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マヨイマヨイガ  作者: 日向夏
本編

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16/34

プロム 中編


「やっぱり変なのか?」


 遊子はキャビアとスモークサーモンのカナッペを食べながら総一郎にたずねた。彼はカクテルグラスをもてあそびながら、周りを警戒している。いくら仕事とはいえ、そんなに気難しい顔をしていては、怪しまれないだろうか、と遊子は思う。


「この服変じゃないのか?」

「露出が派手なのは否めない」


 不満げな声で総一郎が返す。仕事とは関係ない話だが、遊子としては気になるので仕方ない。


「じろじろ見られている気がする」

「……誰にだ」


 突然、総一郎の声が強張ったのに遊子は気づいた。元々、無愛想だったが最近はいきなり怒り出すことが多い。もちろん、その原因は遊子だろう。遊子にとって幼馴染でも、彼にとって遊子は邪魔な子どもだったにすぎない。彼は、ずっと遊子のお目付け役として、使われていたのだから。

 遊子は指先についたクラッカーの粉をハンカチでふき取りながら言った。


「誰って言われても。すれ違った時とか、笑われてる気がするし。さっきも、おまえが料理とってくるときにクラスの奴に声をかけられたんだ。おまえが帰ってくるのに気付いてすぐ向こうに行ったんだが。もしかしてスカートでもめくれてないか?」


 遊子はくるりと回転してみる。総一郎はその様子を冷めた目で見ていた。


「そのドレスは少し前衛的すぎる。あんまり目立たないほうがいい」


 総一郎は、壁際に置いてある椅子に遊子を座らせる。番犬のような目が回りを威嚇するようにぎろりと光っている。


(前衛的……)


 遊子の感性からすると、たしかに露出は多いがそれほど逸脱したデザインに見えない。しかし、それは遊子の意見であって、ごく一般的に見るとかなりおかしなデザインなのかもしれない。

 そう考えると、ただでさえ落ち着かなかったものがさらにひどくなる。


(なんて恰好をさせるんだ、朔也さまは)


 ぎゅうっとスカートをつかんで身を縮まらせるようにうつむく。


 総一郎は、遊子の斜め前に立つと、それでいいと頷く。


「そうしとけ」


 少し満足そうに言う総一郎の声と重なって、彼の後ろから聞きなれた少年の声が聞こえてきた。


「なにやっとんだ、おまえら!」


 ばしっと、朔也に後頭部をはたかれる総一郎。身長差があるので、ジャンプして手のひらをハリセンのように使う。


「朔也さま。用事は終わりましたか?」


 ノンアルコールカクテルを飲みながら、遊子が聞いた。


「まあね。僕はお仕事で仕方ないけど、君たちは楽しんでいると思っていたのに。来てみたらどうだ? 番犬のごとく羊の見張りをしているじゃないか」

「羊なら牧羊犬ですよ」


 遊子が指摘を入れる。朔也はそんなことどうでもいいとばかりにスルーする。代わりに、鈴城が反応した。


「そうだな、牧羊犬。うん、そうだね、オオカミさんといぬくん、どこがどう違うのかな?」


 朔也の後ろでにやにやと鈴城が言った。


「楽しんでってことは、今日は俺たちの出番はないということでいいですね?」

 

 今度は総一郎が鈴城を無視して、朔也にたずねた。


 朔也は笑みとも真顔ともいえない微妙な面持ちで首の後ろをかいている。


「西のお偉いさんが来ていたら大丈夫じゃないかな。まあ、僕たちは予備ね」


 朔也はしらけた顔をして近くのテーブルから、海老のジュレ添えを取る。スプーンを使わずほとんど飲むような形で口に入れると、空いたグラスを鈴城に渡す。鈴城は、サーバーの女性をつかまえて、銀盆に空いた器をのせる。


「面白い話じゃないけど、実力は確かだから、君たちは好きなようにやっていいよ」

「……」


 ならば、なぜ遊子はこんな恥ずかしい恰好をして、人目を気にしなければならなかったのかという疑問になるが、それを口にすると何倍にもかえってきて逆に困るのは自分だと判断した。つまり、黙っておくことにした。ただ、拍子抜けして口が半開きになる。


 遊子がぽかんとしている間に、朔也に話しかける人物がいた。話のかけ方から、朔也とお近づきになりたい人たちだとわかった。


「行くぞ」


 総一郎は、鈴城のように朔也にべったりするつもりはないらしい。遊子を横目に見て言った。


「どこに行くんだ?」


 遊子の質問に、総一郎は、


「奥に朔也さま用の貴賓室がある。一応、こちらに待機していたが、もうそっちにうつっても問題ないだろう」


 と、言った。


 遊子は、前衛的と言われた衣装を隠すようにバッグを抱えて総一郎のあとに続く。






 ホールを抜けて、階段を上がる。途中、警備員のチェックを受けると、総一郎は身分証明証らしきものを見せて、奥へと通してもらう。

 遊子は、廊下から窓の外を眺めながら、歩く。総一郎との間に会話はなく、遊子は上品な中庭のイルミネーションを見ていた。


 時間は午後八時を過ぎたころだろうか。まだまだ学生たちが元気だとよくわかる。中庭で自慢の楽器を弾くものや、踊りを披露するものもいた。ただの金持ち学校ではなく、東都にはそれだけ芸達者が多い。


九時に一度お開きになるパーティだが、二次会のようなものがあるらしい。迎賓館は、宿泊施設も兼ねているので、そこで個々に集まるか、もしくは近くのホテルで集まるか、そんなところだろう。二次会参加は基本、二十歳以上と決められているが、それを守るものはどれくらいいようか。

少なくとも、遊子は朔也のことを考えると、「未成年ですから」の常套句は使えないことを予想している。


 きれいに磨かれた窓には、奇妙な恰好をした自分の姿がうつっている。


(滑稽だな)


 そこには女物の服を着、化粧をした自分がいる。一生慣れることはない違和感が、鏡の中で付きまとう。

 ガラス窓を殴りつけてやりたい衝動にかられながらも、拳をおさえる。殴ったところで、手を痛めるだけだ。


 窓に、前から来る男性の姿が見える。総一郎が足を止めた。遊子は総一郎の背中にぶつかる。総一郎が頭をぐいっと押さえるので、無理やりお辞儀させられる形となる。

 前から来た男もいったん止まり頭を下げた様子で、そのまま通り過ぎていく。通りすがる際、品のいい香水の匂いがした。


「ちゃんとあいさつくらいできる」


 遊子は押さえつけてきた手をどける。総一郎をぎろりとにらむが、彼はぼんやりと口を開けていた。


 遊子は首を傾げて総一郎の顔をのぞきこむ。


「どうした?」


 総一郎は遊子と目が合うと、首を二回振った。


「いや、なんでもない。行くぞ」


 と、遊子の手を引っ張って廊下を速足で歩いた。


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