番外編『俺のエイプリルフール』<後編>
ちょっと長いです。
あと、番外編といっても本編とのつながりは多少あります。
――ように見えた。
「ガハッ!」
そう断末魔(?)的なものを叫び、菜々美は路上に倒れこむ。
茶髪と黒髪の混ざった髪をバサッと広げた菜々美の体から血溜まりが広がる。――ことはなかった。
はぁ~……もう種明かししていいころだよね?
「菜々美、お前、刺されてないぞ。良いから立て。いつまで、俺の前でうずくまってるつもりだ?」
俺は呆れた口調で菜々美にそう告げる。
「あれ、ホントだ。んっ? ここフィクションとかでありがちな死後の世界じゃないよね?」
「当たり前だ。アホ」
ギュッと瞑っていた目をゆっくり開け、菜々美はキョトンとした顔で起き上がる。……どうやら理解が追い付いていないようだ。
俺を庇って(?)二人組の過激派非リア(仮称)に刺されたはずの菜々美が何故、平気でいるか。
それは……
「エイプリルフールドッキリ、大成功~!」
そう言いながらよくテレビで見かける、おばさん(おねえさん?)が出てきた。
まあ、つまりはこういうことだ。
あの二人組の過激派非リア(仮称)は実はテレビ局のスタッフさんで、今日がエイプリルフールであることにちなんで、通行人の人にドッキリを仕掛ける的な企画のやられ役に俺たちは見事選ばれたらしい。
……にしても、こういう一般人を対象にしたドッキリは日本では、反撃してきたり訴えを起こされたりする可能性を危惧してやらないようになったんじゃないのか?
「どうです? 驚きましたか?」
おねえさんがそう話しかけてきた。(余談だが、この人の名前は知らん。歴史の偉人でもなんでも無いし、そういうのは疎いから知らん)
さて、どう答えようか。
――『壱』「凄いびっくりしました」という趣旨の回答をする。
――『弐』「バレバレでしたよw」という趣旨の回答をする。
――『参』怒る。
俺の脳内で、今からとる行動の選択肢は自動的に上の三つに絞られた。そしてそこからさらに選んでいく。
まず、『参』は別にやってもいいが、場の雰囲気を悪くするだけなので除外。俺たちは、あくまでも映画館へ向かっているだけなのだ。
となると残るは、『壱』と『弐』だが、幸い俺は今のところ、どちらとも取れる反応をしている。ようするに、びっくりしたというウソを吐くか、事実を言うかという選択肢だ。
俺は一秒ほど考えた末に、
「いえ、僕はそんなに驚きませんでしたよ。襲い掛かってくるとき、ナイフしなってましたし。それに、通行人の目線も、半分は悲惨な状況を予想しての表情でしたが、あなた達が出てきた側の人は面白がるような目線でしたしね。それに、本当に襲ってきたらどうにかする自信がありましたしね」
俺は淡々とそう告げた。
結局、俺は『弐』を選んだ。俺はそういうのに引っ掛からないことをステータスにもしているからな。まあ、それは理由の七割程度にしか過ぎないけどな……
「さすが、黒ヶ崎の生徒さんですね」
微笑みながらおねえさんはそう言ってくる。
「いえ、私は黒ヶ崎の生徒ではありませんが」
「そうなんですか? では、その腕時計は何故?」
「すみません。語弊がありました。私はまだ、黒ヶ崎の生徒ではありません。制度的には一応、黒ヶ崎の生徒にあたりますが、やはり入学式を済ませてない今の段階から生徒と名乗るのは少々憚られますからね。この腕時計は入学式の時までに操作に慣れるために着けてるんですよ」
この人が言っている腕時計とは、黒ヶ崎高校と白峰高校の生徒が共通で(色の違いはある)全員が例外なく持っている機器だ。正確には腕時計とかそういう単純なものではないが、ここではあまり関係ないし、対外的にやたらと話してもいい内容ではないので詳しい説明は省かさせていただく。
「そうですか……」
残念そうな声でそう言う。
その時俺は、スタッフが「ちっ、無彩色生め」と小声で言っているのを聞いた。
俺はこのスタッフの発言に違和感を感じた。
なんかこのドッキリに別の目的があるような、そんな気が……
「でも、コイツはとか、あっちの方とかはは結構本気にしていたみたいですよ。なあそうだろ?」
そこで、俺は目の前にいる菜々美ともう一人のナイフ持ちのスタッフさんが向かった遼太郎、澪、創我、芽生の方に向けて話を振っといた。
「あ~俺は気付いてたけどな」
