No.3一章『入学式』<前編>
朝起きた瞬間、何故か激しい痛みが伴ったが、今はそんなことに構っている暇はない。
俺は慌ててベットの横に置いてある時計に目をやった。
「七時か……焦ったなぁ」
学校の集合時刻は九時でまだ、二時間もあることにひとまず安堵する。
「んっ? そういえば、何故ベットに? 昨日、コンピュータ部屋の中で力尽きたはずだが……」
俺はこの状況のおかしさにいまさらになって気付き、俺は起動したての脳をフル回転させ、現在置かれているこの状況を整理する。
――まず、昨日はコンピュータ部屋にいたということ。
――そして、なぜか今は自分の寝室のベットの上にいるということ。
――更に、背中から頭部にかけて殴られたような痛みと複数の痣、たんこぶがあり、そして何故か下半身にはそれ無いということ。
ここから、導き出される答えは……
「おい、小和! お前が俺をベットに運んでくれたのは礼を言おう。でも、足を持って家の中で引きずり回して運ばなくたって良いんじゃないのか⁉ お陰で兄ちゃん痣だらけだぞ!」
俺は刹那の間にそう結論付け、ダイニングに走り込み、妹にそう糾弾した。
「ん? あっ、ごめんね。でも、蹴っても、髪の毛抜いても水掛けても起きない兄ちゃんも悪いと思うんだ~。それに、私の黒歴史画像をいまだに持っていてしかも、それをガードの薄いところに保存していたお兄ちゃんよりはいいと思うんだ~あと、一般回線の権限持ったまま寝ちゃって……返したの私なんだからね!」
「俺が寝ている間にそんな酷いことしてたのか⁉ あと、それはすまん」
どうやらこいつはコスプレ画像の件を相当、根に持っているらしい。
……しかも、俺を起こしてベットに移動させるという大義名分の下に遠慮なく攻撃するとは……恐ろしい奴だ。
「あっ、そうそう。朝ごはんならもう作ってあるから食べてってね。私もう少ししたら行くから」
「えっ、もう行くのか? お前の登校時刻俺と同じだろ? かなり早くないか?」
まだ七時過ぎのはずだ。それなのにもう行こうとする妹に疑問を感じ俺は問う。
「もうって……言っとくけど今八時半だよ?」
「えっ⁉」
慌ててダイニングにおいてある時計を見る。その時計は七時過ぎを指していてどうやら今のは妹の質の悪い嘘のようだ。
「おいおい。冗談はやめてくれよ。ビビるだろ」
俺は妹に『見破ったり!』という感じの得意げな顔でそう言った。
だが妹は、
「嘘じゃないよ。本当に八時半だよ」
「だから冗談はやめろって……」
言っているだろ! と続けようとしたとき、俺の視界にに朝のニュース番組が映りこんできた。
そこでは、昨夜の大規模クラッキング事件が大々的に取り上げられていて、謎のヒーロー『Shadow』について、タレント達が様々な憶測を飛ばしていた。
だが、それよりも気になったのは左上に表示されている……
「何だ? この8:31って表示は! 何かの間違いじゃ……あっ⁉」
ここでやっと俺は恐ろしい事実に気付いた。
「おい小和……まさか、時計全部ずれてんのか?」
「おっ正解~。昨日のクラッキングの関係で一般回線から正確な時刻を受信してた時計は全部ズレちゃったみたいなんだよね~」
妹は嬉しそうな口調で俺に地獄の宣告を突き付けた。
「何で直してねぇんだよ!」
「だって面倒くさいし~。それにあと数時間もすれば正しい時刻受信するしね~」
確かにそれは正論だ。だけど笑いながら言うのはやめてほしい。いつからそんなS属性が付いたんだ? 頼むから昔の純粋な小和に戻ってほしい。
だがそんな俺の願いは他所に、
「じゃぁもう私いくね~。せいぜい頑張ってお兄ちゃん」
(あざけ)笑いながらそう言って、地獄のどん底に落ちた俺を容赦なく見捨て、さっさと学校へとかけて行った。
