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マヨイマヨイガ  作者: 日向夏
本編

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プロム 後編


 総一郎は、カードキーで扉を開け、貴賓室へと入る。遊子もその後ろに続く。

 中は、正統派な客室で、赤い絨毯にシャンデリアが下がっている。棚には、年代ものの酒が並んでいた。ワインとブランデーが基本で、日本酒はない。


「未成年が飲むなよ」

「なら、置くなよ」


 置いてあることを見ると、パーティ会場ではともかく個室では目を瞑るといったところだろうか。


 総一郎は、部屋に備え付けの電話でルームサービスを頼んでいた。遊子は、仕方なくソファに座る。

 

 部屋は、実に品のよい家具が揃えられているが、一方で電化製品等は極力目隠しされていた。遊子はなんとなく棚にあるスイッチを押してみた。いきなり、モニターが棚の後ろからでてきて思わずのけぞってしまう。


「なにやってんだ?」


 呆れた顔で総一郎が受話器を置く。


「な、なんでもない」


 遊子は、平静を装いつつソファの上に座る。黒檀のテーブルの上には、焼き菓子とフルーツの盛り合わせが用意されている。遊子は、服装が気になってほとんど料理に手をつけられなかったので、その一つをいただく。果物は先ほどまで冷やしてあったようで、水滴が表面に浮かんでみずみずしい。


 部屋のチャイムが鳴り、ルームサービスが運ばれてくる。総一郎はワゴンを受けると、それをテーブルの前まで持ってくる。切子の水差しにグラス、水差しの中は橙色でオレンジジュースが入っているようだ。


「ほれ」


 総一郎は、遊子になにかを投げてよこす。受け取ると、それはルームキーだった。


「なくすなよ」


 それだけいうと、総一郎は部屋を出ようとする。


「総一郎はもう一つ鍵を持っているのか?」


 遊子はたずねるが、総一郎は面倒くさそうに振り返る。


「鍵はそれ一つだけだ」

「なら、朔也さまたちが来たときはどうするんだ?」


 遊子の質問に、総一郎は髪をかき上げながら答える。


「朔也さまには別に部屋が用意されている。ここは、おまえのために準備された部屋だ。東雲家の名は、それだけ有名だということだ」


 そういわれてみれば、と遊子は納得した。そもそも、朔也がいないのに部屋まで案内されることはないだろう。


「朔也さまが帰る時間になったら、呼びに来る。それまでここにいろ。腹が減ったら、またルームサービスでも頼めばいい。それくらいできるだろ」

「おまえはここにいないのか?」

「俺は、用事がある。おまえは絶対ここをでるな」


 素っ気ない返事にカチンとくる。そのように強要されると、逆らいたくなるのが人間の性質だ。


 遊子は行儀悪く足を組み、肘をついた。


「なんで、私がそこまで総一郎に指図されなくてはいけないんだ」


 遊子の言葉に、総一郎は目を細める。ただでさえ、眼つきが悪いのに、さらに凶悪になる。


 遊子は、にやりと笑う。


(反抗的になったよな)


 昔はそんなことなかったのに。


 遊子は遠い記憶の中の総一郎を思い出す。まだ幼く、自分・・の言うことは素直に従っていた頃を。


 挑発するような態度をとったのは、そこが大きい。


「行儀が悪い。足を組むな」

「別にいいだろ、誰が見てるわけでもあるまいし」


 遊子は皿からマスカットの房を手に取ると、そのまま口に入れる。種なしの品種なのでそのままかみ砕き、皮ごと飲み込む。東雲家のご令嬢であれば、何を言われるかわからない品のない食べ方だ。


「俺が見ている」

「おまえしか見ていない」


 自分の本性・・を知る総一郎の前だ、取り繕う必要がないと遊子は笑う。


 総一郎は険しい目つきにプラスして眉間にしわをきざむ。


「この部屋では、それでいい。だが、絶対に外に出るな」


 総一郎は彼なりの妥協点を示し、もう一度言った。


「おまえの指図はうけない」


 しかし、遊子は拒絶する。


 ずっと東雲の家に縛られ続けていた。さらに総一郎にまで、閉じ込められる気はない。


「おまえこそ、東雲家と関係なくなった人間だろ? 私の行動を制限するな」


 遊子がそう言い切ると、総一郎はドアノブを手から離した。そして、遊子の前までゆっくりと歩いてくる。


 三白眼はじっと遊子を見る。理由はどうであれ、遊子につきあってくれるようだ。


「なんだ? 私のお守りはもう嫌なんだろ? さっさとどこかへ行けばいい」


 また挑発するように遊子は足を組直そうと、したが。肩に力がかかり、バランスを崩す。ソファに横になる形となり、目の前を見ると、総一郎の顔があった。

 起き上がろうとするが動けない足を押さえこまれている。腕で押して起き上がろうとしたが、手首が押さえこまれている。総一郎が片手で遊子の両手を押さえこんでいた。


「なんのつもりだ」


 遊子は足を上げて総一郎の腹に蹴りを入れるがびくともしない。痩せ型に見えるが、昔から祖父にしごかれて筋肉質だということを遊子は知っている。引き締まった腹筋に何度蹴りを入れてもひるむ様子はない。


