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楽しいお仕事


 今日も快晴。雲の少ない青い空に心地よい春風が町を包んでいる。


 ひと騒動あったほかほかレストランに、やっと注文していた特注のテーブルとイスのセットが到着した。


 これで、通常人数のお客様を受け入れることが出来るようになるので一安心。


 今日もいつものようにお店の開店準備をして、レストランの一日がはじまる。


「今日のオススメはヒラメのモサモサ香草焼きと、コトコト煮込んだとろけるビーフシチュー、うまうま生ハムとハーブのサラダね」


 そう言って、にこやかにオススメメニューを教えてくれるジェナスさんの言うとおりに、青いガラス板にメニューを書き出すけど。


 相変わらず擬態語がひしめいている上に、料理名が長い。


 普通に『ヒラメの香草焼き』『ビーフシチュー』『生ハムとハーブのサラダ』では駄目なんだろうか?


 すでに生ハムとハーブのサラダと言う名前だけでも長いのに。


 まあ、名前の長さはさて置き、今回のオススメメニューも美味しそうだなと思う。


 ヒラメの香草焼きは、ローズマリーやタイムを使って香りを出し、オリーブオイルと塩と胡椒を使ってシンプルに焼き上げれば、あっさりの白身魚もぐっとその美味しさを増す。


 アクセントに、トマトやにんにく、バジルなどを使うのもまた美味しいと思う。


 じっくり煮込んだビーフシチューは言わずもがな。一晩かけてじっくり煮込んだ牛肉は、フォークでも簡単に切れてしまうほど柔らかい。


 完熟トマトとデミグラスソース、そして美味しいワインを使った味わい深いシチューだ。


 最後に生ハムとハーブのサラダは、かなり相性がいい組み合わせだと思う。


 塩分のよく効いた生ハムをハーブのサラダに乗せるだけの簡単サラダだけど、さっぱりの中にもハムのうまみとハーブの香りが楽しめる一品だ。


 どの料理もきっと、ジェナスさんの腕でより美味しく出来ていることは間違いない。


 そんな美味しいだろう料理たちに思いをはせながら、私はメニューを書いた板を表に出して、今日一番のお客様が来るのを楽しい気分で待っていた。






 お店はお昼のピークを迎え、私は忙しなく店内を歩き回っていた。


「ヒラメのモサモサ香草焼きとアツアツステーキセットお待たせいたしましたっ」


 笑顔で両手の料理をテーブルに並べると、ジェナスさんに呼ばれて、次の料理が出来たことを教えられる。


 私はさっさとカウンターまで戻ると、出来上がった料理を大きなトレイに乗せて、次のテーブルに運ぶ。


「メリルちゃ~ん。こっちお会計ね!」


「はーい。少々お待ちくださーいっ」


 料理を運んでいる最中に声をかけられて、私は笑顔で返事をすると、すぐに料理をテーブルに運んでお会計を待つお客様へと急ぐ。


「いや~。今日も繁盛してるねぇ。うらやましいなぁ」


 お会計を待つ間に、常連である道具屋さんのご主人が機嫌よさそうに何度かうなずいて見せた。


 確かに。と、私は軽く店内を見回してから道具屋さんのおじさんに笑顔を返す。


 昼のピークを迎えれば、ほかほかレストランは朝の比ではないほどにお客様が押し寄せる。それはとてもありがたいことなのだけど、店内で二十人と外のテラス席で十人分。そのずべての席が埋まる勢いでお客様が入るものだから、本当に眼が回りそうだよ。


 こういうのを、嬉しい悲鳴って言うのかも。


「皆さんがいつも来てくださってるおかげですね! いつもありがとうございます」


 おじさんからお金を受け取ると、私は間違いがないようにしっかり確認してお釣りをおじさんへと渡す。


「ここの飯はうまいからな。それにメリルちゃん可愛いから、メリルちゃん目当てのヤローどもが多いのも間違いねーなっ! わははっ!」


 なんて、体格のいい道具屋さんのおじさんが豪快に笑うと、ちょっと迫力がある。


「またまた~。褒めても何も出ませんよ?」


「おじさんお世辞は苦手だから。じゃあ、今度は女房も連れてくるからよっ」


「はいっ! お待ちしてます。ありがとうございました!」


 私がしっかり頭を下げると、道具屋さんのおじさんはやはり機嫌よさそうに帰っていく。


「ねーちゃんっ。注文いい?」


「はーいっ。ただいまお伺いしますっ!」


 呼ばれてすぐさま注文を伺いに動こうとすると、奥からジェナスさんも現れる。


「五番テーブル上がったよー」


「はいっ!」


 私はカウンターに置かれた料理を持ち、すぐさま運ぶとお客様の待つテーブルに体を向ける。


 ああ、本当に大忙しだよー!


 お客様の注文を聞き終わると、私は急いでジェナスさんに新しい注文を伝えに行く。


「八番テーブルのお客様からご注文はいりましたー」


「はーい。伝表置いといて~」


 厨房から返事が聞こえたのをしっかり確認して、私は空いた席へと急いで片付けに走る。


 大きなトレイに空っぽのお皿を乗せて、綺麗なダスターでテーブルに汚れを残さないように拭き、イスを綺麗に並べてカウンターの裏にある水を張ったシンクへと洗物をつけて、次の呼び出しがあるまでは、シンクにたまった食器類を手早く洗っていく。






 そろそろ昼のピークも終わろうとしていたころ。


 全部の料理を出し終わり、のんびりとカウンターでジェナスさんと仲良く洗い物をしていれば、室内に綺麗なベルの音が鳴り響き、私とジェナスさんは自然と接客スマイルで音のほうへと顔を向けた。


