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マヨイマヨイガ  作者: 日向夏
本編

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25/34

別宅


(ひさしぶりだな)


 遊子は車から降りると、総一郎とともに祖父のあとにつづく。


 東都自治区から車で一時間、都市高速を使えば都内に戻るのは電車よりも早い。平日の昼間ともあり道路の混雑もなかった。

 もっとも、渋滞になりそうな場合はヘリを回してくれただろうが。


 そびえたつ摩天楼の一つ、近年多いデザイン性重視のビルが無数に建つ中、祖父の人柄を模したようなシンプルかつ巨大なビルが見える。入口までに植えられた樹木は、クスノキで車から降りるとほのかに樟脳しょうのうの匂いがした。


回転扉の前で、警備員たちが頭を下げる。中にいるスーツを着た社員たちも、忙しそうに動くのをやめて遊子たちのほうに一礼する。正確には、遊子にではなく祖父にだ。

 堂々たる白髪の老人は、ここの主であり筆頭株主でもある。


 祖父が『家』と呼ぶのは、母たちのいる実家ではなく、この最上階にある別宅を示していた。会社の最上階に別宅を作るなど、常識とは思えないが、実際、祖父はやってしまった。それだけ、こちらに入り浸っているということだ。


(見張るならこっちのほうが適所に違いない)


 遊子は、直通の専用エレベーターに乗り込み、耳が痛くなるのを感じながら外を眺める。全面ガラス張りの壁の向こうには、晴れているせいか、遠くにある霊峰がかすみなく見えた。ある意味絶景だが、高所恐怖症なら、絶対乗りたくない光景だろう。


 エレベーターをおり、屋上の扉を開けると、普通の感覚ならば到底想像できない光景が広がっている。

 門構えこそないものの、平屋の日本家屋と庭園が広がっている。鹿威ししおどしと鯉のはねる音が清涼感を際立たせる。玉砂利の上には、計算されたかのように青椛の葉が美しく落ちていた。


 金持ちの酔狂というほかない。孫である遊子も笑うしかなかった。


 玄関では、和服を着た中年の女性が頭を下げて出迎えている。昔は実家にいた使用人で、その頃は二号さんだったと伝え聞く上品な女性である。それに不愉快さを感じるほど、遊子は乙女ではない。

 祖母が死んだ現在は、好きなようにやっても問題なかろう。仕事内容はしっかりしていた人物だときくので、ここでは女中頭というところか。


「あとは頼むぞ」

「かしこまりました」


 一言、言い残し祖父は仕事場に戻る。


 遊子は飛び石を踏みながら、女中頭のあとに続く。玄関には百日紅さるすべりの花が飾られていた。


 遊子は手をつつかれて総一郎のほうを見る。


(どうした?)


 ささやくような声で返すと、耳元でささやかれた。


(携帯と学生証?)


 言われたものを取り出すと、総一郎は学生証と自分の携帯を奪い、朔也からもらった携帯だけ返した。


 遊子は首を傾げながらも、女中頭に気付かれないように携帯をポケットに入れる。


 そういえば、意外にも私物の類は取り上げられなかったと、遊子は思った。


「遊子さまはこちらです」


 遊子と総一郎は、別々の部屋に通された。


 遊子の通された部屋は、二十畳の和室で、一枚板の座卓と座布団、その上に急須と茶菓子が置いてあった。床の間の前に、箱が置いてあり中には淡い空色の小振袖と襦袢、帯が入っている。

一つだけ置いてある桐箪笥の中をあけると、たとう紙に包まれて和服が入っておりビルの前の街路樹と同じく樟脳しょうのうの匂いがした。表に出してあるのは、陰干しを済ませたものだろう。


 他に家具らしいものはなく、丸窓の障子をあけると、まだ青い椛の枝と青い空が一枚の絵のように見えた。こんな高層階なのに小鳥がさえずっているということは、わざわざ飼っているのだろう。


(……さて)


