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マヨイマヨイガ  作者: 日向夏
本編
4/34

朔也

 遊子は、投げられた上着を手に取る。


 破れた制服の上に総一郎の上着を羽織る。制服はぼろぼろでところどころ肌が露出していた。情けないことに、今頃、指が震えてきた。涙があふれそうになるのをこらえ、体勢を整える。腹と胸を押さえるかぎり、あばらは折れてないようだ。制服同様、ぼろぼろに伝線しまくったストッキングを見て嫌になった。あちこちに血がにじんでいる。


 痕が残らなければいいが。


 そんなことを考えながら、総一郎のほうを見た。

遊子が立ち上がるのも確認せずに、三白眼の青年は速足で歩き始める。


「冷たいやつだな」


 落とした小柄を差し出したのは鈴城という美青年だった。無骨な小柳は何も言わないものの絵本のくまさんを思わせる目をしている。心配しているのを物語っていた。手を貸そうか、戸惑っているのが揺れるつぶらな瞳を見ればわかった。


「女の子が向こうに倒れているのですけど」


 遊子は、自分が気絶させた少女を思い出す。見事にヒットした感触があったので、しばらく目覚めないだろう。護身術としてかじっていたものが、こんな形で役に立つとは思わなかった。


「それなら、もう保護してるよ。君の荷物はほら」


 鈴城は小柳をさす。いつのまにか小柳が遊子の鞄を持っていた。遊子は、よく気が回る男たちだと感心する。


「木月の知り合いとは妙な縁だね。都合がいいといえば、いいのかもしれないけど」


 青年は含むような言い方をする。木月とは、総一郎の名字だ。


 遊子は、なんだかこの青年に見覚えがあると思った。よく見ると、先ほど中庭に向かう際にぶつかった教育実習生だ。


 教育実習生がなぜ日本刀を持っている。

 しかも、手慣れた様子で化け物を倒していた。


 遊子は、今更ながらに混乱してきた。


(まだ、総一郎なら話はわかる)


 彼ならば、迷ひ神について多少の知識がある。

 それでも、あの日本刀といい、清めの水といい、そう簡単に手に入るものではなかった。


 遊子は、考えながら鞄をあさる。中から携帯電話を取り出す。着信履歴から実家へかけようとすると、横から電話を奪われた。


「少し落ち着け」


 仏頂面のまま、総一郎が携帯電話を折りたたんで、ポケットに入れた。


「ややこしくなる」


 不機嫌そうにまた去っていく総一郎。やれやれと言わんばかりに、鈴城は両手を広げて見せ、遊子に笑いかける。


「俺らの主人が君と話したいらしいんだけど、時間いいかな?」


 微笑みは穏やかなものだが、選択肢は残されていないように思える。


「ここで断るほど、空気は読めなくありません」


 遊子は鈴城に都合のいい返事を言う。

 鈴城はとろけるような笑みを浮かべ、こちらへと言わんばかりに遊子を案内するのだった。






(どうやってここまで来たんだろう?)


 遊子は狭い路地で曲がりきれないようなリムジンにのって案内された。高級車とはいっても、ここまで長いと下品に思えてくる。獣道に近い道幅より何倍の長さがあるだろうか。趣味が悪い。


(こんなに長いやつは初めてだ)


 彼女自身、育ちはかなりいいのだが鈴城の言う主人とやらは、さらにグレードが上のようである。

 遊子はごくりと唾を呑みこみ、目の前の人物を見た。


 車内のテーブルには紅茶、茶菓子が並べられていた。テーブル越しに見えるのは、中性的な少年だった。線が細く、ふざけて見えるほどにリボンタイが似合っている。

 年のころは遊子よりいくつか下だろうか、肌も髪も色素が薄いのに、目の色だけはモンゴロイドらしい真っ黒な瞳をしていた。


「悪かったね。着替えは用意したんだけど、場所がなくてね。ここで着替えてもらっても問題ないのだけれど。さすがにそれは駄目だってさ」


 見た目通りの中性的な声をしている。声変わりを終えたのか終えていないのか判別がつかない。ただ、その目は、からかうように遊子を見ていた。


(実際、からかわれているのだろうな)


