国の中の私と建国の御伽噺
昔々、地神が御座すウェールズの森の近くに、狼と人との間の子がおりました。
その子は狼でも人でもなかったので、狼からも人からも苛められておりました。
独りぼっちの子供は、ある日、泣いている子供に出会います。
泣いている子供は、穴に落っこちて、お家に帰れなくなったのです。
寂しいのはどちらも同じです。
二人はすぐに友達になりました。
迷子の子供は、いろいろなことを知っていました。
独りぼっちだった子供は、いろいろなことを教わりました。
そのうちに、二人の子供は小さな赤竜と出会いました。
赤竜はウェールズの森の地神でした。
実は、ウェールズの森の地神は生まれたばかり。
赤竜も、友達がいなくて、寂しかったのです。
二人の子供と赤竜は、すぐに仲良くなりました。
ウェールズの森は、豊かな森です。
そこに暮らしたいと思うひとは沢山いました。
ある日、小鬼がひとり、引っ越してきました。
二人の子供は、すぐに小鬼と仲良くなりました。
ある日、妖精がひとり、引っ越してきました。
二人の子供は、すぐに妖精と仲良くなりました。
どんどんどんどん、いろいろなひと達が引っ越してきます。
どんどんどんどん、二人の子供は引っ越してきたひと達と仲良くなります。
結局、二人の子供は、引っ越してきたひと全部と仲良くなりました。
二人の子供は、引っ越してきたひと達と仲良しでしたが、引っ越してきたひと達同士は、そうでもありませんでした。
毎日、毎日、あちらこちらで喧嘩が起こります。
友達が喧嘩をしているのは、独りぼっちだった子供にとって悲しいことです。
独りぼっちだった子供にとって悲しいことは、迷子の子供にとっても悲しいことです。
喧嘩が起こるたびに、二人の子供は仲直りの手助けをしていました。
ある時誰かが言いました。
「喧嘩が起こるのは、偉いひとがいないからだ。もうこれ以上喧嘩をしないように、一番偉い王様を決めよう」
そして、地神と引っ越してきたひと達は、独りぼっちだった子供を王様にすることに決めました。
けれども、独りぼっちだった子供は困ってしまいました。
別に王様になんかなりたいなんて思っていなかったからです。
子供にみんなは言いました。
「一番みんなと仲良しで、一番みんなのために働いてきたあなただから、わたし達は王様になってもらいたいのです」
そうして、独りぼっちだった子供は王様になったのです。
——というのが、私の国の建国にまつわるビミョウに長い御伽噺である。
私の国の歴史は何百年もあるくせに建国話は、他の国の悪政を打ち破ったぜとか、神様の子孫云々な建国話より、大分地味だ。劇的な何かが足りていない。
御姉様方のご贔屓さんの一人は、移民たちが互いの力関係を考えた結果、原住民の頭領に権力を与えることが一番ましだという結論に至ったとかって、かなり夢の無い持論を展開していらっしゃいました。
実際はどうだったのかは、ぶっちゃけあやふやだそうです。
歴史書にも記述が少ないってさ。
建国するときのあれこれって、割と大事なところじゃなかったのですか?
御伽噺にある通り、私の国には昔からいろいろな種族が住んでいるわけだが、じつは、長命な種族の中には、建国前からご存命のスゴイ人が何人もいるらしいですよ。種族として寿命が長いから、よぼよぼ気味でも、当然ボケてもいないとか。でも、純血種って、大概王家が管理している土地にある排他的な自治領に引き籠っているから、学者さんが話を聞こうにも聞けないという。
それで建国当時の詳しい話なんて、今更分かんないよね。
……私の国、いいのカシラ?こんなんで。
ところで。
何で建国の御伽噺が出てきたかというと、ウチのダンナサマの事情にふかーく関わってくるからだ。
ズバリ、御伽噺の迷子の子供はダンナサマのご先祖サマだそうです。
ちなみに、王様になった子供はそのまんま陛下のご先祖サマだ。
王様になった子供が大好きだった迷子の子供は、王様の補佐役になったとか。
ダンナサマから聞いた話だが、王様が好きすぎて、『王様の役に立たなかったら失せろ。むしろ、死ね!!(意訳)』とか、自分の子供に叩き込んだのは、正直ドン引きます。
親がそうなら、子供がどうなるか分かるよね?
兎にも角にも、ダンナサマの家は昔から王様至上主義らしい。
ダンナサマは主君が云々言っていたが、ダンナサマだって陛下がイチバンだから、王様至上主義で間違っていない気がする。
——だから、意味不明な思考過程の果てに、理解不能な結論に至ったわけデスネ。
『幸福な家族の振りをしつつ、それを目指す』って、なに?