記憶の序章 -出会いと再会 -
これは作者・神夜 一颯の完全オリジナル作品となります。
ぜひ 試しに読んでみて下さい。
大陸最大の中立国家、フェナール王国。
128代現国王、キャンベル・オリス・A・シリア・フェナール。親しい者は彼を旭祢と呼ぶ。
***
「国王陛下、森のことについての対処は考えていただけましたか?」
「何度も言うが 森は今のまま残す。森についてはもう終わりだ、いいな」
「ですが・・」
「しつこい。下がれ、もう用はない」
「・・・失礼します」
何度も提案される貴族からの申し出に 相手が見えなくなってため息を付く。
「殿下、少し休まれては?最近 仕事のし過ぎです」
旭祢の幼馴染で国王としての片腕でもある如月 直が言った。
「直、二人の時に敬語はやめろ。あと殿下ってのも」
「わかったよ。ごめん、旭祢」
「うん、それでいい」
「それよりオレが釘刺しといたのに まだ森のこと言ってるな。貴族たちは」
「ほんと 自分たちの事しか考えてないからな。あの連中は」
「どうするんだ?」
「もちろん森に手出ししないようにチェシャに見張らせてるよ。あの森には多くの動物が住んでるんだから森を減らして 道を造るなんてさせないさ。必要な道でもないんだから」
「旭祢、いいかげん休まないとまた急に倒れるぞ?少しは体の事も考えなさい」
「あはは、俺の親かっての。直は。そんな言わなくてもそろそろ休むよ」
「じゃあその間の仕事はこっちでやっとくから」
「了解。んじゃ 一眠りしてこようかな」
「じゃあ あとで」
王の間から寝室のある執務室へ移動する。
「今からなら会議まで3時間、か。とっとと休もう」
国王の執務室には限られた者しか入らない。
「旭祢様、直さんからここにいるって聞いたんですけど・・あれ?いない?」
眠りに入ろうとした時、執務室から声がした。こちらも扉に声をかけて呼ぶ。
「チェシャ、こっちだ」
すると扉が開き赤茶の髪が覗く。
「貴族たちが動いたのか?」
チェシャの紅い瞳が旭祢を見つけ こちらへと歩いてくる。
「起こしちゃいました?」
「いや、大丈夫だ。それで?」
「張ってた貴族の使用人が街の子供になんか頼んでるの見つけたから 一応報告です」
「内容は?」
「子供を一人 つれて来いって。森の案件とは別だと思うけど」
「子供、ね。」
「それじゃ。旭祢様」
出て行こうとしたチェシャの服を掴んで止める。
「待った。チェシャ、これから街に行くから付いて来てくれ」
「直さんは?」
「直は仕事中だから駄目。会議まで2時間30あるし 息抜きだ」
「はーい、わかりました」
二人は城からこっそり抜け出して街に出た。そのまま最近 やたらと話に出る森へ向かう。
「遠い・・こんなに遠かったか?チェシャ」
「それは、ねぇ。会議までに戻れますか?ちゃんと」
「さぁね」
「旭祢様 適当だー」
「徹夜で頭が回らないんだよ」
前をジグザグに小走りで行くチェシャを見ながらその先に広がる森に視線を向ける。遠くで声が聞こえた気がしてその方向を見る。
「・・・・」
チェシャにも聞こえたのか同じ様に止まって視線を向けている。
「行くぞ、チェシャ」
「はーい」
しばらく木々の間を進むと チェシャと同い年くらいの5人の子供が何かを取り囲んでいた。
「なにやってんだ?あいつらは」
「真ん中にも子供がうずくまってますよ?」
どうやらその5人は真ん中にいる子供を虐めているようだった。無抵抗な相手に5人で殴ったり蹴ったりしているのが見えた。旭祢はすぐチェシャと駆け寄り
「なにしてる、お前等!」
「こいつが街に来たりするからさ」
周りを囲んでいた内の一人が吐き捨てるように言い 他の四人はその言葉に同意するように笑い再び蹴りつけようとする。
「やめろ!街に誰が来ようと お前たち子供がどうにかすることじゃない。」
「ちっ!」
旭祢に掴みかかろうとした子供の腕をチェシャが捻り上げ普段とは違う低い声音で言った。
「この方にさわるな。消えろ」
チェシャの声音と鋭い視線に腰を抜かした子供たちは街の方向に逃げ帰って行った。
「大丈夫か?」
うずくまっていた少年に旭祢が声をかける。少年は漆黒の布で頭全体を隠しているため他者からは口元しか見えない。旭祢が差し出した手を掴むことはなく 少年は澄んだ声で迷惑そうに応えた。
「・・・・だれ?余計な事 しないでくれる?迷惑だから」
「チェシャたちは助けてあげたのに」
「頼んでない・・僕に関わるなんて 意味がわからない」
「名前は?」
「教える訳ないだろ」
言い捨てるとその少年は森の奥へと歩き出した。
「名前ー」
旭祢の言葉を無視して どんどん遠くなっていく少年。そんな少年の態度に旭祢は笑みを浮かべると後ろを追いかけて行きはじめた。チェシャも一番うしろを付いて行く。
「教えてくれるまで付いて行くからな、少年?」
「・・・・・」
どれだけ無視されても話しかけている旭祢にチェシャが言う。
「そろそろ戻らないと間に合わなくなりますよ?会議」
「あーあ・・・少年!また来るからなー」
「・・・・二度と来るな」
「じゃ、明日。同じくらいに」
「・・・聞こえなかったの?来るなって言ってる」
「嫌だよ。戻るぞー、チェシャ」
「はーい」
***
城には走って戻ったが結局 会議には間に合わず 会議が終わった後は執務室で直に散々怒られた。
「それで?」
怒っていた直の突然の言葉に一瞬 何を問われたのか分からず思考が止まる。
「・・・。殿下、その少年に興味を持たれた理由はなんでしょう」
停止したまま自分を見上げている旭祢に直がわざと賢まった口調で聞きなおす。
