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マヨイマヨイガ  作者: 日向夏
本編
6/34

ひとつ、ふたつ、ななつ 前編

 「仕事を手伝え」と、朔也は言った。

 しかし、彼が遊子のクラスに転入してから一週間、特にこれといった指示はない。


朔也は朔也で、気が向いたときに授業にでて、いつのまにか帰っていることが多い。ただ、教室にいる間は、遊子のそばにいて他愛もない話をするのである。周りの視線が集まるのは言うまでもない。

しかも、遠巻きに見るばかりで近づこうともしない。理由は家柄にあるのだろう。東の十華族である遊子はともかく、他はそれほど古い家柄はいない。いるとすれば、西ヶ原という生徒が、西の華族だが、西と東はそれほど馴れ合っているものではない。自ら話しかけることはないだろう。


というわけで、元々孤立気味の遊子は、さらにクラスから浮いた存在になってしまった。


 そうなると、時々、悔しそうに遊子をにらんでくるマユたちのグループすら愛おしくなるのが不思議だ。いつのまにか、沢渡は完全に別のグループに移動しており、体の良い標的を失った彼女らはつまらなそう顔をしたまま毎日を過ごしている。


 今日は、まだ朔也が学校に来ていないので、一人で第一理科室へと向かう。その途中、遊子は窓の外を見る。ビルの並んでいる反対側を見れば、まだまだ緑が多い。その中に赤塗の鳥居がある。ここからでは見えないが他にも数か所、それらしき社があったはずだ。


(そういう場所なのかな)


 霊的に特別な場所。遊子としては、『霊』という言葉にはあまりしっくりこないが、わかりやすくいえばそうだろう。

 

 遊子は、廊下の角に飾られた活花を見る。ごく自然に配置されたそれには、招霊木オガタマや若松が随所に使われている。古来より神事に使われる植物だ。


 特別な場所で監視されながら飼育されている遺伝子提供者たち。時に、競走馬の如く掛け合わせを企まれていることさえある。そんなことをこの学校の生徒の何人が知っているだろうか。もちろん、それを差し引いても十分恵まれ過ぎた環境だが。


 遊子がようやく目的地に到着すると、実験室はまだ休み時間の雰囲気を醸していた。


遊子は、教室の席通りに座ろうとしたが、遊子の席は同じ班の女子生徒が座っていた。かわりに遊子はその生徒の席に座ろうとするが、その席には別のものが座っていた。


「遅かったね」


 HRもでていなかった白磁の美少年は、当たり前のごとく他人の席に座っている。なるほど、遊子の席がないのはそういう理由だったか。


 「ごめんなさい」と、目で訴えかけるのは遊子の席に座っている生徒である。遊子を遠巻きに見ているが、朔也よりもまだ気軽な存在には見られているらしい。


「ちょっと席を借りていたんだ」

「そうですか」


 遊子は仕方なく、朔也の席に座る。

 

化学の時間は、六人一班で実験することが多く、遊子は席順からして朔也と同じ班だ。


「今日は面白いものが見れるよ」


 朔也がにやりと笑い、準備室のほうを指さす。なんだかまだ騒がしいと思ったら、女子生徒たちが誰かを取り囲んでいた。


「なんでしょう?」

「なんだろうね」


よく見ると、その中心に頭が二つ飛び出している。どうにも見覚えのある面々である。


「これも朔也さまの差し金ですか?」


 さして感慨なさげに遊子が聞いた。周りには聞こえぬように小さな声を心掛ける。


「ちょっとしたサプライズだと思ったんだけど、駄目かな?」


 朔也は可愛らしく上目使いで見る。残念ながら、遊子には少年を愛でる趣味はないので効力はない。


「本人たちは迷惑じゃないでしょうか」


(主に、片方が)


 白衣を着た青年たち、鈴城と総一郎は『教育実習生』の名札をつけていた。総一郎にいたっては、眼鏡までかけていた。


 沸点寸前の三白眼男は、遊子と目が合うと、わざとらしくそらした。


 実に嫌われたものだと、遊子は化学のノートを開いた。






 放課後、遊子は朔也に連れて行かれ、芸術棟の一室に案内された。そこにはすでに、見慣れた人間たちが集まっている。


「随分ともてていたね。僕は遠巻きにされているっていうのにさ」

「滅相もありません、僕には朔也さまがいればよいことですから」


 歯が浮くようなセリフを考えるまでもなく口にするのは鈴城である。百八十五の長身と端正な顔立ち、それから気安い口調を合わせれば、年上に憧れる女子高生がざわめき立つのも無理ではない。しかし、美少年を目の前に言うのであれば、あらぬ誤解が生まれるのではないか、と遊子は思った。

