第6話
主人公はグルメです。なぜかはまた今後。
早朝、宿を出発した。「重量軽減」と「高速移動」を自分自身にかけて街道沿いに西へ向かう。目指すは叔父が住むという黄国首都だ。昨日買った地図を見ると6日ほどかかる計算になる。叔父に会った後どうするか考えながら歩いていた。
-まずは生活基盤を整えなきゃな…。問題は住む場所と収入か。とりあえず冒険者ギルドで依頼をこなして、その金で生活していこう。後は鍛えて体力つけるのと、魔物の知識を身に付けないと。村の周りには動物が魔物化した奴ばっかりだったからな…。それに一人じゃ魔王を倒すのは無理だ。仲間が要る。
12歳にしては早熟ともいえる考えだったが、あながち間違っていない。それもそのはず、一度人生を経験した記憶があるからだ。
-たしか前世じゃ学校卒業して15歳で軍人だったんだよな…。今は12歳で冒険者って…俺の人生ハードモード過ぎるわ。あれか?なにかの呪いか?
そんなことを思いながら山間の道を歩いていると、藪から一角兎が飛び出して来た。赤く眼を光らせながらこちらの様子を窺っている。コウキの見た目から子供だと判断したのだろう、牙をむき出しにして、毛を逆立て臨戦態勢である。
ー一角兎
ノウサギ、ユキウサギが魔物化した魔獣。頭部に角が生えており、射出する事も可能。魔物化したときに牙が生えている。肉食で獰猛だが、元は所詮ウサギである。人間を狩るより、人間に狩られるほうが多い。毛皮は主に防寒具、角は薬や武具・防具の強化材料として取引されている。
「あらあら、美味しそうな兎さんだねえ。」
笑いながらそう呟くと弓を引く。この弓は日頃から猟に使っていた、コウキのお気に入りの複合弓である。本体は樫の木と木男の幹材、弦は鹿と魔豹の腱で出来ている逸品だ。初めて猟に行く日に父から送られたものを大切に使ってきた。
いつも通り息を吸い、止め、放つ。今まで何度も何度も行ってきた動作だ。飛び掛ってくる瞬間を狙い済まし放った矢は、一角兎の口先から右尻まで貫いた。
「うわっ!やっちまった…やりすぎたな…。」
そう呟くと一角兎に走って近づく。まだ細かく痙攣している一角兎の胸に流銀のナイフを刺し、首筋にも刺し入れて素早く血抜きをする。他の魔物が血の臭いに引き寄せれれても困るので、皮袋に入れて背嚢にくくりつけた。
「やりすぎた」とは、矢で肉を傷つけ過ぎると、味が悪くなるからだ。肉を傷つけずに急所を狙って一撃で倒すのが一番良い。肉の良し悪しは解体した時にすぐに分かる。血抜きが不十分だったりすると、色が濃かったり黒っぽくなるのだ。
「まあ昼御飯には調度いいなあ。お、あんなところに香草が。」
目ざとく見つけた香草を採集する。香草を採っていると木の根元にいい大きさの茸を見つけたのでついでに採っておく。
「街道沿いだってのに結構美味しいものが残ってるな。誰も採らないのか?」
出発してまだそんなに経ってないのに、こんなに食べ物が取れるなら干し肉なんか買うんじゃなかった。倒木の破片に小枝も採った。ぼやきながらも手は止まらない。
日も高くなり暖かくなってきた。休憩しようと外套を脱いで背嚢に突っ込む。喉が渇いてきたので水筒の水を飲んだ。周りを見渡しても魔物の気配は無い。地図を広げると今いる峠を越えると白河、それを超えると黄国だ。効果が薄れてしまった「重量軽減」と「高速移動」を再度かけて白河まで歩く事にする。
「ふいー。やっと白河まで着いた…。」
