生するなら、もうどうでも良いと思ってしまった。

「もう勝手に色々決めて下さい。姉のいない世界なんて前世と変わらぬ生き地獄です。精々小さな幸福を持って虚しく生きています」

《・・・どんな形であれ、最高の姉を数分であれ、共に過ごせれば問題はありませんか?》

≪そんな無茶を・・・≫

「で、出来るんですか!?」

宇宙の闇のように暗く濁った彼の魂は、流星のように光り輝く一つの光明を掴み取ったような気がした。

《可能です》

その言葉に喜びが吹きこぼれるような笑みを浮かべる彼の魂は、次から次へと述べられていく女神サマエルの言葉に二つ返事で頷いていった。

《コレで大方の説明を終えました。大体のことは分かりましたか?》

「はい。鍛練を積んで、魔王という奴が現れたらカチコミに行けば良いんでしょう?」

≪この男で大丈夫なのか?≫

《彼が一番適性値の高かった人間です。ステータスにも適合後、良い数値が出ています。人格に多少難ありですが、あの場所なら問題ないでしょう》

「ステータスというのはなんです?」

≪神漏岐君はゲームとかやったことないか?≫

「ありますけど、どういった形のものかと思いまして」

≪F〇とかドラ〇エみたいな感じのものだ≫

《東照大権現様それは・・・》

≪私の時は武断政治期だったから、分かりやすい説明ばかり求められてなあ。神になってからもその名残が強くなってしまっている≫

「おかげで酷くわかりやすい説明でした。なるほど、ではそのような遊び心もある世界ということですね」

《いえ、コレは真面目なものです。決して遊び心などではなく。そのステータスによって職が決まり、身分さえも明らかになってしまうのです》

「偽装が難しくなると」

《ですから、悪いことをすれば当然そのステータスには悪い称号が付与されます》

「ご心配なく、悪いことはしません」

《それとスキルについてですが―――》

「早く姉に会いたいのですが」

サマエルは、歯ぎしりをした。

≪神漏岐君、少しはちゃんと聞いておきなさい。サマエルさんは多分君のためを思って言っているんだ。それにスキルを使えば、君はより長く最高の姉とやらと共にいることが出来るかも知れないぞ?》

「ふむ・・・なるほど。そんな便利なものなら聞かずにはいられないかな」

徳川家康は何者の扱いも上手かった。

《東照大権現様、ありがとうございます》

≪いやいやよいんです。話を続けて下さい≫

それから神漏岐はスキルというのはステータスの一機能で、ある一定の行動をする際の補助をする役割を持つものだということを知った。

そしてそのスキルには、一般的な習得が可能な通常スキル、一般には習得の難しいエクストラスキル、そして特別な個体に与えられる先天的なユニークスキルの三種類があるということを知った。

「資格が自動更新されるような感じですね。筆記が三級から二級に上がりました、みたいな」

≪資格の自動更新か、カッカッカ、まあそのようなものだ。そうだな、特別に私からも例として二つスキルをやろう≫

《勝手なことをされるのは困ります。大権現様》

≪そう硬いことを言うな。ほれ、神漏岐。【虎視眈々】と【辛抱者】だ≫

「ほれと言われても・・・俺は今渡されたんですか?」

≪転生後にステータス画面を開いて見ろ。ユニークに二つぶち込んでやったわ≫

《勝手なことをするな・・・徳川》

女神サマエルは、先ほどまでの透き通るような声とは真逆の、地底の底から響くような重低音で東照大権現を威圧した。

≪まあそう怒るな。此度の一件はサマエルさんの独断で行っておる転生の儀であろう?それに当たった可哀想な参拝客に、私が褒美をとらせたまでのこと。問題はない≫

神漏岐にはここで、ようやく女神サマエルのイメージが神話と一致することに気がついた。『神々の悪意』『毒』それらをひっくるめ、彼女は今までその本性を隠していたのだ。

先ほどの底から響く重低音こそ、彼女の本来の声であり、隠匿された本性なのだった。しかし、むしろ神漏岐はそんな彼女を神様らしい神様だと安心していた。

「女神サマエル、俺は貴女がどういう者でも結構だと思っています。俺にどんな試練を与えようと、どんな不幸に突き落として俺を嘲笑うのも結構です。ですが、約束は守って下さい。必ず、姉ボイス以上のモノを俺に下さい!」

《ふふふっ・・・知って尚私の神託を受け入れますか。面白い男だ。記憶や体はそのままで、私達の世界に適合できるようにしましょう。結果を早く見たくなった》

《そして、私からもスキルを一つだけ与えます。そして転生者ではなく転移者として、あなたをコチラの世界に招きます》

そう言い、【債権者】のユニークスキルを神漏岐は手に入れた。

《彼方の記憶をコピーして作った紛い物の記憶から作ったスキルです。彼方は記憶を保持したまま、新たなる世界で面白可笑しく踊り狂いなさい》

≪気に入られたみたいだな。カッカッカ、良かったなぁ神漏岐よー≫

その声を最後に、神漏岐十一(かむろぎといち)に神の声は届かなくなった。前に見えるのは光るドーナッツ、神漏岐はそこに飛び込めば転生出来るのだろうと思った。

「綺麗な人が俺の姉さんだ・・・準備は良いか・・・行くぞっ!」




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