幻想風景2
オレは全てわかっている。このおっさんが、誰なのか、何を企んでいるのかも。この世界についても知らないことが無いくらいに知っている。熟知し尽くしているのだ。なぜ、わからせているのかというと、逃げられないようにするためだが、そんな事をわからせては、元も子もないんじゃないかと思ったが、逆に安心できるようにも思えた。
茶屋に着いた。
雰囲気のあるこの茶屋の名前は長谷茶屋。
照明は少し暗くて、落ち着く。それぞれの部屋が仕切られていて、お客さんとお客さんとが、目を合わさないようになっている。
ここで小説なんか読んだら、スラスラと読める。それが、ここの設計のこだわりなのだ。わからないことがない、というのも面白味がない。
「これから、わからない事ばかりになるから安心していいよ。さあ、席に着いて茶を飲もう。」
また見透かしたように言う。それより、コイツの服装はどうにかならないのか。白衣と茶屋とは、和洋折衷のいい失敗例だ。ハゲで小柄で場違いなので、なんだか悲しくなってきた。席に着くと、おっさんが茶を二つ頼んだ。
「おっさん、わからない事ばかりになるってどういうことだよ。」
「まぁまぁ、順を追って説明するから。頼んだ茶が来てからね。それと、おっさんなんて呼ばないでくれないかな。可愛げが無い。これからは、僕のことは博士って呼んでくれ。」
なんなんだコイツは。それと、いつまで気色の悪い笑顔で笑っているのだろうか。
「いや、博士も可愛げが無いと思いますけど。おっちゃんっていうのはどうですか?」
「おっちゃんか。デヘヘヘ。いいかもねソレ。」
やべーよコイツ。笑顔のボルテージが上がりまくりじゃねえか。どこまで上がるんだコレ。
「おっちゃんトイレ行っちゃおうかなデヘヘヘ。」
そういって席を立つ。彼の全体を再確認すると、恐らく身長は160いっていなくて、中年太りで、ひょうたんみたいな頭の上と下に、毛を少し生やした感じで、目と眉毛は垂れ下がっていて、口はナマズみたいで常に笑顔。さらに白衣。なんか色々と最悪だな。
「ごゆっくりどうぞ。」
おっちゃんは、コクリと一度会釈してトイレに向かっていった。ドタドタとうるさい足音を立てながら。
それにしても、わからないことばかりになるとはどういうことなのだろうか。こんなにも、わかっているというのに。
ウェイターが茶を持ってきた。ウェイターの名前は坂下。結構な頻度で、茶をこぼすおっちょこちょいなウェイターだ。家族構成が浮かんだが、考えるのをやめた。ウェイターが茶を置いてさがる。その置かれた茶を滑らすように自分の方へ持って行き、茶を見つめていると、ドタドタとうるさい足音が聞こえる。おっちゃんだ。
「いやあ、スッキリしちゃったよ。もう本当に。」
つくづく最悪なおっちゃんだ。彼は、小学生からこんな感じだ。彼という人間を、隅々まで知っている自分が恥ずかしい。
おっちゃんは、席に着いて茶をひょっとこ口の方へ持って行き、汚い音を店内に響かせながら、飲み干す。
「話しましょうよ。その、わからない事ばかりになるっていう話を。」
「君自身、大いに実感しているとは思うが。君というのは少しヨソヨソしいな。これからは、秀くんにするよデ。」
笑おうとしてやめたらしい。どうやら、彼なりの真面目モードに入ったみたいだ。少し安心したが、よくよく考えたらガイダンスでもかなり真面目なことを言っていたな。だいたい、なぜガイダンスなんかしていたのだろうか。
「秀くんはやめて、話を続けてください。」
「君自身、大いに実感しているとは思うが、僕の正体、企み、この世界のことについては、わからない事はない。だけど、何故自分自身なのかがわからない。そういう具合だろ。」
「その通りです。」
「それは、僕もわからないからだよ。僕がわからないことは、君もわからない。ガイダンスだって何故していたのかはわからない。恐らく、君が脳の片隅にあった受験に失敗したことが引き金だと思うよ。自分自身の潜在レベルのことは自分じゃわからないからね。」
「それじゃあ、僕が想像すればアナタを死なせることも出来ることになるんじゃ?」
「それは今はできないよ。ガイダンスをしていた時のは幻想風景。今は現実に一番近いかな。だから今は、僕の考えていることはわからないでしょ?」
「そんな変幻自在な物なのか。」
「我ながら天晴れだよ。科学に万歳。そして、今更ながら考えが変わっちゃったよ。趣旨は、そこまで逸れていないからセーフなんだけど。」
「脳の仕組みのサンプルを取るだけじゃないってことか。それは困るよ、モルモットじゃないんだし。」
「かと言って、君は逃げられない事も同時に知っているだろ?」
「……。」
「いやぁ、感謝して欲しいよ。君が記念すべき最初の、重要な重要な被験者な訳なんだから。別に脳に危害を加えたりはしないよ。」
「そんなの許されねえよ。いくらお前が偉大な科学者だからって、分別くらいいい年なんだから付けやがれ!」
…………
「悪い方にはいかないはずだよ。君だって知っているだろ?君が、僕の最初の友達なんだから。」
…………
目の前が段々と暗くなり、海の底へと沈む感覚に襲われる。結局、わからないことばかりになるという事は聞けなかったが、文字通り、わからないことばかりになるというなら、そんな事聞かなくても良かったと思い、よく分からない安堵に包まれ、スルリとスルリと海の底へ沈んでいく。
…………
…………
「zzZZ......!」
なんだか悪い夢を見たせいか、体中に汗を掻いている。薄いtシャツが体に引っ付いている。どんな夢だったっけか。まあ、覚えていないから、どうせ大した夢じゃないだろう。




