森の中へ
あと少しでイベント開始時間だ。私はゴーグルを手にベッドへ腰かけた。
うまくいけば就職! 何だろう、少し、いや結構ワクワクする。ちょっと前まで進路について話せなくて落ち込んでいたけれど、いざゲームをするとなると、テンションは上がる一方だ。
転移陣を使わない旅は初めてだから、どんな旅になるのか楽しみでしょうがない。
私は横になり、高ぶる気持ちを抑えるように深呼吸して、パンタシアへログインした。
目を開けると転移陣が設置されている戸のない小部屋だった。
昨日強制終了になったテレプシコラ領の転移の館だね。壁にかけられたタペストリーに音の文様が描かれていて、ここがテレプシコラ領だということが分かる。私は飾られている調度品を見ながら入り口へ向かった。
アプリークムに比べて転移陣の数が少ないのかな? 建物の構造は似ているけど、全体的にこじんまりとしている。
「それにしても……」
誰もいない。入り口ホールまで来ても誰とも会わなかった。
「すみませーん!」
受付カウンターで声をかけてみても、スタッフさえいない。…………定休日? そんなのあったかな? どっちにしても誰もいないし、みんな休日かなにかってことだよね。
ん? 休日?
あ! そうだよ。イベントが始まったら使えなくなるから、クリアされるまでお休みなんだ!
街の案内図が欲しかったんだけど、まぁしょうがない。
気持ちを切り替えて、私は扉を開け、外に出た。
まだ陽が昇りきっていない空は一面の水色で、絶好の冒険日和だ。
けれど、辺りを見渡して、私は思わず目をしばたたかせた。
「え…………っと?」
出てすぐの所に小さな広場があり、そこから森の中へと道が続いている。周りは見渡す限り木が生い茂って、転移の館の他に建物は見当たらない。街…………ではないね。この配置、見覚えがある。
私は自分のうっかり加減に呆気にとられ、頭を抱えた。
「あー…………やっちゃった。ダンジョン用の転移の館だよ、これ」
館の目の前にキャンプ用の広場があって、ダンジョンに続く道が伸びている王道パターン。探索で使った転移陣は大体この形だった。
せっかくだしダンジョンに潜ってみようか!
…………いやいや、初っぱなから戦闘不能になる未来しか見えない。一人で上級大陸のダンジョンに潜るとか無謀すぎるわ。
それなら、もう街に向かって森を抜けるしかない。
幸い、旅の準備は万全だ。テレプシコラ領の地図を持っているから、おおよそ街の位置もわかる。
けど…………。
「……森かぁ」
うっそうと茂る木々に不安がよぎる。森の方が平原より強いモンスターがいるし、たくさんでてくるんだよね。強いモンスターに複数でこられたら、さすがにキツい。モンスター避けを使えば頻度は下がると思うけど、どれだけ効くかわからないし、森を抜けるまでモンスター避けが保つかもわからない。もし迷子になったら、街にたどり着けない可能性だってあるかも……。
「だぁっ!! 『もし』とか『かも』とか、なしなし!! 来ちゃったもんは仕方ない! とりあえず死なないように頑張るしかないっ!!」
パンパンッと顔を叩き、不安を振り切るように大きな声を出して気合いを入れた。
少し落ち着いたところで、メニューに出ている自分の位置と地図を見比べた。街があるであろう方向を確かめる。この距離なら一日で森は抜けられそうだ。
「よしっ、行こう!」
私は勢い良く森の中へ進みだした。
意外とモンスターは出ない。警戒しつつ進んでいるけれど、周りは風で葉が擦れる音がするだけで、静かなものだ。
今は活動してない夜行性のモンスターが多いのかもしれない。明るい内に進めるだけ進んでおこう。
何度も方角を確かめながら、ひたすらまっすぐ歩く。ずっと同じ木が生えているだけで景色は代わり映えしない。
まだまだ森が続きそうだ。そう考えると足が重く感じる。
「ちょっと暗くなってきたな……」
陽が傾くと一気に冷え始めた。私はいったん歩みを止めて、耐寒用のマントを羽織る。冷えるとステータスが下がっちゃうからね。
できれば、完全に暗くなる前に休憩できそうな場所を見つけたい。仲間がいれば交代で休めるのに……誰かに会えたら誘おうと思ったけど、昨日はゲーム仲間が皆ログインしてなかったんだよね。
とりあえず後ろから急に襲われたりしないような、岩陰とか太くて大きな木とか、どこかないかな?
薄暗くなり始めた周りを、私はしっかりと見渡しながら進む。
しばらくすると離れた所にうっすら光が見えた。
誰かいるのかもしれない。一人で心細かった私は、期待から思わず小走りになった。
先の方に見えていた光がだんだん近くなる。あと少しという所で私は速度を落とした。慎重に光の元へ近づく。それは私が期待していたものではなかった。
そこには淡く光るドーム型の魔法陣が設置されていた。
直径五メートルほどの木のない空間いっぱいに、魔法陣で銀色に淡く光るドームが形成されている。
「…………誰かの魔法? だよね?」
私はよく見るためにそっと近づいた。
周りに魔法陣を造るための装置がないということから誰かが魔法で造ったものだと分かる。
帯状にたくさんの細かい文字が浮かんでいて、一つ一つに意味があるのだろうけど私には理解できなかった。モンスター避けの結界とかかな。危ない感じはしないけれど、触るのはやめておこう。
……中に誰かいるよね?
たぶんドームを造った人がいるはずだ。中は光で遮られてなにも見えない。モンスター避けなら、ちょっとだけ私も入れてもらえないかな……。私は中の人に気づいてもらえないかと、ドームの周りをうろうろしていた。
ーーガサッ。
突然、後ろから落ち葉を踏む音がした。嫌な感じがする。私は振り向きざまに剣を構えた。
「グルルルル…………ガァッ」
ほぼ同時に襲いかかってきた黒い塊を剣で受け止める。狼型のモンスターだ。上顎から突き出た長く鋭い牙で噛みついてくる。
強い……。攻撃を受けるだけで精一杯だ。
逃げなきゃっ!
私はなんとか狼もどきを剣で弾き、走りだした。けれど、向かった先にはーー。
「ーーっ、二匹目!!」
目の前に現れた二匹目の狼もどきが、私に向かって突進してきた。
「ぐあっーー!!」
防御の姿勢のままふっ飛ばされる。狼もどきが軽く着地してすぐ二撃目を入れにくるのが見えた。
ダメだ、殺られる! 少しでもダメージをとどめるために、私は小さくなり身を固め、目をつむった。
ーーガンッ! ゴンッ!!
その場に、強い力でぶつかる音が響いた。
目を開くと、私と狼もどきの間には半透明の銀色の膜ができていた。
違う、できたんじゃない、私が入ったんだ。さっき吹っ飛ばされた時に、勢いあまってドームの中に入り込んだらしい。
外からは何も見えなかったけれど、内側からは外の様子が見える。マジックミラーみたいだ。
ーーガンッ! ガンッゴンッ!!
ドームの外では数匹の狼もどきが体当たりを繰り返している。入れないのか……助かった。目の前に群れる狼もどきを見てぞっとする。今頃になって手足が震えてきた。もし、ここに入れなかったら死んでたな……。
私は震える足に力をいれてドームの中心部に向きをかえた。
助けてくれた人にお礼を言わなきゃね。
狼もどきで力尽きました……。
次回、出逢いです。