役に立つには(タクト)
サルターティオの街は現実味がないと感じるほど華やかで驚いた。
いかにも女の子の街というイメージだ。隣でハルちゃんはずっとキョロキョロしていて、観光したくてうずうずしているのが見てとれる。
街に着いてから、僕には気になる事ができた。
視界にはいる人、はいる人、みんな男の人ばかりだ。可愛らしい街の雰囲気といかつい鎧姿の男の人たちはあまりに対照的で「似合わないな……」と思わず顔をしかめてしまう。
何か理由でもあるのかな?
「どうしよっか?」
一日歩いた身体は疲れていて、辺りは沈む太陽の光でオレンジ色になっている。休みたい気持ちはあるけれど、早く僕のことを解決しないとハルちゃんのイベント攻略が遅れてしまうから……。
僕たちは大通りと広場を抜けて神殿へ向かった。
白くてつやつやとした石できた柱が内側の建物を丸く囲んでいる。……たどり着いた神殿は、古代ローマの資料で見たことがある形だった。違いはこっちは新築同様ってところかな。
建物の入り口には扉を塞ぐ様に看板が置かれていて、そこには神殿が機能停止していることが書かれていた。
看板を見たハルちゃんはポカンと気が抜けたような顔をして、立ち尽くしている。
「……どうしたらいいんだろう」
この世界の知識がない僕には他にどんな方法があるのか検討もつかない。でも、何か考えないとハルちゃんの足を引っ張ってしまう……。
もやもやと方法を考えていると、吹っ切れたような笑顔でハルちゃんが声を出した。
「よし! ひとまず今日は休もう」
宿に着くとハルちゃんはすぐに自分の部屋へと入っていった。
疲れているんだろう。昨日からずっと僕の護衛をしていたようなものだ。休憩する時も警戒を続けていてほとんど休めてなかったのかもしれない。
なんだかハルちゃんにしてもらうばかりで申し訳ないな……。
僕を運営に届けて評価を上げることができないとなると、どうすればハルちゃんの役に立てるだろう?
いくら考えても何も浮かばない。それもそうだ。知らないことが多過ぎる。それならーーーー。
情報を集めに行こう。
宿の一階は食事のできる酒場になっていた。
小さめの宿だからか客は少ないけれど、手の甲にスフィアがついたプレイヤーばかり集まっている。街に着いた時に見かけたいかついお兄さんたちだ。話を聞くにはちょうどいい。
「すみません、ご一緒してもいいですか?」
僕は水のはいったコップを手に、ニコリと微笑みながらお兄さんたちに話かけた。
「おぅ! いいぞ!」
戦士風のお兄さんがニカッと笑って席を空けてくれる。
そこに座りとりとめもない話をいくらかしてから、僕は「初心者なのにうっかり上級大陸に来てしまい、移動できなくて困っている」と話を切り出した。
「なら『妖精』に挑戦してみるか?」
「妖精? どこかのモンスターですか?」
僕の疑問なお兄さんたちは豪快に笑う。
「クッ、ハハ……プレイヤーだよ。テレプシコラで有名な滅茶苦茶強い美少女プレイヤー」
アイドル的存在なのかな……お兄さんたちは「お近づきになりてぇ!」「馬鹿、騎士に殺られるぞ」と話が膨らんでいく。
ちなみに『妖精』を見るために、この街は男性プレイヤーが集まってくるそうだ。
「運営からの依頼でここの広場でちょくちょく闘技会を開いててな。勝てば願いを叶えてくれる。まぁ大陸移動が願いじゃ上級者でも勝てる奴はいないから無理だろうけどな」
大陸移動が願いじゃ勝てない……。なら他の願いなら勝てるかも知れないってことかな。
「どうしたら闘技会に参加できるんですか?」
「おっ、やってみるか」
お兄さんたちによると、噂ではそろそろ闘技会が開催されるらしい。
開催される朝は、陽が昇り始める頃から広場で整理券の配付される。
しばらく滞在していれば運よく整理券を手に入れられることもある、ともお兄さんたちは話した。
「僕、行ってみます!」
けっこう長く話していたから夜明が近い。
僕はお兄さんたちに挨拶して、広場に向かった。
辺りはまだ暗いのに、広場にはたくさんの人が集まって列をつくっていた。
運が良い。闘技会が開催されるんだ。
僕は最後尾を探して順番に並ぶ。かなりの人数が並んでいるから整理券が貰えるか不安になってくるな。
陽が昇り始めて列が動き出した。少しずつ人が減っていく。ドキドキしながら進んで行くと係りの人が僕のところまできた。
「え~、今回の整理券はここまでで終了となります。また次回をお待ち下さい」
僕より後ろの人に係りの人が話しかけて、人が散っていく。
配付場所についた僕は整理券を手にした。最後の一枚だ。手に入って良かった。すぐにハルちゃんを呼びに行こう。
「あっ、ハルちゃん!」
