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マヨイマヨイガ  作者: 日向夏
本編

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19/34

新学期

 モニター越しに葛城は、学園の生徒たちを見る。どの生徒も気だるそうに、教師の話を聞いている。誰も、このようにあくびをしている姿を観察されているとは思うまい。


 二十歳で成人し、お披露目も終えた葛城だったが、公務はほとんど行っていない。幼いころから病弱な皇子に周りが気づかってのことだ。


 しかし、いつまでも甘えてばかりでは、民意を損ねるとのことで、形だけでも仕事が与えられる。

 東都学園の理事、二十歳そこそこの青年には荷が重いようだが、形だけとなると椅子に座っていればいいことである。


 情けないと思いつつ、己の身体が己のいうことを聞かないのだから仕方なかった。

 歯車の合わない時計のように、油の切れた機械のように、葛城の肉体はきしんだ音をたてながら動く。

 まるで葛城を拒絶しているように。


 こんな不出来の兄をもったからであろうか、四つ下のたけるはすでに結婚し子までもうけている。自分が父のあとを継げないときのために、早く男児を作ろうとしているのだろう。


 理事長室のモニターから始業式を眺めながら、自虐的な笑みを浮かべる。三つのモニターには、初等部と中等部と高等部、それぞれの校舎が映し出されている。


 革張りの椅子にもたれかかり、退屈な学園長の話を聞く。学生たちのお祭り騒ぎを通り越して、


 これが終われば、初等部、中等部、高等部の長と会食せねばならない。相手方は西のお偉いがたなので、ないがしろにはできない。


 気の滅入る話だが、その前に引きこもりだった弟に会えるとあらば、少しは頑張れる気がした。会食には朔也さくやも同席することになっている。






 人数もいるということで、朔也との待ち合わせは高等部の温室となった。大きな鳥かごを模したガラス張りの室内は、色とりどりの小鳥が舞っている。温度調節はまめに行われているらしく、まだ残暑の厳しいこの季節でも快適な空間が維持されていた。


 亜熱帯植物が周りに茂る東屋は、小鳥が入らないように施されていた。鳥の糞をふせぐためだろう。


 クッションの敷かれたベンチに座り、アイスティーをいただく。


「兄上、待たせました」


 からんと氷が形を崩す前に、中性的な少年が現れる。学校指定の制服を着ていた。引きこもりで学校など行ったことがなかった弟だけに、妙に新鮮に見えた。周りには護衛の黒服と、教育実習生らしき男が一人ついている。たしか、朔也のとりまきはもっといたはずだが、今日はいつもより少ない。


「珍しいな」

「何がですか?」


 楽しそうに駆けてくる弟は可愛い。色白だが健康で、年の割にしっかりしている。それなのに、こんな壊れかけた時計のような兄を慕ってくれているのだから、自分は感謝すべきだと葛城は思う。


 今、この場で生きているのでさえ、不思議なことなのに。


 葛城の後ろには、護衛の他、葛城の一日を取り仕切る秘書が一人、もう一人医者がいる。いつ倒れても大丈夫なように、母がつけてくれたものだ。


 堅苦しい肩書き以上に重いのは、この母の存在かもしれない。

 三人いる兄弟の中で、母は葛城だけを重きに置く。健や朔也の存在をないものとして扱う。そんな母を葛城は気に入らなかったが、その真綿に包んだ対応をはらいのけきれないでいる。


 呪詛のように聞こえる母の口癖。


「貴方が次の皇になるのですよ」


 病床に臥し、寝たきりでいた幼い頃、まるでそれを糧に生きろ、というように何度も言われた言葉だった。他に、もっと違う言葉を選んでほしかった。そんなことを言うだけ贅沢とわかっている。自分が弱り、寝込むたびに母は自分につきっきりだった。幼い健はずっと乳母に預けられていた。朔也が生まれたあとも、それは変わらなかった。


 母は、同じ胎から生まれた三人の子を明確に区別していた。


 次に皇になるものと、それ以外のものと。


 なれるわけなどない、自嘲気味の笑みを浮かべそうになりながら、葛城は弟とともに移動するため車へと向かうのだった。



〇●〇



「知ってるか?」

「何がだよ」


 小柳の言葉に総一郎は不機嫌そうに答えた。

 二人の教育実習生は、昼休みをだらだらと第三視聴覚室で過ごしていた。女子高生のお昼のお誘いを断るのが面倒になってから、こちらの立ち入り禁止地帯に入り浸るようになった。購買であらかじめ買っていた弁当を食べている。まあ、そのお誘いもプロム以降は減るのだろうが。


 お祭りのあとは、急激ににわかカップルが増えるのは、毎年恒例である。


 今日は、鈴城は朔也についており、二人だけがここにいる。

 もう一人来るとすれば、遊子だが学生は午前中で授業は終わるし、すぐ帰ることだろう。あんなことがあっては、そんなにこちらに寄り付きたくないだろう。


 総一郎は複雑な気持ちになりながらも、これでいいと飯を食む。冷えた弁当は、東都学園御用達で、それだけの味がある。しかし、総一郎は少し甘すぎる味付けの煮物に目をしかめる。出汁はいいが、砂糖の入れ過ぎは好みじゃない。口直しに茶を含むと。


「隠れおっぱい」


 小柳の言葉に総一郎は茶を噴出した。

 口を拭きつつ、ぎろりと小柳をにらむ。

 

「なんだよ、そりゃ」


 ティッシュで鼻と口をおさえながら、総一郎が尋ねた。


「部活のとき、男子生徒が話してた。ギャップがなんとか言ってた」


 誰のことだと聞けば、窓の外の校舎を見る。高等部の一年の教室がある方向だ。


 言わんとしていることが、総一郎にはよくわかった。

 せっかく気をつけていたというのに。


 総一郎は食べかけの弁当を片付けると、部室棟に向かうことにした。始業式当日から朝練をしている部といえば、野球部かサッカー部だろうか。


「どこにいく? これから、会議……」

「盛りのついた餓鬼どものとこ」


 総一郎は気持ちを落ち着けようと、珍しく笑って見せたが、小柳が肩をすくませた。どういう意味だろうか。


「すこしだけ遅れるかもしれない」

「……ほどほどに」


 総一郎は鞄とジュラルミンケースを持つと、教室をあとにした。



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