 それにしても、妙に半端な敬語は、逆に相手に対して失礼でないかと思うが、それが鈴城なのだろう。咲耶も気にした風でないので問題はないみたいだ。


 同じく年上の男性である総一郎も、目つきが悪いことを除けば、スペックは悪くないので物静かなほうがいいという女子生徒もいる。かけている眼鏡に反応するフェティシズムを持った女子生徒もいた。


 おかげで授業中、女子生徒は盛り上がり、男子生徒は不機嫌になり、頭の後退した化学教諭は空気になった。


 ホームルームを終えてやってきたのは第三視聴覚室だった。ほとんど使われていない開かずの教室と言われているが、こうしてあいている。鍵を朔也が持っているということはそういうコネを使ったのだろう。


 いつのまにかセバスチャンがおり、どこからともかく持ってきたテーブルをセットし、香しい紅茶を入れていた。テーブルの上には、ノートパソコンらしきものも置いてある。

 内装も、なんだが朔也の屋敷のごとく作り変えられている。


「小柳はどうしていたの?」


 紅茶をすする朔也が小柳に聞いた。無口な巨躯の男は大きな胴着入れを担いでいる。


「体育」


 と、言った。失礼ながら、白衣よりジャージの方が似合うタイプだ。言葉よりボディランゲージで会話しそうなタイプだ。


「おまえに授業は無理だもんなあ」


 鈴城が笑いながらばしばしと叩く。熊のような男は首の裏をぽりぽりかいている。脳みそ筋肉と言われているのに、怒る様子はない。温厚な人なのだと、遊子は再確認する。


「無理」


 と、小柳は顔を赤くしている。遊子は彼を見るとやはり森のくまさんを思い出してしまう。


「それにしても、最近の子は大胆だねぇ。簡単に個人情報をあげちゃっていいのかな?」


 メモやノートの切れ端、単語帳に書かれたアドレスである。中には名刺もある。ちゃっかり沢渡の分も見つけた。

 授業中に携帯電話の持ち込みは禁止のため、こんな古風な方法をとったのだろう。


「おまえも俺の半分はもらってただろ?」


 肩を抱いてくる鈴城を面倒くさそうに振り払う総一郎。眼鏡はもうかけていないが、雑誌を見る目を細めている。

 

「いるならやる」


 ポケットからくしゃくしゃになった紙切れ数枚を鈴城のアドレスの上に置く。なにげに半ダース以上ある。


「あーあ、これだから。ねえ、遊子ちゃん、昔からこうなわけ?」


 鈴城が遊子に振ってくる。振られても困る。


「さあ、うちにはそれらしいのは連れてこなかったので。うちの父が心配していました」

「親父って遊子ちゃんの?」


 鈴城が不思議そうな顔をする。


「ええ。父に気に入られているんです。晩酌なんかもよく付き合わされてましたので」


 小学生の時から、と伝えると、


「わぁ、未成年がいけないんだー」


 茶化す鈴城、ノリが軽い大学生のようだ。たまに学区内で見かける学生がそんな感じだ。鈴城は、顔は二枚目だが、性格は三枚目だと遊子は思う。もしくは、うざい。


「うるさい」


 総一郎は椅子に座って、けだるそうに雑誌を読んでいる。表紙に赤いバイクが載っている。


(相変わらずバイクが好きだな)


 総一郎の母、遊子が月子さんと呼んでいる人物は、アクティブな人で女性ながらナナハンを乗りこなしていた。その影響からか、総一郎も年齢に達するとさっさと免許をとった。ミドルクラスに乗りたいと言っていた総一郎が、月子にのされていたなあ、と思い出す。


 遊子も月子に憧れて乗りたいと思っているが、きっと家族が許してくれないことが目に見えてわかる。


 そういえば朔也が静かだなと、遊子は思った。振り返ると朔也はノートパソコンにヘッドフォンをつけていた。なにを見ているのかとのぞいてみると、遊子に理解しがたい二次元の世界が広がっていた。いわゆる大きなおともだち向けのものである。


「遊子ちゃん」


 鈴城が慰めるような声で肩を叩く。


「誰しも残念な部分の一つや二つあるんだよ」

「ああ、なんとなくわかりました」


 遊子の青ざめた顔に気付いたのか、朔也はヘッドフォンをはずし、


「駄弁りは終わったの? おまいら」


 あくまで麗しき容姿の少年であるが、手に持った耳当てから鼻にかかる声が聞こえていた。


「人前では、やめてくださいね。ここだけですからね」


 小さな子どもを言い聞かせるように、鈴城が言った。


「そうかなあ? おまえも見たらはまるだろうに。甘く見て笑っていると、意外なほど作り込まれた設定と脚本に度肝を抜かれるよ」

「遠慮しときます」


 「僕は三次元がいいんです」と、鈴城は一歩後ろに下がった。


「そんなことより本題はないのでしょうか」


 いつも通り不機嫌な口調で総一郎が朔也に言った。

 少し失礼な言い方だが、朔也は気にした様子もなく、パソコン画面を皆に向けている。そこには先ほどまでの二次元画像はなく、かわりに奇妙に色分けされた画像が映し出された。その隣の窓には、ニュース記事らしきものが映し出されている。


