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マヨイマヨイガ  作者: 日向夏
本編
14/34

嵐の前に


(ここの生徒ではないのか?)


 遊子ゆずは、図書館の資料室に籠もっていた。テーブルにはここ十年分の卒業アルバムが積み上げられている。

 入学当初から何度も見直したが、遊子の探す人物はいなかった。行事の写真一枚一枚を見てもそれらしいものはうつりこんでいない。


 司書のいなくなる時間を狙ってこの資料室にはやってきていた。在籍する生徒が生徒だけに個人情報の流出にはうるさいからだ。それでも、完全に気づかれていないとは思っていない。


 秋人あきひとは学園祭でかの人物に会ったという。ならば、部外者の可能性も高いわけだが、東都学園は特殊な場所なので、いくら学園祭で解放しているとはいえ、学園に入ってこられる人間は限られる。


 切れそうな蜘蛛の糸をたどるような真似をしなくてはならないのに、その先が絡まっていてはどうにもならない。


 朔也には、遊子の探している人物についてすでに説明していた。ゆえに、遊子が資料室に籠もることも容認してくれているだろう。情報にはやい朔也も、首を傾げていたのでわからないらしい。ただ、興味深そうににやりと人の悪い笑みを浮かべたので、なにかしら調べてくれる可能性はあるかもしれない。

 総一郎そういちろうは不機嫌な顔で、遊子をじっと睨んでいた。深追いするなということだろう。






 学園の生徒が帰省で減った夏休みは、特にひどいよどみはなく、平穏な毎日だった。

 帰省からもどった遊子に待ち受けていたのは、暇を持て余した朔也のお守りだったが。


 絵に描いたようなバカンスに付き合わされたり、旧校舎を丑三つ時に探検したり、フツーの女の子らしくショッピングなどと連れまわされたが、まあ特に言及するほどのことはないので端折はしょっておく。とくに、なぜ朔也が女の子らしい買い物に付き合わせたかについては何も言うまい。そういう世界があるのだと思っておく。


 遊子は、朔也がもし女の子で、遊子の母と親子だったら実に円満な関係が築けるだろうと、まだ包装をあけていない箱の山を見て思う。コルセットを模したハイウエストのスカートに、リボン付のフリルブラウス、ガーター装着タイプのストッキングに底の厚いエナメルの靴。いわゆるゴシックロリータというものだ。これは、純和風のしょうゆ顔に対する挑戦であると受け取っていいものか、遊子はそんなことを考えてしまう。


 遊子は自室の備え付けの机につくと、重ねられた問題集を開く。ぺらぺらとめくり、全部終わっているか確認する。帰省中に済ませた夏休みの宿題だった。夏期講習に出席できない生徒は、代わりにこれをやることとなっている。無論、多くの生徒はそんなものを無視しているので、提出するのはごく一部だ。


 それとは別に、宿題としてあたえられた読書感想文を書かなければならない。課題図書は教科書にのっていたはずなので、適当に書いてしまえば原稿用紙数枚程度すぐに終わるだろうと思っていたのだが、案外難しい。

 夏休み残り二日は、四百字詰め原稿用紙とにらみ合うこととなろう。


 うなりながらシャーペンで頭をかいていると、携帯電話が鳴った。着信は朔也からだ。


「はい、遊子です」

『遅いよ。一秒以内にでてね』

「努力します」


 できないこともないが、電化製品があまり好きではない遊子は当たり障りのない言葉を返す。

 朔也の無茶ぶりは半分くらい冗談なので流しても問題はない。口にだすと怒られるので言わないが。


「何かご用ですか?」

『ああ、言い忘れていたことがあってね。明日、うちの屋敷に来てね。衣装合わせするから』


(衣装合わせ?)


 一体なんのことであろうか、と首を傾げる。

 すると、遊子の困った顔を想像したらしい朔也が親切に教えてくれた。


『夏休みの最終日は、プロムがあるから』


(ぷろむとな?)


