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恋は突然やってくる


「本当にどう償えばよいのか、私たち王家一同、謝罪の言葉もございません」


 そう言って、馬鹿王子――もとい、ギルデイ王子によく似た顔立ちの若い王子が、丸投げオヤジ……じゃなかったスフィアークの国王陛下に深々と頭を下げていた。


 本来なら頭を床にこすり付けて平伏したいところだろうが、そこは一応王子と言う立場上控えたようだ。王族って、いろいろ大変そう。


「過ぎたことは何も言うまい。我が娘もギルデイ王子も無事だ。魔道書もこの通り――」


 そう言って、陛下が手のひらを見せれば、その手のひらの上には真っ二つに割れた黒の魔道書が乗っかっている。


(うぅ。壊すつもりはなかった……いや、本当に。壊れるとも思わなかったもん)


 深い青色をしていた魔道書のオーブが、今やすっかり色が抜けて、白く濁ったただの水晶の塊になってしまっていた。


「我が国の憂いを一つ取り除いてくれたメリル嬢には、何か褒美をやらねばと思っているくらいだ。さすがディランサム家の次期英雄だなっ」


 そう言って、ほくほく笑顔の王様に、ちょっとだけ殺意がわいたのはしかたないんだ。しかたないんだよ。うん。


「英雄になるつもりは――もがっ」


 拒否させてよ! そのくらい言わせてくれてもいいじゃないですか!


 私の言葉は、私の隣でにこにことほほ笑む腹黒魔導師の手によってさえぎられてしまう。


 腹黒魔導師ことベルさんと私のやり取りを横目に王子は口を開いた。


「負の遺産が減ったのは実に喜ばしい限りです。ですが、実の兄のしでかしたこと、婚約の件は白紙に戻していただきたく思っています」


 顔立ちはギルデイ王子に似ているけど、まったく雰囲気の違う弟王子は、涼しげな目元を辛そうにゆがめて見せる。


 やはりこちらも美形だ。しかもギルデイ王子と違って文句なしの美形。これが心根の違いからくるものなら、ギルデイ王子がいかに残念なのかがうかがえる。


 こっちの王子は、見た目は似ていてもギルデイ王子と違って誠実そうでよかった。


 あの酷い一夜からすでに十日が経っていた。


 魔法の使い過ぎと過度のストレスで、あの場にいた全員が五日間ほど眠りこけている――それでもベルさんは二日で目を覚ましたらしい。やっぱり規格外だわ――間に、いろいろ話は進展していたようで、またもや城からお呼びがかかり、いつものウエイトレス姿のままここに連れてこられたのが三十分ほど前の話。


 王の間で集まっている当事者たちと、バルドバイドの第二王子、サウラス=タイニー=バルドバイドがいる中に連れてこられた私が、回れ右して帰ろうとしても悪くない。たぶん。


 でもサンドラは支度に手間取っているらしく、ブリトニアさんもサンドラ待ちのためこの場には居ないんだけど。


「それも仕方のないことだ。こちらはそれを受け入れよう」


 陛下がそう答えれば、王子はまた深く頭を下げて見せた。


「ですが、サウラス王子。バカ――ギルデイ王子はどうなさるおつもりですか?」


 笑みを顔に張り付けたままベルさんがそう聞けば、王子は眉間のしわを少しだけ深くする。


「本当にあのバカの処分をこちらに任せていただいてもよろしいのでしょうか? お望みとあらば、この場で私が極刑に処して父上に報告してもよいのですが」


 この弟も大概容赦ないな。実の兄をバカ呼ばわりした挙句に、極刑って……首切るってことじゃないですか。怖いよっ。


「いや、こちらもそこまでは望んでおらん。平和維持のための関係づくりが最優先事項だ。何事もなくすんだ今、できる限り穏便にことを終結させたく思っている」


 陛下までちょっとびっくりした顔をしてる。


「陛下のご寛大な温情、このサウラス心より感謝申し上げます。ですが実のところ、兄上の処分にいささか困っているのは確かなことです。あれでも一応は第一王子ですし、父上も頭を悩ませているところで……」


 サウラス王子はそういうと、疲れた顔でため息を一つ。


「私と同じ教育を受けながら、いささか他の意見に流されやすく、少々幼い部分もあり、己が役目を軽んじる傾向がございます。アレクサンドリア姫との結婚も、本来ならば歳の近い私が出ればよかったのですが、王家の鏡と国民に愛される姫と過ごせば、少しは変わってくれるのではと期待してのことでした。まあ、迷惑千万を垂れ流し、我が国の恥をさらしただけでしたが……」


 サウラス王子ってサンドラと歳が近いんだ。しっかりしてるなぁ。とちょっと驚く私をよそに、弟の兄に対する愚痴はまだ終わらない。


無銘むめいの凪を盗み出し、暗殺集団と手を結ぶなど、いったい何を考えていたのか。しかも、その暗殺者に一国の王子がうまくダマされて使われるなど、自害していただきたいほど情けない。将来あれが、我が国を背負って立つなど寒気がします。だいたい、父上も第一子だからと甘やかすのが悪いのです。そもそも――」


