鍛える前に
「鍛えるといっても……強くなる前にイベントが終わっちゃいます」
アノンさんは運営と繋がりがあるし鍛えてもらえるのはかなり嬉しい。けれど、私の今回の目的はイベント内で就職条件をクリアすることだ。
すでに数日過ぎてしまった今、修練している暇はない。
「ハルちゃんは攻略希望者なの?」
「そうなんです!」
タクトが横から入ってきた。
「ハルちゃんはゲーム会社で働くのが夢で、それなのに僕を助けてくれてーー」
「タクトっ」
興奮するタクト私は慌てて抑える。それを見てアノンさんはクスクスと笑いながら口を開いた。
「なら今回のイベント期間はドルミート歴で一年間だから、鍛えてからでも十分間に合うわよ」
…………………………一年間!?
アノンさんが軽く言った言葉に耳を疑った。
「えっ、チラシにはそんな事……」
私はアイテム欄からチラシを出してアノンさんに手渡す。
「これは……かなり前のものね。開催のお知らせ用だから内容は軽くしか触れられていないわ」
ナギさん、最新のチラシは持ってなかったの……? ドヤ顔でチラシを渡すナギさんの姿を思い出し、モヤモヤする気持ちをかき消そうと頭を振った。
まさか二時間が一年間になるとは思っていなかったよ。
「問題なさそうなら、早速始めましょうか」
アノンさんはそう言うと、細かな模様の入った水晶を取り出してタクトに渡した。
「レベル一だとこの辺りのモンスターに敵わないし、あなたは魔法からね」
横で聞いていると、あの水晶は触れているだけで魔力を循環させる事前練習用アイテムらしい。
タクトは難しそうな顔で水晶を抱えている。
いいなぁ……私もやりたい。物理メインで鍛えてきたから魔法は苦手なんだよね。
「さて、と。問題は……ハルちゃんね」
タクトへの説明を終えたアノンさんが私の顔をじっと見た。
え? 私が問題? どういうことだろう。
「レベルが低いと効果が出やすいけれど、三十を越えてしまうと全体的に成長しにくくなるもの。それに、最近ログインしてなかったでしょう?」
当てられてどきりとした。
確かにここ二、三ヶ月ほどログインしていなかったかな。
「間が空くと同調率が下がる人が多いのよ。試合の時、レベルの割に動きが悪かったから気になったのよね。……魔法を使ってこなかったのはそのせいかしら?」
レベルの割に動きが悪い……のか私。それはログインしなかったせいだとしても、魔法を使わなかったんじゃなくて使えないということもあって少しへこんでしまう。
「いえ、その、魔法は魔力操作がうまくいかなくて……まだ習得してないんです」
「そうなの……なら…………」
アノンさんは困ったように「う~ん」と首をかしげている。
私、そんなに悩ませるほど深刻な状態!?
不安になってきた私が質問しようとしたその時、アノンさんが顔を上げた。
「秘密は守れる?」
秘密? 守れる方だと思う。一体何をーー。
ふと目を合わせると、アノンさんの大きな紅い瞳に私の姿が映っている。なんだろう緊張感なのかな。背筋がピリッとした。
「……守れます!」
はっきりと言い切る私にアノンさんはニコリと微笑んだ。
「今回のイベント内での私の仕事は闘技会で盛り上げることとーー」
指を鳴らすパチンという音と共に、私の目の前にアノンさんのステータスが表示される。
それを見て思わず私は目を見開いた。
「新アイテムをテストすること」
レベル六。他のステータスもレベルに対しては高いものの私より断然低い。
唖然としている私にアノンさんが小さな石を差し出した。
「まだ名前も付いてないサンプル品でね……いまのところ私たちは“初心の種”って呼んでるわ。これを使うとその人の経験値全てが吸いとられてレベルが一になる」
私はふっとタクトの方を見た。もしかするとタクトはこれを使ったんじゃーー。
「そうね……言いたいことは分かる。でも今はその話をしてるんじゃないわ」
「です……ね」
私はアノンさんへと向き直った。
「今の強さではピルム社に受け入れてもらえない……。これを使えば確実に強くなれるわ。どう? やってみる気はある?」
そんなことを言われたら答えは一つだ。
「やります!!」
次回、ハルちゃんもレベル一に仲間入りします。