平和が一番
でも一般的な視点から見ても、私の両親は飛びすぎだと思うけど、両親がぶっ飛んだ性格なのはまあ仕方ないことかもしれないな。とも思ったりする。
何しろ、私の両親は生まれてからずっと戦争を生き抜いてきた人たちだ。平和な今で言う一般的常識なんて、両親には分からないかもしれない。
いや、分かっててもぶっ飛んでるのは変わらないかも……。
とにかく、今でこそ平和になったこのスフィアーク王国だけど、少し前まで、隣のバルドバイド王国と戦争をしていた。
終戦したのは二十年前の話で、私の両親が生まれたころには戦争真っ只中。
長い戦いは終わりが見えなかった。と、両親に聞かされたのを覚えている。
戦争は日を増すごとに激化し、戦争後半になると、両国は兵器開発や新術の開発に力を入れていたようだ。
数千人を一瞬で蒸発させるような凶悪な魔道兵器、使えば術者さえ巻き込んで、人を簡単に肉塊に変えてしまう非人道的魔術の数々、人が触れてはいけない魔や神の領域を簡単に侵す魔道書の数々、そして戦争は泥沼化の一途をたどっていった。
実際に、当時作られた兵器などは、その凄まじい威力の凶悪さで、終戦を迎えた今でも、ほぼ全てが禁術・禁書扱いされているのも当たり前の話でしょ?
だけど凶悪で実用的な殺人兵器というのは、なぜか高値で売れてしまう。そのせいで戦後の混乱時に多くの兵器・魔道書類が紛失してしまって、両国では今でも血眼で探し回っているらしい。
まあそれ以外は、戦後すぐに回収されて、危険な兵器・魔道書類、別名『負の遺産』は王族が厳重に保管しているようだ。
話がずれちゃったけど、まあ、そんな長い戦争の果てに、泥沼の日々が続いていたある日。
それは二十年前のこと、血で血を洗うような戦争に終止符を打ったのが、『スフィアークの英雄』と呼ばれる五人の魔導師と五人の戦士たちの存在だった。
実際の英雄たちがどのような貢献を果たしたのかは、人々の憶測や噂話に尾びれ背びれで要領を得ない噂ばかりされているのだけど。
その功績は未来永劫歴史から消えない。とまで言われる伝説級のお話で、スフィアークの英雄たちが居なかったら、戦争はまだ終わってなかったかもしれない。とまで言われているすごい人たちなのだ。
確かに、たった十人の人間が数百年続いた戦争を終結させたと言えば、それは伝説的貢献と言えるだろうし、間違ってはいないと思う。
そして、そんな伝説級の英雄の一人に数えられる魔導師と騎士が、何を隠そう私の両親なのだ。そう二人ともね。
ちなみに、父は二十年前までスフィアーク王国王宮騎士団の団長をしていて、母は戦争中に作られたスフィアーク王国魔導師団の開発部総責任者をしていたという。
だけど魔道師団は戦後に解体されて、今では魔導研究開発機関として、平和に役立つ開発に力を入れているらしい。
まあでも、父と母は平和になってすぐ、平穏に暮らしたいと現役から退いて、静かな田舎暮らしを満喫実施中なようだけど。
けど……。でも! それなら、面白半分で娘に英才教育を施すのは止めてもらいたいと本気で思うのだ!
