不幸な私とプロポーズ
——そして、今に至る、っと。
うん、現実から目を背けても何も変わらないことは分かってる。
でも、現実逃避するしかないよねこの状況!!!
今私がいるのは地下室だ。
薄暗いよ。ジメジメしてるよ。かび臭いよ~。
そして、けっこー広いです。私のせま~い部屋の十倍以上。
壁や床にある染みの意味は考えたくないです。
一刻も早く青空の下に戻りたいと思うのだが、私は手足を縛り上げられた状態で移動可能なスゴイ人じゃないのだ。
周囲の怖い顔のオニーサマ方に駄目押しされて、一体どうしろと?
なんでこうなったし。
——私がこうなった原因である目の隈男には、言いたいことは山ほどある。
あるのだが、その目の隈男と再会するまでに、私の無事が保障されていないことが、目下のところ最大の懸念事項だ。
私、絶賛人質中です。
目の隈男に対しての。
目の隈男が通っている唯一の娼婦っていうのが理由らしいけど、それって目の隈男が花街中の御姉様方に振られていたせいだよね?
私も目の隈男も、選択肢が限られていただけなんですけどっ!!
つまり、私を生かすも殺すもオニーサマ方の胸一つにあるのだ。
目の隈男?
ああ、ほぼ間違いなく私を見捨てると思うよ。
だって、今の王様の第一の忠臣だもの。
世間の評価というだけではなく、なんというか、あの男は自分のことをそう定義付けているようなのだ。
これは、出会ってすぐの言葉だった。
『主君のために生きて、主君のために死ぬ』
その為だけに生み出された、って。
他のお客様がそれを言ってたら、この人ダイジョーブ?と思ってしまうが、あの男は間違いなく本気だった。自己陶酔に呆れる前に、あの男が人の皮を被ったナニカに見えたよ、あの時は。
閨で男の口は軽くなるというが、あの男が自分の役目に関する何かを口にしたことは唯の一度もなかったし。
私とあの男との話題が、おもに天気と食べ物だったあたりで察してほしい。
あの男から私への贈り物は、全部そこら辺の屋台で買ってきた串焼きとか果物とかだったよ……。御姉様方がご贔屓さんから頂いていた、装飾品や高級店のお菓子が実に眩しかったです。
それに、お客様方の身の上の詮索は娼婦の仕事じゃない。間諜のお仕事を求められたって困るってば。
あの男の全身に這っていた、痣だか刺青だか分からないモノのイミなんか聞いたこともない。あの男の掌が、岩みたいに硬くなっていた理由も知らない。
私は娼婦で、あの男はお客様だ。
ただそれだけの関係に、人質だなんだといった重みは生まれない。
そんな訳で、自分が無用の長物なことは自覚しているが、見せしめとかは勘弁してください。
娼婦でいるからには慰み者になるのは諦めているが、痛いのは嫌だ。
……。
——って、あれ?
なんでいるの?
わー、強かったのね、アナタ。
私の近くにいたオニーサマ方が5人ほど吹き飛びました。正直、何をしたか分からない。
吹き飛んだオニーサマ方は、倒れたままピクリともしないから、全員一撃で気絶させられた模様。
娼館の用心棒から聞いただけだが、人間を一撃で気絶させるには技術と経験が必要らしい。
一人だったらまぐれで済まされるが、今のは間違いなくこの男の技量の賜物だろう。
目の隈男の第一の忠臣という称号は、伊達じゃなかったらしい。今の王様の評判もいまいちだし、この男は普段があれだったから、てっきり王様と仲良いだけだと思ってた。
——今の王様って、言っちゃ悪いんだけど舐められ気味らしいんだ。お父さんだった前の王様の優秀すぎて、どうにも冴えなく見えるらしい。お父さんは賢王だったのに、今の王様は中継ぎ王と呼ばれていたりする。王様に相応しい人間が現れるまでの、間に合わせとか。御姉様方のご贔屓さんが今の王様のことをけなしていたけれど、他の人が代わりに王様になったところで、今の王様より上手くできるかどうか疑問である。どのみち今の国には、今の王様以外に、王様になるべき人材がいないということでしょう?
まあ、今の王様はいろいろと大変なようなのだ。現に今もよれている。
——んん?
どうして私が目の隈男の腕の中にいるのかはさておき、目の前にいてはいけないおカタがいらっしゃいマセン?
私の国は印刷技術が発達しているとかで、偉い人達の写真が結構出回っている。
勿論、その中には今の王様のものもあるのだ。
今の王様は年中お疲れモードの眼鏡さんである。まだ若いはずなのに、何故か人生に疲れた中年のような雰囲気を漂わせている。
ええ、目の前の方のヨウに。
今の王様もそうだけど、何処にでもいそうでいない濃い目の茶色の瞳と髪って、この国の王族特有なんだよね。他の茶系統と並べると分かるが、地味に微妙な色彩の違いがあるのだ。
そう、目の前の方のヨウに。
……。
あわわわわわわわわわわわわわわわ
なんでいるの?!?!?!?!?!
人間混乱すると頭の働きもおかしくなるらしい。
時間の感覚が狂って、ほんの数秒が随分と引き伸ばされていたようである。
私の手足を戒めていた縄は、いつの間にか足元だ。あーあ、肌に擦れて痕になってるよ。
気が付けば、目の隈男に一輪の花を握らされていた。
今まで見たこともないくらい、綺麗な花だ。
花屋に売っているものとは、明らかに別物である。
幾重にも重なり合った花弁は、透き通るような青。茎と葉は、金属のような光沢がある。……よく見たら、淡い青に光ってるよ。普通の花じゃないよね、これ。
「——すまなかった」
少し掠れた、低い声。目の隈男は、陰気な見た目だが、声は私好みなのだ。
「ヘンアン?」
ヘンアンというのは、目の隈男の名前である。
「巻き込んだ」
自覚があって何よりだ。なんでここに?とか言われたら、殴っているところである。
ヘンアンのごつごつした手が、私の花を握ったままの手を包み込む。
私の手の甲に熱い吐息が触れた。
「アリア、結婚してほしい」
……。
……。
……。
はい?
え?
今の、プロポーズ?
え?
こんなところで??
ここ、薄暗い地下室だよ?
周りに怖い顔のオニーサマ方がまだまだいらっしゃいますよ??
あれ?
そう言えば、味方って、ヘンアンと王様しかいなくありませんか?
騎士はどこっ?!
ああ、混乱して考えがまとまらない。
あれ、王様びっくりって顔してるよ。大丈夫、ワタクシもびっくりしておりマス。
そう言えば、陛下が御持ちになっている杖は変わっていらっしゃいマスね。
蛇が巻き付いているうえに、翼のモチーフが付いているのって、ちょっとくさいです。前にお客様からきいたチュウニビョウとかというやつですか。
無駄に神々しい杖のくせに、よれている陛下の手に妙に馴染んでいるのは、王様補正というものでしょうか?
あ、陛下が杖を振りかぶった。
あっ!!
ちょ、陛下、貴重な戦力を鈍器で殴らないでください。
メコッって。メコッって!!!
人間の頭から発生してはいけない音がしましたよっ!
陛下、周りの悪顔さんたちを見てください。
この男の頭の心配より、貴方の命の心配をした方が良いと思います。