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マヨイマヨイガ  作者: 日向夏
本編
1/34

東雲遊子

 六月の半ば、湿った空気が頬を撫でる。


 入学から二か月がたった現在でも、遊子ゆずは教室に溶け込めずにいた。

 クラスの半分は中等部からのエスカレーター組、残りの多くはスポーツ特待生が占める中で遊子は残り少なき一般入試組であった。元々、深い対人関係を作りづらい性格も相まってか、休み時間は次の授業の予習か、風に揺れる木々を眺めるだけで終わった。


 一見、寂しげな光景であるが、遊子はそれを気にしておらず、ゆえにそれが今の状況を増長させているのであった。これまで幾度か彼女を昼食に誘うクラスメイトもいたが、どこか浮世離れした彼女が年相応の話題についていけるわけもなく、みな自然に離れていった。


 つやつやとした黒髪をまっすぐに切りそろえ肩のあたりで一つに縛る。アイラインの必要がない切れ長の目は、ブレザーよりもセーラー服のほうが似合いそうな、悪く言えば時代錯誤の少女、それが東雲遊子しののめゆずであった。





(終わった)


 遊子は四時限目の教科書を机にしまうと、忙しく学食へ走っていく生徒たちを後目に中庭へと向かった。中庭は広いが、手入れは行き届いている。月に一度、業者を呼んで整えている。煉瓦の敷き詰められた道を進んでいくと、段々、人通りは少なくなる。向かう先に、大きな建物が見える。


 巨大な鳥かご、そのように形容すればいいだろうか。元々は温室として全面ガラス張りだったそれは、今はただの骨組みだけとなっている。近日、取り壊しをする予定だが、その寂れた空気が遊子の好みにぴったりだった。骨組の表面は錆びついているものの、造形は美しいままだ。誰もいないことが、遊子にとってさらに好都合だった。


 誰の声も聞かなくていい、見なくてよいのだから。


 温室の中心にある大きな木の下のベンチに座る。持ってきた布包みを開け、重箱を取り出した。中には五穀米のおにぎりと京野菜の煮物、焼き魚と煮凝り、他にもおかずが数種、きれいに笹で区切られて入っている。

 好き嫌いはないつもりだが、肉よりも魚と野菜を好む遊子は、食堂より寮で特別に作ってもらった弁当を好んでいる。


 箸で手毬のような海老しんじょをつまんで口に入れる。歯ごたえがよく甘酸っぱいタレがよくあっていた。


 よく噛んで飲み込む、その繰り返し。

 

 ふと遊子は腕時計を見る。時間は十二時半になろうとしていた。

 制服のポケットから携帯電話をとると、見計らったように着信が鳴った。


「はい、遊子です」


 表示画面を見なくてもわかる相手は聞きなれた低い声だった。しわがれた、しかし威厳を失わない人物のものである。話の内容は、それでいてありきたりなものだ。


「中間テストの結果は戻り次第報告しますので。はい、食事はちゃんととっております」


 毎日、変わらぬことを聞く祖父を遊子はいつもどおり模範的に答える。電話越しだというのにぴんと背筋を伸ばしてしまう。


「わかりました。東雲の名に恥じぬよう勉学に励みます」


 五分足らずの間に一日の報告を終えると携帯電話を折りたたむ。大きく息を吐いた。相変わらず身内とも思えない堅苦しい言葉づかいだった。


「……おじい様は心配性だ、仕事中だろうに」


 思わず独り言をもらしてしまう。携帯をポケットに押し込み、おにぎりを一口で飲み込んだ。喉に詰まりそうになり、パックのオレンジジュースを飲み干す。


 高校生になって二か月と少し、親元を離れても過保護は変わっていない。


 遊子は空のパックをきれいに潰すと、教室へと戻ることにした。






 五時限目は体育だった。皆、けだるげな様子で更衣室から、体育館へと向かう。


(スポーツ特待生制度って意味があるのだろうか?)