 やばい、本気で愚痴り始めちゃった。相当ため込んでるよこの弟。


「サウラス殿下、もうその辺で、ギルデイ殿下が半泣きです」


 オロオロとサウラス王子を止める彼の従者だが、サウラス王子は「フン!」と鼻で笑う。そうなのだ。なによりも本人を目の前に愚痴っているサウラス王子がすごい。


「勝手に泣かせておけばいい。兄上には近隣諸国に宣戦布告しようとしていたその事実を、しっかり受け止めてもらわねば困る」


「サウラスぅ」


「情けない声を出さないっ」


 弟にまで言われてれば世話ないよ。


 そして、サウラス王子は大きくため息を吐き出すと、ギルデイ王子に顔を向ける。


「とにかく、兄上は温情で極刑を免れたということ重く受け止めてください。戦うことは容易い。ですが、そこから生まれるのは絶望と破滅です。そうならないよう、スフィアークと我がバルドバイドは手を取り合い、長く平和を維持しなければならないのです。それが、我らの義務であり先へとつなぐ責任なのです」


「はい……」


 自分の弟に説教される兄。シュールだ。


 だけど、真剣な瞳で兄に訴える弟は、私の目から見てもしっかりしてて、この王子となら、きっと理想の平和を築いていける。そう思わせてくれた。


「そのためにも、わだかまりを残したくないものですわね」


 その鈴を転がしたような清らかな声に、その場の視線が一点に集まった。


 王の間の入口から赤いじゅうたんを優雅に、そして堂々と歩くさまはさすが一国の王女と言える存在感を漂わせ、場の空気を和ませる特別な空気をまといながら、ようやくサンドラがこの場に現れたのだ。


 今日のサンドラも完璧に愛らしい。ふっくらと広がるドレスはバラをモチーフにした何枚もの生地が重なる作りをしていて、濃淡をバランスよく散りばめたたくさんのピンクのバラ飾りが、サンドラの華やかさを引き立て、思わず「ほぅ」と幸せなため息が漏れる。


「遅れてしまい申し訳ありません」


 サンドラはそう言って軽く礼をとって見せると、ブリトニアさんを従えて私のそばまで近づき真横に立って足を止めた。


 ここで一つ付け加えておくが、王様が玉座に腰かけているのはいいとして、サウラス王子がその正面にいて、その後ろにギルデイ王子と従者もいるが、まあこれもいい。


 陛下の右隣にベルさんが立っていて、その隣に私。そう、私だ。


 この立ち位置おかしくないですか? しかも、そのさらに隣にサンドラが並び、サンドの少し後ろにブリトニアさんが控えるという。


 いやいや、おかしいよ。ここ、絶対私の立ち位置がおかしい。


 ちなみに、この国の第一王子ジョセル様は、今バルドバイドへ使者として出向いているため不在。


 自分の立ち位置のおかしさに頭を悩ませていた私だが、サンドラが「大事なのは――」と声を上げたことで、私は慌てて意識をサンドラへと戻す。


「――これからのことですわ。そうですわよね? サウラスでん……」


 完璧な笑みを浮かべてサウラス王子に目を向けるサンドラは、サウラス王子と目を合わせた瞬間、息をのむように「はっ!」とした。


 口元に手を添え、驚きに両目を見開き……って、どうしたの? 知り合い?


 サンドラがサウラス王子を凝視したまま微動だにしない。それに疑問を持った私たちが王子に視線を向ければ、王子もまた、驚いたような表情を見せて動きを止めていた。


 見つめ合うサンドラとサウラス王子――って、なにごと? もしもーし?


 そして、しばらく見つめ合っていたと思えば、どちらともなく近づいて、二人は互いの手を握り合うと。


「礼を欠き、あなたに触れる愚かな私をお許しください姫」


「そんな、わたくしこそ、淑女にあるまじき所業をお許しくださいませサウラス様」


 ごめん。何が起こってるのか私にはわからないんですけど。


 すごく見せつけられてる感がすごいんですけど。なんだろうか?


 サンドラとサウラス王子はほんのりと頬を染め、互いの瞳を見つめたまま、まったく動こうとしない。


「さ、サンドラ?」


 理解できない困惑の声を上げる陛下に、激しく同意する一同。


「姫……」


「サンドラと……」


「サンドラ、美しい響きだ」


「サウラス様に呼んでいただくための名前ですわ」


「あなたの声は魔法のようだ。私の心を一瞬で支配してしまった」


「あなたの瞳は情熱的でのぼせてしまいそう」


 いやだから、二人の雰囲気をそこに作り上げないで。お願いだからっ。


「恋ですかね」


 と言うベルさんに、全員の視線が集まる。


「恋って、いくら『恋は突然』と言ったって、これは唐突すぎやしませんかっ!?」


 そう突っ込まずにはいられない私。


「そうだぞっ。一目惚れがないとは言わないが、これはあまりに突拍子もないっ!」


 ブリトニアさんも驚きの展開だ。


「そうは言いましてもねぇ。どう見ても……」


 呆れたようなベルさんは、そう言ってため息を一つ。


 見ているこっちが恥ずかしくなりそうなほど、サンドラとサウラス王子の世界はどこまでもピンク一色で、砂糖菓子の上にはちみつかけたような胸焼け感じてしまったのはここだけの話。


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