「チェシャの時と同じ・・面白そうだなぁって」
「つまりは勘ってこと?で、明日も行くの?旭祢」
口調を戻した直に旭祢も素直に頷く。
「それは休息になってないでしょ?」
「頼む!ちゃんと息抜きにはなるよ。それに気に入ったんだ」
旭祢の表情に諦めたのか直の方が折れた。
「では せめて馬車をお使い下さい。あなたはこの国の王なのですから」
「また敬語・・・」
「馬車をお使い下さい。チェシャ 明日も護衛 頼むよ?」
「・・敬語」
「はい。分かってますよ、直さん」
旭祢の言葉を完全に無視して会話を続ける2人に 旭祢はそれ以上 何も言わなかった。
***
午前中にいつも通り仕事をこなし 無理をして直が空けてくれた午後になった。
今度は言われた通り馬車で少年を見つけた森に向かう。森の外に姿は無い。2人は御者を残し森の奥へと
足を進める。
「静かだな・・落ち着く場所だ」
「チェシャも好きです。この感じ」
どれだけ歩いたか分からない。いくら奥へ進んでも見えるのは木々の緑と時折 遠くからこちらを見ている動物たちの姿。
「チェシャ この森は確か街2つ分くらいの広さだったよな?」
「そうですねー。昨日の子 いないかもですね?いたとしても見つかるのは奇跡かも」
「見つかるまで探すけどな」
「・・旭祢様って チェシャの時もそうだったんですか?」
「ん?」
「こんな風に」
「チェシャも一目で気に入ったからなー。今じゃ凄腕の護衛に成長しましたとさ」
昔を思い出してうしろに付いて来ているチェシャを横目で見ながら笑う。
「・・・・・あ」
「どうした?チェシャ」
「いま 音が。水の」
「俺は聞こえなかったけど 相変わらず耳がいいな。行ってみよう」
立ち止まったチェシャの視線の先へと方向を変えてまた歩き出す。それまでの不確かでゆっくりとした足取りではなく しっかりとした歩調の旭祢に嬉しそうにチェシャは付いて行った。
***
そこには水底が全て見える程の澄んだ湖があった。その畔に少年の姿を見つける。少年の意識はすでに
2人に向けられているようだった。最初に目にしたように表情は見えない。
「気付いてるな」
「かなり警戒されてますね。殺気でもう近付きたくないって体が言ってます」
「俺もだ。とんでもない殺気を放つな・・・」
足が竦んでいる。少年の方は ただただこちらに意識を向けている。不意に向けられていた殺気が小さく
なった。だが 完全に消えた訳ではない。
「少年。来たぞ」
「・・・・・」
旭祢が叫んで言った言葉は無視されて 声をかけられた少年は踵を返した。
「あっ!待った 少年!」
「捕まえてきますか?旭祢様」
「うーん。後を追うぞ」
「はーい」
走って追いかける。少年との距離はなかなか近付かない。
「はぁ はぁ・・・なんであんなに歩くの速いんだ・・・追いつきそうで追いつけない」
「旭祢様、最近 運動不足ですか?息切れるの早い」
「もう2時間くらい走ってるからな・・・チェシャ 捕まえてきてくれ。これじゃ話も出来ない」
「もうギブアップですか?」
「うるさい。体力が落ちたんだ」
「もう少し鍛えないと刺客に殺されますよ?」
「・・・護衛がそんなことをサラッと言わない。ほれ、頼む」
「いいですけどねー、チェシャは。行って来ます」
「がんばれーチェシャ」
チェシャは木々を足場に距離を縮める。少年も変化に気付き 逃げる速度を速める。
「う゛ー。なかなか追いつけない・・・もう!」
最高速度で追いかけやっと少年の前に回り込み道を塞ぐ。
「こんにちは」
「・・・」
「こんにちは」
「・・・・」
「こんにちは」
「・・・・・」
「こんにちは」
「・・・・・・誰?どいて」
「昨日会ったでしょ?」
「昨日?」
「そう。見覚えない?」
「・・・・何の用?」
「チェシャの主が君と話したいんだって。昨日も言ったでしょ、また来るって」
「覚えてないし興味もない。迷惑だから帰って」
「主に言って。旭祢様 一度興味持つとしつこいんだから」
旭祢と言う名前に少年が小さく反応したのにチェシャは気付いた。
「アサネ・・・?」
「来て。旭祢様 バテて休んでるから」
「・・アサネの瞳の色は何?」
「昨日 見なかったの?蒼と紫だけど」
「・・・・」
旭祢は右目が蒼く左目が紫の色をしている。片眼づつで色が違う為 初対面の人間は一番に瞳へと視線を
向ける。
「付いて来て」
チェシャは少年がそのまま無視して行くのかと思っていたが 少年は素直にうしろを付いて来た。
「よし」
旭祢は湖の畔に戻り水面を眺めていた。
「旭祢様」
「おかえり、チェシャ」
水面に視線を落としたまま返事を返す。
「連れて来ましたよ?」
「え?」
気配はチェシャの分しか分からなかった背後に目を向け 少年がチェシャのうしろにいる事に気付いた。
「気付かなかった。少年、逃げる事ないだろ?」
「・・・・何の用?」
「話がしたかったんだよ」
「くだらない」
「そんな事ない。俺は旭祢だ」
「くだらない・・・早く森から出て行って」
「嫌だ。少年の名前は?」
「教える必要はない」
「俺が知りたいんだよ」
「・・・教える気はない」
「何故?」
「分からないのなら用は無い」
「‘分からない’?」
「早く森を出ないと死ぬよ?お前たち」
「まだ死ぬ気はないさ。少年、俺の家に来ないか?」
「・・・死にたくなければ僕に関わらない事だ」
「い・や・だ。遊びに来てくれ」
「・・・・」
「チェシャも旭祢様と初めて会ったとき言われましたね」
「・・・・」
「来てくれ」
「出て行け・・・二度と足を踏み入れるな」
話は進まないまま時間だけが過ぎていく。
