ユウリアス初めての王都
ユウリオンは、彼女に声を掛けた。
「僕の名前は、ユウリオン・グランシャル。隣にいるのは、友であり騎士団長のジョンソン・カアターだ。君の名前は?」
「私は、ユウリアスです。女神様にはユウと付けられました。ですからユウと呼んで下さい。」
ユウリオンは驚いていた。王家の血筋以外に、ユウのついた名前を持つ者には、今まで出会ったことがないのだ。昔から王家特有のしきたりなので、自然と他の者は子供にも付けないらしい。
「では、ユウと呼ぶことにするよ。ユウは、この国の生まれなのか?それともよその国からやって来たのか?」
「私には、12歳以前の記憶は、ありません。この国で生まれたのか、他国から来たのか、両親の事も、何も覚えてはいないのです。」
「ユウの年は今、何歳?」
「17歳です。」
「・・・・2年間森で過ごしていたと聞いたが、それまでは何処にいたの?」
「・・・・言わなければいけませんか。」
「・・・言いたくないんだね。それなら聞かないでおくよ。過去の事は忘れて今を大事にしていて欲しいからね。」
ユウリオンはユウを自分の馬に連れて行った。
「馬には、乗った事はあるかい?」
「いいえ、一度もないです。」
「載せてあげるから、こちらにおいで、」
ユウリオンはユウを馬の背に乗せようとした。
ユウは、馬の顔に近づくと、馬と話している。
「私はユウよ、貴方の背中の上に乗せてもらえる?」馬はいななき首を振っている。
「ありがとう!ベン。」
「馬と話せるのか?森の中では、話していたようだが、外でも通じるのだな。」
「いいえ!私が一方的に話をしましたが、ベンには私の気持ちが分かったみたいです。」
「どうして、馬の名前が分かるのだ。ベンと。」
「なんとなくそう思ったの。べン!で間違いないのね。良かった。」
「馬を借りるとき、馬主がこの馬をそう呼んでいたからね。」
ユウリオンは、ユウを自分の馬の背に乗せると、自分も鐙に足を掛けてユウの後ろに乗る。
「さあ!行くぞ。ユウ、僕に寄りかかって捕まりなさい。落ちるといけないから。」
私は、ユウリオン様のいう通りに、彼にもたれて馬に揺られていた。
ユウリオンは、ユウの温もりと優しい甘い香りに、気持ちが高揚してくるのが分かった。
ユウリオン一行は、休憩を取りながら、宿に到着した。
宿では、2部屋しか空き部屋がないので話し合いの結果、ユウには一部屋、男性二人には相部屋となってしまった。
ユウは、申し訳ないので小屋でも納屋でもいいと申し出たのに、即刻二人に却下されたのだ。
仕方がないので、一人で部屋を使わしていただく。
部屋は、綺麗に掃除が行き届いており、バスとトイレがついた部屋。
私は、素敵な部屋に驚いて早速バスの蛇口をひねると、そこからは温かいお湯が出てきた。私は、生まれて初めてたっぷりお湯の張ったバスタブ中に身を沈めて、足を延ばしてくつろいでいた。
ユウリオンはジョンソンと二人で粗末な椅子とテーブルを前にして、話していた。
「ジョンソン、ユウは馬の気持ちが分かるそうだ!不思議な娘だ。やはり女神の力なんだろうか?」
「殿下!俺には分かりませんが、これからどうなさるのですか?」
「女神との約束だから城の中で仕事をしてもらうさ」
「殿下!明日は、俺がユウを馬に載せていきます。王都に入れば、誰の眼に止まるかわかりませんから!」
「まさか、ジョンソン!ユウの事が好きになったのか!」
「殿下!本気で言っているのですか?冗談でも怒りますよ。」
「ジョンソンは、ユウを目にしても何とも思わないのか・・・」
「ユウの事は、美しいとは思いますが、得体が知れないのが、何とも落ち着かないのですよ。」
「殿下にもしものことが起これば、俺にも責任があるのです。」
「僕は、ユウリアスの名前が気になるのだ。嘘を言っている訳では無さそうだし、女神を欺けるとは思わないからな。誰がユウの両親だったのか?それに12歳で両親を失い、では3年間は何処で何をしていたのか、本人は言いたくない様子だから、嫌な事があったのか、言えない事情があるのか?ミステリアスなんだよ。」
「ブラウザの森の女神がユウを助けた事情も調べなければならない!」
「では、殿下はユウの事をお調べになってください。俺はユウの働き場所を探します。
殿下の肝いりで城に入ったとなれば、色々な面倒事にユウは巻き込まれる可能性があります。ですから殿下はユウと無関係でいてください。いいですね!少しは自分のお立場を考えて自重してください。」
僕は、ジョンソンの言葉に異論を言う事は出来なかった。
友のいう通りなのだ、僕の周りには娘を王妃にと望む者たちが大勢いる。
娘たちも僕自身の興味より地位に魅了されている。
もし、僕がユウを側に置いたら、ユウの命さえ危険にさらされてしまう。
僕がユウを、側に置きたいと望んでも、ユウの事を思ったら、僕が我慢するしかないのだ。好ましく思う人が同じ城の中にいても、言葉を交わす事さえできない、触れ合うことは当然望めるはずもなく・・・
女神が恨めしい、僕に与えた試練がなんとももどかしく、苦しくなる。
私は、ジョンソン騎士団長の馬に乗せてもらい、王都へ続く道を馬の背に揺られながら進んでいた。