 他の学校はともかく、この学園ではそれは意味をなしていない気がする。遊子の率直な感想だった。


 エスカレーター式の名門校である東都学園は、その生徒の多くは良家の子女だ。偏差値は高いので、スポーツ特待という言葉を使い、成績の満たない生徒を無理やり入学枠にねじ込んでいるのではないのかと思う。というか、絶対そうだと目に見えてわかる。


 女子はバスケだった。もっとも一応形ばかりのもので、ただのボール遊びに近い。突き指でもされたら、えらい目に遭うとわかっている教員は、ひやひやしながら行き過ぎたじゃれあいがないか見ている。

 遊子はだるそうに椅子に座っているクラスメイトを見る。たしか、バスケットボールの特待生として入ってきた生徒だが、ボールを触るわけもなく隣の生徒と駄弁っていた。


 外を見れば、男子はサッカーをしている。休み時間の延長としかいえないだらけぶりで、体育教師も教育実習生にまかせていた。


(無駄に広いグラウンドだ)


 金持ち学校であることも理由であるが、隣に大学部があり、合同練習が行えるように作られている。幼、初等部は市街地に近い場所にあるが、中等部以上は郊外に併設され、学校だけで一つの街のように作られていた。元々、学校周辺は過疎地であり、現在、近隣住民のほとんどは学園のおかげで生活が成り立っている。


 ゆえに、中等部以上はほとんど寮生活で、でなければ近くのマンションに住んでいることがほとんどだ。遊子もいくつかある寮の一つに住んでいる。


(今日の夕飯はなにたのんでたかな?)


 魚が食べたいなあと思いながら、とんできたボールをゴールへと投げ入れた。





 遊子の住んでいる寮は、校門から歩いて五分ほどの距離にある。一見近いようにも思えるが、学園の敷地は広大で、校門から教室に向かうまでの距離のほうが長かったりする。

 大学部になると、賃貸を借りるかいっそマンションを購入してそこに住むものが多いが、高等部以下の生徒はほとんどが寮生活を送る。


 遊子の部屋は十畳一間、トイレ、シャワーがついている。一人部屋というだけで学生寮としては贅沢すぎるが、遊子も含めて部屋が広いと思う者は少ない。洗濯も掃除もハウスキーパーがやってくれる、それが当たり前の学生が住んでいるのだ。


備え付けのベッドと本棚、机とクローゼットの他には不釣り合いなほど大きいテレビがある。いらないといったのに何もないのは寂しいからと両親が送りつけてきたが活用したことはない。実に邪魔だ。


「いっそ、ラウンジに置いたほうがいいか」


 ラウンジのテレビとほぼ同じサイズである。各々の部屋には、専用のテレビを持っているものがほとんどであるが、スポーツ観戦なりドラマなり、皆で見る機会も多いようで、ラウンジでテレビを見る者も多い。

 スペースはまだあるし、寮長に頼んで運んでもらう手もあるだろう。


 そんなことを考えながら、また、時計を見る。六時から学食が開くからだ。


(混んでいるだろうか?)


 人ごみはあまり好きではない、目がちかちかして気持ちが悪くなってしまう。


 そんなことを考えながらも、食欲には負けてしまった。どうにも燃費の悪い身体である。


 遊子はブレザーからブラウスとスカートに着替える。制服よりも地味な私服、一番動きやすいという理由で着ているのだが、無口で人付き合いの良くない性格もあいまって学校でも寮でも地味というのが遊子の印象だろう。


 遊子は学生証が入ったカードケースを持つと、部屋を後にした。






 学園の十五ある寮のうち八つは女子寮である。遊子の住む弥生寮には、中等部や大学部も含めて二百人ほど住んでいる。規模と部屋の造りからして、一般的な学生寮とは程遠い。共用スペースにはグランドピアノ完備の防音室や遊戯室、図書室も設置されている。

 寮費も一般のものと比べ、桁が一つ違う。一般家庭の月収がとぶ金額らしいが、遊子にはよくわからない。


 寮の食堂はすでに列をなしていた。制服やジャージ、トレーナーを着た女生徒ばかりで遊子のような恰好をしているほうが珍しかった。いいところのお嬢様が多いのだが、自然とこういう場では動きやすさ、気軽さのほうが上にくるらしい。親が見たら悲しむことだろう。


(やっぱ、時間ずらせばよかったかな?)


