プロム 前編
「なんでよりによってそんな恰好なの?」
仁王立ちし、おどろおどろしい雰囲気をだすのは朔也だった。朔也はいつものリボンタイではなくネクタイを締めている。少しだけ大人びて見えた。
「渡したドレスあったよね?」
「動きやすい恰好のほうがいいと思いまして」
遊子はパンツスーツを着ていた。どこがおかしいのかと、自分の全身を見る。多少、胸元とおしりがきついことを残せば特におかしいことはないはずだ。スーツは男性ものしかなかったので仕方がない。上背が高いので、女性ものだと合わないのだ。
「あったりまえだよ! 君は就活にでも行く気? リクルートスーツにしか見えないよ?面接? んでもって、ここだけなんで強調してんの!」
見た目に反したどすの利いた声で遊子を指さし怒鳴る。胸をつつきそうな勢いで近づいてくるので、遊子は端に追いやられる。肩幅がないわりに、胸だけは大きく張り出ている。
鈴城はうらやましげに、小柳はうろたえ、総一郎はふるふると震えている。彼の後ろにはセバスチャンと数人の護衛が構えた様子で立っている。
「夜会ってどんなもんかわかっているの? 露出が恥ずかしくて着物でも着てくれば可愛いってもんが、そんなんじゃSPと間違えられっぞ、ゴラァ」
「朔也さま、その台詞はアウトです」
ブランド物のスーツを着た鈴城がだめだしする。甘いマスクだけに、白いスーツが浮くことなく着こなしている。胸に一輪薔薇をさしてもおかしくない。
小柳も総一郎も各々スーツを着ている。総一郎はワックスで後ろにやった前髪が気になるらしく、いじっている。
「みんな、スーツじゃないですか?」
「別にスーツでもいいだろ? いまさら着替えるものなんてないだろ?」
動きにくいのは却下だろう、と総一郎が賛同する。
「はあ? おまえはなんだ? せっかくの晩餐会なんだぞ。若い娘ならきゃぴきゃぴ言いながら、『ちょっと派手かな』とかいいながら、ちょっと露出の多めのドレスをはにかみながら着るとかそういうのがあるべきだと思わないの? 無理やり横肉持ち上げて谷間作ったり、コルセットで内臓変形させたりするべきだろ?」
「そんなことやってるんだ」
小柳がショックを隠せない顔をする。
「そんな必要ありませんし」
遊子は邪魔だといわんばかりに胸を持ち上げる。正直いらない。
「嫌味か!!」
目を怒らせた朔也、なぜ男である朔也がここまで怒るのか遊子にはわからない。
「農耕民族にあるまじきものでしょうに」
遊子はぽつりとつぶやき、今から行くというプロムとやらを忌々しげに思った。
「隣の部屋へ行って。服とメイクならあるから。もう、これだから」
朔也は女中を内線で呼び出す。
遊子があきらめ半分でメイドたちに連行される。
「オーダーした服についてはお金を払います。ですから勘弁していただけませんか?」
「だーめ。良く似合うから、僕の見立ては間違いない」
やけに自信たっぷりに言うと、朔也は女中のあとについていく。
総一郎たちが部屋を出るとき、振り返り、
「のぞくなよ」
と、念を押した。
「つまりのぞけと?」
鈴城の言葉に、総一郎は後頭部に拳をぶつけた。
それにしても、朔也は堂々と部屋に残っているのだが、これを突っ込む人間はいないのだな、と遊子はスーツをひっぺがされながら思った。
(どう変わるとも思えないが)
下着代わりにガーター付のビスチェをつけ、肩と背中の出る黒いスパンコールドレスを着せられる。胸は押し上げられて、いつもよりも強調されていた。
化粧は下地をつけファンデーションは薄目にパウダーをはたかれる。
薄くシャドウを引き、ラインを入れ、眉を整える。マスカラでも十分だけど、せっかくだからとつけまつげをつけられた。仕上げに赤いラインを引く。
チークで頬をぼかし、鼻と頬骨にラメをいえられる。肩や手の甲、背中にも入れられた。
口紅は赤で、濃すぎないようにベージュと色を混ぜ合わせつけられる。
髪は直毛なのでハーフアップにして少し巻きの入ったウイッグでかさましし、赤いコサージュを髪飾りにする。
爪にシールをつけ、赤い付け爪を張られる。
ラメ入りストッキングをガーターでつるし、足首にアンクレットをつけ、こけそうな赤いピンヒールをはく。
仕上げにショールをつけるとようやく完成した。
「ふむ」
朔也の短い言葉の中に満足が混じっていた。
「心もとないです」
ラインがでないようにと、大変恥ずかしいデザインの下着をつけられたためだ。長いスカートだが、スリットが深くはいっているので、ガーターがちらちらとのぞく。
「我慢して」
「こけそうなんですが」
「エスコートしてもらって」
と、腕を引っ張る。
廊下で待っていた三人と目が合うと、なんだか居心地が悪かった。
「今日はこの車も目立たないだろ?」
と、朔也は会場までリムジンに乗せてくれた。
たしかに、話のとおり、玄関には様々なハイヤーが入れ替わりに入っていたが、コーナーを曲がりきれないほど長い車体はなかった。
車から降りると、緋毛氈が敷かれその両脇には、黒服の男たちが見事な角度でお辞儀をしていた。