 遊子は頭を抱える。


 窓はガラス張りで開けることは可能だが、外に出たとしても直通のエレベーターを使うか、非常階段から降りるしか道はない。その前に、使用人に見つかるだろうし、エレベーターを使うには、カードキーまたは静脈認証を行わねばならない。非常階段も、下の二階までしかないので、途中、ビル内部に入り、反対側の階段に向かうかエレベーターに乗り込むしかない。


 大人しくついてきた一方で、すでに逃走の計画を考えていた。こんなところでじっとしているわけにはいかない。


 遊子が別宅に来たのはこれで三回目だ。小学生のときと、一昨年に一回ずつ。東雲グループの創立祝いかなにかで、都内をおとずれた際だ。祖父は、絵に描いたような昔の人間なので、女子どもが仕事に首を突っ込む真似を嫌う。ゆえに、こちらに来ることはほとんどない。遊子があまり派手な行事にでることも嫌い、遊子はよほど大事なパーティでもない限り出席したことはなかった。


 今思えば、他に理由があるのでは、と思わなくもない。

 会わせたくない人物に会わせないためだとか。


(さて)


どうすればいいだろう。もしかしたら、他に抜け道があるのかもしれないが、遊子は知らない。


 柱時計の音をやけに大きく感じながら、遊子は畳の上に大の字になった。考えても無駄なときは一度放棄してみるものだ、と誰かが言っていた気がする。


(風呂に入りたいなあ)


 昨日の騒動から、湯あみする気分になれず、血で汚れた制服を朔也の用意したワンピースに着替えただけだった。

 頭の中で、葛城のこと、総一郎のこと、祖父のことを考えていると、目がぼんやりしてきた。一眠りするのもありかもしれない。


(そういや、朔也さま。なにか言ってたな)


 遊子が祖父に連れて行かれる際、なにやら口をぱくぱく動かしていた。どうやら、総一郎になにか言いかけているようだった。


(なんていってたんだろう?)


 なにやら、三文字の言葉を繰り返していた気がする。

 ふと、口に出す。


「さ・か・な?」


 違う気がする。


「た・か・な?」


 少しだけ近づいてような。


「か・た・な……」


 ああ、そうか、そういっていた気がする。

 納得したら、睡魔が襲い掛かってきた。


 遊子は、ゆっくりと目を閉じた。






 振動する携帯電話で起きたのは一時間後のことだった。

 時計を見ると、五時を回っている。


「もしもし」

『これは通じるみたいだな』


 隣の部屋にいるはずの総一郎の声がする。

 『これは』ということは、他の携帯は通じないのだろうか。


「どうした?」

『朔也さまからの命令だ。とある刀が欲しいそうだ』

「……」


 遊子は寝ぼけた頭を覚醒させるように、自分の頬を叩いた。


(かたな?)