これで今日の道のりの3分の2といったところか。進むにつれ各街道が合流して、道行く荷馬車や人の数も多くなってきた。一角兎を倒してから毒蛇に野豚、平野の遠くに不定形生物と峠の小屋周辺で人面鳥を見つけた。毒蛇は木の枝で叩いて弱らせてから捕まえて背嚢に入れてある。蛇は魔物化しても袋に入れるとおとなしくなるのを、コウキは知っていた。野豚と不定形生物と人面鳥は走ったり隠れたりしてやり過ごした。正直食べ物はいっぱいあるし、相手にするのが面倒だったからだ。
「さて、お昼御飯にしますか。」
白河に渡る橋のたもと、川原でお昼御飯の準備だ。河岸では入国準備も兼ねて商隊や騎士が休憩している。魔物に襲われてもなんとかなるだろう。周囲の人々は「子供一人旅で可哀相だな」という顔をしている者や、まったくの無関心で談笑している者とそれぞれだが、コウキは気にする事無く川辺の木陰に陣取った。
川原の小石を除けた場所に、指を差し集中して土魔法を詠唱する。
「土の神よ、此処に堅牢なる竃を作らせたまえ。土質変成呪文!」
指を差した周囲の土がえぐれ、逆に小石を除去した場所が盛り上がってくる。しばらくすると小さくはあるが、丈夫な竃が出来上がった。満足して背嚢から毒蛇を取り出し、頭を撥ねる。皮を剥いで切り分けた後に水魔法で水分を飛ばして鉄串に刺して釜に設置する。倒木の破片と小枝を設置して火魔法で火を起こす。小さいながらも起きた炎を見てコウキは満足そうに笑った。これならいい燻製肉になるだろう。鍋に水を汲んで、次は一角兎だ。
木に吊るした一角兎の皮を剥ぐ。脂の乗った兎の皮はなかなか剥ぐのが面倒くさい。鍋の熱湯で皮剥ぎナイフについた脂を取りつつ、皮を剥ぐ。部位ごとに切り分け、角を取って頭と内臓等食べれない部分は埋めた。昼食で食べるには肉が多すぎる。一人では食べきれない量なので、後は燻製にするしかない。鉄串に刺して毒蛇と一緒に燻製にする。燻製にしながらフライパンで一角兎と香草、茸を炒めて塩をかけ、お昼御飯の出来上がりだ。
「一角兎のソテー、茸を添えてって所か?」
一角兎の解体に時間がかかったが、腹の具合にはギリギリ間に合った。
「東の風の神、南の火の神、西の水の神、北の大地の神よ。今日の糧を有り難う御座います。正直お腹が限界近いです。頂きます!」
一角兎の肉にかぶりつく。じっくりと焼いた肉は火もしっかりと通っているし、香草で臭みもやわらいでいる。貴重な塩だがやはり使って良かった。肉本来の旨みを引き出してくれた。
「うめえ!一角兎最高!茸も最高!」心の中で叫びながら食べる。なぜかというと、周りの目が気になるからだ。肉の焼ける匂いに惹かれたのだろう。商隊や騎士の連中がチラチラこっちを見ている。というかガン見している奴もいるから、難癖つけられそうで怖い。さっさと食べて入国審査しないとな。
そう思いながらも目線は次の肉にいってしまう。コウキは12歳。まだまだ食べ盛りである。
-ゴブリン
小鬼のような魔物。小柄だが性格は残虐。基本的に群れで行動する。笛や角笛を吹いて仲間を呼ぶ事や道具や毒を使うことからある程度の知性があると推測される。キラキラ光る物が好き。
亜種に猿邪鬼、ホブゴブリン、グリムゴブリン、ゴブリンシャーマンが存在する。
-不定形生物
アメーバ状のヌメヌメした身体を持つ魔物。中心の核が弱点。色は青、赤、黄、紫などさまざま。形も泡立っているタイプ、触手があるタイプ等多種多様。基本的に捕獲した有機物を体内で分解、吸収する。粘着性の高い液体を飛ばしてくるもの、酸や毒を排出するものなど行動は色や形状によって異なる。