胡散臭い魔導師ベル
正直に言えば、私だってサンドラとのお茶会が途中で終わってしまったのが残念で仕方ないし、とても名残惜しく思うけど、こればっかりは仕方ない。
私はふっと息を吐き出して、お茶会に呼んでくれたサンドラはもう行ってしまったし、私もそろそろ帰ろうかと思って、残りの紅茶を飲むためにカップに口をつけると。
「あの王子も大概図太い」
そうつぶやいて、ベルさんはパクリとケーキを口の中に放り込む。
「そう言うあなたも、一国の王子に対して嫌味が言えるだけ図太いでしょ?」
ベルさんの独り言のようなつぶやきに対して、元の通りにこちら近づいてきたブリトニアさんが、呆れたような顔でベルさんを見下ろしていた。
「私はいいんです。年齢的にも年上なんですから、敬っていただきたいぐらいですよ。まったく、何を企んでいるのやら」
「企むという意味には同意しますが、王子の態度がいまいち悪いと感じるのは、あなたが腹黒いせいでは?」
「それは君に言われたくないですよ。トニー君。イカ墨より黒いくせに」
「誰がイカ墨ですか。深海の底より黒い人に言われたくないですね。そんなことよりもご報告があります」
「どうぞ? 聞いてますから勝手に話してください」
「いや、彼女に聞かせるような話ではないのですが?」
なんだかんだと仲がいいなぁ。と、二人のやり取りを見ていた私に、ベルさんとブリトニアさんの視線が注がれた。
(あ。やっぱり帰ろうかな)
「彼女のことは気にしないでください。大体のことは話しましたし、彼女も私や君と同じ考えですから」
ベルさんがそう言って、ブリトニアさんにあの胡散臭い笑みを見せれば、ブリトニアさんは眉間にしわを作ってベルさんに顔を向けた。
「内部情報をそんな簡単に一般人へ話されては困りますよ」
ブリトニアさんの言うことはもっともだ。と、私も思うけど。ベルさんはおかしそうに小さく笑って見せると、また切り分けたケーキを口に入れる。
「あれれ? そうですか。君ともあろう者が、可愛いメリル嬢にほだされたわけですね。これは愉快。イカ墨が薄くなっては面白くないですよ?」
そう言ってブリトニアさんへからかうような視線を向けるベルさんに、ブリトニアさんはさらに眉間のしわを増やしてみせる。
「なんの話ですか。メリルは関係ないでしょ」
と、なんだかちょっと雰囲気が険しくなってきて、私は慌てて二人に声をかけた。
「あ、あのっ。サンドラも行っちゃいましたし、私もそろそろ帰りますよ」
そういう私に、ベルさんが胡散臭さ倍増で笑みを顔に貼り付ける。
あーー。これは絶対に何か企んでいる顔だ。
「いやですねメリル。私とあなたの仲じゃないですか。気を使わなくてもいいんですよ?」
「いや、どんな仲ですか」
お母さんのお友達以上の関係ではないと思うんだけど?
そう思ってベルさんに訝しい目を向ければ。
「一緒にお風呂に入ったり、着替えを手伝ってあげたこともあるじゃないですか? 私と一緒にお昼寝して、私の髪を掴んで離してくれなかったこともありましたねぇ。懐かしい」
「風呂……」
青い顔で私に顔を向けるブリトニアさんに、私は大慌てて首を横に振ってみせる。
「そ、そんな昔のことは覚えてませんよっ!」
「私に抱きついて離してくれなかったですよね? ふふふっ」
そう言って含みのある顔で笑うベルさんの言葉に、青い顔をさらに蒼白にして、ブリトニアさんは言葉を吐き出せないほど驚いているらしく、何だがその瞳が泣きそうに潤んでいて私を見つめている。
いやいやいや、なぜ泣きそうな顔をするっ!?