平和になったっていうのに、私の両親ときたら。
『最強の騎士と最強の魔女の技能や技術を全部娘につぎ込んだら、うちの子最強にならない?』
これだ。面白そうという理由で、娘を最強の魔剣士に育てよう。を実践してくれた結果が、今の私だ。
冗談じゃない。本当なら、同年代の友人と恋やオシャレで「きゃっきゃっ」しつつ、楽しい毎日を送ってもいいはずだったのに。
面白そう。で、私の人生のスタートは汗と泥にまみれた色気無いものに変わってしまったんだから、そりゃ私だって逃げ出したくもなる。
おかげで十六のときに私は家を出て、ささやかな夢を胸に、今は一人暮らしをしているのだ。
支度を済ませて鏡で今日の出来を見る。
頭の高い位置で揺れるポニーテルに桃色のリボンを結んで、着慣れた空色のワンピースに変なところはないか、きっちり確認。
お化粧の仕方は勉強中なので、ピンクのリップグロスを塗るにとどめておく。
「よしっ。今日もがんばろう!」
すべての確認作業が終わると、大きめのショルダーバックを肩にかけ、爽やかな気持ちで外に出た。
家の鍵をしっかりかけて鍵をバッグにしまうと、黄色がかったレンガ造りの洒落たアパートから、綺麗に舗装された石畳を軽やかに歩き出す。
時間はまだ早朝。人の動く気配はあまり無く、顔見知りの新聞配達やらミルクの配達人に朝の挨拶を交わしながら、目的地へと向かう。
街灯の明かりもだんだん目立たなくなって来る時間だ。
大きなメイン通りにも、人や馬車が行きかうようになるまで、あと少しといったところか。
メイン通りをはさんで様々な形や色の民家の並びも、もうだいぶ見慣れている。
季節は早春、早朝はまだ寒さも残っているけど、昼間はだいぶ暖かくなってきていた。
私が暮らすこの城下町、スフィアーク王都にも春の香りが立ち込めてきている。
若葉の芽吹きはいつでも、私に新しい始まりを予感させるものだ。
そんな慣れた道を進み、目的地まであと少しのところだった。
「きゃっ!」
それは女性の悲鳴と。
「チッ! 大人しくしろっ!」
低い男の声。
表通りから外れた路地裏から聞こえてきたその声は、とても穏やかには聞
こえない。そう思った私は急いで声のするほうへと駆け寄った。
レンガの壁と石壁の間に出来た細い空間。普段なら抜け道に使うようなその場所に人影がある。
人影を見て私が慌ててその路地裏に入り込めば、全身黒ずくめで、顔まで黒い布を巻いている怪しい男が二人と、これまたフード付きのローブを身につけ、目深くフードをかぶる顔のよく見えない女性らしき人が一人。
小柄な女性らしき人を無理矢理どこかに連れて行こうとしているのか、男は小柄な人の腕を掴んで、力任せに引っ張っているように見える。
小柄な人も必至に抵抗しているのか、腰を引き、掴まれた腕を振りほどこうとしているようだった。
まあ、両者の怪しさもさることながら、どう見てもフードをかぶっている小柄な人を大の男二人が襲っているようにしか見えない。となれば、私はただ黙って見過ごすなんてできなかった。
相手が抵抗できないと分かっていて襲うなんて、人として間違ってる! か弱い女性や子供を脅したり、力で押さえつけるようなやり方は卑怯だと思うのよっ!
私は深く息を吸い込むと、こちらに注目させるため、ありったけの大声を張り上げた。
「何してるのっ! 警備隊を呼ぶわよっ!」
私がそう叫べば、男たちは私の存在にやっと気が付いたようで、慌てて私のほうへと顔を向ける。
そして、私の姿を確認した男達は、襲っていたらしい女性を突き飛ばし、慌てて路地の向こう。私が居るのとは反対方向へ逃げだして、あっという間に姿が見えなくなった。
(こっちに来るかと思ったけど、逃げちゃったな――)
私としても逃げてしまった人を追いかけようとは思わない。向かってくるなら話は別だけど。とにかく今は、襲われた人のほうが心配だ。と、私は男たちに突き飛ばされた女性へと視線を向けた。
女性は路地に倒れるように尻餅をついていて、なんとか立とうともがいているようだった。きっとうまく立てないで居るのかもしれない。そう感じて、急いで女性に駆け寄り手を差し出す。
