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マヨイマヨイガ  作者: 日向夏
本編
13/34

帰省

(公共交通機関ってこんなに面倒だったんだな)


 遊子は、人がごったがえす駅を見てため息をつき、さらに列を作っていた。


 ようやくクローバーマークがついた指定席につくと、隣には無愛想なつらが座っていた。


「奇遇だな」

「そうでもない」


 むっつりした顔で腕組みをして、足を組んでいる。見慣れた三白眼の男だった。

 遊子ゆずは邪魔だと、足をのけると窓際に座った。


「電車くらい一人で乗れると、言ってくれないか?」


 おそらく先日渡した荷物の中に、切符が入っていたのだろう。遊子あての荷物にも切符が入っていたからだ。たまたま隣の席なんていう偶然はありえない。


「そうか? 駅員は迷惑していたようだがな」


 皮肉な口調で総一郎が言った。


 遊子は口をつぐむ。三回ほど、駅員に道を案内してもらった。見ていたのなら、連れてってくれればよいものを。

 

「この様子だとタクシーつかまえるのに手間がかかりそうだな」


駅までリムジンタクシーに乗ってきた遊子だが、それも自分で呼んだわけでなく寮の職員に呼んでもらった。

手をあげると、ちゃんと止まってくれますよ、と教えてくれたが遊子としては、本当に止まるのか心配でならない。


 ちなみにいまだ、カーナビには遊子の実家付近の道はうつらない。住所だけでたどり着く場所ではない。

 人里離れたというわけではないが、地元民でないとうまく説明できない場所にある。駅から運転手に説明して、無事つける自信は正直なかった。


 学園に入学した時は、母と乳母がわりの総一郎そういちろうの母が一緒に来てくれた。ちなみに移動手段はヘリだ。揺れるがはやく、現地に直接つくという点では利点が大きい。学園には専用のヘリポートがある。遊子の他にもこれを移動手段としていた者たちはいたのだが、聞くところによると一般的ではないらしい。


 普通ではない、と言われると次からヘリを使おうなんて思わなくなる。

 迎えに行くという母の言葉を遊子が断ったため、こうして総一郎をお目付けにやったのだろう。


「ちゃんと、おばさんには連絡したみたいだな」


 総一郎はむすっとした顔で、背もたれを倒すと、アイマスクをして眠り始めた。まだ、帰省ラッシュは始まっていないらしく、グリーン車はがら空きだった。


(憎らしい奴だ)


 先ほど買った駅弁についていたシールをはがし、貼り付けてやる。なんだか、朔也に感化されてきた気がしないわけでもない。


 遊子も同じように背もたれを倒すと、ぼんやりと窓の外を見た。

 山と田畑と町並みの繰り返しに、いつのまにか眠っていた。






 新幹線を降り、タクシーに乗ること三十分、ようやく実家に到着した。ナビにものらない場所へと誘導したのは言うまでもなく総一郎だ。運転手に「兄妹ですか?」とたずねられ、総一郎は「違います」と即答していた。


 田んぼに囲まれたなにもない土地、道路だけはしっかり舗装されているが、それをのぞけばいつの時代の光景かわからなくなってくるだろう。そんな場所ににあるのが、時代劇に出てくるような武家屋敷、機能性の乏しい我が家である。


「おかえりなさいませ」

「おかえりなさい」


 割烹着姿のお手伝いさんと母が出迎えてくれた。母の腕には、まだ幼い弟がきゃっきゃ笑っていた。


「ごめんな。バイトがあったっちゃろ」


 母が総一郎に言った。


「いいえ。問題ありません」


 母は、結婚して二十年以上、いまだ変わりなくなまった言葉を使う。かなり西のほうの方言だ。

 総一郎は、母に頭を下げる。

 母におばさんの場所を聞くと、奥へと入って行った。


「ただいま」

「遊子、みそぎしとく?」


 母は、遊子を見るなり、そんな言葉をかけた。


「うん」


 頭をはらうように撫でる母に、遊子はこくりと頷いた。母には遊子にこびりついた澱みが見えているらしい。






 遊子は、白装束を身に付け、ゆっくりとつま先から泉に入る。

 透き通った湧水は冷たく、夏の外気の中でも震えを感じさせた。屋敷の裏にある泉で、裏山の雪解け水が少しずつ涌き出している。


 苔むした岩に足を滑らせないように気をつけながら、腰まで水につかる。


 よどんだ空気が、水に清められていくような感覚がする。

 母が禊をすすめるときは、いつも身体に悪い空気を纏っていたときだった。そんなときは、真冬でも冷たい湧水につからねばならなかった。


(けっこう汚れてたんだな)