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「ハァハァハァ……」
あの後俺は朝食をカー○ィのように一瞬で食べ終え、通常走っても二十五分は掛かる道を昔とある事情でやっていた禁断のフリーランニングテクを使い、屋根の上とか木の枝とかの道なき道を走破することで(地味に犯罪)十五分程度で学校に到着し、何とか間に合わせた。
かなり無理をしたようで呼吸がかなり荒くなり立っているのもやっとだが、倒れこむわけにはいかない。
『初日に校門のそばで倒れこんだ奴』なんてレッテル貼られたら、高校三年間どころか大学生生活までその汚名はついて回るかもしれんからな。
とそんなことを考えていると、
「よぅ、どうした? 顔色悪いぞ。緊張して腹痛か?」
俺の背中をバシバシしながら、ハハハと笑って俺の状況を全く思慮せずに話しかけてくるこの鬱陶しい奴はは俺の数少ない昔からの友達の市村遼太郎だ。
こいつは、高身長で無駄に恰幅が良くスポーツ万能。顔もかなりイケててコミュ力がある。中学時代はかなりモテた。
……でも、そんなことはどうだって良い。それよりも俺が重要視しているのは……
『まもなく、入学式を始めますので新入生の皆さんは第一講堂の中へお入りください』
と、ここで爽やかな声のアナウンスが俺たち新入生の入場を促す。
「おう。そんじゃそろそろいくか~」
「ああ、そうだな」
だいぶ、通常の状態に戻った俺はそう踵を返し、並木の桜の花びらを浴びながら遼太郎と共に指定された第一講堂に足を向けた。
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――ここは東京大学付属国立黒ヶ崎高等学校。
平均偏差値八十五を誇る日本屈指の名門校で、入試の倍率はいつも十倍以上。卒業生の進学先はどれも、超一流大学で、海外の超一流大学に進学した生徒も毎年多くいる。官僚、ノーベル賞を取った研究者、有名企業の社長、人気作家など日本いや世界を背負って立つ人々を多く輩出している。
また、在学中の学費は免除されるうえ、様々な一般高校レベルでは揃っていない設備を自由に使え、とても手厚いサポートを受けられる。
そんな名誉ある高校に合格した俺は今何しているかというと……
「おい、もう半分も目が開いていないぞ。もうすぐ終わるんだから我慢して起きろ!」
「ふぇっ⁉」
昨日遅くまで起きてきたせいで今頃になって襲いくる睡魔に身を委ねようとしている所を横にいる親友に強烈なエルボーを喰らい睡魔を吹き飛ばしたところだ。……てか、こいつこういう場では態度をコロッと帰るんだよな……別にこれも他人とうまくする一つの正解だから良いんだけどさ。
「いやぁ、講堂に入った時は中学校の頃の体育館とは全然違うと感心したんだけどな……校長の話は依然、長いままだったんだよな」
「だからって寝るな」
俺たちは周りに聞こえない程度の声で会話した。
「期待したんだけどな……」
俺はそう残念がった。
そう、中学校のまるで格式というか品というかそういった物が微塵も感じられない体育館の入学・卒業式は終わったんだとこのどっかの劇場かと思えるほど綺麗で整った講義堂をみたときに思った。義務教育時代の無意味なことはすべてなくなったんだと……
だが、全てでは無かった。そう、『校長先生のお話』というものがあったのだ。
それだけじゃない。なんと、高校になってグレードアップしたかのように教育委員長と理事長の話というのも増え、この無意味な時間は無くなるどころか数倍にも増えてしまったのだ。
「早く終わってくれ……」
俺はこの後、計十四回、遼太郎の悪魔の肘の犠牲になった。
――というか、俺は今日だけで、どんだけ人為的なものによる傷を負っているんだ?
