夏休み前あたりの裏話
なろう 鈴城の家は集合住宅ではなく、一戸建てだった。たまには、気分転換に屋敷以外で集まろうと、朔也のいつもの気まぐれだ。
「賃貸だけどね。バブルのときにできた別荘だからけっこう安いんだよ」
と、鈴城はログハウスの鍵を開ける。
「うお、お、おおおおおお!!!」
おそらく総一郎以外の他のメンバーが初めて聞く声であっただろう。遊子は身体を震わせて、目を潤ませ、頬を紅潮させていた。
総一郎は冷めた顔で見ている。そんな事態になることは予想していた。
「すごい。まるで恋する乙女のやふだ」
鈴城が珍獣でも見るような顔をする。
「ハイテンション」
小柳がぼんやり言う。
「なんでだろう。こんなときにデジカメを忘れるなんて。まあ、携帯でいいか」
と、動画撮影を始める朔也。
遊子はといえば、興奮の原因となったものにじりじりと近づいていた。小型肉食獣が二匹、一匹は舌を出し尻尾を振り、もう一匹は黒目を真ん丸にして床に転がっていた。
「豆柴と三毛猫、素晴らしき和のコンボ。柴は泥棒ひげに、三毛はボブテイル!!」
遊子は、わきわきと手を動かし、じりじりと近づいていく。
不審者にしか見えない動きだ。だが、それどころじゃない、今目の前にいる至高の生物たちへの興味にあふれているのだ。
「わふ」
「ひゃうっ!!」
近づく不審者に、二匹が警戒する。
「いきなり近づくと噛まれるんじゃないの」
朔也が携帯を向けたままいったが、遊子の耳には届いていないようだ。
同じく小柳もうずうずしてじっと三毛猫と犬を見ている。いつのまにか、ねこじゃらしとビーフジャーキーを手にしていた。どこから取り出したのだろう。
「木月は平気そうだね。いつもこうなわけ?」
鈴城はロッキングチェアに座ったまま、総一郎に聞いた。
「お前、飼い主だろ? 気を付けておかないと、犬猫どもに変なトラウマが生まれるぞ」
至極、冷静な忠告を総一郎は言った。
「奴は、土佐犬にすら某動物王国の主のごとく振舞うぞ」
しめ縄のついた横綱犬に突進していく幼女を何度押さえこんだだろうか、と総一郎は思い出す。
「……それは恐ろしい」
遊子は小型肉食獣と格闘している。鋭い爪と防御力の高い毛皮を持つそれは柔らかそうな腹と潤った肉球を見せながら触らせようとはしなかった。
「ちょっとだけでいいんだ、そのピンク色のそれを少しだけつつかせてくれないか」
手にひっかき傷をつけながら、遊子は息を荒くしていた。台詞だけを聞くと実に卑猥で仕方ない。
「台詞だけだと、大変卑猥に聞こえて仕方ない」
総一郎の言葉を完全に代弁する鈴城。他人の口から聞きたくないものだ。
「黙れ」
鈴城の声に総一郎は鋭い眼光を見せる。
じりじりした攻防を続ける一人と一匹の周りに、なぜかうらやましそうに無骨な男が突っ立っていた。
「隠れてないぞ、猫じゃらし」
朔也が突っ込みをいれる。
エノコロ草を隠す小柳。まったくもって平和である。
「あっ、いいもの持ってますね」
「あっ、それは」
せっかく持ってきたねこじゃらしを遊子に奪い取られる小柳。心なしかさみしそうである。
「少年のようだな」
鈴城が椅子に揺られながら言った。
「似たようなもんだ」
それぞれ炭酸飲料とミネラルウォーターを飲みながらぼんやり見ている鈴城と総一郎。
「なんで犬と猫なんだ?」
総一郎はたずねる。
「犬は実家から。猫は朔也さまからいただきました。三毛の雄は縁起がいいそうです」
「それはそれは」
いくら家が広いからといって、一人暮らしで飼うものでもない気がするが、本人の自由なので仕方ない。散歩など大変だろうに。
「叔父上がくれたんだ。僕が育てるよりも、よっぽどいいと思って預けたんだよ」
朔也が二台の携帯をいじりながら言った。一台はカメラを動かし、もう一台は画像を転送している。趣味の悪いことだ。あれを拡大して何に使う気だろう。
「よく似ているそうだ」
朔也は三毛猫を見ながらいった。たしかに猫っぽいが、どちらかといえば洋猫っぽいと総一郎は思ったのだが。
「そうですか」
総一郎はそっけなく答えると、ペットボトルの水を飲み干した。
〇●〇
「うおぉぉ!?」
いきなり大声をあげる朔也に遊子は驚いた。
三台のモニターが並ぶ前で、朔也は拳を握ってガッツポーズをきめている。場所は学園の開かずの間、改め、朔也のティールームだ。
「ナイアガラ来た! うっし、決済買行くぞ」
遊子は首を傾げて、鈴城のほうを見る。朔也の言っている意味がわからない。
「よくわからない単語が聞こえます。またゲームですか?」
親切な鈴城なら教えてくれるだろう、と遊子は聞いた。
「うん。ある意味ゲームだね、マネーが頭につくけど」
鈴城は整った顔に笑顔を浮かべていった。株とか外国為替とかいうものだろう。
「手広くやってますね」
遊子は老執事の注いだ紅茶を口に含む。レモンを浮かべているので、酸味とほのかな苦みが口に広がる。
「よくわかりませんが、先の良く見えないものに賭けられますね」
遊子はそれ以前にパソコンも使えないので、クリックひとつで大金が左右するというのがぴんとこない。
「その点はよく調べているから。でないと、レバレッジ五十倍なんて恐ろしいことできないよ」
スコーンをかじりながら、鈴城が笑う。
遊子にはよくわからないが、とりあえずハイリスクの賭けをしていることはわかった。それでもって、よく調べているとなると。
表舞台にでていないとて、皇族である朔也にはいくらか人脈があるに違いない。
「インサイダー?」
遊子は、新聞で目にする言葉を口にした。
鈴城が隣でむせている。スコーンを喉に詰まらせたらしい。
(ふーん)
遊子は、もう一口紅茶をすすると、今言ったことはなかったことにした。