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チャンス到来

 マーケットは外へ向かう人と帰ってきた人で、河のような流れができていた。その中でうまく人を避けつつ流れに乗って通りを進んでいく。道すがら、お目当ての回復薬も購入して、あとは冒険ギルドへと向かうだけだ。

 広場を通り抜ければギルドが見えてくる。広場を抜けるまであと少しというところで、遠くから覚えのある声が聞こえてきた。


「おぉーい! ハールちゃーん!!」


 私のキャラクター名だ。声のする方を向くと、楽しそうに飛び跳ねる金色のサイドテールを見つけた。人ごみでも目立つサイドテールを目印に、私は声の主に近づいた。


「ハルちゃん、見っけー!」

「うぐっ……ナギさん、苦しいです」


 側に来るやいなや、私にぎゅっと抱きついてきたこの人はナギサさん。通称ナギさん。すらっとしていて、弓使い用の胸当てに大きなウエストポーチが特徴的な冒険者ルックがよく似合う、このゲームのベテランさん。私はこの街に来たばかりの頃からずっとお世話になっている。一緒にダンジョンに潜ったり、私の部屋も良い場所を見つけてもらった。現実での悩みも聞いてもらっていて、色々と頼りになるお姉さんだ。


「久しぶりだねー。勉強はどう? 順調?」

「あー…………」


 勉強自体は順調だけど、進路については何とも言えないから言葉につかえてしまった。


「まさか勉強ほっぽりだしてきたの? それはダメだぞー、受験生」

「いやいや、大丈夫です。順調です。……勉強は」


 三者面談を思い出すと気が滅入るけど、朗らかに笑うナギさんを見ていると荒んだ心がほんのり癒される。


 私は近くにあったベンチで、今日のことを話した。もう何もいい案が思いつかなかったけれど、ナギさんの意見を聞けば打開策が見つかるかもしれない。




「なるほどねー」


 ナギさんは一呼吸して、小さく笑った。


「ねぇハルちゃん、明日のイベントは知ってる?」

「……イベント?」


 私は首をかしげた。最近、ログインすらしていなかったから、もちろんイベント情報のチェックもしていない。


「なかなか良いイベントなんだよー」


 と、ナギさんは得意げにチラシを差し出した。

 ええと、なになに。





*********

【神々の休日】


“緩やかな時の流れに 神は眠る 長き流れは 行方を見せる 穏やかな眠りは 全てを止める 恩恵を望む者よ 鍵を求めよ 神の使徒よ 鍵を捧げよ 開く扉は 目覚めの時を教える”


ウェルム歴、十一月十三日

午後十時~十二時


*********





 はいっ、いつもの解りにくいお話ですねー。

 行方やら恩恵がなんたらはよく分からないけど、「神様が眠りについて、起こすために鍵を探す」ってとこかな。とりあえず、ウェルム歴は現実時間のことだから、明日の夜だね。うん、それだけは解った。


「あ、詳しい説明は裏に書いてあるからねー」


 ホントだ。そういうことは先に言って欲しい。ナギさんに促されて私は裏面を読み進める。


「イベントの発表があってから、準備するためにタレイアに人が集まってるんだよ。今日もいつもより賑やかだよねー。イベント中は転移陣もつかえなくなるし。そりゃみんな、今のうちの準備しときたくなるよねー」


 なるほどね、「全てを止める」は転移陣とか神殿関係の魔法具がほとんど動かないってことか。神様を起こせば使えるようになる、と。

 転移陣使えないと素材集めは苦労するからなぁ。タレイアは便利だから、使えなくなる前に素材をかき集めるため、他領地にいたプレイヤーが一気に来たと。どうりでいつもより人が多いわけだ。

