三話目から四話目あたりの裏話
本編よりかなり緩めにできております。
「はい、女性もの、サイズはLまたはフリーで。えっ、ああ。上背があるだけで、身体は細身です」
老執事は屋敷の女中に客人の衣服を頼んでいた。いましがた、化け物に襲われていた少女は、ぼろぼろの姿で今は上に上着をかけているだけである。うら若き娘に、そのような恰好をいつまでもさせておくわけにはいかないが、今手もとにあるのは、朔也の着替えくらいで、男物はともかく上背のある彼女には入りそうにない。
外傷はほとんどなく、腹を殴られているようだが、内臓や骨に異常はない。今は、足にできた擦り傷を小柳が治療している。不思議と知り合いである木月は遠巻きにしているが、その目はちらりと少女のほうを向いていた。そして、たまに射殺すような視線で小柳を見ている。なにがやりたいのだろう、とさくや老執事は思う。
「下着ですか。んー。一応、用意していただけますか。……サイズですか、ちょっと私にはわかりませんね。そうですね。体型としては一番近いのは、笹原さんかと」
長年、人間観察もまた仕事の一環としてやってきたが、この手のことは、女性陣に任せていた。そうでなくては、変質者の扱いを受けるからだ。
よって頭を抱えていると、後ろに気配を感じた。
「六十五のF」
ぼそりと低い声が聞こえた。
老執事はゆっくりと後ろを振り返る。普段よりもさらにむっつりとした青年がいた。先ほどまで、少女と小柳をにらんでいた人物だ。
おそらく言ったのはこの青年に違いないだろう。彼はそれだけ伝えると、何事もなかったかのようにリムジンの中に入る。
無口で常に不機嫌な顔をした無愛想な男。珍しく口に出すと思ったら、どういうことだろうか。
「六十五のFだそうです。……えっ? 探すのが難しいサイズなのですか。若者向けとそうでないとがある? よくわかりませんが、おまかせします」
老執事は、そのまま伝えると女中は理解したらしい。
「なんでわかるのでしょう?」
執事は携帯電話を懐にいれながら首を傾げた。
○●○
料理長は、腕を組んで目つきの悪い青年と向き合っていた。
普段なら、なにもいわない青年が、珍しく料理のメニューに口出しをしていた。今宵、突然来た客人に振舞うメニューだ。
マリネに米酢をくわえろと言っている。なぜ、そういう風にいきなりでしゃばりだしたのだろうか。
料理人としては、食べる相手の要望に応えてやりたいところだが。
「基本、ここは和食作らないから、それはないんだよ。ただの食酢ならあるんだけどな。それに、米酢はいれると味がきつくならないか?」
料理長は、至極真面目に答える。
「じゃあ、ワインビネガーをきつめに入れてくれ。少し、酸味が強いくらいに」
前菜だけでなく、メニューすべてに口を出している。
ポタージュは甘すぎないように、ムニエルはさっぱりしたレモンソースにするように、肉料理も油っぽくないようにするようにいわれた。
デザートに関してはなにもなかったが、食後のコーヒーは生ジュースにかえるようにいわれた。オレンジベースにマンゴーを一割加えるようにと具体的に。なぜか、国産マンゴーを今日仕入れていたことまで知っていた。
「食後に生ジュースは、きつくないか?」
ケーキとの兼ね合いもある、せっかくのフルーツの甘みが失せてしまう。
「問題ない。果肉を濾せば、きつくないだろう」
「コーヒーがだめなら、ココアかミルクじゃどうだ?」
ケーキとの食べ合わせも考えて、料理長は口を出すが青年は首を振る。無愛想だが、自分の意見を表だって出すようなタイプに見えなかっただけに驚いた。
「相手は、あんみつやういろうでも、それで飲むから問題ない。それに、腹が弱いから、乳製品はあまり受け付けない」
用件を伝えている最中に、朔也皇子より電話がかかってきたらしい。
あれほど、メニューに口出しした挙句、自分は食べないと抜かしている。
料理長はむっとしながら青年を見た。
いくら青年でも、朔也皇子に敵うはずなく大人しく広間に向かうらしい。ようやく厨房を出て行ってくれた。
「料理長、早く準備しましょう」
「ああ、わかった」
邪魔が入って遅れた分を取り戻すべく、料理長は袖を捲し上げた。
○●○
「それにしても、どうしてわかったんですか?」
鈴城は会食を終え、くつろぐ朔也にたずねた。ブラシを持ち、緩やかな柔らかい髪をすく。寝間着に着替えた朔也は、今にも眠りそうな顔をしていた。
「ああ。東雲の娘の話?」
鈴城は頷く。校内で、騒ぎが起こったあと、遊子たちはカメラの回らないところまで移動していた。人気を避けるためだとわかったが、それが逆に鈴城たちの到着を遅らせた原因でもある。
「木月だよ。あいつが、遊子の持っている携帯をたどったみたい」
「ああ。個人携帯を探索したんですか」
電話会社のサービスを使ったのだろう。最近のものは、精度も高く誤差は数メートルと聞く。よく気が付いたものだ、と鈴城は思った。
「ああ。ものすごく手馴れていた」
朔也が珍しく青ざめた顔をしている。引いているといってもいい。
「普通に調べ出した。手持ちのモバイルのお気に入りに、電話会社のサイトがあった」
普通、調べもせずにその手のサービスを使えるわけもなく、当たり前のようにやってのけた理由としては、以前から利用していたということになる。
「……たしか、五年間、会っていなかったんですよね」
鈴城が確認する。
「らしいよね」
朔也が頷く。
「向こうの親御さんが心配して、教えていたとか」
鈴城がもう一度、確認する。
「非常時以外に使うかどうかは本人次第だと思うよ」
二人の間に沈黙ができる。
「……」
「……」
しばし、沈黙ののち、口を開いたのは鈴城だった。
「引きますね」
「引くよね」
朔也は鈴城の言葉に同意する、他に感想なんてないだろう。
結果オーライと素直に喜べない同僚の性癖に、鈴城は溜息をついた。
「あんなに、冷たくあしらってたっていうのに」
「だからじゃない。ああいうタイプは、たがが外れるとなにやらかすかわかんないよ。自分でわかっているからこそ遠ざけているんじゃない。相手に自覚がない分厄介だ」
だから、気をつけてね、という朔也の言葉に、鈴城は頷いた。
同僚に犯罪者を作るわけにはいかなかった。