 遊子は目蓋をおさえた。ちりちりと、黒い羽虫のようなものが視界にちらついている。飛蚊症に似ているがそれではないものと、遊子はわかっている。

 見えてしまう体質、そう言ったらわかるだろうか。


 遊子はゆっくり息を吐き、何事もなかったかのようにカウンターへと歩く。


 昼食の弁当と同じくメニューは前もって伝えておけばある程度好きなものを作ってくれる。カードリーダーに学生証を通すと、頼んでいたメニューが表示される。


 アツアツのご飯と鮎と野菜のてんぷら、おすまし、やっこにおしんこ、涼しげな夏野菜の寒天よせに和え物を受け取る。てんぷらの味付けはさっぱりと柚子塩と天つゆだ。器が瀬戸物だけに、のせた盆は重く、気をきかせた料理人がテーブルまで運んできてくれた。


遊子は料理を前にして手のひらを合わせた。


「いただきます」


 脂ののった魚に大根おろし、柚子を絞り醤油をかける。ほくほくとしたごはんとともに口に頬張ると得も言われぬ幸せな気分になる。


 魚が標本のような骨になり、おすましを飲み干して席を立とうとすると、


「こんばんは、東雲ちゃん」


 と、ピンク色の派手なジャージを着た女生徒が目の前に座った。茶色というより金に近い髪と、あけたばかりのピアス穴が目立つ少女はクラスメイトの沢渡だった。他の学校ではよくわからないが、東都学園ではこういう素行の生徒は目立ってしまう。彼女の場合、高校からの進学組なので、その点はまだ抜け切れていないのだろう。


「はは、みんなまだ部活から帰ってきてないのよ。やんなっちゃう」


 沢渡はパスタをフォークでからめながら話し始めた。

 弥生寮では遊子と沢渡のほかに三人クラスメートがいる。沢渡は特待生だが、他の三人はエスカレーター組だった。遊子ほどではないが、沢渡もそういう意味であぶれているのだろう。


 遊子は早く部屋に戻りたいと思いながら、一方的にしゃべり続ける沢渡に気のない返事をする羽目になった。まあ、その気になれば無視すればよかったわけであるが。人嫌いというわけではない。


 一人で食事をするのに抵抗がある、そんな人種だから仕方がない。


 寛容な気持ちで相槌を打つ。


 それに。


 気になることがあった。

 ちりちりと眼の前に漂う鬱陶しい黒い粒子は、沢渡からこぼれでていた。






 沢渡は食べるのが遅く、パスタ一皿を四十分かけて食べた。


 おかげで遊子が部屋に戻れたのは八時前だ。


 浴場は混んでいるので入るのをあきらめた。備え付けの風呂は、西洋式のバスタブでひのき風呂に慣れた遊子には大きなたらいにしか思えないので、シャワーで済ませる。


(湯船にゆっくりつかりたいな)


 そんなことを口にだせば、明日にでも工事業者がやってくるかもしれない。そこまでしたくない遊子は、明日は浴場にいこうと決心する。


 タオルで髪を拭きながら、枕元の目覚まし時計を見ると、ポケットから携帯電話を取り出す。


 携帯電話が震える。


「はい、遊子です」


 昼間と同じ対応だが、今度の相手は女性の声である。母親であることは、出る前からわかっていた。


「今は寮の私室です。えっ? 服ですか? 十分です。入学前に買いに行ったじゃないですか」


 クローゼットの中には、まだ、袖を通したことのないワンピースやチュニックが詰まっていた。どれもブランドものであるが、どうにも趣味が合わない。フリルやリボンが市松人形に似合わないように、自分にも似合わないことがよくわかっていた。ジーンズが欲しいといったらどんな顔をされるかもわかっていた。


