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マヨイマヨイガ  作者: 日向夏
裏話

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33/34

最後の話のそのあとの話


 鈴城はモニターに食い入る朔也を温かい目で見守っていた。本来、冷めた目で見る状況であるが、自分の感覚はこの皇子といるとともに麻痺してきているのだと自覚している。


 朔也は、絶賛盗撮、盗聴中だった。


 東都自治区には無数の監視カメラが設置された異色の地区であるが、その中でも、今まさに朔也の見ている場面は、特に念入りに仕掛けられている。

 なかば職権乱用で、不動産屋から合鍵を拝借し、留守中仕掛けられるだけ仕掛けた。

 トイレと風呂場だけは、勘弁してあげるねと、悪魔の笑みを浮かべながらいう朔也を、鈴城は絶対敵に回したくないと思った。


 しかし、仕掛けられた部屋の主も馬鹿ではない。

 最初のひとつに気が付くと、どこからともなく探知機を持ってきては、すべて外してしまった。

 

 それに気づいた朔也は、その倍の数のカメラ、盗聴器を設置し、また、それが外される。大変、趣味の悪いいたちごっこが続いたのは何年前だったろうか。


 あまりにしつこい朔也の行動になかば諦めがついたのか、部屋の主は最低限のカメラを残すことにしたらしい。

 つまり、盗聴、盗撮になっていない盗聴、盗撮行為を黙認したのだ。


 そんな興味津々の盗撮相手が、これまた朔也お気に入りの子を部屋に入れているとあらば、食い入るように見るわけだ。

 二人は長年あったわだかまりが解けたらしく、随分仲良くなっていた。それはもう、デバガメがにやにやする程度に。


「それにしても、食っては寝るだけなんてつまらないね」


 もっと、わき出でる情動に流された行為をしてよね、と朔也はモニターを指さす。

 少なくとも、部屋の主は盗撮されていることを知っていてそんな行動を起こすことはないと、鈴城は思う。やるとすれば、どれだけ露出狂だと言いたい。


 しかし、そのつまらない映像を淡々と数時間見つめ続けるほうもどうかと思う。いや、時折、隣に置いたパソコンのアラームが鳴るたびに、為替取引をしている。「今日の出来高は三パーこえるな」と言ったので、それなりに上々なのだろう。


 鈴城も暇なので雑誌を見て時間を潰していると、


「おおおお!」


 朔也が慌てている。どことなく叫びに喜びが混じっているようだ。

 先ほどまで、とあるマンションの一室をうつしていたモニターが砂嵐に変わっている。


「あの野郎、今頃、ことを起こす気だな!」


 怒気を含んだ声ながら、その顔には笑みが浮かんでいた。いつもより口調が荒い。鈴城は知っている、朔也が皆の周りで猫を被っていることを。


「僕の目の前以外で、不純異性交遊とはゆるさん!」

「目の前ならいいんですね」


 鈴城は朔也の言葉につっこむと、のぞき趣味のこびりついて離れない朔也の言葉に従い、リムジンを用意した。


「ここから、あいつのうちまで、二十分弱か。なあ、鈴城、あいつは早いのか?」


 なにが早いのかも、言わないでおく。ご想像におまかせする。


「さあ? 俺が知ってたら怖いじゃないですか」

「そうだね。それはちょっと引く」


 某三白眼青年に、すまんな、と心の奥でつぶやきながら、鈴城は朔也について行った。



〇●〇



「……」


 携帯電話が振動している。


「……」


 留守電機能など遊子が使えるわけがないので、相手方が切るまで止まらない。


「……なあ。とっていいか?」


 遊子は、目の前の三白眼の青年に向かって言った。彼は遊子に覆いかぶさるような体勢をしている。その両手は、遊子の両手首をつかんでいるため、電話をとれないでいるのだ。

 青年こと総一郎は、ものすごくもやもやした顔のまま、ゆっくり手を離した。しかし、のしかかった体勢は変わらない。


 遊子は、どくどくと早鐘を打つ心臓を押さえこみながら、鞄から携帯電話をとる。


「相手は誰だ?」


 携帯電話をとった遊子に、総一郎が聞いた。


「おじい様」

「すぐ出てくれ!」


 総一郎は、のしかかっていた身体をどけると、大変不機嫌そうにため息をつく。哀愁に満ちた男の背中というのは、これをいうのだろう。


 遊子は、激しい振動のおさまらない胸を落ち着かせると、電話をとった。


「あっ、はい」


「ええ。大丈夫です」


「いえ、別に」


「いますけど」


「はい、わかりました」


 と、遊子は電話を総一郎に渡した。なぜか知らないが、祖父は総一郎とともにいることを知っているらしい。

 総一郎の顔が真っ青になる。

 

「かわれって」

「わかった」


 総一郎は、どんよりとした表情で受け取ると、遊子に背を向けた。

 なにやら、びくりと肩が大きく震えるとさらに真っ青な顔をして振り返った。


「何言われた?」


 総一郎がまるでこの世の終わりみたいな顔をしているので、遊子がたずねる。


「……ひき肉」


 神妙な顔をしてぽつりと言う総一郎だったが、遊子のほうを見るとまた先ほどの表情に戻った。

 起き上がった遊子をもう一度クッションの上に寝かせる。


「ひき肉じゃなかったのか?」

「ああ。覚悟はしている」


(こっちも覚悟しないといけないのか?)


 総一郎のことを思えば受け入れるべきだろうが、遊子にはそれだけの覚悟がなかった。遊子にとって総一郎は弟みたいな存在であり、かつ、正直異性として認識できないでいる。


 遊子の全身から脂汗が拭き出でたときだった。


 玄関からチャイムの音と、聞きなれた少年の声が聞こえてきた。


 総一郎がひどく不機嫌な顔になったのは言うまでもない。




もう少し続きそうな感じです。

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