初心の種
私は手のひらの上でビー玉ほどの大きさの“初心の種”をコロコロと転がした。表面は滑らかだけれど触ると少しでこぼこしている。濃い琥珀色なのも相まって石にも種にも見えた。
「いい? 使い方は魔道具を使う時と同じ。両手で包むように持って種に集中して……『アドレーセレ』が発動ワードね」
唱えるとすぐに発動して、経験値を吸収すると大きく重たくなるらしい。
私はアノンさんに促されてソファーに深く座り直した。言われた通りに種を手で包み、目を閉じて集中する。
「アドレーセレ」
唱えると手の中が温かくなった。体から何かが抜けていく感覚と同時に種がじわじわと重たくなっていく。
大きさも変わり、手で包んでいるのが難しくなってきた。
アノンさんに目で助けを求めると軽く頷いてくれた。手を開いても大丈夫みたいだ。
落とさないように注意しながらそっと手を開くと、種はゴルフボールほどの大きさになっていた。ゆっくりとまだ膨らんでいるのが分かる。もうすでに重たくて腕だけでは支えられなくなってしまった。
…………落としそうで怖い。
テニスボールくらいまで膨らんでから、大きさも重さも変わらなくなった気がする。
正直、そろそろ終わりだと嬉しい。あまりの重さに太ももの上からまったく手が動かないし、心なしか頭がくらくらしている。
変化もなさそうなのでどうしたらいいのかアノンさんに聞こうとした時、種に変化があった。
ーーパキッ。
高く響いた割れる音。表面にひびが入り、徐々に拡がっていく。
ーーパキパキパキパキッ。
細かいひびにそって種が砕けちる。一気に軽くなった手の上には、違うものが乗っていた。
手から溢れるほどに開いた蓮によく似た真っ白な花。
花の中心には見る角度によって赤と黄色の輝きを放つ明るいオレンジの魔石がある。
「うわぁ、綺麗だね」
いつの間にかタクトが隣に見にきていた。魔石が生る植物は他にも見たことがあるけれど、こんなに綺麗なものは初めてだ。
「うん……きれい…………だ……」
応えようとした私はそのまま気を失った。
体に沿って沈む柔らかいベッドにふわふわの上掛け布団。目を覚ますと、私は心地よい寝具に包まれていた。
「ここは……」
一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。けれどよく考えろ私。たぶんアノンさんの家の一部屋だろう。周りにある家具はとてもシンプルで話をした部屋とよく似たもので揃えられている。
ベッドの上から部屋の中を見渡していると、コンコンッとドアが叩かれた。
「あら? 目が覚めたのね」
やっぱりアノンさんの家だ。違うかもしれないという緊張が途切れて力が抜ける。
「体はどう? どこかおかしなところなない?」
私は色々と体を動かして異常がないか確かめた。
「特になさそうです。……強いて言えばちょっとだけ体が重たい気がします」
「なら、大丈夫ね。体が重く感じるのはステータスが下がったことにハルちゃんがまだ慣れてないからよ」
なるほど、そりゃそうだ。三十四と一とでは差があるもんね。
うんうん、と納得しているとアノンさんがビックリすることを口にした。
「負担も大きかったみたいで心配したのよ。五日間眠り続けていたからーー」
そっか。私、五日も寝てたんだ………………。
「ーー五日!?」
「種を使った人の中で最長ね」
最長かぁ……よく寝たもんねー。って、そうじゃないよ! 期間が一年で長いとはいえ、貴重なイベント期間を五日も寝てたなんてーー。
あれ? でもアノンさんは寝ること知ってたみたいだから問題はないか。いやいや、最長ってことは他の人はもっと短いんだよ。
なんてもったいないことを!! もっと早く起きれば良かった…………と私が悶絶している横で、突然アノンさんが吹き出した。
「プッフフフッ。すごい百面相! 」
ツボに入ったのか笑い続けるアノンさん。
私、そんなに変な顔してた……?
「っ……はぁ。安心してね、五日は無駄になってないから」
ひとしきり笑って落ち着いたのか、アノンさんは一度深く息を吐いて話し始めた。
話によると私が寝ている間、タクトが使っていた水晶で魔力操作を体に叩き込んでくれたそうだ。
試しに指先へ魔力を集めると驚くほどスムーズに動かすことができた。
「レベルが低いと何でもすぐに効果が出るのよね」
アノンさんがにこりと私の手を見た。魔力は目に見えないのに試したことがわかるんだ……。
「さぁ、目が覚めたならハルちゃんも特訓を始めないとね。そうそう。あの子、レベル十を越えたから今のハルちゃんと良い勝負が出来ると思うわよ?」
え? あの子って…………もしかしてタクトのこと?
レベル十になったの!?
ハルちゃんのレベルが下がって、タクトのレベルが上がりました。
強さはステータスと実力で“とんとん”といったところです。
次回は魔法についてです。