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第1話

「…うう…ん…朝か。」

 窓から薄明かりが差し、庭で放し飼いにしているニワトリが鳴いている。

 眠気の醒めぬ頭を振ってベッドから起き、服を着た。

  「寒いな…」

 玄関のドアを開けると冷気が頬を刺す。納屋から餌を運び、ニワトリ達に餌やりをしながら玉子を回収していくのが、俺の毎日の日課だ。


 ここは北の国「白国」のはずれにある人口250人程の小さな村。名をスラストップ村という。 開拓民として送られた1次世代の築いた、農業(といっても自給自足に近い)が主な産業の小さな村だ。

 この世界には当たり前のように魔物や、魔法や、妖精が存在し、人々は「土」「水」「火」「風」を司る自然神を信仰している。そんなファンタジーな世界に俺は生まれた。何故そんなことを思うかと言うと、俺には前世の記憶というやつが有るからだ。


 前世での俺は日本という国で軍人だった。中学卒業後15歳で国防陸軍に入隊、19歳で3等軍曹昇任。23歳で海外派遣。その派遣中に現地のゲリラとの戦闘で死んだ。


 幼い頃は良く分かっていなかったが、既視感とは違う、「過去に経験した」思い出が時折断片的に浮かんでくる事があった。木登りをしている最中に足を滑らせて、頭を強打した時に思い出したのが、始めての前世の記憶の復活だった。


 -----------------


「…軍曹!軍曹!」


 誰かが俺を呼ぶ声がする。目を開けると黒い人影が俺を揺すっている。

 余り揺するなよ。頭が痛いんだ。


 周囲は煙に包まれ、銃声と怒号が響いている。


「しっかりして下さい!今衛生兵を呼びましたから!」


 衛生兵?あいつは最初の爆発で横転した車の中にいたはずだけど。ガンガンと痛む頭でぼんやりとそんな事を考えていた。

 …血が出てる。止血しなきゃ。

 防弾チョッキの胸に付けている止血帯を取ろうとするが、指が数本欠損していて開けない。あらま、と左腕を伸ばすが変な方向に曲がってしまっている。


「ドラッキングします!しっかりして下さい!軍曹!」


 黒い影は肩パッドをつかんで俺を引きずっていく。おいおい、あんまり乱暴にするなよ…意識が朦朧とする。視界が端から黒く染められていく…


 ----------------


「…コウキ!コウキ!しっかりして!」


 ふと気がつくと、姉のサキの泣き顔が視界に飛び込んでくる。

 …今のはいったい何だったんだ?


「大丈夫?どこも痛くない?」

「姉ちゃん…姉ちゃん…頭が痛いよぅ…」


 そう言って俺は姉に抱かれながら、安心感から泣きじゃくっていた。


 未だに完全に思い出せる訳ではないが、余り気にしていない。良い事も悪い事も思い出すからだし、それよりも毎日の生活が忙しかったからだ。


「コウキ、朝ご飯よ。」


 台所の窓を開けて、母が俺を呼んでいる。

「わかった、もう少ししたら行くよ。」

 そう返事をして、まだ回収していない卵を探しては手提げカゴに入れていく。


 両親は元「冒険者」で、父は剣士、母は魔法使いだったそうだ。そこそこ大きなギルドで一緒にパーティーを組んでいるうちに関係が深くなり、子供(俺の姉)が出来たのを機に引退。 今はこの村で農業と猟師をしている。

 そんな二人の間に生まれた姉と俺は、いい意味でのびのびと(というか自由奔放に)育ってきた。

 父からは罠のかけ方や弓での狩猟、獲物の捌きかたを。母からは作物の育成方法、料理と簡単な魔法を。両親は遊びの中で多くの事を教えてくれた。もともと冒険者だった両親は、生活の一部というか大部分がアウトドアだったらしい。


 因みに魔法は人間誰しもが使えるものではない。村の中でも魔法が使えない人が殆どだ。生まれもっての素養が大部分で、後は教育や訓練で伸ばしていくしか無い。

 とは言ってもきちんとした魔法の使い方の教育なんか、僻地の村でやる訳がないので、素養があってもやり方がわからない人も多いのだろう。


 魔法を使うにはまず「魔力」(MP)が必要でその内包量は人それぞれである。

 MPが枯渇すると、意識不明や廃人になる可能性もあるし、最悪死ぬ。発動したい時は、最初に「具体化したい状態」と「程度」を心の中にしっかりとイメージし、最後に発動の鍵となる「魔法・呪文」を唱える。

 たとえば

「火の神よ!小さな炎を!かまどに炎を!初級火炎呪文!」

 これでかまどの小枝に火がつく。

 姉は魔力の素養が高く、母から色んな魔法を教わっていた。俺は姉ほど高くはなかったが、魔力があるので日常的に使える簡単な魔法を教わった。


 母からは口酸っぱく「あんたはまだ初級魔法しか使っちゃ駄目!」と言われていたが、そこは子供というもの。


 ある日、庭の草刈りを命じられた俺は面倒くさくなって

「庭の草刈りたい!一気に全部刈りたい!綺麗さっぱりずばっと!中級風呪文!」

 と唱えたら、庭の草もろとも柵まで刈れたがMPが殆ど無くなって気絶した。

 後で母と姉に3時間説教くらったのは暗黒の思い出である。まあ魔法より、空いた時間に父から教えてもらえる剣術の方が好きだったが。


 食卓につくと、既に姉が食事を取っていた。

「コウキ、遅いよ。先に食べちゃったからね。」

「いいよ。サキ姉食べるの遅いし。」

「あんたが食べるの早すぎるのよ。」

 笑って席に着くよう促された。


「東の風の神、南の火の神、西の水の神、北の大地の神よ。今日の糧を有り難う御座います。」

 大分簡略化しているが、4大神に感謝の祈りを捧げて食事を取る。

 今朝は目玉焼きにパン、ヤギの乳に昨日の夕食の残りの野菜スープだ。


「母ちゃん、父ちゃんは?」

「朝から山に仕掛けの確認に行ったよ。」

 どうやら父は俺が起きるより早く、仕掛けた罠を見に行ったらしい。

「鹿、かかってるといいね」

 早冬の鹿は秋に蓄えた脂が乗っていて旨いのだ。

「あんたは本当に食いしん坊だねえ」

 そう言って母が笑う。


 おおらか過ぎると言っても過言ではない母と、どちらかというと無口に近い父。

 頭を強打した後、「誰か判らないけど、誰かの記憶がある」と打ち明けたら、母は少々びっくりしたみたいだったが

「あんたは2歳半くらいの頃から知らないはずの物の名前や、訳わからない事を言ってたからねえ…ようやく納得出来たわ」

 と言って笑っていた。

 どうやらフリーク(怪物)ではなくユニーク(個性)として捕えられていたらしい。というかそんな前から知ってたのか俺。

 ちなみに父はどんな内容をどの程度思い出したか聞くと

「そうなのか…いい罠の改良法を思い出したら教えてくれ」と言っていた。

 それでいいのか父ちゃん。


 ある日は畑を耕し、作物を育てる。ある日は家畜の世話や山に入って獲物を取ってくる。毎日が忙しくも楽しかった。

 父と母と姉とこの地を育て、生き物を育み、このまま一生農業や狩猟をやって人生を送るのも悪くない。そう思っていた。


 この日が、来るまでは。

主人公:コウキ12歳

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