出逢い
ドームの中心部には少年が横たわっていた。青いフード付きのパーカーに、動きやすそうなハーフパンツ。見るからに少年らしい格好で、カフェオレみたいな色のふわふわした髪が特徴的だ。
私よりちょっと小さくて幼い感じがする。現実と体格や顔立ちを変えると動きにくくなるから…………この見た目だと少し年下ってとこかな。
「あの、入れてくれてありがとう。もう少しで殺られちゃうところだったよ」
…………ん?
声をかけてみても反応がない。この子が入れてくれたんだよね? 私は近づいて顔を覗きこんだ。
「……寝てる?」
すやすやと小さい寝息とともに長い睫毛が揺れる。髪色も相まって天使みたいな美少年だ。
「う~ん、起こすのはちょっとなぁ……」
私は彼が起きるのを待つことにした。待っている間に体力は自然回復するし、そのうち夜も開けるだろう。
よし、休憩休憩。私はカバンからいろいろ取り出した。パンに果物、水筒、ランタン、ブランケット……旅のセットだ。
銀色のドームで明るいけれど、気温が低い。私はブランケットを彼にかけて、ランタンを手に取った。
丸い提灯のような小さいランタンは中心部にオレンジと赤の魔法陣が刻まれ、その上に魔石がついている。蓋を開けて指先で魔石に触れた。
「イグニス」
魔石から赤い光を放たれてランタンに灯が点り、周りがほんのり暖かくなる。
私は食事をとり、のんびりと過ごした。
空が白み始めた。
陽の光が見えてからドームの外に狼もどきの姿はない。やっぱり夜行性だったのだろう。
「……ん」
日が射して眩しいのか、少年がもぞもぞと動き出した。
「ふぁ…………?」
あくびをしながら寝惚けた様子で周りをみている。
「目が覚めた?」
声をかけると、こっちを向いた。びっくりしたのか、目が丸くなっている。
「昨日は入れてくれてありがとう」
「…………?」
彼は不思議そうにも困ったようにも見える表情で、またキョロキョロと周りを見渡す。その様子を見て私の中に疑問が浮かんだ。
もしかして、入れてくれたわけじゃなかった? じゃあ、ここに入れたのは何でだろう…………。
「…………あの」
おっと、いけない。話しかけられて、自分が考え込んでたことに気づいた。私は慌てて彼の方へ顔を向ける。
そこで、私が考えていたこととは全く違う質問が飛んできた。
「ここ、どこですか?」
どこですか? って、一体どういうこと?
少年の質問を私はうまく理解できなかった。どういう状況なのかとりあえず頭の中を整理しよう。
モンスター避けの魔法陣を張って休憩していたんだよね? 休憩していたってことは、ダンジョンに向かってるか森を抜ける途中、あとは採集してるか、だね。だけど、場所が分からない。ならーー。
「迷っちゃったのか。この森、やたらと広いもんね」
私は自分の中で結論づけた。
「ダンジョンに行くならまっすぐ西に進めばいいよ。私が通った跡があるから分かりやすいと思う。で、森を抜けるなら東に進むのが一番早く抜けられるかな」
「……ダンジョン? 森を抜ける?」
あれ? 違った?
私の話を彼はきょとんとした顔で聞いていた。まるで何も知らないようなその表情は、高度な魔法陣を造った熟練プレイヤーには見えない。
「あの……お姉さんはここがどこか分かるんですか?」
「えーっと」
実は私も大まかにしか自分の位置が分からない。メニューに表示されるエリア座標とテレプシコラ領の地図を見比べて「たぶんこの辺!」ってくらいだ。
それにしても、「お姉さん」か。確かに実年齢よりちょっと上に見られる事が多いけど、その呼び方はなんだかむず痒い。
ん? そういえば……。
「そういえば、自己紹介してなかったね。私はハル。見た感じ、たぶん同じくらいの年だと思うから、タメ語で話して?」
「はい……あ、うん。僕はタクト」
敬語をなくして名前で呼んでもらえばむず痒さはなくなるでしょ。
「タクトね。レベルと称号はどんな感じ? 私はレベル三十四で、称号は剣士」
私がそう聞くと、タクトは眉が下がり困ったような顔になった。
「レベル? は、……ちょっとよく分かんない。僕、気がついたらここにいて……。ハルさんの言ってた、ダンジョン? とかこの場所とか、それに格好といい、なんだかゲームみたいで……。その、僕…………一体どうしたらいいんだろう?」
………………何かのイベント? ナギさんの言ってた「なんとかなると思う」ってこのことだったりする?
いやいやそんなわけない。私がタクトに会ったのは偶然だ。ナギさんだって私のうっかりミスまで予測できないよ。
それにイベント起こすのはノンプレイヤーキャラの役割だ。タクトはプレイヤーの証であるメニュースフィアが左手についている。イベントじゃないはず……。
あぁもう、むしろ私がどうしたらいいのか聞きたくなってきた。
とりあえず話してみよう!
「よし、どうしたらいいか一緒に考えよう。まずはここの話からだね…………さっき『ゲームみたい』って言ってたよね? ある意味正解。ここはゲームの中なんだよ」
「ゲームの……なか?」
不思議そうに呟くタクトに、私はパンタシアというゲームの中だと説明した。
何か知っていることがないかと色々聞いてみたものの、彼にはゲームについてだけでなくログインした記憶さえなかった。
「なんだか頭の中がぼんやりしてて……目が覚める前のことがうまく思い出せないんだ」
私はゲームの取り扱い説明書やチュートリアルに、そういった症状について何か説明がなかったかと思い返してみた。けれど、なにせ随分前のことなのであやふやなことが多い。
バグとか副作用的なものだろうか? まだ知られていない、他のプレイヤーにも出るような症状だと困るよね……。早めに神殿へ行って、運営に報告した方が良さそうだ。
「街に行けば何か分かるかもしれないし、とりあえず一緒に森から出よう! その前に状態異常がないか、ステータス見せてもらってもいいかな?」
「うん」
ひとまず街に向かうことは決まった。
私はステータスを確かめるために自分のメニュー画面を出して、彼にメニュースフィアの使い方を教えた。
「本当にゲームの中なんだ……」
そう言ってタクトはメニュー画面を、確かめるように何度も出したり消したりしている。
さっきまでの不安そうな表情が薄れて、少し楽しそうだ。
ゲーム、好きなのかな?
「メニューの出し方は解った? じゃあ、この画面でステータスを選んでーーーーーーえっ……?」
「……?」
状態異常はない。けれど、私は表示されたステータスに先が思いやられた。
パンタシアで何か問題があった時は神殿に報告すると、運営に伝わる仕様です。
次回、二人は街へ向かいます。