召喚状
午前中は私とジェナスさんで、とにかく明日のため片付けに専念していたけど、お昼を食べ終わったころ、突然の訪問者が店に現れて、私とジェナスさんは少々驚いた。
室内に鳴り響くベルの音に顔を向ければ、お城の兵士が二人、店内に入ってきたと思えば、木の棒でも背中に入っているんじゃないかと思わせるほど、背筋を真っ直ぐ伸ばして。
「騎士団からの召喚状だ。我らと共に速やかに城までご同行願いたい」
固い口調で一人がそう言うと、もう一人が私に近づいて来て手紙を差し出してきた。
私が手紙を受け取れば、兵士はまた入り口付近へと戻り、もう一人の兵士と並ぶようにこちらを向いて真っ直ぐ立つと、そのまま微動だにしなくなった。
なんだろうかこの硬さ。世界一といわれる堅いパンをそのまま人間にしたら、彼らのようになるかもしれない。と、思わせる硬さだ。
だけど、ハンマーで壊せる分、堅いパンのほうがまだ柔らかいかもしれない。だって、どう見ても兵士はハンマーじゃ壊せなさそうだもんね。
やっぱり、国の兵士って堅物なイメージだわ。
それはさておき、私が持つ手紙を覗き込み、ジェナスさんが少し渋い顔を見せる。
「昨日の今日だって言うのに、急だね。一緒に来いだなんて……」
ジェナスさんはそう言うと、兵士二人を咎めるように見つめるが、さすが堅いパン製の兵士は微動だにしない。
私はそんな兵士に溜息を吐きつつ、ジェナスさんに微妙な笑顔で返すと、早速渡された手紙を確認した。
確かに『スフィアーク王国王宮騎士団』の署名と、裏を返すと手紙は封ろうでとじられ、ろうの印には騎士団のシンボルである。盾の中に剣を銜えた獅子と、角と翼を持つ馬が描かれたものが使われていた。
スフィアーク王国王宮騎士団といえば、二十年前に私の父が団長をしていた国の重要部隊のひとつで、その主な仕事は王族の身辺警護だ。
現在では国王が常に町のことに気を配っているという印象を持たせるためか、騎士団のメンバーが町を巡回しているのも珍しいことではなくなったけど。
もともと王宮騎士団は国王直属の師団であり、国王以外が騎士団を動かすことは出来ない選りすぐりのエリート集団でもあるから、騎士団に入団できるというのは、そのまま実力があることを指しているものなのだそうだ。
まあ、そんなわけで。騎士団というのは結構な地位を有し、こうして独自に召喚状を送りつけ、呼びつけるという強制力もあったりする。
下手に逆らうと国家反逆罪で禁固刑だもの。理由もなく逆らう人なんていないだろう。
というわけで、もらってしまったからには、読まなければいけない。
私は諦めてその手紙を開け中身に目を通すけど、手紙の内容は特に気になるものではなくて、要約すれば、昨日のことをもう一度詳しく聞くから城まで来い。というようなことが書いてあるだけだった。
しかも召喚指定日の日付は今日なんだから、本当に急な話だけど、無視も出来ないんだなぁ。これが。
「まあ、行くのは仕方ないにしても、午後の片付けが手伝えなくなっちゃいますよね」
片付け自体は午前中のうちにあらかた終わってるけど、でも本来なら今は仕事中の時間だ。仕事の途中で抜け出すみたいな感じが、私としては非常に落ち着かないのよね。
それにジェナスさんに申し訳ないとも思うし。
「ああ、それはいいんだよ。どうせ今日は臨時休業なんだし。それよりも、昨日の騎士団の態度がちょっと気になるんだよね。んーー心配だなぁ。僕もついて行こうか?」
ジェナスさんは本当に心配そうに眉をハの字に下げてみせるが。
「えぇっ!? そんな、一人でも大丈夫ですよっ」
昨日だって店の備品は壊してしまうし――ほぼ黒ずくめの男がやったことだけど――片付けだって途中だ、これ以上ジェナスさんに迷惑かけるわけにはいかないよっ。
私はそう思い慌てて首を横に振ってみせる。
「そう? でも昨日の今日だしなぁ」
そんな私に対して、ジェナスさんはやはり心配そうな顔のまま、首を横に倒してみせた。
ちょっとだけ心配しすぎなジェナスさんの態度に、私もちょっとくすぐったくも苦笑いが顔に浮かんでしまう。
本当にどこまでも優しい人だよね。
「大丈夫ですってば。だって昨日も、また呼び出すかもってベルモットさんも言ってましたし、昨日の話しをするだけですから、たいした時間はかからないと思いますよ?」
昨日と同じ話をするだけなのだから、別にそれほど困ったようなこともないだろうと思うけど。
私は笑顔でジェナスさんに「大丈夫です」と何度も言って、渋々送り出してくれるジェナスさんと別れ、城から用意された馬車に乗り、兵士二人と一緒にお城へと向かった。
馬車自体は普通だった。特別豪華でもなく特別古くもない、二頭立ての四輪馬車で小奇麗な四人乗り用の貸し馬車という感じだ。
馬車の窓から見える景色は、東の大通りを進む城までの道で、見慣れた店や民家を通り過ぎ、人気がなくなってくるころには、城を囲うように流れる川に差し掛かる。
川を渡るために造られた白い緩やかなアーチ型の石橋を馬車が通り過ぎれば、大きな城門を潜り城壁を抜けて壁の内側で馬車は停車した。
そこからは馬車を降り、兵士二人に前と後ろを先導されながら、大きなお城のゲート広場に足を進める。