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人の話だけで二時間も続いた苦痛(肉体と精神の両方で)の入学式は十一時前に終わり、その後はクラス分けの発表とそのクラスごとにホームルームが行われることとなった。
俺はクソ痛い攻撃を何度も何度も受けた横腹をさすりながら自分の割り振られた教室へと向かっていたが……
「お~い。た・く・みく~ん」
俺はそう呼び止められ振り返るとロングの金髪とそのなんだ……豊満な胸を揺らしながら世間的に見てかなり可愛い女の子が俺の許に駆けてくるのが見えた。
「はぁはぁ……一緒のクラスだね。一年間よろしく!」
「あぁ……一年間よろしく。聖奈」
この金髪碧眼の美少女は俺の幼馴染の上井聖奈だ。
父親がイギリス人の貿易関係の仕事をしている人で仕事の都合で日本に来てそこで母親と出会って恋に落ちたんだとか。
因みに苗字が日本風なのは父が日本国籍を取ってから結婚したため(尚、上井というのはイギリス人だったころの父のファーストネームがジョーイだったことからきている)。
小三のころ俺が転校してから連絡は取っていても直接は会ってなかったが……まさかこんなに、成長(女の子として)して、こんなにも可愛くなっていたとは……
「にしても、久しぶりだな。七年ぶりか? お前随分と何だ……その可愛くなったな」
「えへぇ、そう? ありがとう。でも、拓海君もか~なりかっこよくなったよ」
「そうか?」
「うん、そう。最初工藤拓海て名前があって見に行った時、やっぱちがったかぁって思ったぐらいだよ」
では、何故分かったのか? それは聞かないことにした。だってそんなの分かり切っていることだしな。
少し重くなった空気を払拭しようとしたのか「そういえば」と続ける。
「さっきからみんなの視線を集めているような気がするんだけど……」
「まぁ、そりゃあ金髪碧眼美少女が男子高校生を呼び止めるいかにも青春の一ページ見たいなことすりゃあそりゃあ注目を集めるだろうさ」
「っ⁉」
そう俺が言ったとたん頬を赤らめて金髪碧眼美少女はまたまた豊満な胸を揺らしながら脱兎のごとくかけて行った。
「そのステイタスが目線を集める要素として一番大きいんじゃないか?」
俺はかけていく彼女を見てふとそう呟いた。
……というかここ教室の前なんですけど何処に行くつもりなの? 俺と同じくクラスだよねぇ?
【用語解説】
――東京大学付属国立黒ヶ崎高校――
二千三十年に大規模な教育改革が行われたことにより二千三十二年新宿区に出来た学校で、一般レベルでは物足りないハイレベルな生徒が足踏みしないように、ハイレベルな人材を集め、ハイレベルな教育を施すためにできた学校で、入試は高校卒業レベルの問題も出て、その試験で各教科正答率90%以上、総合では正答率95%以上を確保しなければ入れない。
ただ、日本最高学府の付属校ということもあり、教授に実力を認められた生徒には、閲覧制限は掛かるものの、一般公開されていない大学の先進的な研究成果を閲覧させてくれたり、研究のノウハウを教えてくれたりする。
また、二千七十年には星が増えた関係で年少人口が爆発的に増えたことを受け、追加で京都大学付属国立白峰高等学校が宇治市に設立された。レベル、待遇、平均偏差値、倍率もあまり変わらないが、京都の方は左寄りの人が東京の方は中道だが若干右寄りの人が多い傾向がある。(因みに拓海は左寄りの人間だ)
これらの高校は、どちらも無彩色を名前に冠していて、また校内に部外者は一切立ち入れず、(優秀な学生を狙った犯罪の防止のため)それ故に文化祭等も行われないことで、勝手に世間から彩がないと思われ、優秀すぎる生徒に対し嫉妬や劣等感を込めていつしか、この二つの高校は『無彩色高校』、その生徒は『無彩色生』と言われるれるようになった。