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大体のエルフは年齢不詳


「レジェナリシア様……イジメるなど、心外です。私はただ――」


 言いかけたベルモットさんは、レジェナリシア様と呼ばれた人が、静かに手のひらを見せることで口を閉じるしかなくなった。


 レジェナリシア様と呼ばれた人は、白に青い刺繍をされたローブをまとっていて、見た目で言えば魔導師だとすぐに分かる姿をしている。


 肌は透き通るように白く、線の細い印象を受けるとんでもない美男子で、つり目がちの目はアメジストのように鮮やかな紫色をしており、上質な絹糸のように、腰まで伸びた長い癖のない髪は水色がかった銀髪だ。


 人では持ち得ない独特の色を持つ男性。目立つのはその見た目の美しさや、独特の色だけじゃない。一番の特徴であるとがった耳。あれを見れば一目瞭然と言える。


 このスフィアーク王国内の、しかも王宮に勤める魔導師といえば、ベルファデラン=アースモール=レジェナリシアという、齢二百を超えるエルフ族の人だ。見た目はどうやっても二十代の男性にしか見えないけど。


 スフィアークの英雄の一人に数えられ、何を隠そう我が母の大親友でもある。


 といっても、きっとレジェナリシア様は私が母の子であることも知らないだろけど。


 なんと言うか、私の気持ちが落ち着いてくれば、ここで自分の秘密がバレるのは非常によろしくない。と思いなおす。


 そうだよねぇ。いくら頭にキタからと言って、自分の秘密を簡単にバラすのはやっぱりダメよ。折角の二年間が水の泡になるじゃない。


 それに家出同然で飛び出しているんだから、もしかすれば、家に連れ戻されるかもしれない可能性だって残ってる。そう思うと、私はおとなしくイスに腰を下ろすしかなかった。


 誰にも知られないようにと思って、お城関係で仕事をする人には、絶対に自分のファミリーネームは名乗らずにきたんだから。


(そうよ私。落ち着かないと……)


 私はふうっと小さく息を吐き出した。


 そしてあらためて、レジェナリシア様へと顔を向けた。


 顔は穏やかなのに、その口調ははっきりとしていて。


「君たちね。大の男が三人も、こんな狭い室内で女の子に尋問しているのは、イジメではないのですかね?」


 そう言い聞かせるように言葉をつむぐレジェナリシア様に、一瞬口ごもるベルモットさんだが。


「そうは言いましても、彼女は怪しすぎます。この細腕ひとつで、木の棒を使いプロの暗殺者を二人も同時に相手をして、無傷で捕まえたというのですよ? そんな話し信じられるはずがありません」


 確かに。ベルモットさんの言うことも、もっともだと言えた。


 常識的に考えれば、普通の女の子が男二人と戦って無傷はおかしいのかもしれない。しかも相手はプロだ。そうプロの殺しや――。


 え? ていうか、暗殺者? あの二人組が? ええっ!?


 思いもしない言葉が飛び出して、私は弾かれたようにベルモットさんを見つめた。


 いやいやいや、私はてっきり泥棒だと思ってたよ? え? 暗殺者って、嘘でしょ?


 あんなに弱かったのに……。


 内心別方向に驚いている私をよそに、レジェナリシア様は「ふむ」と考えるような仕草の後、にこやかに口を開くと。


「そうですか? 私の親友は木の棒でオークの群れを退治しましたよ?」


 そう言って、我が母の伝説のひとつを楽しげに話した。


 いや、自分の母親のことではあるんだけど、人外指定されてもいいレベルの人を引き合いに出されても、私が微妙な気分になるんだけど。


 なんて、私がお母さんの事を思い出していれば。


「ディランサム様は別格です」


 そう言って反論するベルモットさんだが。


「ディランサム夫人のほうですけどね」


 笑顔で楽しげに答えるレジェナリシア様に、私は冷や汗が後から後から背中や頬を伝う。


 さすがは伝説級といえばそれまでだけど、魔導師であるはずの母も、父ほどではないが、そこそこ剣の腕には覚えのある人だったから、ベルモットさんが「ぐっ」と口を閉じてしまうのも仕方ない。


 たぶん、父のことだと思ったんだろうなぁ。でも残念なことに、オークの群れを木の棒で退治したのは母のほうだ。本当にうちの両親は規格がおかしい。


 いや、両親だけじゃなく、『スフィアークの英雄』である十人がおかしいんだ。うん。


 規格外の英雄は別にしても、魔導師といえば剣の扱いは苦手だと思われるものだし、実際に魔法も剣も得意という人はあまりいないのが普通じゃないだろうか。


 だからベルモットさんが驚くのもうなづけるし、国で一番有名な英雄の一人に数えられる母だからこそ、普通に考えてありえないことをやったとしても、信じてもらえるのだと思う。


「ですが、それは夫人が特別な方だというだけで――」


 それでも、ベルモットさんは負けじと反論を試みるが。


「ふむ。あまり彼女が目立ちたくないようなので、黙っていようとは思ったのですが。ベルモット君、彼女を怒らせて困るのは、君と騎士団のほうなんですけどね」


 レジェナリシア様はそう言うと、綺麗な笑みをさらに楽しそうに深める。


(あれ? なんか、バレてる? レジェナリシア様は、まさか私のこと気がついてるの?)


 私の心臓はうるさく騒ぎ、体中から何かわからない冷たい汗が吹き出して止まらない。


「それはどういう意味ですか?」


 ベルモットさんが眉間にしわを作りつつ、訝しげな顔を見せるのは当たり前だよね。


 だって、私はどこからどう見ても普通の女の子だもの。むしろこのまま普通の女の子として、放って置いてくれないだろうか。


 なんて、私の心中の願いは、レジェナリシア様の言葉で簡単に打ち砕かれてしまう。


「ですから、彼女はディランサム家のご令嬢だと言ってるんです」


(うわぁぁっ!? なぜかバレてたーっ!!)


「はぁっ!?」


 ベルモットさんの声が裏返るのも、まあ仕方ないの……かな?


 ベルモットさん以外の騎士団メンバー二人も、「えぇーーっ!」なんて、驚いた声を上げているんだから、きっと予想外もいいところだったんだろうね。


 だけど、こっちとしてはたまったものじゃない。


 いまだ『スフィアークの英雄』たちの名前は、憧れやら畏怖やら尊敬やらと、人々への影響は絶大で、まだまだ風化するには時間がかかるだろうといわれている。


 だって、二十年前だもの、戦争の記憶が残っている人のほうが多い。


 ジェナスさんにフルネームを教えた時だって、すごく驚かれたのは記憶に新しい。


 室内の視線が全部私に向かっているのが嫌でも分かる。肌にチクチク突き刺さるよー。


「はい。というわけで、尋問はここまで。彼女のことは私が保証してあげますから、もう解放してあげましょうね」


 そう言うと、レジェナリシア様は私の腕を持ち、「あわわ」と挙動不審気味な私を立たせると、私をぐいぐいと引っ張って石レンガの建物から立ち去った。


 去ったと言うより、私が連れ出されたの間違いよね。


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