「大丈夫ですか?」
私がそう声をかければ、女性は一瞬ビクリと肩を小さく跳ねさせて、私を見上げる。
「え、ええ。ありがとうございます」
ぎこちない返事だったけど、女性は私の手に恐る恐るの様子でつかまってその場に立った。
だけどなんだか落ち着かないようで、とても警戒し、きょろきょろと辺りを見回す。
私よりも幾分低い位置にある女性の頭から、彼女が一五〇センチ台の身長だと分かる。
小さい人だなぁ。女の子はやっぱり小さいほうが可愛いだろうか? なんて、今は関係ない事を思い、心の中で溜息ひとつ。ちなみに私は一六三センチある。
なんて、今気にするのはそこじゃなくて。と、私は気を取り直し口を開いた。
「あの、本当に大丈夫ですか? 怪我とかないですか?」
その場に立ち上がった女性の手を離して、私は女性の顔を覗き込もうと首を横に倒すが、もともとの身長差のせいで、下を向いている女性の顔なんて見えるはずもない。
「だ、大丈夫ですからっ……本当に」
言葉ではそう言うが、女性は少し震えているし、やっぱり落ち着かない様子は変わらない。といっても、男に襲われて動揺しない人もいないか。
そう思うと、彼女をこのまま一人にしていいものか。非常に悩んでしまう。
「えっと、良かったら、警備隊の寄宿舎まで送りましょうか?」
やっぱりこの場で別れるのは心配だし、だからと言って、私が今日一日彼女に付き添うなんてできない。だって、私はこれからお仕事だってあるし。
そうなると、安全な場所と言えば、警備隊の寄宿舎じゃないかと思った私は、そこまでのお供を申し出てみた。
警備隊の寄宿舎までなら、それほど時間もかからないし、彼女の安全も保障されるはずだ。
ちなみに警備隊というのは、元兵士や傭兵の人たちが集まってできている民間の自警団のことで、日夜、町の防犯に勤めてくれている頼りになる団体だ。
もちろん城からも兵士や騎士団の人たちが、毎日のように町の見回りをしてくれているのだけど、それで全てに手が回るわけでもないじゃない。
そこで、この城下町に暮らす人々が立ち上げた自警団、通称『アークガーディアン』が、城の兵士達でも手の回らない細かな場所まで見回ったり、取り締まったりしてくれているのだ。
まあ、さすがは元兵士や傭兵の集まりだと思う。戦闘面での技術は心配いらないし、元兵士がいる分信用もある。
おかげで、騎士団や国王からもそれなりに頼られているらしい。と言うのは城下町でも有名な話。
それに下手にお城に行って兵士や騎士団へ助けを求めるよりも、私たち一般人は自警団であるアークガーディアンに頼ったほうが話しやすいしね。
そう思って提案してみたのだけど、女性は静かに首を横に振ると、私に軽く頭を下げて見せた。
相変わらず目深くかぶったフードのせいで顔は分からないけど、いまだに小さく震えている彼女は、きっと襲われること自体が初めてだったのだろうと簡単に想像できる。
当たり前だが、襲われて平気な人なんてあまり居ないと思うし、できれば安全なところに行くべきだと私は思うのだけど……。
それでも彼女が嫌がる理由があるなら、無理矢理連れて行くわけにもいかないし。
だからと言って、警備隊を連れて来るといっても、彼女はおとなしくここで待っていないような気がする。
もしも待っていてくれたとしても、待っている間にまた襲われないとも限らないわけだし――色々考え出してしまうと、やっぱり彼女をこのまま放っておくのは……。
私も大概お節介が過ぎるかもしれないけど。
「警備隊のところが嫌なら、目的地が近いなら私が送りましょうか?」
そう申し出てしまうしかない。
やっぱり放っておけないし、仕方ない。こればかりは私の性格の問題なのだし。事情を話せば仕事に遅れても許してもらえるはず。
だけど、私の言葉に女性は動揺を見せて、小さく言葉を吐き出した。
「えっと……お気持ちは、非常に嬉しいのですが、急いでおりますし……それに」
女性はそう言葉を途中で切り、しばらくの沈黙の後。下げた頭を勢いよく上げて、その場から駆け出した。
