何かが動く
「んーー。賊の侵入を許してしまうってことは、内部に手引きした人が居るってことだと思うし、女性癖の悪い王子のほうが狙いやすいだろうに、サンドラが何度も命を狙われるってことは、狙いはサンドラである可能性が高いと思うんだけど――」
バルドバイド王子が何度も狙われたら、おとなしく部屋に引っ込むものじゃないかな? そうじゃなければ自分の身辺護衛を強化させるとかなんとか。
それこそ、命を狙われている人間が、自由に歩き回り、誰彼かまわず女性を口説きまわるなんて考えにくい。サンドラの口調から察するに、バルドバイド王子っておとなしくしてる印象がないんだよね。
自分が殺されそうになっていて、かまわず遊びまわる人もそうは居ないんじゃない?
それに、自分が狙われているなら、それを理由に国へ帰ることだってできるはずでしょ。
挙式後はサンドラをバルドバイドに連れて行くことは決まっているのだから、向こうで式を上げることもできるわけで。
そんな王子がこの国にいなくてはいけない理由があるとすれば、それはサンドラ暗殺計画に少なからずかかわっているから。と思われても仕方ない。
その可能性は否定できないということ。
もしも、万が一でもバルドバイドでサンドラが暗殺されたら、間違いなくバルドバイドは近隣の国々から非難を受けるだろうし、立場が悪くなる。
それを避けるためには、サンドラが自国で殺される必要がある。
ギルデイ王子が女癖の悪いふりをしているのは、印象を悪くするというよりは、無害であることをアピールしているとも考えられる。
自分はこんなお調子者だから、難しいことは考えてませんよ。的な感じで。
だけど、無茶苦茶だよね。一番に疑われるのは、どう足掻いてもバルドバイド王子しかいないと思うんだけど。
「王子が狙われたとして、誰かそれを直接見たとか、護衛を増やしてほしいとか言われた?」
そう私が聞けば、サンドラは軽く息を吐き出しながら首を横に振ってみせる。
「いえ、ギルデイ様からは何も……わたくしもギルデイ様が狙われたらしいと言うのは、侍女達の噂で耳にしたまでですの」
侍女達の噂となれば、当然、噂を流した人物はかなり怪しい。まあ十中八九ギルデイ王子本人だと私は思うけど。
「そうなると、信憑性は薄いよね? 狙われたならもっと騒いでもいいと思うし、ギルデイ王子が自分で暗殺者を撃退したとは考えにくいんだよね。だってギルデイ王子って騎士団メンバーより強いと思えないし」
本当に失礼な言い草だけど。
でも王族は本来守られているもので、騎士や戦士のような絶対的強さは必要じゃない。
ある程度身を守るための技術は必要だろうけど。
まあ、中にはすさまじく強い王子がいないこともないんだけど。それは本当に特別な話。
「ベルモットさんがあんなに厳しく私を尋問するくらいだから、きっと進入した暗殺者たちって、騎士団の人たちが警戒するほどは強いってことでしょ? そんな強い暗殺者を前にして、ギルデイ王子が自分で退けたって言うのは、ちょっとねぇ」
私がサンドラの目を真っ直ぐに見てそう訴えれば、サンドラは「ふう」と重く息を肺から押し出して、ベルさんに舌を出して見せたあと、私に顔を向ける。
「メリルの言うとおりですわ。ベルと騎士団も同じ意見です。でも、誰かを疑うのはやっぱり嫌です。だって、これからみんなで平和を築いていこうとしているんですもの」
そう言って少しだけ悲しそうに眉尻を下げるサンドラに、私も少しだけ居たたまれない気分になった。
確かにサンドラの言うとおり、誰かを疑うのはすごく悲しいことだと思う。
本当の意味で誰も疑わないでいられたら、そのほうがずっといいのに。
「サンドラはそのままの王女で居てくださればいいのですよ。疑うのは私や騎士団に任せておけばよいのです。メリルも居ますから何も心配は要りません」