「おじい様の様子はどうですか。……、そうですか」


 部屋のカーテンを開ける。梅雨らしい湿ったにおいがする。明日は、外で食事は無理だな、と考える。


「わかりました。テスト結果は郵送で送りますので。父様によろしくお伝えください」


 あちらの電話が切れたことを確認すると、遊子は電話を眺める。古臭い折り畳み式の携帯電話。下手に多機能なものは使い勝手がわからず、一番シンプルなものを選んだ。


「GPS機能付き」


 携帯電話にありきたりな機能だが、それがとても気持ち悪い。


 遊子はふらふらとベッドに倒れこんだ。リネンがしっかりした寝床は、心地よいが気分は晴れない。

 親元を離れても、家族たちの束縛は変わりなかった。仕方ないことだとわかっている。


 自分が異能なのだから。


 監視されるべき存在なのだから。


「以前よりもずっとましだから」


 そう言い聞かせて、遊子は眠ることにした。






 翌日、一時限目は数学だった。ホームルームの三十分前から教室にいるものは、大体、その予習か出されていた課題を写しているかどちらかである。


 中学時代は毎朝一時間半かけて学校に通っていた遊子にとっては、することがないからという理由で教室に来ていた。暇つぶしに参考書の練習問題を解いていると、必ず現れる人種がいる。


「東雲さん、もしかして課題終わってる?」


 妙に甘えた声をした女生徒だ。名前は覚えていないが、たしか沢渡とよく話しているので特待組だろう。この学園に不似合な姿、髪色をしている。


「うん」


 と、いうとノートを渡した。クラスメイトというのは面倒くさいもので、下手に断ると後々面倒になるのを女子校時代に学んでいた。ゆえに穏便な方法をとる。利害が一方的なものであれ、遊子にとって損がなければ問題ないのだ。


「ホームルーム前には返してね」

「わかったわかった、ありがとー」


 女生徒は自分の席でノートを広げると、周りにわらわらと他の生徒が集まってきていた。ちりちりと黒い粒子が漂っている。


(せめてクラス分けは成績別にしてもらいたい)


 それは別に相手を馬鹿にした意見ではなく、特待組まで一般組と同じスピードで勉強せねばならないのは双方にとって不具合が生じるというものである。東都学園は進学校という形をとっているので、学習は上のレベルに合わせる方式である。あぶれたものは、朝なり放課後なり課外授業に参加せねばならない。


 二学年からクラス分けは理系、文系に分かれ、それぞれ特別進学クラスが設けられる。遊子はとりあえず理系の特進クラスに進むことを考えている。特進クラスは学年の一割程度しか入れず、一般入試組でもあぶれるものがいるのだ。


 一般組にとってそれは死活問題になる。いうまでもなく、エスカレーター組、特待組は家柄のよい、または有力者の子女が多い。成績という己の実力だけで入る一般組は、それだけで肩身の狭い思いをしている。特進クラスを逃せば、学園カーストの底辺のさらに下に位置することになるからだ。


 遊子にノートを借りに来た生徒たちを例にとればわかる。遊子が一般入試組だと知って断れないと思っている点である。要は自分よりも低い地位にいる人間であると高を括っている。遊子の場合、地味な外見がそれを助長させているのだろう。


 選民意識は、今まで小山の大将だった特待組に多い。


 残念なことにそれはお門違いで、遊子もそれなりの名家出身である。この学園に入る実力があっただけにすぎない。ある事情のため、急遽一般入試にて入学したに過ぎない。


(別に害があるわけでもなし)


 なにかしら我慢ができないことにならないかぎり、家の力を借りることはしたくない。


 それでも、『東雲』という姓を聞いて、わかるものはわかっているのだろう。遊子を見下しているのはクラスのほんの数名に過ぎない。


 ゆえにくだらないことで優越感を抱いているのは、そんな教育も行き届いていない成り上がりということになる。


(将来困るのは自分だというのに)


 学園に入る前はきっとちやほやされて暮らしていたのだろう。しかし、東都学園では以前ほど自分の地位が高くないことを知って焦っているのかもしれない。

 くだらないランク付けをするのは人間の本性だとわかっているが、それを隠すくらいの器量はあるべきである。


(みんな引いてるからな)