 聞きなれぬ単語にまた首を傾げる遊子。


『休み前に話を聞かなかった? 大学部と合同でパーティがあるって』


 聞いたような気がする。たしか、掲示板にもそれらしい情報が貼られていた。しかし、自由参加ということもあって、遊子は気にすることもなかった。どんな服を着ればいいのかわからないし、夏休みの最後くらいゆっくりしたい。現に終わっていない宿題がある。

 なによりそんな西洋かぶれの真似をしても自分に合わないとわかっていたからだ。


「不参加でけっこうです」

『フルオーダー品無駄にする気?』


 朔也は遊子に対して脅しをかけてきた。なるほど、と遊子は合点がいった。先日、無理やり服を着せかえさせたり、買い物に連れて行ってサイズを測っていたのだろう。してやられた、と遊子は頭を抱える。


『仕事だと思って諦めてね。いい感じの出来てるからさ』


 楽しそうに笑いながら、朔也は電話を切った。

 遊子は疲れた顔で椅子に座ると天井を見上げる。


(仕事だと言われると何も言えなくなる)


 迷ひ神は周りに餌が多いほど、増加する。夏休みの少なかった分、反動がくるのかもしれない。特に華やかな舞台があれば、それに応じたものが現れよう。


 遊子は携帯を置くと、机の引き出しをあける。

 小柄こづかとともに送られてきた懐刀がある。掃除にきたとき見つかると問題なので、引き出しに鍵をかけて保管している。


(念のために持っていくか)


 持って行ったところで、遊子の出番はないとわかっているが。


 青いちりめんに包まれた刀を忘れないように鞄の奥に押し込んだ。

 


○●○


 

 窓の隙間から朝日がこぼれている。


「おはようございます」


 ゆっくりと寝台から起き上がると、服を持った女中が立っていた。

 葛城かつらぎは、重い身体をゆっくり持ち上げると柱時計を見る。針は八時を回っていた。


 いつもより早い時間だった。

 病弱な皇子に対し、使用人たちは甘い。成人し、公務をおこなうようになった今でも、時間があれば睡眠にあてるようにしている。

 

 上掛けをかけたまま、さしだされた衣服を受け取る。

 女中はゆっくり頭を下げると退室した。衣服を着替え終わるころには、焼き立てパンの香りが部屋に到着しているだろう。


 シルクの肌触りを気持ちよく感じながら、袖を通す。右腕は袖の長さがちょうどよいが、左腕は肘から先が余っていた。

 葛城は左袖をめくると、ナイトテーブルに置かれた箱を開ける。そこには、合成樹脂で作られた精巧な義手が横たわっている。現代科学では、本物と同じように動かせる義手も作られているが、葛城はあえて機能性のないものを愛用していた。


 接続部分に違和感を持ちながらつなげると、袖を戻す。指先が動かなくとも、振舞い方次第で気づかれないもので、葛城が義手だと知っているものも屋敷では数えるほどしかいない。今しがた、朝食をとりにいった女中も、いまだ葛城の左手がないことを知らないだろう。


 葛城は椅子に座ると、テーブルの上に置いてある手帳を見る。側仕そばづかえのすべきスケジュール管理であるが、葛城は自分でやるようにしていた。右手で器用にページをめくる。


 女中がワゴンを押して、部屋に入ってきた。香ばしいベーコンの匂いがした。


「今日は何日だったかな」

「八月三十日です」


 朝食をテーブルに並べながら、女中が答える。着替えているほんの数分の間に、半熟のプレーンオムレツとベーコン、コンソメスープにフレンチドレッシングのサラダ、それに焼き立てのパンを用意してくれる。これに、コーヒーはブラックであれば完璧なのだが、健康を気づかってかカフェオレになっている。胃に優しいようにミルクがたっぷりと砂糖が少し入っているが、葛城には甘すぎる。


 食事の準備が整ったところで、手帳を閉じる。


「明日はまつりごとか」


 今日よりも早起きしなくてはならないと葛城は思いながら、スープをすすった。




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