 遊子は目をぱちぱちさせると、あっ、と口を開く。思い当るものがあった。


 なるほど、こういうことである。

 朔也が道理で、すんなり遊子たちを引き渡したわけだ。


『あんまり気が進まんが聞くけどいいな』


 総一郎は、ばつの悪そうな声で言った。確かに、けして正攻法とはいえない。


『ここに、家宝の刀ってあると思うか?』


 祖父が一度だけ見せてくれた刀のことだろう。

 臣籍降下された際に貰った白木の柄の刀である。遊子の懐刀や、小柄こづかと同じく、澱みを散らす力があると聞いた。


 遊子は携帯電話を持たないほうの手で座卓に指を滑らせる。ここがこうで、こちらにあれが、と記憶を呼び起こそうとする。


「わかんないけど、ありそうな場所なら想像がつく」


 遊子は屋敷の間取りを思い出す。規模は幾分小さいものの、実家の母屋の間取りに似せて作られていた。

 そのとおりであれば、祖父の部屋は一番奥にある。


『……ああ。知ってるのか』


 聞いておきながら、知らなかったらよかったとでもいわんばかりの言葉だ。


 総一郎が眉間にしわを寄せている姿が、電話越しでも想像できた。


『おま……』

「私も手伝うからな」


 総一郎が言い切る前に遊子は宣言する。

 不機嫌な顔が目を細めるさまが、まざまざと浮かんできた。今から総一郎のやろうとしているのは、まともなことではない。簡単に言えば窃盗である。


『……』

「……」


 しばし、沈黙が続いた後、電話越しにため息を吐く音がした。


 総一郎は、これからする犯罪行為について、具体的な説明をはじめた。






「冗談だろ! ずっと見張ってたんだぞ」

「知るか。それより調べろ。孝人さまの雷が落ちるぞ」


 慌ただしく男たちが部屋に入ってくる。

 そこには、着物が散らかった和室が見えていることだろう。箪笥の引き出しは、物盗りが入ったかのように開かれているはずだ。


「お嬢さまがいない」

「……冗談だろ、おい」


 減給ですめばよいが。良心がうずく。


「窓があいてるな」

「隣と同じか。やっぱ一緒に逃げたのか」

「所在地はどこを示している?」

「もうビルを出ているらしい。人ごみの中だろう」


 追わせているが、時間がかかるかもしれない、と落胆の声。


「ああ、もうどうすんだよ」

「知るか。行くぞ」


 男たちの足音が聞こえなくなる。


 念のためもう少し待ち、ゆっくりと身体を起こした。


「意外と単純だったな」


 もう少し冷静な人間を雇い入れていると思ったのだが。


 階段状に開けられた箪笥の引き出しが、ゆっくりと落ちる。もう一つ引き出しが落ちると、中から遊子が出てきた。


 狭いところにずっと入っていたので身体が痛かった。

 遊子は、のびをして、身体をほぐす。


(さあてと、合流するか)


 遊子は、疲れたといわんばかりに座卓の上の菓子を口に入れた。






 部屋を出るなり、遊子は総一郎を見つける。壁に張り付いたように動いているのは、監視を避けるためだろう。


「ばれるのも時間の問題だな」


 深く相手がどうやって出てきたのか、立ち止まって聞く暇などない。自然に、状況は動きながら説明することとなった。


 遊子は総一郎とともに、奥の祖父の部屋へと向かう。

 途中、慌ただしい使用人たちに見つからないように避けながら向かう。


(怖いな、監視社会って)


 総一郎が利用したのは、遊子の持っていた携帯電話と学生証だった。

 携帯はGPS機能付き、学生証もまた準ずるものがついていた。

 それが、屋敷から離れていることに気が付けば、多少騒ぎが起こるものである。携帯電話はわかっていたが、まさか学生証までそんな機能がついているとは思わなかった。


 総一郎もそれで逃げ切れるとは思っていない。しかし、時間稼ぎくらいになるだろうと。


 総一郎は手洗いに行くと見せかけて、携帯と学生証をたまたま置いてあった使用人の鞄に入れたのだ。

逃げられるわけもないと考えていた見張りは、隙が多かったようで簡単だったらしい。

ついでに、エレベーターに使うカードキーも頂戴する。基本は生体認証を使っているので、気づかれる可能性は少ないと踏んだ。ずいぶんな賭けだ。


「鞄が見つからなかったらどうするつもりだった?」


 遊子が小声で言った。


「ごみ箱に入れる。明日か明後日がごみの日だろう」


 時間はかかるがおそらく問題ないだろうとのこと。GPSの精度は、ものによってまちまちだが、携帯電話の場合、誤差数メートルから十数メートルほどだろうか。常にチェックしているわけではなし、経度、緯度はわかっても高さまでわからないので、ビルの下層に移動しても気づかれにくいだろうからと。


 総一郎は、東都自治区と違いこの屋敷には、監視カメラがないぶんかなり立ち回りやすいと喜んでいいのかわからない感想を述べた。遊子が思っている以上に、あの学園は異常みたいだ。