「はしたないぞ、服が破ける」


 淡々という総一郎。


「なら、すぐどけ!」


 遊子は苛立ちながら、三白眼の男に言った。

 総一郎は、「ふーん」と冷めた目で遊子を見ている。


「ならどけてみたらどうだ? 誰の保護もいらないなら、それくらい簡単だろ」

「うるさい」


 遊子はあがいてそれを証明しようとするが無駄だった。総一郎は、的確に人体が起き上がるために起点となる場所を押さえこんでいる。それを押しのける力は残念ながら遊子にはない。

 

 それをあざ笑うかのような総一郎。遊子を冷たい眼線でみつめながら、口を開く。


「知ってるか? 東都自治区には、学校指定の病院の他に、けっこうな数のクリニックがあるってこと」


 いきなり何を言い出すかと遊子は思った。しかし、総一郎は話を続ける。


「なんであると思う? 人口密度を考えると、採算がとれるもんでもない」

「そんなもん知るか」


 遊子の素っ気ない反応に、総一郎は笑う。


「おふざけの過ぎた長期休み後の学園生徒が駆けこむためだよ。守秘義務さえしっかり守れば、これほど客単価のいい商売はない」


 そういうと総一郎は余った手を、遊子の喉へとやった。タコのできたいかつい手のひらは遊子の喉をたやすく包む。


「もちろん、合意の上もあるが、そうでない場合も大きい」


 総一郎の言わんとしていることが、いまいち遊子にはわからなかった。ただ、彼は例をだして遊子に何かを伝えようとしていることはわかった。


「だからなんだ?」

「そうだな。こういうことだよ」


 総一郎は、遊子の喉からゆっくりと手をずらし、顎へと移動する。そして、撫でるように指先を唇にすべらせた。


 遊子はわけがわからないまま、口を半開きにしていた。指先が、歯の間からねじこまれるように入っていった。


「さて、これでどうする」

「……!」

 

 なにする、と口にだそうとしても舌をきっちり押さえこまれているため、話すことができない。顎も固定され、顔を動かそうにも動かない。


「おまえは、今の自分が想像以上に非力だということを認識すべきだよ」


 指が口内を撫でるように動く。舌の上、歯列、上あご、くすぐるように動く指先に遊子はえづきそうになる。


 遊子は顔を揺らす。しかし、動けず、撫でられる感覚が脳に直接伝わってくるようだった。


(やめろ!)


 総一郎とは昔のように戻りたかった。しかし、それは不可能だとわかっている。


 それでも、違う形でもいい。また、ゆっくり二人で話せるようになればとも思っていた。


 だが、これは遊子の求めるものではない。


(こんなの知らない)


 こんな男は、遊子の知っている総一郎ではない。

 もっと、ひ弱な気の小さな少年だったはずだ。


(知らない)


 否定する感情とは別に、遊子の中で未知のなにかが奥底でうごめいていた。

 それに並々ならぬ居心地の悪さを感じ、無駄なあがきで顔を揺らそうとする。何度も顔を振り、総一郎の腹に何度も蹴りを入れているうちに顎の拘束がゆるまった。


 遊子はその瞬間を見逃さなかった。

 噛み千切る勢いで、口内の異物に歯をたてた。


「いってえ」


 総一郎は遊子の口から離した指先を見る。指の腹に歯型がくっきりついている。爪にもじわじわと内出血しているあとがみえた。


 総一郎は目を細めると、傷口を癒すように指先をくわえた。指先を口から離すと、総一郎はソファを降りる。ようやく遊子は自由に身動きが取れるようになった。


「それくらい潔くやれ。つべこべいう暇があったら、相手をいかに撃退するか考えろ。いくら気をつけていてもこういう事態が起きないとも限らないからな」

「……」


 遊子は、いろんなことを口に出して反論したかったが、今の状況についていけず、ただ心臓だけが爆発しそうになっていた。

 なにか口にだそうと何度か口を開けしめするが、上手く声が出ず、総一郎はそのまま部屋を出ていった。


 ばたん、と扉が閉まる音がして、随分たっても心臓はポンプ活動に余念がなかった。


(誰だよ、あれ)


 遊子は、なにごともなかったかのように出て行った総一郎が自分の知っている彼ではない気がしてならなかった。

 たとえ、嫌われても距離を置かれていても、彼のことを一番よく知るのは自分だと思っていたのに。


 遊子は頬から口内に至る先ほどまでの圧力を忘れさせるように、ごしごしと顔をぬぐった。手の甲にファンデーションと口紅がつく。


 なにがなんだかわからず、ぼうっとしていると、ワゴンの上のルームサービスに目がいった。


 遊子の好きなオレンジジュースがそこにあった。




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