と、遼太郎。
「私は本気にしちゃたよ~」
と、澪。
「僕もだよ」
と、創我。
「私は気付いてたわよ」
と、芽生。
それぞれ反応を返すが、黒ヶ崎高校生(一応)は全員分かってたという旨の反応を返した。
因みに、こちらでは澪が遼太郎をさり気なく前に突き出すというドラマが繰り広げられていたようだ。
テレビ局の手違いで、遼太郎に行ったスタッフのナイフが本物だったら、面白かったのにな……
すると、
「あっ、ホントですか? それは嬉しいです!」
この人は声を今までよりも大きくして、そう言った。たぶん、スタッフが小声で言った「無彩色生が引っ掛からねーと意味がないんだよ」という言葉を隠したかったんだろうが、もろばれだ。
今の反応で、俺のさっきの違和感は確信に変わった。
おそらく、今回の目的は一般人の反応を見るわけではなく、無彩色生がドッキリに引っ掛かった反応をカメラに収め、『あの無彩色生ドッキリに引っ掛かる』みたいなタイトルで流し、嫌がらせをするつもりだったんだろう。又、もしキレられようものなら今度は『無彩色生エープリルフールネタでキレる』とかのタイトルにするつもりだったんだろう。
芽生と遼太郎もそれに気づいたようで、三人でアイコンタクトをとる。
そして、
「私たちもう行きますね。映画に遅れてしまうので」
「あっ、そうですか……」
芽生がそう断り、この状況を完全に把握してない他の三人の手を俺と遼太郎が引っ張って足早に立ち去った。
テレビ局の人たちが悔しそうな表情をしているのに気を取られ、俺が手を取っている菜々美の顔が赤面していることに俺が気付くことはなかった。
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「映画、面白かったね~」
「まあ、話題の映画というだけはあったな」
澪の呟きに遼太郎が肯定的に返す。
それに対し、
「あれの何処が面白かったのかしら? 今日行きに会ったあの下賤な奴らの方がまだ面白味があったわ」
「俺もそう思うぞ」
芽生と俺は否定的な意見を挿む。
「そんなことないもん。面白かったよ! ねえ、タロー」
「おっ、おう……」
「あんな駄作中の駄作を評価する、貴方達と世間には、失望するわ」
「全く同感だ。あと、世間の意見はたぶんグラフィックとBGMに惑わされた奴が絶賛しているだけだろうな。まあ、世俗ってもんは正しい・正しくないは別にして多い方の意見が通るからな」
「ぐぬぬぬぬ……」
と、そこへ不幸にも(本人にとっては)じゃんけんに負けてみんなのポップコーンのゴミを片付けていた創我が戻ってきた。(補足するとコレの言い出しっぺは芽生だ。「なんでも一人一人がゴミを個別で片付けるのは非効率でしょ?」とのことらしい)
「あんたはどう思う? 今日の映画。面白かったよね⁉」
「こんなの駄作中の駄作だったでしょ。創我君?」
澪はあからさまな圧力を、芽生は優しく微笑んで無言の圧力をかけている。……女子ってこえ~。
二人に迫られた創我は二秒ほどの思考の後、
「感じ方は人それぞれだから、僕の意k……」
「中立とかつまんな!」
「中立でいるのは難しいことよ。現に、永世中立国のスイスも第二次世界大戦時は周りからの圧力に耐え兼ね、ナチス寄りの姿勢を見せていたしね。それでも貴方は中立を保てるかしら?」
創我の渾身の回答は無慈悲にも一蹴された。というか芽生さん、あなたのその発言創我に圧力で屈服させるってことですか? 可哀想だからやめてあげて。
そして、二人はまだ意見を聞いていない最後の一人に目をつけ、
「菜々美はどうだった? 今回の映画」
「菜々美さん、正直に答えてね」
でも、コイツ眠ってたんじゃないのか? そんな奴がまともなこと言えるのか?
「むにゃ? えっと……今回の映画はグラフィックは良かった。それしか言えない。でも、私の方が上手く描けるような気もしないではないんだよんね~。最初の一分以外は寝ちゃったからあとはしらないよ。ふぁ~~」
思ったよりまともなことを言ってたな。でも、上映時間が一時間四十分だから、その百分の一しか観てないってのは製作者聞いたら、泣くだろうな~。
「はあ~。仕方ないな~」
「全く……菜々美さんたら……」
えっ、まさかのこの論争終わり? 菜々美パワー凄くね? ってか、創我の扱い酷すぎね?
