表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マヨイマヨイガ  作者: 日向夏
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/34

返せ


「そろそろ、どんな相手か教えてくれないか?」


 兄の質問に弟はにっこりと笑う。アイスティーにミルクをたらしかき混ぜている。


葛城は、温かいものをいただく。たとえまだ夏の残りを感じる季節でも、冷たいものは控えている。それが、医師のすすめだった。アッサムの良い香りが漂う。せっかく美しい琥珀色だが、ミルクをたらさなくてはいけない。これも医師のすすめだ。


 学園の中庭の温室は適度な温度で保たれている。この季節にガラス張りの中、心地よい空気が流れているということは、そのように空調を管理しているのだろう。小鳥のさえずりが聞こえ、緑が目に優しい。多少、手間がかかったとしてもここ以上に目に楽しい場所はあるまい。


 朔也はフィナンシェをつまんでいる。後ろには、柔和で端正な顔をした青年がいる。朔也のおつきでけっこうなお気に入りらしく、前にも見たことがあった。もう一人、先ほど会った青年がいた。彼は、朔也に叩かれていたが一体なにをしていたのだろう。よほど、見つかってはまずいところだったのか、なにも言わず、その場で走り去っていた。その様子を見て、朔也も含め周りの人間は呆気にとられたものだったが、その後、朔也がにやにやと笑っているのを見て、葛城は少しだけ名も知らぬ彼に同情した。


 朔也がフィナンシェを半分平らげたところで、温室に新たな客人が来た。


「遅くなりました」


 凛とした声が聞こえる。トーンは低いが女性のようだ。葛城はゆっくり声のするほうへと向く。


 そこには古風な女子高生がいた。いや、女子高生というより女学生という雰囲気である。東都学園の制服は専門のデザイナーが五年ごとに作り変えているので、レトロな雰囲気はないというのに。すらりとした長身で、この季節に長袖のカーディガンを羽織っている。見ているほうまで暑くなりそうな格好だがその雰囲気は、切れ長の涼しげな眼もとで中和されていた。


 葛城の頭に既視感がよぎる。

 もう何度も見ているようなその感覚。一体、どこで見たのだろうか。


 古風に切りそろえられた前髪は、日本人形のようで、少女もまた葛城をじっと見ている。


 きっとお互い同じことを考えているのだろう。

 似ていると。


 そう、少女はよく似ていた。切れ長の目、細い輪郭、薄い唇、鏡に映る自分の姿に。


 ただ明らかに違うのは、性別とその肌色だろうか。少女もまた色白だが、葛城のように青白くない。赤みのさした健康的な肌色だった。


 少女は目を見開き、小さく口を動かした。

 放心したような、がらんどうの目をしていた。


 どうしたのだろうか。


 ふらふらと引き寄せられるようにこちらに近づいてくる。しかし、その視線は、朔也のほうではなく葛城に向けられたままだ。


 鞄からなにか細長いものを取り出すと、葛城のもとに近づいてくる。布に包まれたなにかを持っている。


「……せ」


 ぱくぱくと動かしていた口から、その言葉を聞く。


「よせ!」


 今度は、別の声が聞こえてきた。少女の入ってきた入口の反対側から男の声がする。

息を切らせ、やってきたのは先ほど、朔也の前から逃亡した青年だった。鋭い目つきと荒い息が獣のように思わせた。


 なにを制止しようとしているのだろうか、その疑問を解決するように少女が行動した。


「……えせ」


 少女の声が近づいてくる。


「……かえせ」


少女の持っていた布包みからなにかが見える。美しい拵えの鞘だった。後ろにいた護衛が身構えるがもう遅い。少女は布から懐刀を取り出すと己のほうに向かって襲い掛かった。


 誰もが予想しなかった行動だった。そのなかでひとりだけ、少女の反応に追いついたものがいた。


 制止の声をかけた青年、荒い息吐いて葛城の視界を遮っている。


「どうして……」


 苦々しく言葉をもらす少女の持つ短刀には、赤いしずくが伝っていた。しずくのもとは、少女と葛城に割り込むように入っていた。

 目つきの悪い青年がいた。脇腹に短刀の切っ先がめり込み、左手で少女の手を押さえこんでいる。


「なんで邪魔をする?」


 まるで、子どもが怒られたときのようなあどけない物言いだった。どうしてしてはいけないのか、純粋にわからないようだ。


「……おまえは、……そんなこと、を、しなくてもいいんだ」


 ぶっきらぼうにそれでいて、言い聞かせるような青年の声が聞こえる。青年の頭の向こうに、少女が呆然としていた。顔をしかめることもせず、ただ無表情にそこにいる。だが、その目には、涙があふれそうになっていた。