そう言って笑みを見せるベルさん。だけど、ナチュラルに私を数に含めるのは止めてもらいたい。
そりゃ、私だって友達の手助けに努力も時間も惜しむつもりはないけど、騎士団や王宮魔導師と手を取り合って何かをする気はまったくないんだから。
「さて。ではいい具合に話がきな臭くなってきたところで、色々バラしてしまいましょうか?」
そう言って胡散臭さ五割り増しのベルさんが、私に顔を向ける。
なんだろう。もう嫌な予感しかしないんだけど。
「実は今、非常にシビアな状況に陥っているんですよね? サンドラ」
そう言って話を切り出すベルさんに、サンドラは冷たい視線を向けるけど、ベルさんは意に介さず首を横に倒して「ね?」と、再度サンドラに話を進めるように促して見せた。
ついに折れたサンドラは、一分近くベルさんとにらみ合った後、またもや大きく息を吐き出すと口を開いてみせる。
「もう。この魔導師の胡散臭い笑顔に毎回言い返せないお父様の気持ちが分かりますわ」
「国王は聞く耳をお持ちになっている良き王ですね」
ベルさんの言葉に悪意すら感じる私は、ちょっとベルさんを疑いすぎかもしれない。
「先ほど言った侍女の話ですけど――」
そう話し出したサンドラは、幼さなど見えない王女の顔をしていた。
「実は大事なものを隠すために動いてくれています」
「大事なもの?」
そう聞き返す私に、サンドラはうなづく。
「そうです」
「勿体つけるようなものでもないでしょ? その侍女が運んでいたのは国宝のひとつですよ。別名『負の遺産』と呼ばれる、戦時中に作られた最悪最強の魔道書のひとつですね」
サンドラの言葉にベルさんがそう付け足した。
戦時中に作られた魔道兵器・魔道書・魔術を総称する名前が『負の遺産』だ。
国宝として国で管理されているそれらを、宝物庫から持ち出すってことに、私は少なからず危機感を覚えずはいられなかった。
なにしろ『負の遺産』は国宝中の国宝で、スフィアークの宝物庫の中でも、お母さんとベルさんが凶悪なまでに結界呪文やら防御呪文やら攻撃呪文まで備え付け、決して誰の手にも届かないように施しているはずなのに。
あれは、外に持ち出しちゃいけないものだ。
それこそ、あのお茶目な両親でさえ、見たこともないような恐ろしく真面目な顔で『負の遺産』は見つけ次第、灰も残さず抹消。を私に言い聞かせるほどに、凶悪なものだと私は聞かされて育っている。
それを外に出さなくてはいけない事態が、今起きているんだ。と、私は嫌な汗と緊張でつばをこっそりと飲み込んだ。
「本来なら、宝物庫の奥底から出すべきものではないのですけど、賊が侵入したのが、実は『負の遺産』を隔離している宝物庫の中なのです」
サンドラのその言葉に、私は両目を見開いてしまう。
だって、そんなことありえない。
「何十もの呪文の防壁を突破して? しかも最強の魔導師と魔女の呪文を無傷で通った? ありえないでしょ、そんなこと」
驚きのあまりそうつぶやいた私に、ベルさんがにこりと嬉しそうに微笑んでみせる。
「お褒めに預かり光栄ですね。でもちゃっかり自分の母親を褒めるあたり、尊敬はしているようですね。いい親子です」
「いえ。そこは尊敬というより、恐怖が近いです。いまだかつて母より圧倒的な力を持った魔女を見たことがありませんから」
笑顔でウェアウルフ五十人を、一発の魔法で黙らせる魔女は見たことがない。
そんな母が、ベルさんを強い魔導師と言ったのだ。彼だってあの美しいカンバセに相応しくないほど、凶暴で凶悪な魔術をいとも簡単に使うのだろう。
あれ? よく考えてみれば私の周りの大人たちって、どうしてこうも常識から外れた強さを持つ人ばっかりなんだろうか?