俺はそんな感想を抱きつつ、映画館を後にした。
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二千八十年、銀行は未成年にとって、とても身近な存在だ。
とくに、高校生にもなると、親がほかの星にいる関係で一人暮らしする生徒も結構いる。
だが、まだ高校生はクレジットカードを持つことが出来ないので(他の星にいる親がいて監督しにくい関係で不正利用や詐欺行為が相次いだため、親の許可があっても持てないよう法が改正された)銀行まで行って、現金を受け取る。またはプリペイドカードのチャージをしなければならない。(尚、プリイドカードのチャージも現金もセキュリティ上の都合で、銀行に行って面倒くさい本人認証をしないと受け取れない仕組みになっている)
「人が多いわね」
「これが人ゴミってやつだね~」
「ん、何かニュアンス違くないか?」
ニュアンスというか、字が違う。
「早くして欲しいぜ。全く」
「まあ、しょうがないよ。生体認証にはすごく時間が掛かるし、今日は、新しい月の初めで春休みなんだから」
「私、寝るっ! むにゃむにゃ……」
菜々美はの○太並みのスピードで、眠りについた。
昨日、徹夜でイラスト書いてたんだろうから寝るのは仕方ないか……でも、俺の肩に体重を預けるのはやめてほしい。動きずらいし、肩が痛くなる。しかも、俺が動くと折角俺たちが手に入れた六人のスペースがコイツによって二つ分占領されて、俺が立つ羽目になる。周りに空いてる席はないからな。
……本当に質が悪い。
『受付番号九十三番の方、どうぞ認証個室三番へお進みください』
「おっ! あと、十番後だ」
俺はそう呟いた。
俺たちが今いるのは……ここまで来たら分かるだろう。渋谷の複合商業施設内にある銀行だ。
あの後、ちょっと遅めの昼食を摂って、買い物して、帰ろうかという話になった時、俺が「銀行よってく」っていったら、みんな帰り際に寄るようだったので、結局みんなで行くことになった。
因みに、もう五時だが銀行は開いている。というか、基本的に月の初めの五日間は必ず七時まで開いてる。もし、今日普通に学校あったら、大体の生徒は仕送りを受け取れなくなるわけだから当然だがな。
「今日は、例年より、悪戯は少なかったな。このデー……集まりの時もこのメンバーから受けたのはお昼に澪が俺のコーヒーをやたらとガムシロップとか入れまくって、滅茶滅茶甘ったるいコーヒーにしたぐらいだもんなー」
……尚、そのコーヒーは遼太郎のと交換しておいた。そしたらアイツまんまと引っ掛かったぜwww
「んっ? 呼んだ?」
「いや、何でもないよ」
コイツ耳良いな……この喧騒の中俺の小声での独り言を聞きつけてくるとは……
そうやって、比較的平和な一日を振り返っていると、
「ん?」
「どうしたの? 拓海君?」
「いや、あれ」
「成程」
俺は顎で中肉中背のおっさんを指した。
そのおっさんは明らかに他の客と違う。容姿や年齢が、ではなく(勿論それも違うが)目的と様子が。
「おっさんの武装はトカレフを模した自作拳銃か……あと、サバイバルナイフをバックの中に入れてるな」
俺は注意深く観察し、おっさんの戦闘力を割り出す。
そのおっさんはどこか思いつめた様子だった。
(よし、これなら事を起こす前に止められる)
そう思い、俺は椅子から立ち上がろうとするが……
「お前ら、動くな!」
おっさんが行動を起こした方が僅かに早かった。
拳銃はいざという時に取っておいているのか、おっさんは震えた声でナイフを振り回す。それに気付いた他の客は一斉に黙り込む。
「ちっ」
俺は歯噛みした。
あの男は過ちを犯している。
そのことに、彼は気付いている。彼は誤った方向に進もうとしている自分を自覚している。それはさっきからの様子を見たら明らかだ。
今ならまだ取り返しがつく、
俺は刹那の間にあの男をもとの方向へ戻す手立てを考えた。
そして、俺の左側にいる芽生と、後ろにいる遼太郎にこれからの作戦の旨を小声で話した。
――ここからは時間との勝負だ。
俺はおっさんが反対側へ視線を向けた瞬間、電光石火の如くおっさんに迫る。
「なんだっ⁉」
おっさんが気付いた時に俺は完全に間合いの中にいた。
――おっさんがナイフを慌てて振り回す。
だが、そんな当てずっぽうな攻撃は当たらない。
俺はナイフを手で捌き奪う。
「うわぁ⁉」
そして、俺はおっさんを地に伏せた。
さて、ここからが重要だ。
「エイプリルフールドッキリです」
「えっ⁉ そんなんじゃ、ふごぉ……⁉」