朔也の意地悪さはいうまでもなくエスコート役に総一郎をあてがったことだ。鈴城は朔也につき、小柳は意外なことに自分でパートナーを見つけていた。スレンダーなアジアンビューティで、青柳よりも一つ年上の四年生だった。なので、車から別行動で、個人でメルセデスを頼んでいた。朔也はこき使うが給料の羽振りはいいのでこのくらい頼めるのだろう。
「マジで許せん」
ぐっと拳に力を入れる鈴城に、
「そうか。僕では不満か?」
と、朔也がささやいた。天使のような顔に小悪魔の笑みが浮かんでいる
「滅相もない、光栄です。ただ、男の性というものがありまして……」
などと、云々釈明していた。
遊子と総一郎はといえば、
「踵、半分くらい切ってはだめだろうか?」
つま先も踵も痛い。綱渡りでもするかの面持ちで歩いている。
「バランスが悪くなるだろ。それにたぶんオートクチュールだから、切ったりはったりするべきじゃないと思うぞ」
まともな金銭感覚を持った総一郎が至極普通に答えてくれた。しかし、どこか上の空の表情で返事をくれたが目を合わせてくれない。いつものことだと遊子はため息をつく。
門を見ると入場してくる男女は皆手を組んでいた。
「なあ」
「なんだ?」
「去年は誰と組んだんだ?」
あっけにとられた顔をした総一郎はそっぽを向くと、
「誰だっていいだろ」
と不機嫌に答えた。
パーティ会場は学園校区からさほど離れていない東都迎賓館であった。元々、国賓をまねく正統な迎賓館であったが、新しく宮廷近くに作られたため、現在では一般利用でも使われるようになっている。それでも、学生の身分では不相応といえる会場である。
「レンタル料金いくらなんだろう?」
「そういう下世話な感覚は、入学一年間で消え去るぞ」
今日の総一郎はいつもより饒舌で、普段無視している遊子の言葉にも反応してくれる。
中はゴシックだかアールヌーヴォーだかわからないが、洋物建築の真髄が各所にちりばめられていた。巨大なシャンデリアが釣り下がり、壁には絵画と彫刻が並んでいる。柱の一つ一つに彫が施され、壁紙はベルベットでできていた。
入るなりウェルカムドリンクを渡された。赤い色をした炭酸である。
「安心しろ、未成年がいる中で酒は振舞われない」
言われた通り飲んでみると、グレープジュースだった。
「オレンジがよかった」
「文句をいうな」
朔也と鈴城はすでに奥の間に行ってしまったらしい。今回は別行動だと言っていたのだが、朔也のことだ、なにかあるかもしれないと遊子は思っている。
「朔也さまは今回どんなこと考えているのだろう」
総一郎はなにか知っているようだが、言う気はないだろう。
「目の毒だ」
「なんかいったか?」
「なんでもない」
遊子は総一郎の言葉に首を傾げながら歩いていく。
エントランスにはかなりの人数が集まっていて、ちらちらと遊子の見たことがある顔もあった。
「先生! ……と、東雲さん?」
聞きなれた声で振り返ると、メイクアップした沢渡がいた。甘めのピンク色のドレスを着ている。名前は覚えていないが、沢渡と仲の良い女生徒が二人、男子生徒が二人いる。
皆、意外だ、というぽかんとした顔をしていた。
沢渡とはあれからたまに話したり夕飯をともにしたりしている。教室では朔也がべったりついているので、主に寮でのことだが。
「似合ってるね。フリルがすごく可愛い」
遊子が正直にほめると、沢渡は照れた顔をして、
「もう、東雲さんには言われたくないなあ。ってか、なにこれって感じだし。それに、なんで木月センセも一緒なの。気になるんですけど」
「そうそう、なんで?」
「ずるくない? センセ私たちの誘い断ったでしょ」
なるほど、誘われていたのかと、総一郎の顔を見ると、
「こいつと俺は従兄妹同士なんだよ。まあ、学校内では、身内びいきしないように他人のふりしてたけどな。なんか朔也さまに気に入られている以上、こいつもこういう晴れの舞台に出なきゃなんねえし、だからって一人だとかわいそうだろ。他人誘うなんて器用な真似できねえし。面倒だが仕方ねえんだよ」
生徒相手にもぶっきらぼうな口調のままらしい。
実際は従兄妹ではなく、母親同士がはとこなのだがその点は端折ったのだろう。ともかく、説得力はあったようで、
「ええ、初耳。そうだったんだ、東雲さん」
「大変ねえ。あっ、もちろん東雲さんもだよ」
「東雲さん、こういう場所より部屋でテレビ見てるほうが好きそうだもんね」
なにやらどさくさに紛れて失礼なことを言われた気がするが、気にしないことにする。三人とともに来ていた男子生徒はなにやらじっと遊子のほうを見て黙っていた。
開会の時間になり奥の間が開くと、
「じゃあ、またね」
と、いってしまった。
「随分、もてもてだな。弁解もやたらうまかったし」
遊子はなんともいえない気分になって、そんな言葉を言ってしまった。
「朔也さまと一緒にいれば、嘘の一つくらいできるようにならないとな」
「そうか、善処する」
遊子と総一郎もエントランスをあとにした。