先導というよりは、張り付かれて連行されてる気分になるんだけど、そこは気にしないことにしておこう。
歩き出してすぐに目に留まるのは、公園広場かと思うほどに大きなゲート広場で、門を背に真っ直ぐ行くと手入れの行き届いた白い石畳が、少し遠目にある城まで続いている。
城に続く道の真ん中には、丸い大きな噴水があり、豪華な造りの噴水は、我が物顔で自慢げに広場を占拠しているように見えた。
噴水からさらに真っ直ぐ伸びる道の先に、やっと目的地であるお城があり、そこまでの道を、石畳を挟むような感じで、両脇に手入れの完璧に行き届いた植え込みが、道しるべを作っているのはお見事としかいいようがない。
城壁の中で、ある意味お城の敷地内だというのに、本丸は私の眼前数十メートルも先にあるんだから、なんてふざけた規模の建物かと呆れてしまいそうになる。
澄んだ空の青と、眼前の芝や植え込みの緑と、白い大きな王城がなんとも幻想的で美しいと言えるだろうけど、この広さやその美しさは、自分の住む世界からかけ離れすぎていて、なんだか現実味が薄いなぁ。とも思ってしまう。
それにどうしたって、私は『とんでも両親』のせいで、お城に住みたいとか、お城で仕事をしたいとは思えない。もっと言うなら出来るだけ、極力係わりたくないのよ。
それでなくとも、私の両親は有名人過ぎるって言うのに……。
とにかく豪華なお城を脇目に見つつ、兵士に連れられてゲート広場を横切ると、正面のゲートホールではなく、だいぶ離れた脇にある質素な扉の出入り口に私は連れて行かれた。
お城の入り口であるゲートホールは、正面に大きな門――てか、一体いくつ門があれば気がすむのかな――があって、お城の一番端、建物の左端っこあたりに兵士用の出入り口が存在しているらしい。
もちろん見張りの兵士が二人ほど立っているけど、私は兵士と一緒なので問題なく城内に入ることが出来る。
基本的に国王に謁見でも申請しない限り、お城の正面にあるゲートホールを潜って、一般人が真正面からお城に入ることは滅多にないとは聞いている。
もちろん両親からの情報だけど。
そして、城内に足を踏み入れれば、私はその広さにやっぱり驚いてしまう。だって想像していたよりもずっと広いんだもの。
メイン通りの道幅と、城内の廊下幅って同じだけあるんじゃないかと思うほどだ。それに天井はものすごく高い。
大理石で出来た廊下には、高そうな赤い絨毯が廊下の終わりまで続いていて、二階の天井を支える大理石の柱も壁際に行儀よく並んで廊下の終わりまで続いている。
窓から差し込む光りが、壁も柱もキラキラと輝かせて見せた。
広いとは思ってたけど、廊下だけでこの広さだ。城内の中央を目指せば、それはさぞ豪華な部屋もたくさんあるんだろうなぁ。
そんなことを思って呆けていれば、私の後ろに居た兵士に進むように急かされて、私は急いで先を少し進んでこちらを待っていたもう一人に近づいた。
兵士に連れられること十五分ほど、どうやらやっと彼らの目的地である場所に辿り着いたようだった。
わざわざ城内の廊下を通り、長い廊下を進んでその先にある別の出口から外に出るという。どうでもいいけど、なぜか遠回りさせられた気分になる道を進んだ先だ。
私は兵士に連れられるまま城内の外――なんか言い回しがおかしいように感じるけど――とにかくお城の廊下を出て、色気のない庭に足を進めた。
その庭にはどうやら観賞用の植物と言うのはあまりなく、多少の木々など、植物が申し訳程度に育てられている感じ。
ゲート広場のようにきっちり完璧な手入れをされているようには見えないし、芝もない。手入れはされているようだけど。
ゲート広場に比べれば少々殺風景にも感じるあたり、ここは城の中でもあまり人に見せるような場所ではないのだろうと思う。
城壁の内側にあるのは確かだけれど、どちらかと言えば、訓練場だろうか。
幼いときに、父とよく修行をした場所に雰囲気がそっくりだ。
そんな少々殺風景な場所を進めば、城の外に出てからずっと見えていた建物へと近づいていく兵士二人に、あの建物が目的地で間違いなさそうだな。と、私は確信した。
その建物は、見た目が薄い石特有の白色を生かした『石レンガの四角い箱』と、表現するのがしっくり来る感じで、決してゲストハウスには向かないシンプルな外観をしている。
窓の位置から見れば、二階建ての建物らしいと予想できた。が、可愛さの欠片も感じられない造りには、少々不満を持ってしまう。
いや、だって。もう少し可愛く作ってもいいのよ? 私好みとまでは行かないまでも、複数の人が使う場所っぽいんだから、少しくらい目を引く何かがあってもいいじゃない?
しかもここに誰かを呼ぶ予定もあるんだったら、なおさらじゃないかと。現に私は連れてこられたわけだし。
まあいきなり地下の独房だとか、尋問室に連れて行かれるわけじゃないだけマシかもしれないけど、なんだか扱いがちょっと失礼じゃない?
何も特別扱いしろとか、ゲストルームに連れて行けとは言わないけどさ。もう少し、事情を聞くのに相応しい場所ってものがあるでしょ?
そうは思ったけど、ひとまず私は兵士の後におとなしく続いて、石レンガの建物の中に足を踏み入れた。