 遊子は、総一郎がずいぶん手馴れているな、などと思っているうちに、祖父の部屋についた。


山水画が描かれた襖を開く。


 囲炉裏のある和室に入ると、遊子は床の間に向かう。山水画の掛け軸をめくると、とても小さな穴がある。目をこらしてしっかり調べないとわからないもの小さなものだ。丹念に指先で壁の側面を撫でて探し出した。遊子は、髪からヘアピンを引き抜き、伸ばして小さな穴に入れると、かちりという音がして床の間の板が一枚ずれた。


 ここまでは、実家のものと同じだったのだが。

 隠し金庫というものである。特注でたのんだもので、壁ごとひっぺがえさない限り、金庫ごと盗みだすことはできない。


「冗談だろ」

「そう思いたいが、基本だな」


 遊子と総一郎は頭を抱える。

 あいだに横線を挟んで四桁の空白が二つ。つまり八桁の暗証番号を入れろとのこと。


「八桁ということは、一億通りということか」

「そうでもないかもしれない」


 総一郎は曖昧な言葉を口にすると暗証番号のパネルをじっと見る。そして、何を思ったのか、囲炉裏にむかい灰を一つまみつかんだ。


「アルミかカーボンブラックが欲しいところだけど、贅沢いえんな」


 総一郎は細かい灰の粉末をパネルに丁寧に振りまくと、息を吹きかける。

 〇から九までの数字のうち、〇と一だけが灰色に汚れたままである。


「なるほど」


遊子は、首を縦にふった。

これでだいぶ暗証番号が絞られたわけだ。二の八乗分、二百五十六通りである。


「おまえ、本当に手馴れてるな」


 遊子は呆れ混じりにいうと、


「そりゃ、あの朔也さまのそばにいれば嫌でもそうなる」


 と、納得せざるをえない答えをくれた。


「でもどうするんだ? 何百回もうつ時間なんてないだろ」

「ちっと黙ってくれ」


 遊子にたいして総一郎が言った。


 総一郎は指を動かし、なにか暗算をしているようで、答えが思いついたのか八桁の数字を打ち込んだ。


 かちゃりと何かが外れる音がして、細長い板がずれた。


「!?」

「……当たったみたいだな。半分、勘だったんだが」


 総一郎も驚いた顔をしている。

 ずれた板を外すと、中から細長いジュラルミンケースが出てきた。中を開くと、一度だけ見た白木の刀が横たわっていた。

 

(なんだろ? これ)


 遊子は、ぞくりと背筋に嫌な汗が流れた。

 迷ひ神にでも対峙したかのような、あの緊張する感覚。全身に静電気を纏ったような、ぴりぴりとする感覚。


(以前はなにも感じなかったのに)


 遊子は、そのときのことを思い出した。まだ、七つになる前の、まだ、真人まひとであった頃の。

 いつか、おまえが継ぐものだといわれたことを。


(なるほど。そういうことか)


 遊子では見る力があるために、この刀の力が恐ろしく感じてしまうのだろう。

 真人であれば、能力を感じることはない。使い手には、なにも力を持たないものがよい、そういうことなのだろう。


 東雲の男子が無能力者であることを考えれば、東皇家の血筋も同じだろう。


 朔也は誰かに、これを使わせるつもりなのだろうか。それとも自分自身が振るうのだろうか。


 使うとすれば、誰に使うのか、その相手は想像がつく。


 たとえ兄弟でも、朔也とたける皇子とでは、随分立ち位置が違うようである。

 健皇子が感情的なのに対し、朔也は自分の役割を優先しているようだ。


 そして、総一郎に窃盗をそそのかしてまで手に入れようとするところを考えると、なにかしら問題が起こったと考えたほうがよいだろうか。

 東雲家を敵に回しても、解決すべき事象が起きたと。


(このまま朔也さまの側についていたほうがよいだろうな)


 目的達成のために、遊子は誰だって利用することを厭わない。同時に、利用されてもかまわなかった。


「行くぞ、時間がない」


 総一郎は刀をケースにしまい、右手で持った。


 遊子は総一郎のあとについて走った。


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