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訪問者は突然に


「でも、ベルさんはどうして私がお母さんの子供だって分かったんですか?」


 お茶を一口流し込み、落ち着いてくれば次に気になったのがそれだ。


 確かに目の色や髪の色だったり、私の両親を知ってる人なら、私が似てるとは思うかもしれないけど、だからって私がベルさんの友達の子供だって簡単に分かるものでもないと思うんだけど。


「なぜ分かったかですか?」


 ベルさんはそう呟いてから、お皿からクッキーを一枚取ると一口かじり、サクッと良い音をさせる。その良い音に、クッキーはきっと美味しく焼けているんだろうことをうかがわせた。


 そんな美味しそうなクッキーを堪能しつつ、ベルさんが言葉を続ける。


「前に、といってもあなたは赤ん坊でしたから覚えていないでしょうけど、何度か会ったことがあるんですよ? 一緒にお風呂に入ったり、オムツも取り替えてあげましたし、懐かしいですね。私の大事なお守りを飲み込んでしまったときは、どうしようかと焦ったものです」


「そうなんですか。えっと、その節はお世話になりました」


「いえいえ」


「って、それは答えになってません」


 思わずお礼を言ってから、私の疑問に答えてないベルさんに突っ込みを入れてしまった。


 だって過去に会ってると言っても赤ん坊のときでしょ?


 ベルさん本人も言ってるとおり、私は当然覚えてないし、いくらなんでも赤ん坊だった私と今の私が同一人物だって分かるものなのかやっぱり疑問だ。


 そう思って私が頭を横に倒して見せると、ベルさんは小さく「くすっ」と笑う。


「それほど不思議なことでもないんですけどね。私たちエルフって見た目だけで生き物を判断してないんですよ。個を特定するのに見た目だけじゃ不安でしょ? エルフについては、あまりマリリアから聞かなかったんですね。あ、クッキーも食べてくださいね」


 そう言って笑うベルさんに、私は遠慮なくクッキーに手を伸ばしていただいておいた。


 手に取ったバタークッキーを一口かめば、歯触りのいいサクッとした食感が、甘く香ばしいクッキーをよりいっそう美味しくしていた。


 城のシェフってやっぱりすごいんだろうなぁ。クッキーひとつ取ってもこの美味しさだもん。


「母からは、お城で仕事をしてるエルフの友人が居る。くらいしか聞いたことありませんでした」


 実際に、母は親友のエルフがお城で仕事をしていて、すごい魔導師だとしか教えてはくれなかったし。


「まあ、エルフの特性やら特徴を知ってるからと言って、特別何かいいことがあるわけでもないですからね。私たちエルフの多くは、人間よりも様々な感覚が鋭いんです」


「そうなんですか。エルフ族は人間よりも魔力が高いとか、長生きだとかは聞いたことありますけど」


「一般的な知識ですね。私たちが個を特定するときは、大体の場合、相手の魔力の質や個人の持つ匂いなどで区別します。次に声や顔や色ですね」


 ベルさんはそう言うと、両目を細めて笑って見せる。


「なるほど。あ、でも。なんで私があの部屋に居るのが分かったんですか? ここからだとだいぶ距離があるみたいに思うんですけど」


 私ははむはむとクッキーを食べながら、ベルさんに首を傾げてみせる。


 私をお母さんの子供だと分かった理由はそれなりに納得できるけど、騎士団の建物に私が居ることを知るはずないベルさんが、なんで私があの建物に居たのが分かったのか。それもちょっと気になっていたのだ。


「それはメリル。魔術にかかわる者なら分かるでしょう?」


 私の次の疑問に、ベルさんは胡散臭い顔で笑ってみせる。


 やっぱり、この人どうしてか胡散臭い部分があるように感じるんだよなぁ。


 でもベルさんの言葉には、確かに私も思い当たることがある。


「私の魔力ですか」


 私が確信をもってそう答えれば、ベルさんは満足そうにうなづいて見せた。


「正解です。魔力は常に冷静に制御しなくてはいけないものです。己の感情が高ぶると、体から感情と同じように溢れてしまうものなんですよね。メリルが怒って爆発寸前なのが分かったので、慌てて騎士団の休憩所まで足を運んだわけです」


 ベルさんの言葉で、私はふと母の言葉を思い出した。


 母曰く、『魔力とは全ての生き物が持ち、一つとして同じ色・質は存在しない』と、言うことを散々覚えるまで聞かされた。


 感情や体調によっても魔力の量が変わったりするし。って、そうだ。ちゃんと教わってるはずなのに、私ってばうっかりしてたわ。


「な、なんか。申し訳ありません」


「いいのですよ。マリリアも昔、よくキレて様々なものを壊しましたからね」


(お、お母さーーんっ!?)


