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序章

 私の思い出せる両親との最初の思い出は、私がだいぶ幼いときまで遡る。


 その体験は絶大なインパクトと恐怖を誇り、誰が経験してもたぶん死ぬまで忘れないこと請け合いだ。


 私の両親いわく、『お茶目な修行』の一環で、凶暴なドラゴンの棲む洞窟に放り出され、危うくドラゴンのおやつになりかけたのだから、そりゃ人生最大の九死体験として私の脳内に刷り込まれたのは言うまでもない。


 ちなみに『世界でもっとも強い生物番付』で、ドラゴン種は軒並み不動の上位をキープしている。生物カテゴリの中では最強というのがドラゴン種だ。


 そんな強く賢いドラゴン種の中でも、わりと馬鹿で凶暴なのが『レッドドラゴン』と呼ばれる種類で、彼らは翼を持たないかわりに、溶岩石並みの硬い鱗が全身を覆うっている。


 普通の鉄剣では鱗にはじかれて傷ひとつ付けられやしない。


 そして彼らの特徴のひとつとして上げられるのが、燃えるような赤い身体だ。


 その色が示すように、彼らは高温の炎を口から吐き出すのだが、またそれが炎の中位魔法――溶岩と同等レベルの高温――と同じだけ威力があるものだから、消し炭になりたくないのなら、用もないのに彼らの巣に足を踏み入れてはいけない。


 ちなみに、レッドドラゴンは自分の棲家に不法侵入されると怒り出す。


 つまり、私はそんなドラゴンが棲む洞窟の奥に放り出されたのだから、怒ったドラゴンに追い回されたのは言うまでもないだろう。レッドドラゴンは話の通じる種類ではないし。


 当時の私は巨人よりも大きな巨体に追い掛け回されて、とにかく死に物狂いで洞窟を走りぬけ、やっとの思いで巨大なドラゴンから逃げ出したのだ。


 今思えば、よく生き延びたものだと自分で感心してしまう。


 そんなわけで、幼い娘をドラゴンの巣に放り出すのことを『お茶目』と言い張りたいなら、それでもいい。ただ、私の両親が良くも悪くもぶっ飛んだ性格をしているのは、これで嫌でも伝わるはずだ。


 とにかく、私の両親のぶっ飛び具合は半端なくて、面白半分で私に剣と魔法を叩き込んだわりに妥協しない性格だったから、私の幼少期はとことん汗臭い思い出しかない。


 気が付けば、私は学校に行ったこともなければ、同年代の友人もいないし、生まれてこの方、女の子が着るような可愛い洋服もアクセサリーも身につけたことはなく、お化粧だってしたことはない。


 女の子として、それらしい格好をしたいと思うのは、いたって普通だと私は思うのよ。






「メリル。あなたも十六歳だものね。だから今回の誕生日は、お父さんと相談して特別なものをプレゼントすることにしたのよ」


 そう言ったのは、動きに合わせてセミロングの見事な金髪が揺れる母。毛先が外側にバランスよく跳ねているのは、セットではなく自前の癖毛のせいだ。


 十六歳の娘がいるとは思えないほど若々しく、私の隣に並べば姉妹と間違える人もいるほどで、猫のような大きい目に、ワインを思わせる赤い瞳が特徴的と言える。


 私の実家はスフィアーク王国の端っこにある『精霊の森』の奥にあり、母と父、そして私の三人で暮らしていた。


 ヒノキやモミといった背の高い針葉樹の多い森で、森の中心辺りに大きな湖があり、その湖のほとりに私の家はあった。


 家の三階の窓からは、大きな湖がよく見渡せたのを覚えてる。


 ちょっとだけ落ち込んだように傾く家の外観。外壁の木目は継ぎはぎだらけで古臭さを感じさせるくせに、よく見れば、家自体がそれほど古いものではないと分かるのだ。


 見た目はかなり怪しく見えるけど、私はその怪しさもわりと嫌いじゃないし、三階建ての木造建築は、継ぎはぎさえどこか温かみを感じる良い家だと思う。


 屋根は母お気に入りの赤い色で染められていて、怪しさの中にもどこか可愛らしい雰囲気を持っていた。


 まあ、私の目から見ての話だけど。


 二階部分から若干左に傾いている我が家は、外から見れば倒れそうでも、実は巨人が体当たりしたって

壊せない丈夫さを誇る。さすが魔女の家と言ったところかもしれない。


「特別なもの?」


 母の言葉を聞き返す私に、母はうなずいて。


「そうっ。きっとメリルにも喜んでもらえるはずよっ!」


 なんて満面の笑みを見せるが、生まれてこの方、彼女が『私の喜ぶ物』をプレゼントしてくれたためしがない。まあ、それは父にも言えることなんだけど。


 一階のリビング。というには、わりとごちゃごちゃと物が置いてある部屋で、木目を有効に使った大きな丸いテーブルを挟んで、私と母は見詰め合う形で座っている。


 散らかっているわけではないのだけど、父や母の愛用品やら、私の勉強道具やら、必要なものだけが置いてあるはずのリビングは、すでにリビングというよりも家族の物置状態といえた。