 その人形のような黒い目は、好奇心でくるくると動いていた。


 外傷は簡単に診てもらった。あばらも遊子の思った通り折れていなかった。

 医者の真似事をしてくれたのは、絵に描いたような老執事だった。浮世離れした燕尾服が良く似合っている。モノクルでもかければ、さらに似合うだろう。

 その彼は、白磁の肌を持つ美少年の隣に立っている。揺れる車内の中で、器用に茶を注いでいた。


「それより、屋敷に来てもらったほうが早いと思ってね」


 若い女の子が勘違いしそうな笑みを浮かべる。鈴城と違い、こちらは母性本能をくすぐるような幼さが残っていた。


「自己紹介が遅れたね。僕は朔也という」


 朔也はちらりと後ろに視線をよこす。にやりと人の悪そうな笑みを一瞬見せた。


「後ろのは、左から木月、小柳、鈴城だ。木月はいうまでもなかったか」


 遊子は、『朔也』という名前に引っかかっていた。どこであろうか。

 

(たしか)

 

 父がなにやら話していたような。

 少年の顔を思わず見入ってしまう。誰かに似ている気がした。


「朔也……皇子」


 中津国の二つ柱、東皇家の長、つまり東皇の第三子の名前である。遊子は、父と祖父に伴って一度だけ、晩餐会に連れて行かれた。そのとき、皇妃の顔を拝見したことがある。少年はその面影が色濃く言われてみれば納得できた。


 まだ、未成年であられることから、公の場にでることはなく名も発表されていないが、遊子は知っていた。父がなにやら画策し、遊子に耳打ちをしていたからだ。


 なるほど、自分とはグレードが違うわけだ。元々、遊子の家、東雲家が名家たる由縁は東皇家の血が流れているからである。『東雲』は臣籍降下により『東』の名をいただいたのが起こりである。現在では財閥として名を馳せているが、それでも東皇家と比べることもおこがましい。


(これが今の総一郎の主人か)


 片田舎でくすぶって自分のようなものの御守をするよりずっといいのだろう。遊子は出世したなと、後ろに控えている総一郎を見た。


 総一郎は視線を合わせようともせず、無表情に座っていた。代わりに、鈴城がにっこりと両手を振る。


「東雲遊子さんだね」


 遊子が自己紹介するまでもなく、朔也は言った。


「失礼を承知で勝手に調べさせてもらった。気を悪くしないでね」

「いえ、もったいないお言葉です」


きわめて儀礼的に遊子は答える。粗相があっては、どうなるかわからない。


そんな遊子の反応に、朔也は眉を歪めて見せた。


「血の流れはほとんどなくとも、元は同じ流れを汲むもの。そんなに気をはられても困るよ」


 そうは言うもののそれとこれとは別物である。なんとなく本心から皇子が言ってくれているように感じたが、そこに甘える気はなかった。


 頑固な遊子の性格に気が付いたのか、朔也はマシュマロを口に含んで紅茶を飲んだ。


「本当は、木月に詳しく聞きたかったんだけど、あいつ何もしゃべることはありません、って一点張りなんだよね」


 総一郎は眉一つ動かそうとしない。どうやら、本当に何もしゃべっていないようだった。


「もうすぐ屋敷に着くから。ちゃんとした治療して、着替えてから、詳しいことを話したい。本当にひどい怪我はないんだよね」

「ええ、大丈夫です」


 朔也が窓の外を見ると、立派な門構えの向こうに古風な洋館が建っていた。






「こちらでございます」


 昨今の喫茶店にいるものとは別物、本物の使用人がいた。近代を意識したのか、ドレスではなく着物にエプロンをつけている。メイドというより女中のほうがふさわしい呼び名であろうか。

 全体的にセピアを基調としたアンティークなエントランスが広がっている。


「着替えたら、広間にきてね」


 朔也はリボンタイを揺らしながら、階段を上って行った。

 鈴城、小柳、総一郎もそのあとに続く。


「よかったな。いい主人を見つけて」


 嫌味の一つくらいいいだろうと、遊子はかすれる声で言った。一番後ろを歩いていた総一郎は、一瞬、振り返ったがそのまま無視して階段を上がった。


 木月総一郎は五年前に村をでた。

 地元の進学校に通っていた総一郎は、入学すら難しい東都学園に編入していった。理由も何も言わず、無言のまま去っていった。


 理由を聞こうにも、聞けないまま、最後に遊子が彼にくれてやったものといえば、彼の左ほおに右ストレートだった。殴られようと仕返しも何もしないまま、黙っていた。


 遊子には、幼馴染の真意がわからなかった。


 ああ、そうか。


(そこまでして、私のそばが嫌だったんだな)