ユウリオン様には、馬を借りた場所でお別れして、ジョンソン様と一緒に、城下町から離れた場所にある、高台に建っているお屋敷に連れてかれた。
ドリーム国は、城を中心として半円で囲むように作られている。
城の後ろは、森と高い岩で守られている。ここから見ると、白鳥が飛んでるように見える。
私は、初めて目にする光景に、見とれていた。
この高台から見ると城に向って道が伸びていた。
道の両サイドには、家やお店が並んでいる。
ジョンソン様が此処に来る途中で教えてくれた。
城から南は、様々なお店が並んでいて、左側は物を作る工房が並び。
右側は、食料を扱うお店の軒が並んでいて賑やかな通りらしい。
円の外側には家が建てられていて、そこは農業を家計にしている者、家畜を育て売る者、工房で働く者たちの家で、区画整理がしてあり整然としている。
城から反対に位置するこの高台にある地域は、貴族の屋敷がある一帯らしくジョンソン様の屋敷もこの場所にあるそうだ。
門を抜けると、広い庭があり、春の季節の今は、バラの花が咲き誇っている。
バラの側を通り、玄関入口で、私は馬の背より下ろされる。
玄関のドアから一人の紳士が出てきて、ジョンソン様に挨拶をされていた。
「ジョンソン様!お帰りなさいませ。旦那様がお待ちかねで御座います。」
「分かった。直ぐ行く。彼女はユウだ。メイドを付けて暫く世話をしてやってくれ。頼む。」
「わかりました。」
「私の名前は、ユウです。ユウと呼んで下さい。暫くの間お世話になります。」
私は、ジョンソン様と玄関ホールで、お別れした。
案内された部屋で、働く場所が見つかるまでの間はここに居なければならない。
ユウリオン様との約束なのだ。
私は、お客様でいるわけにはできないと思っている。
私は、王都で仕事をしながら人との関係を学ばなければならないのだから、ジョンソン様にお願いをして、こちらでも出来る仕事をさせてもらえないか聞いてみようと思っていた。
「父上!ただいま戻りました。勝手なことを致しました。」
「まあ、良い、殿下の気まぐれに付き合ったのだろう。ブラウザの件は片が付いたのか。」
「はい!女神は本当にいらしたのです。殿下が禁忌を犯したことはお許しくださいましたが、一つ、殿下には試練を与えられました。」
「なんだと!本当に女神はいたというのか!初代の王の誓約は誠の事だと。殿下にとっては継承を剥奪されない状況というわけなのだな。しかし、女神に許されたのなら、殿下はこれで安心だ。そこで今言った試練とは何なのだ。」
「はい、一人女性を預かりました。人として成長させるようにと」
「まさか!殿下の元に女性を預けると言うのか!それは非常にまずいぞ!」
「父上!落ち着いて下さい。私も考えて、取り敢えず我が屋敷に連れてきました。彼女にゆくゆくは城で仕事をさせなくてはいけません。女神と殿下との約束なのですからこのことは仕方がないでしょう。」
「しかし、いくら女神から預かった女性でも、殿下の側に置く訳にはできない!」
「ですから、父上にお願いがあります。殿下が彼女に逢うことが、不可能な場所で働いてもらうのです。女神との約束は成立するのではないでしょうか。」
「そうだ!私に、考えがある。この件は私に任せなさい。お前は、殿下の側にいて無謀な事をなさらないように、お守りしなければならない。」
「では。私は、城に戻ります。父上!彼女の事を頼みます。」
「分かっておる。」
ジョンソンは、ユウの部屋を訪ねた。
ドアをノックすると、中から小さな声で返事をした。俺は、応対の返事を聞き部屋に入る。
ユウは、窓の外を眺めていたのか、窓際に立っていた。
やはりユウリオンの言う通り、美しい人だと思った。
彼女に、恐る恐る話しかけられた。
俺は怖がられているのか?それとも嫌われているのか?何故だ!
「ジョンソン様・・・私には・・この部屋は・・勿体ないのです!変えて貰えませんか。」
俺は、美しい彼女から、そんな言葉を聴こうとは思ってもみなかった。思わず笑ってしまった。
「ジョンソン様!何か私変な事を言いましたか?」
「いや!笑って済まない。そんなことを急に言い出すものだから、長い間ではないよ、直ぐにでも仕事は見つかるから、少しの間は、この部屋で我慢してくれないか。」
「・・・・・はい」
「ユウ!俺は、これから城に戻らなくてはならない。ユウの事は、父に頼んでおいたから、心配しないで、仕事が見つかるまでここにいてくれないか。」
「・・・わかりました。ユウリオン様にもよろしくお伝えください。私は大丈夫ですと。」
「ジョンソン様にも、お世話になりました。ありがとうございました。」
「なんだかその~様はいらないよ!俺もユウと呼び捨てにしてるから、ユウも俺の事はジョンソンでいいよ!城でまた会おう!」
俺はユウに、自分の事をジョンソンと呼ぶように頼んだ。
女性には一度も言った事はないのに、何故なのだ!ブラウザの魔法にやられたのか?いつもは沈着冷静でいられるのに、ユウの前の俺は調子が狂うのだ。
仕事に失態を及びかねないと思いながら自分自身を叱咤する。