「これ、どうだと思う?」


 朔也の言葉に、遊子は首を傾げる。総一郎たちは、嫌そうな顔をしていることから、その意味がわかるのだろう。


「なんていうか、範囲広すぎません? ここってやたら山林多いんですけど」

「仕方ないだろ。それでもやらなきゃ困るんだから」


 遊子には上手く理解できないが、「探す」という単語は、このニュース記事を見たらなんとなくわかる気がした。

 記事には、ここ最近、消息不明になった男の子の画像と消息を絶つ前に着ていた服装の特徴が並べられている。この付近でいなくなったらしい。


「まだ、五歳なのか」


 遊子は思わず口にしてしまった。

 朔也の言う仕事とは、この少年を探すことだろうか。


「誘拐の可能性は?」


 総一郎が画面をにらみながら朔也に聞いた。


「うん、誘拐の線も考えられたんだけど」


 朔也は指先をくるりと画面に近づけて操作する。いきなり映像が大きくなって遊子は驚いてしまう。正直、電化製品の類には疎い遊子は、パソコンをつけるのでさえどきどきしてしまうくらいだ。


「いなくなった場所がここだっていうんだよね。すごく妖しくない? ここで、待っていたそうなんだよ」


 カラフルな画像ともう一枚、どこかの地図らしきものを並べて見せたかと思うと、次に画像とさらにもう一枚取り出した写真を重ね合わせた。写真は、どこかの境内のようで、鳥居と社、それから神木らしき大きな木がある。

 色の青い部分を朔也は指さしている。


 遊子はわからないなりに話についていこうとし、画面をじっくりにらんだ。すると、ぞくりと気持ち悪い汗が一瞬で浮いてきた。


 重ね合わせた写真が一瞬真っ黒に見えた。ちょうど画面の青い部分を中心に砂鉄をまき散らしたように見えた。


 思わず口を押さえた遊子を、朔也は上目使いでのぞきこんできた。


「なにか見えたの?」


 見えたわけではない、それはただの黒い塊であり見えたというには曖昧だろう。


 すると、朔也は言葉を変えてきた。


「なにか感じたの?」


 遊子は大人しく肯定の意を示す。頷いて大きく息を吐く。


「急いで探さないと大変だから。今から、向かってもいいよね?」


 朔也は、遊子に確認をとるように聞いてきた。


 遊子はごくりと唾を呑みこみ、もう一度頷こうとしたが、その前に他の声に遮られる。


「素人を巻きこんでも足手まといになるだけです」


 総一郎が言った。

 朔也はにやにやとまた少年には到底見えない表情で笑う。


「今更、そんな話を言っても無駄だよ。何を馬鹿なことを言っているんだい?」


 椅子から立ち上がり、総一郎の前に立つ朔也。頭一つ半大きい青年に向き合う。


「木月がどう考えようと僕が決めたことには従ってもらう、それが契約だ。今更それを覆そうなんて考えない方がいい」


 総一郎の頬を撫でるように、朔也は手を動かすと笑って見せる。その笑顔は総一郎から小柳、鈴城、と移動していき、遊子の前で止まる。


「僕は、優秀な手足を離すつもりはないんだ」


 朔也はそう言って、ノートパソコンを閉じた。


「さて、急ごうか。七つにもなっていないお子様だ。早く見つけてあげないといけない」


 楽しそうに鼻歌を歌う朔也に対し、遊子は少しうつむいた。


(契約か)


 ああやって自分も、総一郎を縛っていたのだろうか、と思った。


「どうしたの? お腹痛くなった?」


 外見だけは二枚目の鈴城が遊子に視線を合わせてきた。


「ああいっているけど、朔也さまは東雲さんをないがしろにするわけないよ。危険がないよう最大限に配慮するから、そこまで緊張しなくていいよ」


 その言葉で、ようやく遊子は腹に手を当てて、ぎゅっと制服にしわが寄るまで掴んでいたことに気づく。


(腹痛というわけじゃない)


 けれど、何なのかと言われたら、上手く口では説明できない。遊子は「大丈夫です」と答えると、皆のあとについていった。




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