「いらっしゃいませ~」


 私がそう言って笑えば、珍しく一泊遅れるようにジェナスさんが口を開く。


「空いてる席にどうぞ」


 まあ、ジェナスさんが一泊遅れたのは仕方ないかもしれない。


 何しろ入ってきたのは、重そうな甲冑を着た男性だったのだから、まだ記憶にも新しいベルモットさんのこともあって、ジェナスさんとしてはちょっと複雑な気分なのかも。


「申し訳ない。私は食事に来たのではありません」


 そう言って、甲冑を着た男性が本当に申し訳なさそうな顔を見せるものだから、私とジェナスさんはお互いに顔を見合わせてしまった。


 それにしても、なんて立派な甲冑だろう。


 白銀の嫌味ではない光沢はとても高級感があり、彼の動きにあわせて滑らかに動く間接部分は、金属とは違う不思議な音を響かせている。


 あれは多分、ドラゴンのウロコが使われた一級品だ。


 素人でも一目で分かる細やかな職人技が光る一品で、そんな甲冑を着ている人物なら、相当地位のある人物だと簡単に分かる。


 それに彼の背に流れる細かな金の刺繍が見える白いマントも、本当に上質な生地で出来ているようで、汚れのない純白は間違っても触りたいとは思えない。あれだけ綺麗だと、汚したら私的に本気で一大事だよ。


 しかも、腰に下げてる剣。あれは私でも知ってる。


 お父さんが昔教えてくれたものと同じ、獅子をモチーフにした嫌味ではない、繊細かつ力強い鞘の細工が、まさに芸術と言える。


 王宮騎士団の団長だけが持つことを許された特別な剣。


 つまり、この人……と、男の人へ顔を向けた私は、あらためて彼と視線を合わせたとたんに、自分の心臓が大きく跳ねるのを感じた。


 印象的な鋭い切れ長の眼。


 敵を前にすればきっとどんな刃物よりよく切れそうに研ぎ澄まされていそうなのに、今はなんだか申し訳なさそうにしているせいか、ほんのりと柔らかい感じで、そのギャップがちょっと可愛い。なんて思ってしまった。


 それに、綺麗な赤い瞳は、まるで血のようにも炎のようにも見える。なんて情熱的な色だろうか。


 すっと鼻筋が通り高さもかなりあるおかげで、ますます凛々しい顔つきに見えるし、形のよい唇は厚くもなく薄くもなくなんて丁度いい大きさだろう。


 太陽の光りで染めたような金色の髪も、首と耳をしっかり出して、軽く長さがあるだろう前髪をゆるい感じで後ろに流しているのが、また彼によく似合う。


 背が高く、決して黒くない健康的な肌艶が、また男性特有の『男らしさ』を感じさせる。


 無骨で厳ついのではなく、凛々しく逞しい感じで、とても爽やかで、まさに王子様と表現してもいいほどのカッコよさだ。


 きっとその見た目のカッコよさは顔だけではなく、甲冑の下には鍛え上げられた美しい筋肉が存在するはず――って、どこまで想像してるのよ私ってば。


(確かに、すごくカッコイイ人だけど、そうじゃないでしょっ)


 私は自分の考えに軽く咳払いをすると、誤魔化すように男性に顔を向け笑ってみせる。


「それじゃ、この間の続きですか?」


 私はそう言って表面上を笑顔で取り繕ってはいるが、内心かなりうんざりとした気分になってしまうのは仕方ないことだった。


 だってこの間のベルモットさんの尋問を思い出すと、腹立たしい気分までぶり返しそうなのを必死で抑えているのだ。


(そうよ。いくら相手が王子様と見紛うばかりのカッコイイ人だからって、彼は騎士団の人なんだから、きっと何かあるに違いないわよ)


 私がそう思うのも、これまた仕方ないでしょ?


 ところが、男性は少々警戒気味――見た目は笑顔――の私を見て、一瞬驚いたように両目を開いたと思えば、慌てて背筋を伸ばし首を横に振る。


「とんでもないっ。先日は私の部下が大変失礼をいたしました。そうでなくとも女性に対しての非礼は騎士として恥ずべき行為です。どうぞ、お許しください」


 そう言うと、彼は胸に右手を当て深々と頭を下げてみせる。


 その仕草のなんと優雅なことか……思わず見惚れてしまいそうになるのを慌てて律し、私は首を横に振って見せた。


「あ。いえっ。気にしてませんからっ。頭を上げてくださいっ」


 まさかそんなふうに謝ってくれると思わなかったから、頭を下げられた私のほうが焦ってしまう。だって、身分でいえば騎士団に所属している彼のほうがずっと上なのんだもの。


 偉そうにしていてもおかしいことはないのに、私のようなただのウエイトレスにまで頭を下げてくれる紳士的な彼に、私はますます好感が持てる。


 でもいつまでも申し訳なさそうに頭を下げていた彼に、私が慌てて大丈夫だといえば、彼もやっと頭を上げてくれて、優しげに微笑んで見せたのだ。


 その微笑がまた、カッコいいのなんのっ!


 世の中にはサンドラやベルさんのように綺麗だったり愛らしい美人というのが存在する上に、彼のようにカッコよすぎる人までいるんだもの。


 神様の人間を作るときの基準を、小一時間ほど問い詰めてみたい気分にさせられるわよね。


「申し遅れましたが、私は王宮騎士団の団長を務めております。ブリトニア=モールウルロース=デイドリンです。仲間内からはトニーと呼ばれていますので、どうぞお好きに呼んでください」


 そう言うと、ブリトニアさんは懐っこそうな笑みを見せてくて、またも彼の見せるギャップにクラリと眩暈のようなものを覚えた。


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