 私は「あはは」と何とか笑ってみせるけど、笑ってごまかすの方が近かったかもしれない。


「ですが、騎士団の無礼な行いを許してあげてくださいね。普段ならこの国で暮らす人に、突然尋問なんて乱暴なことをするような子たちではないのですよ」


 ベルさんは困ったような顔で笑うと、先ほどのベルモットさんたちの態度について軽く頭を下げてくれたけど、別にベルさんが悪いわけじゃないのに。


「あの、気にしてないですし、大丈夫ですから」


「そう言ってもらえてよかった。一先ず、彼らも敬愛する英雄のご令嬢を怒らせずにすんで安心するでしょう」


「あははは……でも普段は違うなら、やっぱり昨日捕まえた盗賊――じゃなくて、暗殺者でしたっけ? そんな彼らをやっつけたせいで……」


 いや、でもただの人間の暗殺者を倒しただけで怪しまれるって、それもなんだか理不尽な気がするんだけど。


 確かに常識的な考え方をすれば、女の子が男の人を簡単にやっつけるには、多少無理があるのかもしれないけど、別に絶対できないわけじゃないと思うし。


 それに世の中には、人間の暗殺者ではどうがんばっても太刀打ちできないような怪物が、それこそいっぱい居るんだから。


 たとえば闇の眷属とか悪魔なんて、魔法も使えない人間が対峙したら、間違いなくなぶり殺しか玩具にされるのがオチだもの。人間の常識が通じる相手ならまだ……。


 でも待って、ちょっと待って私。この考え方からして常識から外れてない?


 もともと、ベルモットさんたちには『怪しい』と思われてたから、呼び出しと尋問のコンボを食らったわけでしょ?


 もしかして、私もぶっ飛んだ両親と同じく、ちょっとズレてるんじゃなかろうか?


(え? もうなにがなんだか。えっと? 常識? 常識ってなんだっけ?)


 なんて、自分の持つ常識がやっぱりズレてる気がしてならない私が、常識について考えていれば、ベルさんがふっと口を開いた。


「実際、彼らが少々ピリピリしているのも仕方ないことなんですけどね。何しろサンドラの結婚が決まり、バルドバイドの王子もこの城にいるんですから、何かあってはまた戦争の蒸し返しになりかねません」


「サンドラ? って、アレクサンドリア様ですよね? でも両国とも納得しての婚約じゃないんですか? 何かって、何があるって言うんですか?」


 それぞれの国民の中に不満を持つ人が居ないわけじゃない。だけど、どちらの国でも共通するのは、平和とそれを長く継続していきたいという願い。


 それだけは、お互いに思ってることのはずなのに、何かあるって、どういう意味だろう。


「もちろん、両国とも同意の上です。そして長い平和の維持は、私たち今を生きるもの全ての義務でもあるでしょう。ですが、この平和を望まない者も確かに居ます。悲しいことですが」


 ベルさんは溜息混じりに難しい顔を見せる。その理由が私でも分かってしまうから、なんだか複雑な気分になってしまうけど。


 多くの人が平和を望む一方で、戦争を望む人たちが少なからず居ること。


 騎士団がピリピリしている理由もそこにあるんだと、ベルさんは言いたいんだと思う。


「つまり、暗殺者が町に現れたっていうこと自体が、騎士団にとっても見過ごせない出来事だったということなんですね」


 いまだ不安定な情勢に、戦争の火種ならマッチの火一本で事足りてしまう。


「それもあるのですが、実はですね。メリルが捕まえた黒ずくめの男たちですが、彼らはサンドラの婚約が決まってすぐに、この城に侵入してきた輩と同じ一団のようなのです」


「へぇ。それは物騒――って、えぇっ!? そ、そんな大事な情報を私に話しちゃっていいんですかっ!」


 城に不法侵入者が居たなんて、普通一般人に言っちゃダメなことだと思う。


 それなのに、ベルさんはなんの戸惑いもなくペロッと話してしまって、こっちの方が驚きだ。


「ふふっ。だって、話してしまえば、メリルも気になってしまうでしょう?」


 ベルさんは悪びれもせずに、綺麗な笑顔でそう言った。


「それは、確かに気になりますけど……」


 私がそう返せば、ベルさんはいくぶん満足そうに頷いてみせる。


 私に話を聞かせて、一体ベルさんは何をしたいんだろう。


「怪しい人を見かけたら、ぜひお城まで報告してくださいね」


 ベルさんはそう言うと、紅茶のカップに口をつける。


 一応私も「はい」と返事をして、紅茶のカップに口をつけようと、カップを持ち上げた。


 もう胡散臭さもここまで来ると確信に近いものを感じる。


 ベルさんは何か企んでる。それが何かまでは分からないけど。


 ベルさんの胡散臭さと怪しさに少々嫌な予感を覚える私だったけど、わけの分からない予感に警戒するのもバカらしくて、私はすぐに、おいしい紅茶とクッキーのコンビはやっぱり最強だなぁ。と、意識をティーセットに移した。


 そして、しばらくお茶とクッキーを堪能していれば、『コンコン』という軽いノック音が聞こえて、私とベルさんは一瞬動きが止まる。


 私が部屋の入り口へと顔を向けると、ベルさんは持っていたカップを置き、イスからすっと立ち上がりドアへと足を向けた。


「はい。今開けますよ」


 ベルさんはそう一声発してドアを開ける。


 私の位置からでは見えないけど、ベルさんが開けたドアの向こうに居る人物に、ベルさんは笑みを見せているようだった。


「いらっしゃい。どうぞ入ってください」


 ベルさんはそう言うと、ドアを大きく開けて、訪問者を快く招き入れる。


 そしてゆっくりと部屋に入って来た訪問者は、私を見つめると部屋に入ってから二・三歩行ったところで足を止めた。


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