 そんなリビングで母を見つめていた私に、突然、今はここに居なかったはずの父が、私の隣から話しかけてきた。


「そう。お前のために用意したよ」


 そう言って父は、一振りの剣を私に差し出すのだ。


 鮮やかなアクアマリン色の瞳を優しげに細める父は、本当に嬉しそうな顔をしている。


 元騎士をしていた父は、母と違ってそこまで若々しくは見えないが、剣を振り回していた人。という無骨で厳しい印象はどこにもない。


 確かに背が高く、鍛えられた筋肉質な体格をしている人だったけど、切れ長の涼しげな瞳は、ごつごつしたイメージではなくて、爽やかな印象を与える人だ。


 それにしても、唐突に父が現れたなぁ。なんて私は特に驚きもせず思ったけど、父の言葉を淡々と聞きながらうんざりした気持ちでいたのは確かだった。


 だって、これは十六歳のときに、私が実際に体験したことなんだから、うんざりした気持ちにもなると思う。結構ショックだったんだから。


 そう。これは結構前の話で、今の私は一人暮らし。父も母も現在私の暮らす部屋には居ない。と、やっと自覚する。


(ああ、これは夢だ)


 そう思った瞬間、世界はぐにゃりと歪んで暗転。私は「はっ」と両目を見開いた。






 見慣れた木目の美しい白い天井。


 左側に顔を向ければ、淡い黄緑色のカーテンからうっすらとした明かりが、ぼんやりと室内を明るくし始めたばかりで、まだ早朝と言える時間だと分かる。


 私は小さく息を吐き出すと、ゆっくりと体を起こした。


 見慣れた衣装ケース。一人用の足の長い丸テーブルとおそろいの一人用のイス。サイドテーブルにある水差しも、昨日入れたままの状態で置いてあった。


 お気に入りの桜色のシーツとベッドは、この二年間、部屋で私を優しく包み込む相棒として今日も役目を果たしてくれている。


 ああ、いつもの部屋だ。そう思うとほっとしたけど、それと同時に、少しだけ両親のことを思い、切なさに似た感情も覚えて、ふっとドレッサーの鏡に顔を向けてみた。


 鏡には十八歳になった私が、父譲りのアクアマリン色の瞳を一生懸命に開きながら、眠そうな顔で映っている。


 今さらだけど、鏡に映る私の髪はだいぶ伸びたなと思う。


 子供の時に出来なかったことの反動で髪を伸ばしはじめたら、お母さん譲りの金髪癖毛は見事に腰まで伸びていた。


 こうしてあらためて自分の顔を見てみると、そこかしこに両親の面影が潜んでいるなぁ。と思う。


 ぶっ飛んだお茶目と一般的感覚のない無茶振りを娘に笑顔で押し付ける両親だけど、いざ離れてみると、まあ、少しは寂しく感じるときもある。両親は嫌いじゃないし。


 嫌いじゃないけど、やっぱりあの常識外れはどうしても納得できないのだ。仕方ない。


 だって、どこの世界に十六歳と言う多感なお年頃の一人娘に、しかも誕生日のプレゼントに『特注の魔法剣』を差し出すというのか。


 もちろん私の両親と、ほか家庭環境の違いは別にして、一般的には娘が将来『騎士』や『魔導師』や

『魔剣士』になりたいと言ったのなら話は別だけど、普通に暮らしているごく普通の女の子なら、可愛い服のひとつでも送ってもらいたいと思うだろう。


「それにしても、お母さんたちの夢を見たの久々かも」


 私はそう独り言をつぶやいて、天井に両腕を突き出し背筋をぐっと伸ばした。


(私が家を飛び出してもう二年になるんだから、そりゃ両親のことだってたまには思い出すよね? ホームシックとか? いや、まあ、それは無いか)


 私は自分の考えに慌てて首をふり、気を取り直してベッドから起き出すと、今日の準備をするためにバスルームに向かった。


はじめまして。


少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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