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マヨイマヨイガ  作者: 日向夏
本編

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20/34

中庭にて


 一体、いつからこうなってしまったのだろう。

 何度も繰り返した自問自答、もちろんそれに答えはでない。

 

 遊子はだらりと頭を下げた。机にうつ伏せになる形だが、ほとんど人のいない図書館だ。人目を気にすることはない。

 今日は、図書館にいる教師はいない。始業式後の職員会議であり、いないことは調べ済みだ。図書館には、歴代の卒業アルバムが置いてある。一応、在校生には展示しているが、貸出は不可だ。個人情報の問題だろう。この学校の生徒の場合、その意味合いは他の学校に比べて大きい。

 ゆえに、閲覧可能だといって毎回来ていれば勘繰られる。ゆえにこうして、教師のいない時間を狙っているのだ。

 

 顔写真をじっくりと眺め、これも違うと隣に避ける。遊子は、閉じたアルバムの背表紙を見る。遊子よりも五年先輩の卒業アルバムだ。他にも、同じ時期にとられた文化祭や体育祭の写真は特別に冊子にされている。


(もう少し、範囲を広げてみるか)

 

 今日は、朔也は用事があるらしくすでに学校を出ている。身内と会う約束があるらしい。ついていったのは鈴城だけだ。ということは、小柳と総一郎は残っているということになる。


 遊子は唇をきゅっと噛む。

 別に自分が何をしたわけじゃない、悪いのは向こうだ。

 そう思っているのに。


 どうにも気まずく彼奴を避けてしまう。


(だめだ、だめだ)


 遊子は首を振って、今度は体育祭の冊子に手をつけた。






 これといった収穫もないまま、時間だけが過ぎた。さすがに二年前の卒業アルバムにはのっていないだろうと、冊子を戻す。


 意味のないことで時間を費やした。遊子は鞄を持ち、図書館を出る。時計を見ると、四時を回ろうとしていた。もう職員会議も終わるころだ。ちょうどよかった。

 

(くだらないことやってるよな)

 

 遊子は自嘲する顔になった。遊子の探そうとしている人物は生きているか死んでいるかもわからない人間だ。

 遊子がまだこんなことをやっていると知ったら、総一郎は嫌な顔をするだろう。奴にとって、そいつは遊子と同様に気に入らない人間なのだから。


 かつかつと静かな館内に足音が響く。指先を本棚に滑らせながら、歩いていく。

 遊子は、あるコーナーに突き当たると足を止めた。


 そこは、世界の童話や神話を集めた本棚だった。聞き覚えのある単語が目に入った。人差し指で、背表紙をつまみ、取り出してみる。中身は欧州の民間伝承の類だ。


「取り換え子か」


 あの不思議な白装束の男の言葉を思い出す。現状で満足しろ、と彼は言った。

 

「満足しろ、か」


 自分はなんと強欲だろうと思わなくもない。

 遊子は手のひらを見る。あの男が遊子にとって大事なものを奪ったように、遊子もまたそれを違うものにしたのだ。

 

 あの男が罰せられるのであれば、自分もまた罰を受けるべきなのだ。


 本をぱらぱらとみて、戻した。

 読んだところで、楽しい記述はなかった。


 取り換えられた子どもに、まともなことはないとわかっている。


 




 図書館を出ると、奇妙な光景を見た。二階の渡り廊下からそれが見えた。中庭の温室近く、なぜか総一郎が腕組みをして、数人の生徒の前に立っている。生徒たちは青い顔をしながら総一郎を見ていた。校舎を背に向けたかたちであり、つまり追い詰められている。サッカー部だろうか、ユニフォームを着ていた。


(なにをやっているんだ?)


 総一郎の表情が険悪なことと、怯えるような男子生徒たちを見るとただ事ではない気がした。遊子としてはしばらく総一郎と距離を置きたかったが、なにかしら問題を起こしたら不利になるのは総一郎のほうだ。止めなくては、と駆け寄ろうとしたとき、電話が鳴った。


 無視しようと思ったが、着信音がただならぬマフィア王のテーマだったので取らないわけにいかなかった。鈴城が、朔也からの着信がわかりやすいようにと変えてくれたのだ。


(館内でならなくてよかった)


 遊子はしかたなく携帯電話を取り出す。


「はい、遊子です」

『反応が遅いなあ。もっと早くだよ』

「善処します」


 いつものどおりの会話が始まる。ちらちらと総一郎のほうを見ながら話を続ける。さすがに総一郎も馬鹿ではないらしく、素敵な言葉で生徒たちを追い詰めているようだった。彼等は一体、総一郎のどんな逆鱗に触れてしまったのだろう。


『まあ、それはいいや。それより今から時間ある? ちょっと会ってもらいたい人がいるんだけどさ』

「時間はありますけど」


 たぶん、これから寮に帰って勉強しますといったところで九割九分却下されるに違いない。遊子は、大人しく権力者に従うくらいの賢さはある。


『じゃあ、中庭の温室に来てくれる? 僕らも向かっているからさ』


(中庭?)


『おっ、木月はっけーん。ん?』


 朔也が疑問符のまま黙り込む。


 遊子が総一郎の方を見ると、趣味の良い高級車が総一郎たちの前で止まった。後部座席から、鈴城が降りてきて、反対側のドアに回って開ける。中から、朔也が現れるとともに、総一郎はとび蹴りを食らっていた。


 電話越しに、朔也の罵声が聞こえてきた。咲耶が、なにやっている、と現状を追及する中、総一郎に追い詰められていた生徒たちは蜘蛛の子を散らすようにどこかへ消えていた。電話越しに総一郎のやる気のない反省の言葉が聞こえる。


(とりあえず、よかったんだよな)


 遊子は、電話を切ると中庭に向かうことにした。直線距離は近いが、一度玄関で靴に履きかえる必要がある。遅かったら矛先が遊子にうつってしまう。


 遊子は、競歩のように廊下を歩いていった。



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