 幼馴染に置いて行かれた遊子はそう思うしかなかった。


 そのまま大学に進学したと聞いたが、こんないいところにつかえていたとは。

 下宿先も教えてもらえず、会うこともなかったのにこんな形で出会えるとは。


 遊子は、嫌がらせのひとつでもしたい、意地悪な気分になっていた。






 女中に案内された部屋は、エントランスと同じく趣味の良い骨董品に囲まれた客室だった。


「こちらにお着替えください。シャワーは、奥にあります」


 女中が、きれいに畳まれた衣服をのせた籠を置いていく。 


 遊子は、ぶかぶかの上着を脱ぐ。破れた制服を早く着替えたく、厚意に甘えることにした。


 用意された服は、シルクのブラウスと赤いスカートで、シンプルだがいい素材を使っていた。ストッキングでも木綿の靴下でもなく、シルクの靴下が置いてあるのは選んだ人間の性癖が見えた気がした。


 下着まで用意されていたがとりかえる気分にはならなかった。


「F65」


 どこまで詳しく調べられているのだろうと、遊子は下着を元のかごに戻す。合わないわけではなく、ただ気分が悪かった。なぜ、この間、測定してもらったまんまのサイズが用意されているのだろう。

 無論、汗をかいているが、風呂を借りる気にもならなかった。



 時計を見ると七時半を回っていた。いつもの時間まで待っていたら、いくらなんでも待たせすぎだろうと、携帯電話を取り出そうとしたが、総一郎に奪われたままだった。


(連絡、どうしよう?)

 

 不在着信になれば、実家が大騒ぎして捜索願をだしかねないな、と他人事のようにため息をついた。






 女中に案内され、広間に入ると長いテーブルとその上に冠型のナプキンが並んでいた。 


待たせたと思ったが、そうでもなかったらしい。朔也は風呂上りらしく、部屋の隅にオットマンを置き、鈴城に髪を乾燥させていた。

紅潮した頬と薔薇色の唇は少年とは思えない色香を醸し出していた。リボンタイの色が変わっている。


「お風呂には入らなかったの? 狭い浴槽が嫌なら、離れに浴場があったのに。それとも、擦り傷にしみた?」

「いえ。そういう気分ではないので。気になるようでしたら、お時間いただけますか?」


 体臭のことを考えたら、嫌でも入るべきだったかな、と遊子は鼻を鳴らした。


「じゃあ、一緒に入る?」

「お戯れが過ぎますよ、朔也さま」


 軽口を叩く朔也をたしなめる鈴城。仕事がない小柳は、そわそわと朔也の後ろに突っ立っている。


 別に遊子としては、あの年齢の少年と風呂に入るのは初めてではないので、なんとも思わないのだが、世間一般的に見るとアウトなのだろう。


「さあ、席について。嫌いなものはないよね?」


 鈴城は朔也のリボンタイを結びなおすと、オットマンを片付ける。


 遊子は壮年の使用人に促され、長テーブルの端に座った。


(リアルセバスチャン)


 口髭がよく似合っていると思った。老執事とはまた、違った趣がある。家主の趣味は、家だけでなく使用人まで徹底している。


 遊子の対面にはホストたる朔也が、そのあいだに鈴城と小柳が座っていた。


「木月はどうした?」

「食べたくないと」


 小柳は簡潔に答える。


「客人に失礼だよ」


 朔也は老執事から携帯電話を受け取る。素早く短縮番号を押す。


「おい、食べたくないとはどういうことなの? えっ? そんなの関係ない、僕が来いといえば来るんだよ。いいね、絶対だ、三十秒以内だ!」


 朔也は可愛らしさの中に理不尽さを混ぜつつ、まくしたてて一方的に切った。


「まったく、なにが気に食わないんだろ」


 その答えを遊子はよくわかっている。


(私が原因か)