 目に見えない澱んだものを、水で流していると、上からなにか音がする。羊歯しだの生えた岩壁の上を見ると、懐かしい顔が堂々とのぞいていた。泉の周りは、のぞきなどできる作りではないが、何事もチャレンジャーがいるものである。


秋人あきと兄、危ないですよ」

「よう、久しぶり」


 奔放な従兄いとこ殿を仰ぐ。以前は、本当に兄になるか、それとも旦那になるかという話のあった元婚約者だ。

見た目はホスト崩れだが、中身もホスト崩れである。祖父の大事にしていた水墨画のコレクションを蔵から持ち出し売り払ったことで出入り禁止をくらったはずだ。会うのは一年ぶりくらいになるだろうか。


「おじい様に怒られますよ」

「今日は、いねーから大丈夫。それよか、遊子ゆうこ、金、貸し……」


 言い終わる前に、ごんっと鈍い音が聞こえ、目を見開いた秋人がそのまま岩壁の向こう側に落ちて行った。どすんという大きな音とともに、なにかが引きずられていく音も聞こえた。


「どうしたんだ?」


 壁の向こうは柔らかい地面になっているので、落ちても問題はないだろうが。


(死ぬことはないか)


 遊子は、禊を終えると、白装束から着替えることにした。






 コットンブラウスとロングスカートに着替えると、なぜか総一郎が秋人を引きずっていた。


 秋人は暴れていたが非力なので、鍛えられた総一郎に歯が立たない。負け犬のごとく、「この居候」とか「むっつり」とか「ロリコン」とか叫んでいる。


「何しているの?」


 遊子は秋人の手前、女性・・的な言葉を選んでたずねる。


「のぞき魔の捕獲」


 そういえばのぞかれていたことに遊子は気付き、助けを求める秋人を見殺しにすることにした。


 どうせ、助けたとしても金の無心に来ただけだろうし、勝手に家探しされるのも困るので仕方がない。

 憎めない性格をしているが、人間として致命的に駄目なので困ったものである。


「おーい、遊子」


 襟首をつかまれ、猫の子のようにひっぱりあげられている秋人がいった。


「探し人見つかったか?」


 その言葉に、総一郎は鋭い目をぎらつかせ、秋人の鳩尾みぞおちに拳を見舞った。口の減らない従兄は、ようやく黙ってくれた。


「秋人になにいわれたか知らないが、こいつの話を鵜呑みにするのは馬鹿のやることだぞ」

「なんのことかな」


 遊子は、口調を戻すと自室へと向かった。


「まだ、見つからないよ」


 二人が見えなくなったところでぽつりとこぼす。


 秋人もまた、東都学園卒業者である。大学部まで行っていないが、中高と六年間通っていた。


 その男が、去年の冬に言ったのは、


「生きてたら、あんな風になってたかもな」


 と、いう言葉だった。


 数年前、たった一度、学園内で話したことのある男子生徒の話をした。切れ長で古風な顔立ちをした左腕のぎこちない青年の話だ。

 名前も、学年もわからない、人懐っこい秋人がたまたま話しかけた人物だった。


 まあ、この後、蔵に入り家探しをして、祖父の雷を受けたわけだが。


 遊子は他愛もないこの言葉で、進学先をかえることにした。

 針の先ほどの、どこまで信じていいのかわからないその言葉で。


 遊子はふと、足を止める。

 ふすまを開けると、二十畳の座敷が広がっている。床の間には、祖父のお気に入りの焼き物と掛け軸が飾られている。祖霊舎がまつられ、壁には遺影がかけられている。一番端にかけられているのは、遊子によく似た切れ長の目をした少年だった。


 東雲真人まひと、本来の東雲家の長子は、この写真の人物だった。






 遊子が帰ってくるということで、珍しく父が早く帰ってきていた。いつもなら、平日であれば別宅に泊まり、週末にしか帰ってこないひとである。ど田舎にあるため、会社の通勤に不便なのだ。先日、たまたま電話にでていたのも、朔也の連絡があったからだろう。