「お前たち どうして僕といて脅えない?」
「脅える?何の事だ?少年」
「・・・僕のこと知らないのか。街の人間じゃないの?」
「チェシャたちは王都で暮らしてるよ?」
「そう・・籠の鳥だな」
「何が言いたいんだ?」
少年の言葉の意味が分からず2人は首を傾げる。少年はしばらく黙ったままだったが旭祢たちは言葉を待つ。
「アルヴィスは知ってる?」
“アルヴィス”とはある占い師の名前だった。
街から街、様々な場所を放浪する者。占いは外れたことが無く 術者の事は何一つ知られていない。
占いの対価は様々で術者は命をも対価として奪う冷酷な者だと言う噂だ。
「ああ」
「チェシャも知ってる。人殺しの術者」
「なら 話は早い」
少年は声音を少し落として続ける。
「僕がその 人殺しの術者・アルヴィスだよ」
「「・・・・え・・?」」
声音には感情がなくそこに存ったのは 恐怖と恐れ、負の感情だった。
「少年がアルヴィス?」
「信じられない?」
「あたりまえだろ」
「・・あたりまえ?何があたりまえなの?」
「チェシャも旭祢様と同じだよ」
「・・・対価を払えるのなら 占ってあげようか?証明に」
「対価?」
「そう、どうするの?」
「いくら払うんだ?」
「対価はお金とは限らないよ。視る事柄で決まる」
「「・・・・・」」
不意に少年の意識が2人のうしろに向けられた事に気付き 振り返る。そこには丸々と太った中年の男が
佇んでいた。
「時間切れ・・・森を出て行って。さよなら」
少年は男の所へと歩いて行く。その後姿にチェシャが聞いた。
「お客さん?」
「・・そうだよ」
返事を返しまた歩き出そうとする少年の腕を旭祢は無意識に掴んでいた。少年は掴まれた事に驚いたのか
体をビクッと震わせた。動きが止まる。少年の腕はとても細く すぐに壊れてしまいそうだった。
「何を頼まれたんだ?」
「・・離して」
「少年!」
「言う訳ないでしょ?これは僕の仕事だ・・・離して!」
強い力で掴まれた手を解いた。
「・・・・・」
少年は見るからに機嫌の悪い男と 言葉を交わすと先導するように森に歩き出した。旭祢は嫌な予感にチェシャを見る。それはチェシャも同じだったようで 旭祢が思っていたことを口にする。
「追いかけましょう、旭祢様」
***
後を付けしばらくすると 木造の家が見えてきた。少年たちは中へと消えた。家に近付き窓から中を覗く。近付いた為、中の会話を聞き取れるようになった。男はやはり機嫌が悪い。少年に怒鳴っていた。
「何度言えば分かる!お前はただ引き受ければいいんだ!いくらでも金を払うと言っているだろ!」
「対価はお金ではありません」
「何だったら受けるのだ!」
「あなたの対価は・・・“両手足”です。前にも言ったでしょう?」
「出来るわけ無いだろ!ワシには家族がいるんだ!」
「引き受けることは出来ません・・・対価は願いと同等でないといけない」
「いいかげんにしろ!あの男を殺せ!!」
男が怒鳴った言葉に旭祢とチェシャは顔を見合わせる。思考が止まるのが分かった。
「・・・わかりました。その代わりこれから5年間 目を開けてはいけません。いいですね?」
「さっさとしろ」
「・・・・・」
会話に意識を向け続ける。
「プルトス・レオ・ウィルゴ・リブラ・マンナズ」
少年が言霊を紡ぎ終わるとすぐに男の下に誰かから連絡が入った。
「そうか、そうか!すぐに戻るぞ・・ああ・・これでワシのモノだ」
男は上機嫌で飛び出していく。少年は男に叫ぶ。
「待って!目を開けてはいけない!」
だが男は『化け物が!』と吐き捨てて走り去っていった。何かが倒れる音がして そこへ体を動かす。
「・・・・・ぅ゛・・・がぁっ・・・・」
少年が地面に倒れていた。苦しそうに声を漏らし 体を抱えていた。まるで全身の痛みを必死に堪えようとしているかのように見えた。少年に駆け寄り 声をかける。
「おい、少年!少年!」
「どうしたの?!」
「・・・う゛っ・・・・・う゛っ・・・・・だ・・い・・・じょう・・ぶ・・・・」
「どこが大丈夫だ!」
「旭祢様!中に!」
「わかってる!」
どれだけの時間が過ぎたのか ベッドで苦しそうにしていた少年は少しづつ息を穏やかにしていった。
額の汗を濡らしたタオルで拭き取ってやる。隠されていた髪はとても綺麗な青銀だった。閉じられた瞳の色は分からない。
「「・・・・」」
顔立ちは幼く触れただけで壊れてしまいそうな体は とても軽かった。落ち着いてきた少年に聞いた。
「さっきの・・・何をしたの?」
「・・・相手を呪い殺せって依頼だった」
「殺した・・のか?」
「殺してない・・・呪った・・・相手もあの男も今頃 病院だよ・・・きっと」
「少年には何が起こった?」
「・・・・・言いたくない」
「身代わりになったのか・・・?あの男の」
「・・・関係ない、出て行って」
「嫌だ!少年は連れて帰る!」
旭祢の言葉に少年の瞳が開いていく。だが その紅の瞳はどこか虚ろに見えた気がした。
「僕を処刑でもするの?」
「そんなことする訳ないだろ!」
「・・・・・」
「戻るぞ、チェシャ」
「はい」
***
「これは どう言う状況なの・・?」
事務を一通り終え王の執務室へ書類を置きに来た直が見たのは いないと思っていた旭祢とチェシャ。顔を隠したチェシャと同い年位の見知らぬ子供が窓から室内へ侵入している姿。
「わっ!な、直」
「やっぱり見つかったー。だからチェシャは普通に帰った方がって言ったじゃないですかー」
「・・・・」
「何してるんだ?旭祢、その子って もしかして昨日言ってた?」
「そう。捕まえるのに苦労した」