 遊子は先ほどノートを持っていったグループを見た。その中に、沢渡もいる。

 なにやら剣呑な雰囲気が立ち込めていた。


「なんで、これじゃないって言ったじゃない?」

「えっ、でも、昨日はこれだって、マユちゃんが」


 沢渡はおろおろしながらマユと呼ばれた少女に言った。


「気が変わったの?そんくらいもわかんないの?ありえないわ。私がいったのはラメなしのほう」


 女生徒は沢渡の持ってきた包装を投げる。がちゃんと音がして中から小瓶が出る。淡いピンクのラメ入りグロスだ。遊子にはよくわからないが、ロゴからして海外ブランド物だろう。


「いや、言われてないし」

「なによ、それって私が悪いわけ?」

「えっ、でも」

「それに、軽々しくマユちゃんとか言わないでくれる。友達でもないのに」


 沢渡は泣きそうな顔でマユ周りにいる女生徒たちはくすくすと笑っている。


(周りが冷たい眼で見てるのは、本人たちは気が付かないと)


 完全にいじめである。正直いじめの中では創意工夫のないものといえる。もっと陰険なものを目にしてきた遊子であるがやはり気持ちのいいものではない。まだ、救いなのはクラスメイトの多くがそれを好奇ではなく戸惑いの目で見ており、どのように反応していればよいのかわからないことである。


 いい意味でも悪い意味でも純粋培養が多いらしい。


 沢渡は特待組であるが、特待組の中でも彼女らなりにランク付けがあるのだろう。


(仕方がない)


 遊子は席を立つと、沢渡たちの前にいった。


「ん?なんか用?東雲さん」


 不機嫌な声で日本人形のような少女にいった。


「ノート終わったなら、返してほしいのだけど、ホームルーム始まるし」


 抑揚もなく、遊子は要件を伝えた。


「えっ、でもまだ写し終えてないし」

「じゃあ、私は一時限目の授業、ノートなしでやればいいの?」


暗いとか、地味だとか、おとなしいとかそのような形容詞でくくっていたクラスメイトにそのように言われるとは思っていなかったらしい。言われた女生徒ことマユは、間抜けに口を開けている。


「じゃあ、返してもらうから」


 遊子はノートを取ると、自分の席に戻った。


 後ろからなにか言われているような気がしないでもないが気をもむ必要がなかった。というより、そのような繊細な心を遊子は持ち合わせていなかった。






 それから数日、遊子はくだらない言いがかりをつけられたり些細ないたずらにあったりしたがこれといって問題のないものであった。


 矛先が遊子に向いたことで沢渡の表情は曇っていたが彼女に対するいじめは軽減されているように見えた。しかし、群れから離れる意思がない限り、沢渡の立場は変わらない。クラスメイトは彼女らのグループを除き、それほど悪い人間などいないのだから早く見限ってしまえばよいのだろう。一人でいれば、話しかけてくれるだろうに。


(女って面倒くさい)


 自分の性別を無視した言葉が頭に浮かぶ。


 遊子の物怖じしない態度に飽きたのか、それとも級友に『東雲』の意味を聞いたのか知らないが翌週には私物がなくなることも、足をかけられることもなくなった。遊子としては煩わしさに解放されたわけだが、違う面倒がでてくる。


 沢渡だ。


 顔色が悪く、おびえるように視線を泳がせている。


(これは面倒だな)


 目線をそらしてしまえばいいものの、遊子にはそれができなかった。


 暗くよどんだ気配が沢渡の周りに立ち込めている。彼女の周りに漂う黒い粒子の濃度が上がっている。


 ほかの誰かにも見えているのだろうか、それは。

 本来、不可視のそれは沢渡の周りを重く濁らせていた。

 異能の力があるからこそ、遊子はそれを確認できた。


「迷ひ神か」


 遊子は幼いころから散々言われてきたその言葉を漏らした。お化けとか幽霊とか、それに近く、でも厳密には一緒ではないもの。


「顕在化しなければいいけど」


 眉間に深いしわを残し、遊子は小指の付け根を噛んだ。




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