 遊子は注がれたグラスの結露をじっと見ていた。


 三分後、目つきの悪い青年は不貞腐れた様子で入ってきた。短い襟足をかいている。


「遅刻だ」

「申し訳ありません」


 総一郎は、急ぐ様子もなく小柳の隣に座る。

 総一郎を待ったかのように、給仕が前菜を用意する。切子の入った器が並べられる。海老と夏野菜のマリネで、魚介類が好きな遊子は少しだけ頬をゆるめてしまう。


 食前酒はシャンパンを用意されていたが、小柳以外はミネラルウォーターだった。


「食事中に話すのはマナー違反?」


 可愛らしく首を傾げる朔也。

 家族から食事中のテレビも会話も禁止されていたが、遊子はどちらでもいいと思っている。


「どうぞ」


 遊子は、フォークでマリネを突き刺す。海老がぷりぷりして美味しい。皿が空になると入れ替わりでホウレンソウのポタージュがでてきた。


「単刀直入に言うと、僕のお仕事手伝ってほしいんだよね」


 がちゃんと皿が揺れる音がした。遊子が音の元を見ると、総一郎が立ちあがっていた。


「なに? 起立は許してないよ」


 あどけなさの中に、しっかりとした上下関係を混ぜ込んで、朔也が言った。


「それは反対です」

「君の意見なんて聞いていない」


 朔也はスープをすする。気品のある顔に全く似合わない、ゆがんだ笑みが浮かんでいた。


「手足に無駄口は必要ないよ。黙って頭の言うとおりにしなよ」


 有無を言わさぬ言葉である。幼さの残る麗しい少年の姿に、どす黒い貫禄が垣間見える。


 笑ったまま食事を続ける朔也と、立ったまま彼を睨み付ける総一郎。

 折れたのは、総一郎だった。

 

「わかりました」


 総一郎は苦虫をつぶしたような顔で席についた。


「話を続けようか」


 空になったスープが下げられ、ヒラメのムニエルが置かれる。

 朔也はナイフを入れ、フォークで突き刺す。白い犬歯を輝かせ、長いまつげを震わせて言う。


「僕は目が欲しいんだ。手も足もあるけど、目はないんだよ」


 何を言っているのか、遊子にはわかった。彼は、遊子の見鬼の力を欲しているのだろう。


「よくわかりません」


 遊子は感情をこめないように言った。せっかく、美味しい食事だというのに、まったく味がしなくなってしまった。


「嘘をつかないでよね。僕らは同志じゃないの? 同じ祖を持つ僕らは協力しあい、与えられた仕事を全うするべきだ」


 朔也の言葉に遊子は、首を傾げたくなった。


(なにを言っているのだろう)


 朔也と遊子の家がわかれてから、百年が経とうとしている。そのあいだに、東皇家と東雲家の教えに違いが生まれてもしかたがない。


 それとも。


 遊子は、厳格な祖父を思い出す。

 彼は、遊子に対して孫娘として扱っていた。しかし、東雲の跡取りとして見てくれることはなかった。


 思わず、唇をきゅっと閉じてしまった。ムニエルが冷え、魚の表面から香ばしさの代わりに脂っこさが際立ってくる。


 そんな遊子の複雑な心境を見透かしたのか、それとも偶然なのか。朔也は甘い蜜のような台詞を流し込む。


「君は目がいい。僕たちの見えない化け物が見えるのだろう。だから、あの化け物を誘いだし、人目につかぬところまでおびき寄せたのだろう? ねえ。その力、使わないと勿体ないよ。みんなのために使うべきだ。東雲家の嫡子としてね」