宿へ戻ろうと思ったら、ちょうどハルちゃんが広場へ入ってきた。
起きたら僕がいなかったので、街の中を探し回っていたらしい。心配させてしまって気がとがめてしまうけれど、まずは報告しなければ。
僕は『妖精』と闘技会について簡単にハルちゃんへ説明した。
『妖精』についてハルちゃんは何も知らなかったようで、ブツブツと小さく呟きながら予定を組んでいる。
そこで僕は笑って整理券を取り出した。
「これが今日の挑戦権の整理券! ギリギリ貰えたんだ」
「え!」
ハルちゃんは目をまん丸にして驚いているのが分かる。
ちょっと役に立てたかな。
僕たちは整理券を手に受付へ向かった。
「「「うおぉおぉぉぉおぉ!!!!」」」
野太い歓声が響き渡る。話に聞いていた通りに盛り上がってるなぁ。
ステージには目を引く女の子が立っていた。あの人が『妖精』かーー。
一瞬、何かが浮かんだ……気がした。今は気にしないでおこう。
順番待ちの間の試合を眺めていると、『妖精』の強さがよくわかった。
本当に負けなしなんだ。
難易度の高い報酬を選んでいる人ばかりとはいえ、全く触れられることなく、疲れも見せず、試合を続ける『妖精』に畏怖の念を抱いてしまう。
「お次の方、ルールなどについて話しますのでこちらにどうぞ」
案内のお兄さんに連れられて、ステージ横の待機場所へ移動した。
このお兄さん、手にスフィアがない。ノンプレイヤーキャラなんだ。本当に生きてるみたいに話していて、少し驚いてしまう。
報酬を決めると、ハルちゃんはステージの上に移動した。
僕はステージから近い応援用の観客席。ハルちゃんと『妖精』が何か話しているのが見えるけれど声までは聞こえない。
ピーッ!
笛の音が鳴ると、カウントダウンの時計が動き始めた。
円から出すため、ハルちゃんは色々なタイミングで攻撃する。けれど体当たりも突きも『妖精』は軽やかにジャンプして全てかわしてしまう。
空中でジャンプを繰り返して円の外に着地することがない。それに対し、ハルちゃんの動きは徐々に鈍くなっていく。
残り十秒。時計はあと少しで終わりを告げてしまう。
「ハルちゃーん! がんばれー!!」
僕は気合いを入れて、出せる限り大きい声で応援した。
あれ? なんでだろう、今『妖精』と目があった気がする……。
ピーッ!!
制限時間を知らせる音が歓声と共に鳴り響く。ステージに座り込むハルちゃんを見て、僕はすぐに駆け寄った。
「……ごめん、ダメだった」
一言溢して、うつ向いてしまう。
どう励まそうかとオロオロしていると『妖精』が僕たち近づいてきた。ハルちゃんを励ましてくれるのかな?
様子を伺っていると、ハルちゃんと手を繋いだ彼女は僕の手も掴んで急に走り出した。
森を出る時にハルちゃんと走った時よりもずっと速くて、足が回らない。身体が追い付かない。
振り回されるように走り続けて、ようやく止まった時には僕はまた動けなくなっていた。
家……なのかな。僕はハルちゃんに運ばれて部屋のソファーに倒れ込んだ。
限界を越えた走りだった。うまく息ができない。というより、もう身体が全く動かない。
強い倦怠感の中、僕は二人のやり取りをただぼんやりと聞いていた。
「あなたたちが何を聞きたいのか、大体の予想は出来てるの」
予想できてる? 何でだろう? このゲームの運営さんは神様としてゲームを支えているらしいから、それと同じくらいすごいのかな?
だいぶ楽になってきたからそろそろ座ろうと体を起こすと、不意にギシッと左側が沈んだ。
「聞きたいのは……この子のことでしょう?」
ふわりと頭を撫でられた。
アノンさんは僕の手を膝にのせ、そっとメニュースフィアに触れる。
反対の手でパキンッと指を鳴らすと、僕のメニュー画面がずらりと浮かび出た。沢山の画面が僕たちを囲む。アノンさんは一つ一つ確認していった。
記憶以外に問題はない。と診察が終わり、僕は気になっていたことを聞いてみる。
「……何で聞きたいことが僕のことだって分かったんですか?」
僕は応援していただけだ。知らないうちに誰かが僕のことを調べていたのかな。
アノンさんは軽く目線を反らして答えた。
「…………知り合いに似てたから、試合中にチラッとステータスを見たのよ」
あの時、目が合ったと思ったら、僕のステータスを見ていたなんて……。この人、それだけ強いってことか。
「まぁ、とりあえず解決法は鍛えること。イベント中で時間もあるし、二人まとめて私が鍛えてあげるわ!」
二人まとめて!!
ハルちゃんと一緒にいられるのは嬉しいけど、それだと攻略に行けないよね?
タクトは出来ればハルちゃんと一緒にいたいと思っています。
一種の刷り込みですね。
次回はアノンの授業(?)が始まります。