 泣き出しそうな少女はゆっくりと刀から手をはなす。

 

 青年は脂汗をかいてその場に座り込む。


 葛城付の護衛たちが少女を取り押さえる。両手をねじ込まれ、顔を地面になすりつけられている。女子どもなど関係なく、皇族に刃を向けたのだから。発砲されないだけ、穏便といえる。


「どういうことだ」


 朔也もまた混乱していた。

 取り押さえられる少女と刺された青年を交互に見ていた。


 なぜ、少女がこのような行動にうつったのか。


 それがわかるのは、きっとおのれと少女と、そしてあの刺された青年の三人だけだろう。

 

 ずっと己の肉体の不備について、不便だと思っていた。しかし、不満ではなかった。


 不満に思うなど贅沢なことだった。


『かえせ』


 少女はそう言った。


 葛城は義手を残った手でつかみ、取り押さえられる少女を眺めた。






『私の身体を返せ』


 少女は確かにこういった。


 ああ、なるほど、そういうことか。 

 通りで使い難い身体のはずだ。


 昔、行きずりの少年から奪ったのだった。

 本当の肉体を失ったばかりのころに。健康な、同じ年頃の子どもから。


 名前をなんといっただろうか。

 たしか、少年の祖父らしき老人が言っていた。


「……真人まひと


 傍流の血を継ぐ老人は、強張る唇でそうつむいでいた。

 右手には少女と同じように刀を持っていた。孫であったものの血を刃先に垂らしながら。


 すでに魂のないはずの肉体を冥府に送るために、心の臓を貫くつもりだったのだろうが、愛着というものはそう簡単にぬぐえるものではない。


 左腕を失った真人だった肉体を連れて帰った。

 葛城として再び生きるために。






「なんだ、そういうことか」


 その昔、自分の犯した大罪に葛城は皮肉な笑みを浮かべていた。他人事のように思えるのは、ずっと忘れていたせいだろうか。

 

 少女があのような言葉を吐くということは、彼女もまた、誰かの肉体を奪ったのだろう。


 酷い話だ。返せなど、言える立場ではなかろうに。

 自分も略奪者だとわかっているのだろうか。


 漏れる笑い声に、周りの護衛たちが怪訝な目を向ける。その怪訝な視線はだんだん、強張っていき、なぜか未知のものに遭遇したかのような顔を向ける。


『どうした?』


 自分の声が二重に聞こえる。

 身体のきしみがひどくなる。まるで、身体の中に違うものが巣くっていて、孵化しようと内側から食い破られるような感覚がする。


「かつ、らぎ、さま……」


 サングラスの奥から明らかに恐怖の色が見える。黒服のがたいの良い男が、情けない声を上げるなどと、最近のボディーガードは質が落ちたものだと思った。


 なんだか、車の中が狭苦しい。

 広い車体が自慢なのに息苦しくて仕方がない。

 このままでは、窒息してしまう。


「でる」


 葛城は車のドアを開ける。走行中に開いたドアは、隣の車体に当たり耳触りな音をたてたが気にしない。


 身を乗り出すと、そのまま身体を風にまかせてみた。


 いつのまにか人間のそれとは違うものに変化していた四肢は、ゆっくり風を受けると空へと舞いあがらせてくれた。鳥というより、蝙蝠こうもりに近い翼をしている。

 半分しかない左の翼は、物理法則とは違ったもので身体を浮かせているらしい。


 最初からこうすればよかった。


 ぎこちなく動いていた身体が、自由に羽ばたいている。


 こうして、完全な迷ひ神が生まれた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