「捕まえるって 無理矢理連れて来たのか?城まで」
「・・城?」
直が旭祢に言った城という言葉に少年が首を傾げる。
「ん?少年、どうかしたか?」
「ここは・・・城って」
「来る時 気付かなかったか?ここの外装で」
「・・・城で働いてるの?」
「働くもなにも・・・」
トンットンッ。
直の言葉を遮るように執務室の扉がノックされる。
「誰だ」
「リン・ディールです」
「入れ」
室内へ来たのはリン・ディール伯爵だった。
「失礼します、陛下」
「卿が わざわざどうしたんだ?」
ディール伯爵は 旭祢に良い意見も悪い意見も提言する事の多い有能な貴族だった。直たちを一度見て
椅子に座りこちらを見ている旭祢に視線を向ける。
「貴族の中には 納得していない者もいます。その者たちをどうするのかと」
旭祢は直たちに見せていたものとはまったく違う“国王”としての顔をしていた。
「どうもしないさ。皆、卿のように正面から来る者は少ないからな」
「放っておかれるのか」
「余計な事をしない限りな。決まり事は最終的に俺が決めるが俺の意見が全て正しいなど思っていない。そんな国王は・・いや、そんな人間は使い物にならない」
「・・・わかりました。では これにて」
「ああ」
ディール伯爵が部屋を出て行き 室内は最初の4人だけになる。
「・・・陛下って」
「ん?どうかしたか?少年」
「この国の王なの?」
「そう、王様なの」
「・・・帰る。二度と来るな」
「だー!待った」
部屋を出ようとする少年の腕を叫んだ旭祢と無言のチェシャが掴む。
「・・放せ」
「チェシャたちが放したら帰るでしょ?」
「当たり前だ」
「名前まだ教えてもらってないだろ、少年」
「何言ってるの?アルヴィスって言ったでしょ」
「「通り名だろ」」
旭祢とチェシャが声を揃えて言った。
「噂になってる占い師?」
「直さん、手伝って!」
2人から逃げようとしている少年と腕だけでなく体を雁字搦めにしている国王とその護衛。
「その子が可哀相だろ?いい加減に放してやれば・・」
「逃げる気満々なんだから しょうがないだろ?」
「旭祢様、いっそ足でも折りますか?そしたら逃げらんない」
物騒な事を言い出したチェシャと 賛同しようとしていた旭祢を殴り少年を助け抱える。その体は驚くほど細く脆そうだと思った。
「何言い出してんだ!馬鹿か お前ら」
「「うわっ」」
「大丈夫か?少年」
「・・うん」
少年に声をかけ殴られた頭を押えていた2人を睨む。
「直さん・・怖い」
「直が怒った・・」
「物騒なこと言ってるからだ!」
「・・降ろして」
「え?・・ああ、ごめんね」
「あ、りがと」
直は笑みを浮かべて聞く。
「オレも教えて欲しいな?君の名前」
「・・・」
直は少年に耳打ちする。
「旭祢たちは一度興味持つと しつこいんだ、ごめんね」
「・・・雫光 於」
少年・雫光 於は渋々名前を答えた。
「於くんだね。よろしく」
直に続き旭祢たちも嬉しそうに言った。
「於かぁ」
「於君ね」
「旭祢、於くんを連れてきてどうするんだ?」
「その前に・・話を聞かせろ、於。あの時何があった?」
「・・嫌だ。もう僕に関わるな」
「なんでそんなに頑なになる」
「僕に干渉するな」
「答えになってない」
「チェシャが旭祢様の名前を言ったとき 興味を示したのは何故?」
「俺の名前に?」
「・・ただの気まぐれだよ」
「チェシャには そう見えなかった」
一向に話が進まない現状に直が提案した。
「於くん、2人が迷惑かけたお詫びに夕食を一緒にどうかな」
「遠慮するよ」
「頼む、於。この部屋に運ばせよう、直言ってきてくれ」
「わかった」
「4人分な」
「はいはい」
於の言葉は無視されて話が進んでいく。チェシャは於の手を掴んで 旭祢の仕事を邪魔しないようにと隣の仮眠室として使っている部屋に移動した。
「於君 いくつ?」
座るところがないので2人とも仮眠室のベッドに腰掛ける。
「たぶん17」
「ボクと一緒だ」
「そう」
「顔、なんで隠してるの?」
「・・見られるの嫌いだから」
「綺麗だったのに。青銀の髪と紅い瞳」
「僕は嫌いなんだ」
「もったいないな。ボクのことはチェシャでいいよ、たまにチェシャ猫って言う人もいるけど」
「チェシャ猫?」
「うん」
「そう」
「見てもいい?於君」
「・・・・」
「見たいなー」
「・・・・」
答えない於の顔を隠していた布に手を伸ばす。避ける仕草がなかったので そのまま布を外す。
「ほら、やっぱり綺麗な色だ」
「・・チェシャ猫 変わってる」
「旭祢様も直さんも同じ事言うと思うよ?」
「変わってる・・」
「まぁ いいや。それじゃあ質問するから答えてねー」
「嫌だ」
「好きな事は?」
「・・・のんびりしてる事」
拒否しながらも答える於にチェシャはベッドに横になって見上げながら質問を続ける。
「好きなモノは?」
「・・森の音」
「音を聴くのが好きなの?」
「そうだよ」
「好きな色は?」
色について聞いた時のわずかな於の変化にチェシャは気付かなかった。
「・・教えない」
「えー、そんなー。気が向いたら教えてね?」
「一生 向かないよ」
「そうなの?残念」
そうして話している内に直の声が隣から聞こえ 戻って来た事に気付いた。直の声はチェシャたちのいる
隣の部屋へと続く扉を開いた。
「・・・於くん?」
「なに?」
一番に視界に入ったのは於の青銀で 思わず声をかけていた。顔を隠していた布は チェシャに取られているように見えた。実際も その通りだったが。
「綺麗な色だね」
「・・・」
「やっぱりー」