 かわりに祖父は帰ってこない。父の数倍輪にかけて頭の固いひとである。たかだか、孫娘のために仕事を切り上げる真似などしないのだろう。

先日まで、毎日、電話をかけて監視していたものとは思えなかった。むしろ、それまでのことが異常だったのかもしれない。


 おかげで夕食は、比較的和やかなものになった。

 五年ぶりに帰ってきた総一郎に、父は機嫌をよくし、大吟醸を振舞っていた。果物のような芳香で、飲んでいない遊子もできがよいことがわかる。


 ちゃっかり秋人が、夕食をいただいているところを見ると、父をうまくほだしたのだろう。情に流されやすいところが経営者として不向きだと、いつも祖父に言われている。


 夕食は、遊子の好物のあゆたで酢が添えられている。こんにゃくのからし味噌田楽に、はものしゃぶしゃぶもある。

 肉料理もあるのは、総一郎にも合わせたのだろう。残念なことに、一番喜んでいるのは、秋人だったが。


 食事中に会話をするのは下品だと言われているが、祖父がいない今、家主の父が話しかけてくるので返事をするしかない。

 執拗に聞いてくるが、朔也のことは最低限にとどめておいた。

 母はちらりと遊子のほうを見るが、すぐ、弟の世話をしていた。

 久しぶりに落ち着いたひと時だった。






 その晩、弟を寝かしつけた母のもとに行くと、母は一言だけ言った。


「好きにしたらいいけど、無理せんどいてね」


 何を聞くわけでもなく、答えるわけでもない。遊子が頑固な性格だとわかっているからだ。


 柔らかい弟の腕を持ち、指先でまじないをなぞる。

 きっと、弟が七つになるまで続くのだろう。遊子も同じようにされてきたのだから。


 七つのお祝いまでに、神さまにさらわれぬように。






「そんな恰好でいくのか?」

「着物よりましだろう」


 遊子は白いワンピースにつばの広い帽子をかぶっていた。地味目の服は、弥生寮に置いているので、うちに残っているのは、母の趣味がいかんなく発揮された少女趣味なものか、和服かのどちらかである。

手には桶と柄杓を持っている。


 総一郎は無言のまま、桶と柄杓を奪い取ると、すたすたと歩いていく。


 遊子は歩幅も合わせてくれない幼馴染のあとを、小走りになりながらついていった。

 蝉のうるさい鳴き声と、遠慮のない総一郎の歩き方のおかげで、身体はぐっしょりと汗まみれになった。


 無駄に広すぎる私有地だと、遊子はいつも思う。


 ついた先は、大きな御影石の前で、周りにいくつも同じものが並んでいる。

 東雲家の墓は、広大な敷地内にあった。


 よく遊子の家は、古めかしい武家屋敷の周りだけだと勘違いされるが、実際はその周りの田畑と裏山、中には民家も含め、いわばひとつの集落が東雲の土地である。住んでいる人間は、酒造所に勤めるものや、その材料を作っているコメ農家がほとんどである。


 集団の墓地と違い、定期的に庭師が草むしりをしているので、掃除の必要はない。総一郎が汲んできた水を柄杓で墓石にかける。


 父に言われ、仕方なくきてみたもののくだらないと遊子は思う。柄杓の水を腕にかけ、火照った身体を冷やす。


「いっそ、私に水をかけたほうが早いのではないか?」


 冗談めかした遊子の言葉に、総一郎は目をきつく細める。


「滅多なことはいうな」

「わかっている」


(誰もいない墓か)


 一部のものにしか知られていない真実、『東雲真人』と書かれた墓石の下には、誰もいない。ただ、欠片だけが骨壺に収まっているだけだった。






 帰省は二週間、遊子は何をするわけでもなくのんびりと毎日を過ごした。弟の面倒をみたり、宿題をしたりそんなところだ。一度だけ、取引先の息子と見合いまがいのことをしたのだが、やたら胸元ばかり凝視するので、全員一致で破談となった。


 総一郎は、元々長居する気はなかったようだが、父やおばさんに止められ、一週間ほど留まった。おばさんの住んでいるのは、敷地内の別棟で、そこで使っていた部屋はそのままにしてあった。


 そのあいだ、祖父が別宅から帰ってくることは一度もなかった。


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