花(前編)
オリジナルに直してますが、自サイトには名前や細かな設定が別で二次創作としておいてますので、そちら見られた方、盗作ではありませんのでご理解ください。
次の授業の為に教科書を纏めながら、ツンと引っ張られる感覚がして後ろを振り返った。思った通りそこには何も居なかったが、ゆらりと空気が動いてほんの小さな範囲だけど背景が歪んで見えた。
最近、場が不安定で色々変質してて大変だなぁ。とのんびり考えながら、自分よりもそういうのとの波長が変に、複雑に合ってしまうクラスメイトを眼で追った。教科書を持って立ち上がった彼と、一瞬、眼が合う。すぐに逸らされたその整った顔は、教室の外へと行ってしまった。
あ、そうだった。次、教室移動しないと。チカチカと小さな光が回る視界に瞬きを数回してやり過ごして、後に続くように教室を飛び出した。彼と眼が合うと何故か毎回光る。地味に眩しいけどそれが綺麗で止められないんだよなぁ。
私も、そして彼も、所謂見えない筈のモノが見えてしまう。直接彼に聞いたことはないけれど、よく同じモノを見ているからそうだろう。たとえば通学路の途中に浮いている赤ん坊の掌、教室の窓から見える空中でバタ足練習している下半身だけのビキニタイプの水着の女子、それから階段途中で居眠りしている尾の無い犬、偏頭痛に悩まされているのに頭の無い保健室の住人。そんな、こちら側には居ない存在を。
彼の方も、私が見えることに気付いているっぽい。けど、どちらからも確認はしたことない。なんとなく、そう、共有の秘密を持っているみたいで、ちょっと楽しかったりしているからかもしれない。向こうがどうかは分からないけど、たぶん、卒業してもこのことはお互い触れずにいるような気がする。
この瞬間までは、たしかにそう、思っていた。
階段前の窓を凝視している彼を見つけた。グルグルと全身に包帯を巻いている、たぶん男の子。こちら側には居ないのに、窓に映った形で存在している。何処かで見たことがある気がして首を傾げた瞬間、グニャリと一瞬包帯くんが歪んで、何かがパリンと割れた音が響いた。それも、私と彼だけに聞こえる音で。
「守屋くん!!」
思い切り名前を呼んで、ふらついた彼を支えるために慌てて走る。倒れる前になんとか支えられたけど、お、重いいいいい!!高いし重いし硬いし、とにかく重い。ほとんど抱きつくような形でなんとか支えて踏ん張った状態で、声を掛けるもいまいち反応が鈍い。これは保健室行った方がいいな。
守屋くんの友だちらしい男の子が心配そうに声を掛けてきてくれたので保健室に連れて行くことを伝えて授業に行ってもらった。
……さて、今、二階で保健室は一階。階段落ちないといいなぁ。
三回くらいは落ちる覚悟をしつつ、いつもはうとうとしているわんこが手伝ってくれたおかげで落ちずになんとか保健室に辿り着いた。わんこ可愛いよ、わんこ格好良かったよ。今度お前の好きな湯豆腐持って来るね!と言うように見つめると、耳をピクピク動かして一声鳴いて去って行ったわんこの後姿が頼もしかった。生きていたなら是非とも家の子になってほしかった。
いつまでも見送る訳にもいかないので行儀が悪いものの足で横開きのドアをなんとか開けると、いつもならのんびりお茶している保険の先生が居なかったので思わず、うわー役立たず、と呟いてしまった。仕方が無いのでどっこらせ、と転がすようにして守屋くんをベッドに横にさせる。苦しそうな表情をしつつ薄っすら此方を見る守屋くんは色気が漂っていた。下睫毛長いし羨ましいな。
「原、さん…?」
「気付いた?大丈夫?」
返事をしながらも内心、おお!とちょっと感動していた。お互い見えることで認識していても、私は彼のように目立つタイプでもないし、クラス一緒でも話したこともないし、名前がパッと出てきてくれるとは思わなかった。
「俺、は…、」
「ああ、うん。そっちは大丈夫だと思うよ。彼もう、見えないから」
「そうか」
安心したように息を吐いて、眼を瞑っても下睫毛長い。むしろ余計に長く見える。羨ましい。って違う違う!
「とりあえず、先生呼んでくるね」
小さく伝えると、ゆっくりと頷いてくれた。
守屋くんをジッと見て、保健室をザッと見回す。うん、大丈夫。何も居ないし、歪んでない。そう思って安心して保健室を出た。弱っている守屋くんの邪魔にならないようにゆっくりドアを閉めようとした。
―――あれ、でも、ちょっと、待って。
カラカラカラ、と閉めかけたドアをピタリと止める。自分の指の分の隙間だけが辛うじて開いているのを見つめながら考えた。
どうしてなにもいないの?
ぞわりと全身を走る何か。ざわざわと揺れている隙間の向こうの保健室。
これ、向こう側と繋がっちゃってるじゃんか!
「守屋くん!!」
ドアを壊す勢いで中に入るけど誰も居ない。
まずったー!これはまずった!私はともかく、守屋くんはこのままじゃ不味い!此処ではない、と勘に従って廊下に飛び出した。見知った校舎なんだけど、完全に向こう側になっているのを見て頭を抱えたくなった。流石にこっちには来たこと無かったけど、たしかに最近場が不安定だったけど、どうしてこうなった。
不意に視線が陰る。目隠しをされて、耳元で声がした。
「 つ か ま え た 」