「だからっ! 違いますってばっ! それ、赤ちゃんの時っ! 私が赤ちゃんの時の話ですよっ! 当然私は覚えてるわけありませんからねっ!?」
「赤ん坊……って、ベルっ!」
ブリトニアさんは何かを納得したらしく、少しだけ赤い顔でベルさんに詰め寄っていた。
「あははははっ! 面白いですね~。考えれば分かるでしょ? メリルはまだ十八歳なんですから、昔の話が大体十年前だとしても、彼女はまだ八歳です。いくら私でも年端もいかない少女を恋愛対象にできるほど腐ってませんよ」
「そりゃそうですよ」
と、私は呆れた溜息が口からこぼれた。
「冗談はこれくらいにしても、メリルがマリリアとゼウセルの子供と言うだけで、この国において信頼できる数少ない人間の一人と言うのは間違いありませんよ」
ベルさんはそう言うと、柔らかな表情を浮かべて微笑んでみせるけど、私は少なくともベルさんの言葉に戸惑ってしまう。
信頼してもらえるのは、嬉しいことだと思うけど。
お父さんとお母さんの、ベルさんの親友の子供だとしても、それがイコールで信頼の証になるとは、私にはどうしても思えないし。
それに、過剰な期待をされても困る。
「期待されたって、私には何もできないですよ」
私がそう言い返しても、ベルさんは微笑を崩さなかった。
「別に特別な期待をしているわけじゃないですよ? ただ、友人を助けたいと思うのは普通のことでしょう? メリルの友人はこの国の王女です。命を狙われることもあるでしょう。そして、メリルにはサンドラを守れる力がある」
そう言ってじっと私を見つめるベルさんの瞳は、絶対の自信が見て取れた。
だからなのか、私はなんとなく分かった気がしたのだ。
ベルさんの言葉は、サンドラを思って出てくるものなんだろうなぁ。ってこととか、ベルさんがいろんな情報を私にペロッと話してしまう理由とか。
ベルさんが胡散臭い理由も……。
「ベル、勝手すぎる物言いだと思わないのか? 俺たち騎士団は王家を守るのにこの命を賭してもかまわない。そういう誓いも立てているが、メリルは違うだろう」
そう言ってブリトニアさんがベルさんを咎めるように見下ろした。
さっきまでの丁寧な言葉が消えたブリトニアさんだけど、たぶん普段はベルさんとこっちの話し方をしてるのが普通なんだろうと思う。
「違いますね。ですが、メリルは騎士団の隊長クラスでも手こずる相手を、二人も同時に相手するだけの実力を持っているんです。だったら、サンドラを守ってほしいと思うのはいけないことでしょうか?」
ブリトニアさんへ真剣な眼差しを向けるベルさんと視線を合わせて、ブリトニアさんの眉間にしわがよる。
「本人がそうありたいのならかまわない。だが、本人が望んでいないものを、無理矢理に押し付けるのは違うだろう」
「クソ真面目な上に、融通はどこに置いて来てしまったんでしょうね?」
「お前ほど腹黒くないだけだ」
「私は使えるなら国王でも使いますけど?」
「知ってはいたが、エルフの皮をかぶった悪魔だな。お前」
美しい微笑を浮かべるベルさんに対して、ブリトニアさんの眉間にはしわが増えていく。
ベルさんとブリトニアさんの話題は私のことなんだろうけど、若干蚊帳の外に追いやられてる気がする私。
ベルさんもブリトニアさんも、サンドラを心配してるのはわかるし、ベルさんは私を信頼してくれてるからサンドラを守ってほしいと思っていて、ブリトニアさんは私の気持ちを尊重してくれてる。
にらみ合うベルさんとブリトニアさんに、私は盛大な溜息がもれてしまう。
「あのー」
私がそう声をかければ、二人の視線が私に向いた。
「私は戦士にも魔剣士にもなる気はありませんし、騎士団に入団したくもありません。普通の女の子として暮らしたいです。それに、自分の夢を叶えるために平和な毎日を過ごすのが夢です。でもね――」
家を出てから、ずっと変わらない私の希望だったり願いだったり。
だけど――。
「私はサンドラが好きだから、サンドラのことを守りたいと思いますよ。私に何ができるかわかりませんけど、何もしないで逃げたりは絶対にしません」
知り合った日数は関係ない。話した言葉の数だって、たいした問題じゃない。
私はサンドラが好きになった。だから、私はサンドラを助けたいと思う。
友達を助けるのに理由が必要なら、『大好きだから』だけで十分だ。
「ホラ見なさい。私の目に間違いはありません。さぁさぁ。トニー君の報告とやらを聞いてあげますから、さっさと話してくださいね」
そう言ってベルさんがブリトニアさんに、にやりと含みのある笑みを見せるが、ブリトニアさんはそんなベルさんの顔に嫌そうな表情を見せたあと、仕方なさそうに溜息を吐き出した。
「メリル、君もえらい男に目を付けられたな」
「あ。やっぱりですか……」
思わず素で出た言葉に私は慌てて口を閉じた。けど出てしまった言葉はもうどうにもならない。
ちょっと気まずくて、私はこっそりベルさんに顔を向けたけど、なぜかベルさんは面白そうにくすくすと笑っていて、ブリトニアさんにも視線を向ければ、どこか仕方なさそうに私に笑い返してくれていた。
「トニー君にだってメリットあるじゃないですか? 理想の高いトニー君には、メリル以上の――」
「うわっ!? 何サラッと言いかけてるんだお前はっ! 報告なっ! とにかく聞けっ!」
ベルさんの言葉をさえぎるように大きな声を出したブリトニアさんに、私は首を傾げてみせるけど、ブリトニアさんは小さく咳払いをしただけだった。
ベルさんが私の名前を言ったけど、私がブリトニアさんにとってのいいことに、何か関係してるんだろうか?
「とにかく、ベルの言っていたように、陛下や王子たちが狙われていると言うのはなさそうだ。ただ、暗殺者の一団についてだが、こちらで捕らえた連中は口を割りそうもないな。あの剣の鞘に描かれている謎のシンボルの意味もいまだ不明だ」
ブリトニアさんがそう話し始めると、とたんに空気は真剣な匂いを立ち込め始めたので、私も頭を切り替えて話に耳を傾けることにした。