 朔也はミネラルウォーターを口に含み、唇をぺろりと舐める。小悪魔のような悪戯っぽい仕草だった。


「……嫡子ではありません。東雲の家は、別の者が継ぎます」


 遊子の言葉に、朔也は動じた様子はない。

 グラスを置くと、メインディッシュの仔羊のソテーにかかる。血のにじみ出る肉を切り分け、フォークに突き刺した。


「じゃあ、そんなの関係ないよ。僕が君を必要なんだから」


 男女問わず惑わすような怪しい視線だ。

 遊子は思わず、目を見開いた。


「なあ、僕と一緒にきてくれない?」

「……私に選択権はあるのでしょうか」


 落ち着こうとして返事に間が空いてしまった。遊子は、どくんとはねそうになる心臓を押さえつけて言った。


「貴方のようなかたに頼み込まれて、簡単にいいえといえる人間はそうはいません」

「そんなことはない」

「父に相談しないといけません」

「その点は問題ないよ。よそのお嬢さんを勝手にご招待したんだ。ちゃんと話は通してある」


 朔也はパンをちぎり、口に含む。


 用意周到すぎる。

 朔也の台詞に反応して、視界の端にぎらんと三白眼が光ったのが見えた。


 遊子は冷めかけたムニエルにナイフを入れる。


「では、断れる理由がどこにあるのでしょうか?」


 遊子はムニエルを口に含んだ。


 祖父ならともかく、父は単純な人だ。東雲家を落とすには、まず父を狙うのが常套であるとの話である。


 朔也はにやりと笑い、


「話のわかる人間で助かるよ」


 と言い、むすりとした青年に目配せする。


「仕事内容は改めて説明するね」


 少年はそんなことを言ったが、実に今更な話だ。

 少年は、仕事を手伝え、と言ったがその内容を具体的に言っていない。ただ、遊子がどこまで理解できているか見定めつつ、話をすすめていたのだ。


「今夜は泊まっていって。寮には連絡してあるから」

「ありがとうございます」


 儀礼的に言葉を口にする遊子。淡々とした口調だが、遊子なりに半分だけ感謝していた。


 少年の言葉は、遊子にとって好都合な面を持っていた。

 

 そう考えると、また食欲がわいてきた。

 遊子は料理を片付けることに専念することにする。

 健啖家の胃袋は、栄養を欲していた。






「安請け合いするな」


 先ほどの部屋の前で待っていたのは、総一郎だった。遊子が来たと同時に何かを投げる。思わず受け取ると、それは先ほど奪われた遊子の携帯電話だった。


「関わるべきじゃないってよくわかっているだろ」


 総一郎は、目を細めて言う。


「お前はどうなんだ」


 遊子は腕を組み、仁王立ちをする。

 他のものの前とは違う、女らしさのない喋りだった。良家のお嬢様としてありえない体勢だ。


「てっきり、御守が嫌で出て行ったと思ったが、あれじゃ私以上にひどいだろ?」


 遊子は、普段、あまり変わることのない表情筋を歪めて見せる。ひどく醜い笑みが遊子の顔に浮かんでいるだろう。


「俺にはそれだけの利点がある」


 総一郎は、無愛想に壁に背を向け、うつむいている。


「おまえは危険をさらしてまで、朔也さまにつく理由があるのか?」

「そりゃあな」


 沢渡についた化け物ほどではないにしろ、昔から似たようなことに巻き込まれることはたびたびあった。

 母方の遺伝らしい、化け物が見えるのは。

母は対処法を心得ていた。寮に入る遊子に護身具を渡したのも、毎日電話をかけるのもそれが理由だった。多少であるが、武術の心得はある。


 母方の遠縁である総一郎も、遊子ほどでないにしてもその能力を有していた。故に今のように朔也につかえることとなったのだろう。


 ちょうどいい手駒として。


「父に根回しがあれば断れるわけなかろう」

「お館さまには俺から話しておく」


 総一郎は、父をお館様と呼ぶ。


「オカルトのわからない親父に説明は難しいぞ」

「奥様に話せば……」

「それで納得すれば、私はここにはいなかったはずだ」


 唇を噛む総一郎の反応が答えだった。


「また戻れなくなったらどうするんだ?」


 遠い眼をする総一郎、記憶の底にあるなにかを反芻している。

 狐のような相貌に暗い輝きを見せていた。


「ユズ……」


 遊子は懐かしい響きに涼やかな笑みを浮かべた。『ゆうこ』ではなく『ゆず』と呼ぶ。それをいうのはこの幼馴染と母親しかいなかった。


 ふいに小さな笑みがこぼれてしまった。


「今度はしっかり捕まえておいてくれ」


 遊子は幼馴染の胸を叩くと部屋に入った。



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