綺麗だと言った言葉に於は何度か瞬きをして チェシャは嬉しそうに笑った。
「言った通りだったでしょ?於君」
「・・ほんとに」
「ん?何の話?」
何を言っているのか分からない直は 首を傾げながら食事にしようと声をかけた。
「はーい」
それが 始まりの日の物語。これから続く日々は今までと違い音に溢れているのだろうか、と於は思った。紡がれる日々は始まりを迎えたばかりで 未来と続いていく。
***
その後も於は森に帰れず 執務室にいた。
「アサネ、いつまで僕を帰さない気なの?」
「んー?」
視線を書類に落としたまま 反応を返す旭祢。今 部屋には旭祢と於の2人だけしかいない。
「・・まだ仕事終わらないの?もう5日 徹夜してるでしょ」
「まだ5日だよ。俺は即位して間もないからな」
「そう」
「うん。この案件は今の書類で終わるけどね・・・おーわり」
「休憩?」
「まぁ、そろそろ休まないと直に怒られる」
処理の終わった書類を片付け 伸びをした。
「於、顔隠さなくなったね」
「チェシャ猫が返してくれない」
「チェシャは人見知りが激しいんだけど 於は気に入ったみたいだからな」
「気に入られても・・。帰りたいんだけど」
「ここは嫌いか?」
「・・・」
「於、なんでアルヴィスとして旅をする?一箇所に留まった方がいいような気がするけど」
「普通の占い師ならそうだろうね。僕は異端だから、この街に帰ってきたのも気まぐれだよ」
「占い、かぁ。視てもらった事ないな」
「信じてるの?」
「どうだろう。自分が知らないから・分からないからって存在しないわけじゃない」
「変わったこと言うね。僕にも興味を持った」
「ひとついいか?」
「なに」
「なんで相手の目を見ない?」
「・・・教えない」
「置いてあるモノを手で探す素振りをすることがあるのは?」
「ひとつって言った」
「いいじゃないか、答えてくれ」
「・・人をよく観察してるんだね、アサネは」
「はぐらかした?」
「別に。よく気付くなって、ほとんどの人はなにも気付かないのに」
「もういいや。答える気、ないのな」
「ご名答」
「ケチ」
窓の外から鳥が飛んできた。そのまま於の方に留まる。
「わっ」
「・・・依頼だ。さよなら、アサネ」
「付いて行く」
「なに言ってんの?王様が」
「今日ので明日は休めるんだよ。邪魔はしない」
「気配消して、音も消して、絶対に口出ししない?」
「うん、絶対」
「オレたちもいいかな?於くん」
旭祢が気付かないうちに直とチェシャが来ており 話に乗ってきた。少し驚いていた旭祢と違い於は驚いていなかった。
「国王とその両腕はそんなに暇なの?」
「チェシャも見たい」
3人に言い包められて於は承知した。ただし会話の聞こえない距離に離れていると言う条件で。
「あの男が客みたいだな」
離れた物陰から見ながら旭祢が呟いた。それに直が答えるように呟く。
「この間の話 本当なの?」
「本当みたいですよ?直さん。あの後 調べたんです。森に来てた男は病院にいましたよ、重症で」
そう言ったチェシャを2人は見る。
「今度、占いを頼んで見ようかな。探し物とか」
「「・・・・」」
「え?なんで2人して そんな顔で見るんだよ」
直たちは答えないまま視線を離れた於に戻した。
「あ、終わったみたいですよ?」
「戻ってくるね」
「・・無視なんだな、お前ら」
最初に会った時と同じ様に於は頭からすっぽりと顔を隠していた。
「付いて来ても意味なかったでしょ?」
「於、占い頼んでもいいか?探し物があるんだ」
「・・・他の占い師に頼んだら?アサネ」
「なんでだよ。於、頼む!」
「でも・・」
一度 言葉を切り数秒黙ったあと続けた。
「探してたものは 少し前にもう見つけてるでしょ?“懐中時計”」
旭祢はこれでもかと言うほど目を見開いていた。
「そうだっけ?」
「今は執務室の机の奥に入ってるよ」
「・・・・・・・あー!そういえば 見つけた後失くさないようにって」
「旭祢様が頼もうと思ってたの懐中時計なんですか?」
「そう、懐中時計。昔 直にもらった」
「「「すごい」」」
旭祢たち4人は城へと戻る。森に帰ろうとした於をチェシャが逃がさなかったのだ。
「対価は?」
「今回はいいよ。もう貰ってる」
「は?なにを?」
「城に泊まらせてくれてるでしょ?それが今回の対価」
執務室に戻ると直は仕事に戻っていった。チェシャは体の小さい於を捕まえて遊びだした。
「チェシャは気になってたんだけど 於君はいつも何処を見てるの?」
「え?」
「なんか違う気がする」
「アサネと同じ事言ってるよ、チェシャ猫」
「旭祢様も?」
「この間な。はぐらかされたけど」
於は逃げようとするが 体格と力の差で腕から抜け出せない。
「チェシャ猫、放して」
「逃げない?」
「逃げる」
「じゃあ 駄目」
観念してされるがままに力を抜きながら於はため息を付く。髪を弄られても いつもの事なので無視する。いくら聞いても答えない於に旭祢たちは “力”について質問しなくなっていた。
「アサネは本当に王様なんだね」
「先の王の遺言で即位したんだよ」
「ふぅん」
「チェシャ、あんまりくっついてると嫌われるぞ?於に」
「大丈夫ですよ、於君は嫌ったりしないから ねー?」
「さぁね。元から他人 嫌いだけど」
「そんな・・」
チェシャの反応に旭祢が笑った。
***
旭祢と直・チェシャと於。最初よりは警戒の解けた於に旭祢は提案する。
「於、旅に出ないでここに留まらないか?」
「・・なぜ?なぜ そんな事を言うの?」
「居て欲しいからさ。俺たちは敵が多いんでね」
「それは僕には関係ない事だ」