考えるのは止めよう……なんか、泣けてくるわ。
「ですが、私も確かに信じられませんでしたね。正確に言うなら『負の遺産』を納めている宝物庫には、三六五の呪文が施されていました。全部を突破するには年単位の時間がかかるでしょう。普通に考えれば、進入や突破することさえ面倒臭くて嫌になるレベルです。まあ、嫌がらせのつもりでマリリアとやっちゃったんですけどね」
ベルさんはそう言うと、可愛らしく「てへっ」と笑ってみせる。が、常識外れも体外にしてほしいと思うのは、私だけじゃないはずだ。
二百歳のおじいちゃんと言ってもいいベルさんが可愛く見えてしまうのは、私の目の錯覚でもなんでもなく、彼の見た目が若々しいせいだ。と言い訳しつつ。
それでも、ベルさんの言うとおり、やはり三六五の呪文がほんの数分で突破されたと言うのは奇妙どころか怪談話のレベルだ。
そもそも結界系の呪文と言うのは大きく分けて二種類あるが、どっちの場合でも作った本人が解除するのが一番早い。
結界系の呪文は設置型と移動型に別れていて、ベルさんたちが宝物庫に施したのは設置型のものだ。
主に簡単な呪文で作る即席の盾としての役割が多い移動型に比べて、設置型は時間と事前の準備をして設置するから、施した本人以外がそれを解除しようとすれば、とんでもない魔力やら時間やら、知識や下準備も必須になったりする。
「わたくしも流石にベルとマリリア様の施した結界が、そう簡単に賊に破れるとは思えません。ですが、進入されたのは事実ですわ。あの結界内を無傷で通れるのは、術を施したマリリア様とベル。それにお父様とお兄様とわたくしだけです。一体どうやって進入したというのでしょう……」
サンドラはそう言うと難しい顔で紅茶のカップを見つめていた。
「ベルさん。ちなみにベルさんだったら、宝物庫の結界を突破するのにどれくらいの時間がかかるんですか?」
ベルさんにそう尋ねてみれば、ベルさんはふっと考えるような素振りを見せた後、笑顔で私に顔を向ける。
「そうですね。私なら、意地の悪いマリリアの結界に手こずるとしても、一時間あれは突破可能ですかね」
聞くんじゃなかった。今さっき年単位で時間がかかるって言ったじゃん。
恨めしい気持ちでベルさんをじっとりと見る私に、ベルさんは苦笑いを顔に浮かべると。
「ですがそれは、何も気にせずに全力で破壊するなら。と言う意味ですよ。それこそこっそり進入して、誰にも知られないように静かに事をなそうとすれば、二時間くらいはかかります」
それでも二時間で突破しちゃうんじゃないですか。
ダメだ。まったく参考にならない。
「まあ、進入した方法は追々分かることでしょう。私とマリリアの防壁を数分で突破するとなれば、その方法は限られますから。それよりも、問題なのはその先です」
ベルさんがそう言うと、サンドラもカップから顔を上げる。
「そうですね。アンジーがやはり心配です。魔道書と共に行方知れずとなれば、本当に誰かに連れ去られたと考えたほうがいいでしょうか」
消えた侍女と言うのが、きっとアンジーという人なんだろう。心配そうな表情のサンドラに、私も何かできることがあればいいと思うんだけど。
今のところなにも思いつかないし、どうしていいかもよく分からない。
「アンジーも心配ですけどね。私は魔道書の行方が心配でもあります。黒ずくめの男達が持ち去ったのならば、今頃スフィアークは阿鼻叫喚の地獄絵図になっていてもおかしくありません。ですがそんな様子もない。アンジーはうまく隠してくれたのかもしれませんが、楽観視はできないでしょう。アンジー共々早く見つけねばなりません」
ベルさんは今までの胡散臭い笑顔を引っ込めると、誰もが息を呑むほどに美しい顔に、憂いや憤りを思わせる表情を浮かべていた。
戦争中の現実を見て来たベルさんやお母さん達は、『負の遺産』がどれだけ恐ろしい兵器なのかと言うことが、きっと嫌でも分かるんだと思う。
だからなのか、戦争中を知らない私にも、その表情から様々な思いが伝わる気がした。