 でも、なんだろう。初めてのパターンのイベントだけど、ナギさんが言う「良いイベント」って感じはしないんだよね……。

 私はぼうっとチラシを眺めた。



「その顔。『どこが良いイベント?』って書いてあるぞー」

「――えっ、そ、そんなことないですよ~」


 図星を指された私は、慌てて取り繕った。私の反応にナギさんはカラカラと笑いながら話す。


「まぁ、これに書いてる内容は普段のと変わらないからねー」

「……じゃあ、イベント内でさらに催し物があるとかですか?」


 あてずっぽうに聞いてみたけれど、どうやら当たったらしい。さっきと違い、ナギさんはニヤリと笑った。細められたその眼は少し真剣味があって、纏う雰囲気もどこかいつもと違う気がする。


「大々的には発表されてないんだけど……」


 回りに聞かせたくないのか、ナギさんは辺りを見渡して声を潜めた。私も聞き逃さないよう距離を縮める。


「……今回のイベント参加者からピルム社が社員をスカウトする」

「しゃい――!?」


 驚いて声を上げそうになった私を、ナギさんが制止して続ける。


「イベント中、条件を満たしたプレイヤーが候補者になるの。その中から選んでピルム社のメインメンバーが声をかける予定になってる。未成年でも将来の社員候補として見るからレベルとか年齢も何も制限はない。だから、条件さえクリアすればハルちゃんも候補者になれるよ。…………どう?『良いイベント』でしょ?」


 確かに。私にとってこれ以上の「良いイベント」はない。候補者になれば、今もっとも勢いのあるゲーム会社のピルム社に将来就職できるかもしれない。これは大きなチャンスだ。

 気になるのは条件。内容によっては難しいかもしれない。

私はナギさんの方へに向き直って質問する。


「ナギさん。…………ナギさんはその条件も知ってるんですか?」

「…………」


 話せないことなのか、言葉を選んでいるのか、ナギさんは何も答えない。軽く目を伏せただけだ。……何も言わないってことは、肯定、だよね?

 何を考えているのだろうか。ナギさんは口元を隠すような仕草で、「う~ん」と、唸りながら、目線だけがゆっくりと動いている。


 沈黙が続く。


 話しかけていいものかチラチラ見ていると、ふいにナギさんがぼそっと呟いた。


「…………テレプシコラ」

「テレプシコラ?」


 ナギさんの口から出たのは、領地の名前だった。上級者向けのディケー大陸にあるから、私はまだ行ったことがない。そこに条件を満たす何かがあるのかな。

 私がきょとんとしていると、ナギさんが申し訳なさそうに話しだした。


「……ごめんねー、条件については詳しく言えないんだ。とりあえずテレプシコラ領から旅を始めてくれる? いろいろ教えてあげたいけど、今はこれくらいしかアドバイスできないんだよー。行けば、たぶん何とかなると思うから………………………………たぶん」


 今までナギさんのくれる情報は確かな物だった。今回はちょっと自信がなさそうだけど、テレプシコラ領に行けば、分かることがあるんだろう。

 なら、私はナギさんを信じて進むだけだ!


「わかりました! テレプシコラ領へ行って、そこから鍵を探す旅に出ます」

「あーもうっ! ほんっと、ハルちゃんは素直で良い子なんだからー」


 ナギさんにギュッと抱きしめられた。


「ディケー大陸は強いモンスターばかりだから気を付けてね――――――」


 他にも何か呟いていたけれど、うまく聞き取れない。


「じゃあ、あたしはそろそろ時間だから行かなきゃ。イベント中、どこかで会おうねー」


 そう言うと、ナギさんはログアウトしたのか目の前から消えた。嵐のようにやってきて嵐のように去って行くってこういう事だな……とぼんやり考える。

 空を見上げると、いつの間にか陽も昇りきって、頭の上を照らしていた。




――って、ぼやぼやしてる暇はない! イベント明日だよ! 急いで移動する準備をしなくちゃ!!




旅の準備を入れるか悩んだのですが、次回にしました。

と、いうことで次回は旅の準備と前日の夜です。

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