「この場所は居心地が悪いか?」
「悪くは・・ないよ」
「そうか。じゃあ 少しでもいい、留まってくれ」
「・・わかった。いいよ」
「ありがとう」
チェシャと直は仕事で出ている。旭祢も書類を処理している。静かになった部屋で外の気配を探ってみると誰もいない事が分かり 意識を外から戻した。
「国王がいるのに 誰もいないんだね」
「周りだろ?面倒だから 下げたんだ。俺の護衛は直とチェシャがいるからな。他に人員を割いたほうが効率がいいんだ」
筆の音が止まる。
「終わったの?」
「急ぎで処理しないといけない分はな」
気になっていたことを聞いてみることにした。
「アサネの瞳は生まれつきなの?」
「色が違うことか?生まれつきだよ」
「小さい頃 どこで遊んでたの?」
「どこって街中とかだぞ?・・・そういえば森にも行ってたっけ」
「そうなんだ」
「急にどうした?」
「いや、チェシャ猫に聞いたから」
旭祢との会話を終わらせ 昔を思い出す。
「・・・・」
幼い頃、傷だらけで森の中に蹲っていた於に 手を差し伸べてくれた瞳の色が違う少し年上の男の子は
“アサネ”という名前だった。名前が同じで興味を持った。
「・・・アサネがあの時の男の子だったんだ」
聞こえないくらいの小さな声で於は呟いた。
「なんか言ったか?於」
「なんでもないよ」
聞きなおした旭祢に曖昧に答える。旭祢は『そうか』と短く返してきた。
「アサネは自分のこと好き?」
「どうだろうな、考えたこともないさ」
「そう」
さっきまで人気のなかった部屋の外から気配が近付いてくる。知らない気配に再び意識を外に向けた。
ノックの後 声がかかる。
「失礼します、旭祢様」
「芹か。どうした?」
「直サンにこの書類頼まれたんです」
「わかった。置いといてくれ」
「はい。・・・あのあなたが於さん、ですか?」
「・・・・」
「そういえば初対面だったな。於、この子は芹で直の補佐役なんだ。芹、こっちは雫光 於。占い師だ」
「はじめまして 於さん」
「・・・はじめまして」
「よろしくお願いします。じゃあ旭祢様、書類渡しましたからね」
「ああ、わかってるよ。処理しとく」
「じゃあ失礼しました」
「んー」
芹はそのまま直のところへ戻って行った。
「セリもチェシャ猫と同じ様に近くに置いてるの?」
「なんでだ?」
「アサネのこと“旭祢様”って呼んでたから」
「そういえばそうだな」
「・・・」
黙った於に旭祢は
「於 今度の夜会に出てくれないか?」
「・・・・・は?」
「夜会だよ。夜会」
「身分の高い人たちがするあの?」
「そうそれ」
「嫌に決まってるでしょ。前に僕は人が嫌いだって言ったはずだよ、アサネ」
「でも国王である俺との繋がりを見せ付けておいた方が 盾になると思うけど?於を守る」
「守る?僕は他人に守ってもらうつもりはないよ。この城に留まるのもただの気まぐれ、盾なんかいらない」
“守る”と言葉にした途端に雰囲気を変え頑なに拒む於に旭祢は落ち着いた声音で言う。
「おまえは・・・人と必要最低限の関わりしか持たず 常に一線を引いている。守られるのがそんなに嫌なのか?」
「守ることも守られることも不可能なんだよ。命がある限り・・意思がある限り・・・」
「なぜ?」
「・・・・僕は干渉者たりえない。今までもこれからも傍観者だ」
「占いは干渉じゃないのか?」
「傍観者たりえる為に必要な事だというだけだよ。必要だから行なっている」
「矛盾してる」
「そんなの僕が一番わかってるよ」
「・・・」
お互いに言葉を口にすることはなく 旭祢は処理に戻る。
「(なにが於の根底に潜んでいるんだろうな)」
書類に目を落としたまま於のことに思考を向ける。他人と過ごせば心が見えてくる。けれど於の事はわからなくなるばかりだった。
「(不可能・・か。於がアルヴィスを名乗る理由。)」
「なに?」
「え?」
「さっきから手が止まってるでしょ?それに僕のこと見てる」
「あれ?いつから?」
「仕事に戻ってすぐ」
「うそ。自分で気付かなかった」
「なに考えてたの?」
「ん?知りたい?」
「いや、いいよ」
「つれないな。於のことだよ」
「僕のこと?」
「そう・・・於の大事なものってなんだ?」
「(そんなもの・・ない)アサネは?」
「俺は直やチェシャ、芹たちかな。周りにいてくれる奴等が一番大事だ」
「国ってこと?」
「違うよ。個人ってことだ」
「なにが個人なの?」
部屋を訪れていた直が会話に入ってくる。
「於の大切なものはなんだって聞いてたんだよ」
「それで?」
「俺は直たち周りにいてくれる奴等だって答えてたんだ」
「なんで旭祢が答えてるの?」
「あ。そうだよな。上手く話逸らしたな?於」
「旭祢は普段扱いやすいからね」
「チェシャ知ってる。旭祢様たちが知らない於君のこと 於君に教えて貰った」
「「おかえり、チェシャ」」
「チェシャには教えるのに俺たちには教えてくれないのか?」
「なぜ?知る必要があるの?」
「オレたちは君の事を何も知らないからね」
「僕の顔と名前を知ってるでしょ?アサネとチェシャ猫は住処も知ってる」
「もっと知りたいんだよ」
「これ以上は無駄な情報でしかないよ」
「そんなことない」
「・・・チェシャ猫 僕の返して」
「返したら隠すでしょ?」
「当たり前でしょ。他人に触れられるのは嫌いなの」
「だって綺麗なんだもの」
「言いながら触れようとしないで」
於が座っている長椅子の背もたれの後ろから手を伸ばすチェシャの手を逃れて文句を言っている於。自分たちに背を向けている於の首筋に手を伸ばす。
「於は体が細いよな」
「ッ!」
