街を目指して
「レベル一で、称号なし……」
普通にパンタシアを始めたなら絶対にありえない。
ゲームを始めてすぐに楽しめるよう、全ての人が初めてのログイン時にチュートリアルでレベル五になる。それと同時に『初心者』の称号や回復アイテムが与えられて、冒険の準備が整う。
タクトのステータスだと、チュートリアルすらしていない状態だ。
街まで行ける……? 厳しいかもしれない。
「……困った顔してる」
頭をを抱える私をタクトは下から覗きこんできた。
あ……また不安そうな顔に戻ってる。せっかく可愛いのにこんな顔ばっかり見たくないな。
ーーパンパンッ!!
顔を叩いて気合いを入れる。
「大丈夫! 夜になったら狼もどきが出てくるから、明るい内に森を抜けよう!!」
私は自分の荷物を分けてタクトに渡し、一緒に森を出る準備をした。
私は半透明のドームに触れて、通り抜けられることを確認した。
後ろではタクトが、冒険アイテムを一通り入れた予備のリュックをメニュー画面で確認している。
なんとかなる…………よね。不安な気持ちが自分の中でゆらゆらと浮かぶ。
そこそこレベルを上げている私でも、狼もどきの攻撃はヒットポイントをかなり削られた。狼もどきは暗くなってからしか見かけなかったけれど、あの強さのモンスターで昼間に行動するやつが他にいたら、タクトはひとたまりもないだろう。
「大丈夫。いない。いない」
タクトに聞こえないよう、私は小さく自分に言い聞かせた。昨日あれだけ歩いて、昼はモンスターに会わなかったんだから!
それよりも、装置のない魔法陣がどれだけ持つのかわからないことの方が恐いし、危ない。このままここにいて、いきなりドームがなくなったら、それこそ狼もどきの餌食だ。そう考えると、じっとはしていられない。
出発前に私は地図を見せながら目的地を伝えた。
「今いる場所が、ここ。一番近い街が森を抜けた先の街道沿いにあるサルターティオ。ここなら神殿もあるし大きめの街だから、分かることが何かあるかも知れない」
タクトは真剣な顔で地図を見つめて話を聞いている。
「距離から見て、サルターティオまではニ日くらいかかると思う。とりあえず今日の目標は、東にまっすぐ歩いて夜までに森を抜けること。森さえ出ればモンスターは弱くなるはずだから、今日はできるだけ急ぎ足で頑張ろう!」
「わかった」
タクトはリュックを背負いながら、素直にうなずいた。
今いる場所は転移の館と森の出口のちょうど真ん中くらいにある。昨日歩いた距離から考えると、急げば夜までに森を抜けられるだろう。
「よし、じゃあ行こう」
私たちが魔法陣の外に出ると、ドームがハラハラと崩れた。
「……!?」
蝶が舞うようにドームの破片が飛び去り、地面に描かれていた模様は跡形もない。
魔法陣から出たから必要ないと消えたのだろうか? でも、これで…………進むしかなくなった。
私はタクトに方向を指示しながら後ろについて歩く。レベル差があるせいで、歩くスピードが大分違ったからだ。この速さだと、暗くなるまでに森を出られるかギリギリ……いざとなったらタクトを抱えて走るか。
モンスターはでない。警戒は続けているけれど、今のところ無害な動物だけだ。
太陽が徐々に傾いていくーー。
タクトを励ましながら歩いていきたけれど、まだ出口は見えない。後、一時間もすれば日が暮れる。
背中に視線を感じ始めた……暗くなるのを待ってるみたいだ。焦りからか体がざわざわする。
「急ごう!」
私はタクトの手をしっかりと握り、走り出した。
「っ! ハルさん!?」
「もう狼もどきがいる! 早く森から出ないと!!」
ひたすら走る。森の出口はまだだろうかーー。
辺りが夕暮れの光でオレンジ色になると、私たちの足音に重なるように、ガサガサと音が聞こえてきた。距離が縮まっている。
ジリジリとした焦燥感で体がピリピリする。
「あっ、ハルさん! あの辺り、他より明るくなってる!」
黙って走っていたタクトが右前方を指していきなり声を上げた。
ーー出口だ。
明るく見える方に向かってペースを速める。
後ろには黒い影がちらちらして、気持ちは焦る一方だ。
ーーーーガサッ!!
転がるような勢いで私たちは森の外に出た。
辺りは暗くなっているけれど、狼もどきが追いかけてくる気配はない。
「はぁっ……はぁ」
タクトは安堵から力が抜けて地面にへたり込んでいた。私も荒い息を調える。
「ふぅ……っ。間に合ったー!」
やっと森を出れたことに嬉しくて、思わず声を上げた。
タクトも一瞬びっくりしていたものの笑顔になっている。
私はモンスター避けを複数使って、場所の確認をした。森の外は近くに街道があり、地図の通りだ。
「後はのんびり街に向かおう」
少し休憩をしてから、私たちは街の方向へ歩き出した「そういえば、ハルさんは何で森に?」
街道を歩いていると、タクトが思い出したかのように聞いてきた。
何でって……急いでて話を聞かずにダンジョン用の転移陣を乗った、私のうっかりミスだ。
「まぁ、ちょっとしたミスでなんだけど………………ね、その『ハルさん』っていうの止めない? なんかむず痒くって」
私は話を呼び名についてにすり替て、答えをはぐらかした。単純なうっかりミスって恥ずかしいし。
「えーと、なら、ハルちゃん?」
「うん! ちゃん付けなら呼ばれ慣れてる」
歩きながら、私は色々な話をした。開催中のイベントはもちろん、この世界の神様たちの話、魔法や属性、街やダンジョンについて。何も知らないタクトは楽しそうに話を聞いていた。
「ーーでね、私の今回の目標はイベントクリア! クリアできれば夢に近づけそうだから」
「夢?」
おっと、ちょっと喋りすぎたかも……。スカウトについて、人に話していいのか分からない。
でも、私の将来の夢の話なら問題ないよね。
「私好みのゲームを作るために、ゲーム会社に就職したいんだ。イベント参加してクリアしてれば、良いアピールになりそうでしょ?」
かなりオブラートに包んで言ってみた。まぁ元はそういう考えもちょっとあったしね。
「確かに。なら……」
タクトは納得したのか、軽く目を伏せて何か呟いた。
「ん? ごめん、ちょっと聞こえなかった」
「あっ、何でもないよ」
何でもないの? 気になるけど、まぁいいか。
「ハルちゃん! ほら、あれ、街じゃないかな」
タクトの指差す先には街の外壁が見えていた。
うーん……街に到着できませんでした。
次回は街の中へ行動します。