ユウリアスが城より消える?
夜中に目を覚ましたアンは、隣の寝台にユウの姿がないので厨房に行ってみることにした。厨房は真っ暗でユウの姿はない。
蝋燭をともして裏口から外に出てみると、足元にユウが使っていた掃除道具が散らばっていた。
アンは嫌な予感がして、メイド長のキャリーさんを訪ねる事にした。
キャリーさんの部屋は、同じ棟の2階に住んでいるので急いでキャリーさんの部屋に向かった。、
ドアをノックしてもなかなか起きては貰えない。大騒ぎして他の人まで起こしてしまったら、何事もなければユウの立場が悪くなるかもしれないと思うと大きな声も出せない。
仕方がないので、夜が明けるまで待つことにして部屋に戻る事にした。
部屋には、まだユウの姿はなく、アンは寝台に腰かけてユウが戻って来るのを待っていた。
ユウは絶対に、噂になっている様な女ではない。良くないことに巻き込まれているのではないかと眠れぬ夜を過ごしていた。
朝日が昇り始めるころアンは、もう一度メイド長キャリーさんの部屋を訪ねた。
ドアをノックすると、キャリーさんは、眠そうな顔をしてドアを開けてくれた。
アンは、メイド長にユウが昨晩部屋に戻らなかった話をしたが、キャリーは噂を信じているのか、心配そうな様子ではなかった。
「ユウは、この城ではもう働く事はできないよ。いくら貴族様から頼まれた娘でも素性が悪くては仕方がないだろ。アン!ユウの事は心配ないよ、誰かいいカモを見つけたのだろう!」
「ユウは噂になっているような子ではない!キャリーさんは、あの子のどこを見ていうの、誰よりも一生懸命に仕事をしていた。あの子の食事の仕方も上品だし、字だって書けるの、とてもきれいな文字で代筆をしてくれたの、あの子は、多分子供の頃は裕福な家庭で育っている。仕事仲間を信じないで、誰が流したのか分からない噂を信じるなんて、メイド長のあなたなら他の誰よりもユウを信じてあげるべきだわ。」
「アン!私だってユウが一生懸命に働いていた事は認めているよ。しかし、噂と言え、これだけ広まれば、収拾がつかないし現に見物客まで来る始末だ。
無断外泊したのなら、庇いようがないのだ。」
「アンは仕事場に行きなさい。あとの事は、責任者のガントさんと相談してくるから・・」
アンは、渋々厨房に戻って行った。
グランシャル公爵の屋敷では、侍従がお茶の支度をすると、応接間に居る客人の元へいく。
ユウリオンは、ユウの側で公爵が部屋から出てくるのを待っていた。
ユウゲル・グランシャルは、突然の訪問客がユウリオン殿下だと侍従長から聞くと、夜着から私服に着替えながら、訪問の理由とお供の事を尋ねてみると、理由については侍従長にも分からない。騎士は騎士団長のジョンソンだろう、女性を連れてきているらしい。
女性は、病気らしくソファで今は横になっている。
ユウゲルは、侍従長に医者の手配を頼むと応接間に向かった。
「殿下!どうされたのです。」
「公爵・・・朝早く突然押しかけて済まない。手間を取らせて申し訳ないが、医者を呼んでくれないか。連れの者が気を失ったまま意識が戻らないのだ。」
「医者は呼ぶように手配をさせましたから、まもなく来るでしょう。」
「カスバード!お嬢さんを客間の寝室に寝かせてやりなさい。それと侍女モリアにお嬢さんの世話をさせなさい。」
侍従長の代わりにジョンソンがユウを寝室まで抱きかかえて運んで行った。
「殿下、年寄りの寝込みを襲うとは何事ですか?」
「緊急な状況になったのでこうするほか仕方がなかったのだ。公爵の力を借りたい。」
「あの娘の事ですか?素性は分かっておいでですか。」
「公爵、僕がブラウザの森に侵入した事は、ご存知ですよね。そこで暮らす生き物を食べるためとはいえ殺してしまいました。その時、我々はユウに助けられたのです。罪は消えないが森から無事に出すと。僕はその時、初代の王が女神と盟約取り交わしていることなどは知らなかった。それからは、公爵も知っていらっしゃる通りです。」
「僕は、女神に自分が犯した罪を詫びにいきました。
女神は、許す代わりにユウを城で働かせるようにと、ユウを人として成長させろと。
これは僕に与えられた試練です。ユウを人の中で成長させなければならない。女神は僕がユウの事を好きな事も見通されて言われたのです。僕が、庇護すれば、ユウは災厄の場合は殺されてしまうかもしれない。宮殿の中は私利私欲を持つものが大勢いますからね。」
「殿下ではなく誰かに頼んでみたらいかがですか?」
「はい、ジョンソンにも言われました。ですからジョンソンの父親に頼んで、労働者用の食堂で下働きの職に就きこの数か月はユウも周りに打ち解けて頑張っていました。
しかし、1週間前より、ユウの悪質な噂が広がりその噂のせいで、昨日は2回も男に強姦され多分未遂で事なき終えたのですが、僕が見つけた時には、錯乱状態になっていましたので、ユウにとっては相当な衝撃だったと思います。」
「話は、分かりました。そこで殿下は娘・・・ユウをどうされるつもりなのかお聞かせください。」
「公爵の屋敷で暫くの間、休ませては貰えないか。誰が何のためにした策略なのか確かめたいのだ。」
「・・・・・」
「分かりました。ユウを我が屋敷におきましょう。殿下!ユウを預かる代わりに一つお願いがあります。」
「なんだ?願いとは。」
「殿下!女神との約束ではありましょうが、ユウの事には今後一切関わらないようにお願いします。
その代りに、殿下の代わりに私がユウを庇護します。礼儀作法を学ばせて然るべき家に嫁がせるつもりです。」
「それは・・・・僕に、ユウを忘れろと言うのか。」
「はい!そうでございます。いいですか。殿下は国を守らなければならないお立場です。一人の女性と国を引き換えなさるおつもりではないでしょうな。
いいですか、殿下はまだ若い、今はユウという娘の事を好ましく思っておられるのかもしれませんが、それはひと時の夢です。人生は長いのです。人にはそれぞれの道が生まれた時より決まっております。ユウが殿下と結ばれて幸せでしょうか?後ろ盾もない、教養もないユウが王妃として職務をこなしていくには、余りにも過酷ではありませんか」
「・・・・僕は、ユウから手を引こう・・公爵、ユウの事は頼む。」
屋敷の侍従長が、医者の到着を告げた。
僕は、医者からユウの容態だけでも聞いて城へ戻りたかった。
公爵は、僕の気持ちを察して侍従長に知らせるように言った。
医者の話だと、どうやらユウは気が付いたようだ。少し興奮しているが心配はないと、僕はジョンソンと二人で、公爵の屋敷から城に帰る事にした。
馬車に座ると、虚しさがこみ上がる。
何故?王の息子に生まれたのだろうか。
初めて好きだと思う人に出会えたのに、自分には愛する事以前好きになるのさえも許されない。