避けきれなかった首筋に触れた旭祢の手に声にならない声を上げ体を硬直させた。小さな声で言葉を紡ぐ。
「さわら・・ない・・・でッ」
「於?」
「はな・・し・・てッ」
呼吸を苦しそうにしながら於が崩れ落ちた。驚きながらも於を受け止める旭祢。
「於!どうしたんだ!」
「於くん!」
「於君!」
苦しそうに表情を歪めどんどん呼吸を浅くしていく於。
「旭祢は於くんをベッドに!オレは医師を呼んでくる!」
「チェシャ 手伝ってくれ!」
「はい!」
ベッドに横たわらせた於は力なくか細い呼吸をしている。2人は見ていることしか出来ない。すぐに医師を連れて直が戻ってきた。医師は於に無理やり呼吸をさせて なんとか呼吸が深くなると取り出した薬を服に隠されていた細い腕に打った。
「今はこれで大丈夫だと思います。如月さんに話を聞いたので“精神安定剤”を注射しました」
「精神安定剤?」
「はい」
「さっきのはなんだ?」
「恐らく心の負荷からくる発作かと」
「発作?」
「はい、ワタシは詳しくはわかりませんが話を聞いた限りではそうかと思われます」
「原因は分かるか?」
「それは陛下がこの方の首筋に触れたことかと」
「・・・この事に詳しい者はいるか?」
「1人・・ですがその者は異端と言われています」
「いい。その者を王の間に連れて来い」
「ですが!陛下に謁見など許されることではありません」
「2度言わせるな。俺がいいと言っている」
「・・承知しました」
チェシャを於と共に執務室に残し直を連れて王の間へと向かう。
「失礼いたします」
すぐに異端と呼ばれるものはやって来た。
「おまえが異端者か?」
「はい」
「名は?」
「谷霧と申します」
「では谷霧、話を聞きたい」
「はい。心理学についてだと聞いております」
「ああ、そのようだな」
「どのような事柄についてか教えて頂きたいのですが。心理学と言っても色々ありますので」
「城の医師が“心の負荷からくる発作”だと言っていた。そのことだ」
「わかりました」
谷霧は下げていた頭を上げ 玉座に座る旭祢とその横に控えている直の姿を確認してから話し始めた。
「自己を守るための術と考えられています。多くが幼い頃に“大切に想う者の凄惨な死”を直接目にした子供や “殺されかけた”子供などが自分が壊れるのを防ぐために発作を起こしています。きっかけが引き金になり発作を起こす。酷いものは命に関わり発作が原因で命を落とした者も少なくありません」
「直す方法は?」
「ありません。発作の原因を知り起こさないようにするしか。トラウマは、一度付いた傷は癒えることはありませんからね。体の傷と違って」
「そうか。・・・おまえはなぜ異端者と呼ばれている?」
「さあ、ワタシには分かりかねます。周りがいつしか呼んでいたもので」
「そうか、下がっていいぞ。また呼ぶことがあるかもしれないが いいか?」
「国王陛下がワタシのような者にそんな言葉をかけるものではありませんよ」
「はは、そうか。谷霧 おまえは気に入ったよ」
「ありがとうございます」
谷霧を下げて執務室に戻ると於はまだ眠っていた。
「うなされてたのか?ずっと」
「起こした方がよかったですか?旭祢様、直さん」
「呼吸は・・まだ荒いね」
「起こそう」
「於くん、於くん。大丈夫?」
「於君?」
「・・・・・・・・・・・だれ?」
「於、俺たちだ」
「・・・・・・・・・・・・・・だれ?」
「チェシャたちだよ」
「・・・・・・・・・・チェシャ猫?あれ?僕 何してた?」
「覚えてないの?」
「チェシャ猫が戻ってきて みんなで話してて・・・それから覚えてない」
「倒れたんだよ。医師は発作だと言っていた。心の負荷からくる発作だと」
「・・そう、驚いた?僕にはいつものことだけど」
「いつも?今まではどうやって治めていたんだ?」
「何時間か耐えていれば治まるよ」
「呼吸も出来ないのに?」
「出来ないわけじゃないよ。息が上手く取り込めなくても少しなら呼吸出来てる。それにいつも意識がなくなるから僕だってよく知らない」
「いつも1人で耐えていたのか?」
旭祢の問いに於は何を言っているのか分からないという表情で首を傾げる
「当然でしょ?」
「「「・・・」」」
「どうしたの?」
「チェシャたちがいるよ、ずっといるよ」
「チェシャ猫?」
「チェシャたちが傍にいるから もう1人じゃないんだよ。1人で耐えなくていいんだよ」
「なにを言ってるの・・?」
「チェシャたちと一緒にいよう?」
“独り”の時間が長過ぎてチェシャや旭祢たちが何を想っているのか分からない於に チェシャは言う。けれど於は表情を難しくするばかり。
「チェシャはもう於君に独りで居て欲しくないって思ってるんだよ。オレも旭祢も、ね」
「どうして?」
「君に独りで寂しい思いを、辛い思いをしてほしくないんだ」
「寂しい?辛い?僕はそんなこと思ってないよ?そんな感情知らないもの」
黙ってみていた旭祢が紡いだ言葉は悲しそうに呟いた。
「じゃあ・・じゃあ なんでそんな顔をする?なんで泣きそうな顔で笑っている?」
3人が目にした於の表情。悲しみの浮かんだ今にも泣いてしまいそうな けれどそれでも笑っている。すべてを映しなにも映さない・・絶望を通り越して諦めてしまった顔。
「・・・わからないよ。アサネたちが何を言ってるのか僕にはわからない」
於は座ったままだったベッドから降りてチェシャが取っていた布を取り戻すと 最初と同じように頭全体を隠して部屋を出て行こうとする。
「どこに行くんだ、於」
「さよならだよ」
「待て、今のおまえを1人にするつもりはない」