「すみませんっ!」
そう一言吐き捨てて、駆け出す彼女の行動に驚いたのは私のほうで。
「あ。まって――」
そう声をかけるも、本当に止める間もない勢いだった。
女性は逃げた男たちとは逆方向に走り出し、あっという間に路地から姿を消してしまう。
面食らうというのは、こういう状況なのだろうか。
そんなことを考えながら、すでに居なくなってしまった女性を追いかける理由も無くて。
「やっぱりお節介だったかなぁ……」
なんて、ちょっと気落ちしてみる。
もしかすれば、私も警戒されてたのかもしれない。そう思うとさらに落ち込みそうだったけど、今さらどうしようもないので、走り去った彼女が気にはなるものの、私は仕方なく目的地である職場へと行こうと歩みを進めた。
一歩、右足を前に進めようと、歩き出しかけた私の靴のつま先に、何かがコツリと触れて……。
「ん? 何だろう……」
何かと思って足元に顔を向けて見れば、そこには小さな皮袋がポツンと転がっていて、とくに目を引くようなものではなく、何の変哲もない枯れ草色の皮袋だと言うことがわかる。
とりあえずそれを拾って見てみれば、袋の口はしっかりと皮紐で閉じられていて、私の片手にすっぽりと納まる程度の大きさだ。
多少の重みは感じるけど、この重みだけで何が入っているのか予想するのは無理だと思う。
もしかすれば、先ほど行ってしまった女性の物かもしれないし、はたまた逃げた男二人組の持ち物かもしれない。
とは言え、ただぼうっと皮袋を見つめても答えは出ないし、ここで待っていても先ほどの女性が戻ってくるかも疑問だ。逆に男たちが戻ってきても困るし。
それに、私だってずっとここに居るわけにもいかない。
いろいろと考えた末、とりあえず中身を見てみることにした。見た目の形状から、持ち主が男性か女性かくらいわかるかな? と、思って。
実際中身を確認してみれば、入っていたのは複雑な細工が施された丈夫そうなチェーンのブレスレッドだった。素材はたぶんシルバーだと思う。
(細工自体は細かいけど、ちょっとゴツイかな?)
などと考えながら、ブレスレッドを自分の目線まで持ち上げた。
チェーンの先端には、深い海の底のような色をした石が付いていて、大きなラピスラズリにも見えるけど、ちょっと材質は違うようだ。
石の大きさは、人差し指と親指を輪にしたときと同じくらいだろうと思う。大粒のアプリコットの実くらいと言えば分かりやすいだろうか。
そして、その青い石には本体のチェーンとは違う、細いシルバーのチェーンが十字に巻き付けられている。
「これ……もしかして、お守りかなにかかな?」
石の大きさから見ても、身につける装飾品の類ではないと分かる。飾りについている石が大きすぎて身につけるには不向きだし。
それに、チェーンに施されてる複雑な細工は、装飾品の細工というよりも、何かしらのまじない、魔術的細工がされてると思ったほうが自然に見えるかも。
「といっても、これからはほとんど魔力的なものは感じないんだけどなぁ」
少しでも魔術やら魔法をかじったことがある人なら、魔力を帯びたものなら触れたり見たりすれば分かるもので、強力なものになればなるだけ、感じる魔力の度合いも変わるものだ。
でも、複雑かつ何かしらの法則を感じるのに、細工のチェーンには特に何も感じないし、青い石に巻きついている細いチェーンから微かに、魔力的な何かを感じる程度じゃなぁ。
もっと細かく調べるなら時間がないとダメだけど、そもそもこのブレスレッドは私の物じゃない。
人の物を勝手に弄り回すのは、やっぱりよくないよねぇ。
そう思うと結局は、これ以上ブレスレッドを見ていてもどうにもならないし、私は皮袋にブレスレッドをしまって、しっかり袋の口を閉じると、皮袋を持っていたバッグにしまってから、今度こそ職場へと向かうことにした。
(後で落し物として警備隊のところにでも持って行ったほうがいいかな?)
そんなことを考えながら、私は少しだけ歩く速度を速めた。
きりのいいところがなかった。
長くなってしまいました。