芽生は明るい顔でそういった。その後ろで遼太郎が、急遽作成したホログラミングプラカードを持って突っ立っている。
俺は余計なことをこのおっさんが言う前に口を塞いでおく。
その直後、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
芽生の整った容姿のお陰か、このドッキリ(ということにした)に対して文句を言うものはおらず、むしろ「リアリティあったね」とか、「びっくりした」とか、「俺は気付いてたぜ」という言葉が聞こえてきた。
「もうこんなことはしないでくださいね。これをあげます。自由に使ってください。上手く使えば一週間は持つはずです。これで新たな人生を歩んでくださいね。あとそのバッグは必要なものを抜いて置いてってください。こちらで、物騒なものは処理しますから」
俺は拘束を解く時にそう囁き、五万円が入った使い捨てカードを手渡した。
「あんた、一体……」
「僕のことは良いですから」
おっさんは涙を浮かべ、最後に「本当にありがとうございます」と言い残して走り去っていった。
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「あんた、意外といい奴なのね」
銀行から引き出しを無事終えて、歩いて帰っているときに芽生はそう話しかけてきた。因みに、あのバッグはとある伝手でもう処分した。
「警察呼ばれて、事情聴取で時間取られたくなかっただけだ」
「それにしては、去り際に何か渡してたみたいだけど?」
「うっ……」
コイツ、見えにくいように渡したはずなのに……よく見てやがる。
「それにしても、一応見かけ上は店にをアポなしでドッキリの舞台に使っちゃったってことになると思うけど、大丈夫だったの?」
「うん。あそこの店長、実は黒ヶ崎のOBでさ、『黒ヶ崎高校の生徒が遊び目的であんなくだらないことをするはずがない。何か裏があったんじゃろ』って俺の生体認証検査の時言ってきてさ。それで、全部話したら不問にしてくれた」
「へぇ~」
まあ、そこまで織り込み済みで実行した作戦だ。うん。我ながらすごいと思う。
「な~に二人でコソコソ話してるの? もしかしてさっきの件? いや~タクって意外と優男なんだね~」
「バレてたのか……」
「バレていたのね……」
俺たちは、バレていたことに少し落胆する。
「何年私たち友達やってると思ってるの? そんくらい分かるっての!」
「あ~タク、澪が遼太郎から強引に聞き出してたんだよ」
「何で言っちゃうの⁉ 円城寺創我!」
創我の決死の暴露を、澪は糾弾する。俺らは、自分の不手際でバレていなかったことを安堵すると同時に、遼太郎へ怒りの矛先を向ける。
「まあまあ、静かに。もう夜なんだから」
「黙れ〇ス!」
「地獄に落ちてください」
微笑んで芽生は語り掛ける。こわいな~
「そういえば、改めてみると凄いよね、このメンバー。なんたって、あの黒ヶ崎に受かった人が一学年で四人もいる奇跡の学年の受かったメンバー内三人がここにいるんだもんね」
「あと、一人は断られたのかい?」
「いや、連絡すらつかなかった」
創我の疑問に遼太郎が答える。
「あいつ、結構謎だもんな……」
「そうなのよね……成績も学力もトップクラス。成績の方は私と、テストの順位は拓海君と、三位以下を大きく離して一二を争っていたものね……それなのにあんな感じだし……」
「まあ、よく分からないものをあれこれ考えても意味ないよ」
遼太郎がそう言って締めたところで丁度六人の方向が分かれる道に到着し、「友情は永遠だよ」と、約束をみんなで交わしてそれぞれの道を歩いて行った。
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「やっと着いた~」
俺は自分の家の下のフロアにある菜々美の家に着きそう吐いた。
皆さん、お気付きになられただろうか? 菜々美がさっきの会話に全く出てきてないことに。
それもそのはず、俺の背中で熟睡してたからな、銀行からず~っと。何しても起きないし、家が近いってことで迷惑被るのこっちなんだぞ!
「でも、こうしてみると可愛いな」
俺は菜々美の持っていたカードキーで扉を開け、菜々美をベットに寝かせた。あと、そのかわいらしい寝顔を見て、思わずそう呟いた。
と、
「タク大好き……」
唐突に、菜々美は寝言を言った。俺は、それを寝言だと片付け、ダッシュで菜々美の部屋を出て、自宅へと帰った。
…………翌朝、菜々美から抗議の電話が来たのは言うまでもないだろう。