外へと続く唯一の扉を塞ぐように立ちはだかる旭祢。直とチェシャも出て行こうとする於を囲むように立った。
「これ以上 共にいるつもりはないよ、アサネ。もう茶番は終わりだ。戯言は聞き飽きた」
「茶番でも戯言でもない、本心だ」
「国王は国の存在を確かにする者であって 個人を見るための者じゃない。アサネは本心だとしても “国王”なんだから 個人より大多数を見るべきだ。そうでしょう?自覚だってあるんでしょう?」
「・・国王である前に俺は俺だ。確かに於の言う通りだよ、国を守る自覚も覚悟もある。それでも俺はおまえを“雫光 於”を諦めるつもりはない」
「・・・・(対象が人でも国でも守るなんて不可能だよ)」
「オレも旭祢と同じだよ」
「チェシャも」
「僕の事を知ってて?それとも 知っているからこそ?」
「チェシャたちは於君の過去は知らないよ。でも調べたこともある。森に来てた男は入院してた」
「その事を知っててあの時の僕の様子も知ってるチェシャ猫とアサネは予想くらいしてるんじゃないの?2人から話を聞いたナオも」
「「「・・・」」」
「当たりだね。僕は化け物なんだよ、人の形をした出来損ない。でも 人間はいつだって僕を恐れ忌み嫌うのにこの“力”だけは利用しようとする。そのことは当然だと思ってるよ、利用価値の有るモノは利用する。それだけのことなんだから」
「力なんかどうでもいい、俺たちはアルヴィスと話してるんじゃない。於と話してるんだ。俺が王としてでなく旭祢として話してるように」
「周りは決してそうは見ない」
「わかってる」
「於君 旭祢様はね孤児で問題児だったチェシャと芹を引き取ってくれたんだよ?自分にとっては邪魔にしかならないのに。直さんもチェシャと芹を受け入れてくれたんだ、平等だって。本当にそう接してくれてるんだ」
「・・・僕には関係ないよ、チェシャ猫」
「於くんはこれからどうしようと思ってるの?」
「知る必要はないでしょ?ナオ」
「知りたいんだ」
「何の為に?」
「理由なんかないよ」
「じゃあ聞き方を変えるよ。僕に関わるのは利用したいからだね?」
「それに答える為に質問だ。森で倒れたのは“力”が原因だな」
「・・・・・・そうだよ」
「於の“力”を便利なモノだと思うさ。だがその代償で於が苦しむなら使って欲しくない」
「否定したいってこと?」
「そうだけどそうじゃない。“力”は於の一部だからな」
於は平行線のままにため息をつく。
「強情だね」
「諦めが悪いんだよ」
「・・・アサネ、君は忘れてしまったんだろうね」
於は記憶の奥にいる幼い子供が自分に問うてきた事を繰り返した。
「僕のことを“ただ映ったモノを反射することしかしない、自らの本質は誰にも掴ませない水面に描かれた紋のようだ”と君は言った」
「・・・水面に?」
「君はやっぱり覚えていなかったね」
「俺は会ったことあるのか?」
「そうだよ、その時の君の言葉と瞳を僕は覚えてた・・・」
「だからチェシャに聞いたの?」
「あの時の子供かも知れないと思って興味を持った、本当は仕事が終わったらすぐに街を出るつもりだったから」
「於くん 今はどうなの?」
「チェシャたちと居てくれる?」
「そうだね、アサネたちで暇つぶしするのもいいかもしれない。何より しつこそうだ」
扉の前で囲まれている於は俯きながら呟く。隠された表情は少しだけ柔らかいものになっていた。
「諦めが悪いんでね」
「わかった。少しの間だけここにいるよ」
「やったー」
***
相変わらず自分のことは話そうとしない於だが 時間が経つにつれて柔らかい表情をするようになった。
「あ゛ー」
「どうしたんですか?旭祢様」
「視点が合わない」
「それはいつもと同じ原因でしょ?8日徹夜」
「大丈夫。すぐに治る」
「駄目だよ」
「やりましょうか、直さん」
仕事が一段落した旭祢に直とチェシャがゆっくりと近づいていく。2人の顔にたじろいで椅子から立ち上がり旭祢は於のうしろに隠れる。
「な、なんか怖いよ?2人共。なにさせる気?」
「行こう」
「ど、どこに?」
「「医務室」」
「誰が?」
「旭祢様が休暇を取らないからって直さんと計画したんです」
「いや、いいよ」
「拒否権なんかないよ。再三の健康診断通告を無視したのが悪い」
「それは・・すいません」
ここに他の面々がいたら側近に怒られて謝る国王の姿を見ることが出来た筈だ。
「じゃあ旭祢が逃げないようにチェシャ 捕まえてね?」
「はーい」
「だー!待・・っ!」
「「確保ー」」
「於くんも付いておいで?」
「付いていくだけなら」
その時の直の雰囲気に 於も思わず頷いた。
旭祢を確保した2人の様子に大人しく従い 医務室へ向かう。
「では 検査を開始します。陛下」
「・・ああ。早く終わらせてくれ」
「それは出来ません。陛下が体を壊されるような事はあってはならないのですから」
「わかったよ。直たちは受けないのか?検査」
「受けません。今回は殿下の為に準備させましたので」
医師や看護師がいる為チェシャは姿を隠しており 直も敬語で接していた。於は顔を隠して直の隣に立っている。他の人間のいる場所に来てからは一言も話していない。
「殿下、くれぐれも病室に書類などを持ち込まないで下さいね」
口元だけが笑みを浮かべ 瞳はまったく笑っていない顔で言うと 於と一緒に医務室を出て行った。
「すぐ戻りますので、殿下」
「「「・・・・・」」」
読んで下さった皆様方、ありがとうございました。
これからも この作品や新しい作品を載せていこうと思っているのでまたお会いしたいです。
この他の作品もよろしくお願いします。
では、さようなら。