サルターティオ
「うわぁ……可愛い街!」
サルターティオに到着するなり、私の乙女心が飛び跳ねた。
赤レンガの道に彩り鮮やかな寄せ植え花壇が並び、建物は丸みを帯びた可愛らしいデザインの物ばかり。しかも、どの建物も窓枠や看板にはリボンモチーフが使われている。
おとぎ話から出てきたような、なんとも乙女チックな街だ。
「……女の子が好きそうな街だね」
思わず笑顔になる私と違って、タクトの表情は冴えない。
まぁ、男の子からしたらこの街は可愛すぎるか。
「どうしよっか? 早速、神殿に行ってみる? それとも、もうすぐ日が暮れるし、今日は宿屋で休んで明日にする?」
神殿は一日中開いているし、いつ行っても同じだ。タクトは「う~ん……」と少し悩んでから答えた。
「今から行こう」
「わかった」
と、言ったものの神殿はどこにあるんだろう。まずは案内板探しかな。
街の入口から続く大通りを抜けると、広場に出た。中央に向かって段差があり、コンサートが開けそうな円型舞台になっている。
「さすが舞踊の街……」
そういえば、前にどこかでダンスイベントがあると聞いたことがあった……「嘘だぁ」って笑い飛ばしてたけど、たぶん本当にあったんだろうな。
「ハルちゃん、あっちだって」
タクトが入口にあった案内板で神殿を見つけて指を差す。あまりに立派な舞台に私は目を奪われていたけれど、席の案内の為か入口には、街の案内板と広場の案内板の二つが置かれていた。
神殿と転移の館はどの街でも分かりやすいように大きさは違うものの同じ造りになっている。
転移の館は石レンガで造られた重厚な建物。神殿は大理石のような石で造られた白い円筒形の建物だ。
今、私たちは白い円筒形の建物の前にいる。正確にはその建物の閉じた扉の前に設置されている看板の前で、途方にくれていた。
看板には、「イベント『神々の休日』の為、クリア後、神が戻られるまで神殿の利用はできません」と書かれている。
よく考えてみれば分かることだ。神々の休日の注意点に「神の祝福はイベントクリアまで利用不可」とあったのは神殿が立ち入り禁止になるということだったのだろう。
「……どうしよう」
「……どうしたらいいんだろう」
タクトを神殿に保護してもらって、運営と一緒に原因を調べるつもりだったけれど、それはできない。
「よし! ひとまず今日は休もう」
ここで悩んでたって、何も変わらない。落ち込んだ雰囲気を消すためにも、一旦、時間を置いた方がいいよね。
「ゆっくり休めば何か思い出すかもしれないしね」
私は、ボンヤリと立ちすくむタクトを連れて宿へ向かった。
ここには、あまりプレイヤーがいないらしく、並びで二部屋借りることができた。
一人用の小さな部屋にはベッドしか置かれていない。
私はドサッとベッドに横たわった。
……先送りしただけかもしれないけれど、落ち着けば何か思い付くよね。
私は軽く息を吐いて、目を閉じた。
「ん…………今何時だ?」
ベッドから起き上がり、私はメニュー画面で時間を確認した。
『ドルミート歴【午前六時二十三分】・ウェルム歴【午後十時】』
…………あれ? 私、寝ぼけてるのかな。
目を覚ますために窓を開けると、朝焼けの光が射し込んできた。ひんやりとした空気には水気が含まれていて、砂漠の多いタレイア領とは違うと改めて実感する。
「すぅ…………はぁ~」
私は深呼吸をしてから、再びメニュー画面の時計を見た。
『ドルミート歴【午前六時二十六分】・ウェルム歴【午後十時】』
おかしい。私がログインしてから三日目に突入するというのに、ウェルム歴ーー現実の時間が一分も進んでいない。イベントで経過時間の変更は今までもあったけれど、それでも大体二、三倍だ。
タクトの事といい、何かバグでも広がってるのかな。運営に問い合わせたいことが増えたよ……。
私は荷物の確認をしながら、頭の中でタクトへの提案を纏めていた。
狼もどきに遭遇して、ディケー大陸のダンジョンのモンスターに私は太刀打ちできないことがわかった。
大陸を移動する手段がない今の状況では、レベル一のタクトと一緒にイベント攻略を目指すのは難しい。
そこで私が考えたのは、テレプシコラの首都にある訓練所へタクトを連れていくことだ。
チュートリアルが終わってすぐに「はい! 後はご自由に」と放置されるこのゲーム。何をしていいのか分からない人のため、各領地の首都に冒険ギルド・生活ギルド・訓練所の三つが必ず用意されている。
冒険ギルド・生活ギルドは、それぞれ冒険系プレイヤーと製作系プレイヤーのためのクエスト受注と報酬の受け取りを行う場所だ。
そして訓練所は、レベルを上げたり、魔法やアイテム、モンスターについて学ぶ場所で、初期称号の獲得条件にもなっている。どんなプレイヤーでも一度は通ったことがあるだろう。しかも、レベル二十以下なら無料で使える宿泊施設付き。原因がわかるまで、訓練所で過ごすことがタクトにとって最善だと私は思う。
置いていくのは心苦しいけど、イベント攻略のために仕方のないことだと割り切らなければ……。
準備ができた私は、タクトの部屋の前で呼吸を調える。
ーーコンコンッ。
「タクト、起きてる?」
ドアをノックして声をかけたけれど、反応がない。「まだ寝てるのかな」と思い、自分の部屋へ戻ろうとすると、宿の人が話かけてきた。
「お連れ様なら外へ行かれましたよ」
え? 外に!?
イベント中はお祭りと称して突然闘技会が始まったりして、街の中でも何が起きるか分からない。巻き込まれたら大変だ。私はタクトを追いかけて宿を出た。
神様だけでなく神殿もお休みでした。
次回は情報収集です。